ミイナ
あれから数日。男子同士の仲も修復に向かい。タクミと例の彼も笑い合うくらいに状態を回復した。神奈に対して恥を晒したと思い悩んでいたタクミも今ではごく自然に神奈と挨拶を交わす中になっていた。いまでもかわいいなという思いを持ち続け。
放課後、下校していると校門のところで神奈と揉めている他校の女生徒がいた。このへんでは見かけない制服。神奈は困った顔で彼女になにか言っていた。タクミが門に近づくとその少女と目が合う。すると少女はタクミをビシリと指差しこういうのだった。
「アンタ!!」
とある夜、神奈は楽しげにケータイで通話していた。相手は以前の学校の友人のようだ。
「でね、深衣奈」
「ふうん、ひどいことするもんね、男って。こっちでも馬鹿が多かったもんね」
「そうかなあ?わかんないけど」
「それでスドウだっけその子が助けてくれたんだ?」
「助けてくれたっていうか、まあそんなとこ」
「そいつ昔アンタが告った相手でしょ。王子さまみたいじゃん」
「王子様ってどんな例えよ。けどまさか須藤くんが告白してくれるなんて思わなかったけど。本気って言ってくれたし。今はそんな気になれなくて悪いことしたけど」
「ん?ちょっと待って」
「どうしたの?」
「その須藤ってのもそのへんてこな遊びに参加したんでしょ?」
「ん?そうだけど」
「で、そいつが神奈の昔の好きな人で」
「うん」
「そいつも遊びで告ってきたのよね?」
「そうだけど、本気だって言ってくれたし」
「それでそいつがやめるように言ったと。それってなんかおかしくない?」
「おかしくないよ」
「だってさそんなのはじめからちゃんと悪いことだってそいつが言えばよかったのに」
「言えなかったんでしょ。男の子もいろいろだし」
「ダメっ!」
「ダメって何が?」
「ダメなもんはダメ。だってそいつ昔神奈が告ったからイケルかもとかおもって告ったんでしょきっと。まだ神奈が好きでいてくれるとか勝手に思って。そんで自分がダメで後になってこんなのダメとか言い出して。ちょお勝手じゃん」
「そうかもしれないけど」
「ああ、なんかむかついてきた。その須藤ってやつ。絶対神奈のこと舐めてるね」
「須藤くんは違うよ。この間も」
「いや。絶対そう。神奈がよくてもアタシが許さない」
「ちょっと、深衣奈?」
そこで無情に電話口の向こうで電子音がなる。
「あ、ゴメンバッテリー切れるわ。とりあえずアタシにまかせて」
「まかせるってなにを」
「じゃね」
そこで通話は終わった。
「深衣奈、変なことしないでね」
神奈は一人そんな不安を口にした。
そして不安は的中し、タクミは今女の子二人とファミレスに来ていた。
それぞれの前に置かれたドリンクバーのグラス。誰も口をつけず沈黙だけだが流れる。
対面から流れてくる圧にタクミが身を固くしていると。
「君が須藤くん?」
「はい」
思わず居住まいを正してしまう。まるで面接を受けているように。
タクミの正面に深衣奈。そしてその隣に神奈。
無理やり連れて来られたファミレスで状況が飲み込めずタクミは借りてきた猫のようにみるみる小さくなっていく。そのさまを神奈は申し訳そうな顔でみやる。
「で、神奈の言ってたことは本当?」
「待って、待って!オレなんでここにいるかよくわかってないんだ?君誰?東塔さんの友達みたいだけど」
「そうよ、で、本当なの?」
神奈の顔はますます曇る。その様子をチラリとみると校門でもめていた理由が漠然とだがわかった気がした。神奈はこの状況を望んでいない。深衣奈、彼女が強引にこの場をセッティングしたであろうことを。
「本当って何が?」
「しらばっくれんの?」
「じゃなくて、具体的に何を指してんのかなって」
本当は言わないでくれると嬉しいけど、タクミはそんなことを思う。さすがになんとなくは察しがつく。おそらく彼女は怒っている。この詰問しているさまを見れば一目瞭然だ。となると話題はあの件。先日クラスで揉めて神奈に謝罪した男子ぐるみのアレだ。けれどなぜ彼女が怒っているのだろう。神奈が話したのは間違いない。それをどうこういう権利はタクミにはないし、けれどなぜ神奈ではなく彼女が。そう考えもしたがこれも察しがついた。きっと女の友情というやつだろう。神奈が怒らないなら代わりにアタシが怒る。そういうたぐいのものだとタクミは思った。男のタクミには共感は難しかったが。
「この子になんかしたんでしょ?」
えらく抽象的に言われた。返っていいあぐねてしまう。ズバッといわれればはいと応えることもできるが。あくまでタクミに言わせたいのか。しかしそこまで考えている様子でもない。タクミは腹を決めた。神奈とは今は良好な関係だ。コレ以上こじれさせたくないし、彼女の人柄ならそこまで悪くならないだろう。タクミはそう信じた、というより信じたかった。
「東塔さんがこっち来て、クラスの男子で東塔さんに告白しようって。東塔さんがかわいいからって」
チラっと神奈をみた。なぜみたのかタクミもわからない。なんとなくだ。深衣奈を見るより楽だったかもしれない。ただなんとなく。
タクミに目を向けられた神奈はかわいいという言葉に恥ずかしくなりうつむいてしまう。
横目で神奈をみてから深衣奈は口を開く。
「まあ、かわいいよ。神奈は。で、よってたかってこの子に好きだ好きだって?この子を餌に遊びみたいに」
「遊びじゃ・・・!!」
途中まで言ってやめた。意図ではなく結果そのとおりだから。
「バカみたい、ガキねどこの学校の男子も」
そこでようやく神奈が口を開いた。
「けど須藤くんはそれを止めてくれたし。謝ってもくれたよ」
「後ででしょ?」
うん、という風に反応を返す。
「そんなのはじめからやんなきゃいい話しだし。参加しないって選択も合った。それでも参加した」
「それは」
「流されて?」
言葉を失うタクミ。
「ますます駄目じゃん。ノリで告白とか。かなぁ、どこが良かったのこんなの?」
「今はいいでしょ!!」
体を丸めて恥ずかしがる神奈。そんなこと本人の前で言えない。そもそも過去のことだ。今必要な話題でもない。
「それもなんだけど、、、ぶっちゃけ聞くけど」
タクミは固くなる。なにか爆弾を投げられそうな気がしたからだ。避けられない爆弾を。
「一度神奈に告られたからイケルと思ったんでしょ?今でも自分のことは少しは気になってるってさ」
図星だった。そして一番触れられたくないことだった。過去の経験から自分は他の連中より有利だと、告白するまではそう思っていた。思い出すだけでも恥ずかしいほどに。
沈黙が長い。答えに窮する。タクミは重たい唇を持ち上げた。
「そうです。はい、そう思ってました」
「やっぱり、最低だ」
その声は低く重く冷たく、タクミを崖から突き飛ばすように鮮烈だった。
「やめて、深衣奈!!もういいでしょ」
見かねた神奈が声を荒らげる。彼女にしては珍しいくらい声を張って。
「はいはい」
すねたように深衣奈は返す。
「いじめすぎましたよ~」
もう、っと声にせずとも神奈の顔はそう言っている。
グラスに口をつける深衣奈。
そして
「彼もなんか素直そうだったからさ、ハハ、やりすぎっちゃった」
おどけてみせた。
「ホントやりすぎよ」
心配そうにタクミの顔を覗く神奈。
自分では気づかずうちにタクミの顔は真っ白で脂汗をかいていた。気温のせいでは決してなく深衣奈から発せたれた圧迫感、この場の緊張感。まるでこれがドラマでみる修羅場かといわんばかりに。
「飲みなよ」
「はい」
許しを得てグラスに手を伸ばすタクミ。中の液体を一息に飲み干す。そして大きく息を吐く。グラスにこもった力、吐いた息で自分の緊張の度合いを再確認する。
「まあ、悪い子ではないみたいだね。流されやすくて頼りないけど。素直で正直だし」
隣で神奈が小さく頷く。そこで
「でも」
と深衣奈はつづける。
「今度同じことしたら次はぜえったいゆるさないからね、いい!!」
その迫力にタクミは無理やりハイと言わされた。
「アタシのかわいい親友だもんこの子は」
もう、っと複雑な顔で深衣奈の言葉を受け止めた。
その後二人で遊びに行くということでファミレスの前で別れることに。その前に神奈は二人で話がしたいと歩み寄ってきた。
「ホント今日はゴメンナサイ須藤くん」
神奈は深々と頭を下げた。
タクミは戸惑う。
「いや、もともと俺ら、いやオレが悪かったんだし。東塔さんは気にしないでよ。まあ正直生きた心地しなかったけどね」
そっぽを向いて愚痴をこぼした。
「わたしも深衣奈がここまで強引なことするとは思はなかったから」
「行動力は市川並だね」
そうでね、とおかしくなり笑うふたり。
「けどいい友だちだよ。代わりに怒ってくれたんだから。よっぽど東塔さんのこと好きなんだね」
「まあね、前の学校でも仲良くしてくれたし、転校してからも。ほら」
「ん?」
「前に須藤くんが変わったって言ってくれたよね。それも深衣奈のおかげだったりもするし」
「そうなんだ」
そこで
「神奈、まだ~?」と離れたところから声がする。
「はあい」
タクミに向き直る。
「須藤くん。今日はホントいろいろ」
そんなことないとタクミは首をふる。
「あの子、強引だけどいい子だから」
「わかるよ。東塔さんが仲良くしてるんだから」
「それじゃ深衣奈待ってるし。また学校で」
「うん、じゃ」
手を振りながら駆けていく神奈。
それを見送り手を振り返す。仲良く寄り添って歩いて行く二人。人影が小さくなるのを確認すると振り返る。
「はあっ、マジこわかったあ」
そして色が変わった空を見上げ
「帰ろ」
歩き出した。
「フツウかな、悪くないけどいいところもこれといってないって感じ」
そんなことを言う深衣奈。
タクミと別れてからしばらく一緒の時間を過ごす神奈と深衣奈。
「そうかな?」
「そうでしょ?顔も雰囲気もフツウだし。今の神奈には足りないよ」
「今のって何よ、失礼ね。ふふ。けどそんなこと言ったら殆どの子がフツウだよわたしも深衣奈も」
「え~アタシいけてない?」
「ん~そういうのじゃなくて」
「今はどうなの。昔好きだったんでしょまた会ってみてやっぱいいとか。アタシはナシだけど」
「昔の好きだった気持ちは覚えてるよ。彼もそんな変わったわけじゃないし。けどいまはそういう気持ちになれないってのが本音かな。好きとか嫌いとかピンと来ないの」
「なんで?昔好きだったのに」
「わたしもわかんない」
笑って見せる神奈。
「今はいいの。今の感じ結構好きだし。そういうのはまだ」
「そ、神奈がいいならいいけど。ま神奈に釣り合うのもなかなかいないしね。いっそ年上とかどう?アンタに似合いそう」
「だからいいって、もう」
やや間があって、けど、と神奈は言った。
怪訝な顔でそれをきく深衣奈。
「この間怒ってくれた時の須藤くんはなんか懐かしかったな」
「ナニソレ」
「ふふふ」
「いや、ふふふじゃないから」