タクミ
週末の休日、未だタクミの心は晴れずにいた。あの日、中学時代の学友東塔神奈に愛の告白をした彼は正面から思いを砕かれた。
元から安い見立てではあったのだがその時刻まれた失恋の痛みは時間が流れても変化を見せない、
そして今日、休みの日を鬱々と過ごすはずだったのだが同じ高校で中学からタクミと親しくする友人の三藤亮太に遊びに誘われたのだ。
これもふたりきりではなく同じく中学の同級生でいまは別の高校に通う旧友、品野結大と3人で。
久しぶりに集まる悪友3人。訪れたゲームセンターで変わらず陰鬱な色を魅せるタクミに結大はその理由を問う。
「へえ、東塔こっち帰ってきたんだ」
その言葉に驚きを見せたのは亮太だった。
「ユウ、おまえ覚えてんの」
「むしろ、おまえ覚えてねえの」
「先にタクから話し聞いたけどさ、あの頃は地味だったっていうじゃん。いちいち女の顔覚えてねえよ」
「確かに地味っちゃ地味だったな。ほら、オレ顔と名前おぼえんの得意だし。つうかリョウそんなだから彼女できねえんだっての」
「彼女持ちだからって偉そうじゃねオマエ」
少しむくれて様子で言い返す亮太。
「けど当時タクが告られてたとはね」
「直接聞いたのは今だけどさ。卒業式までの間しばらくソワソワしてたよなオマエ」
「オマエそんなとこまで見てんのきもちわりぃ」
「フツウだっての。ガキみたいに目の前のことしか興味ない連中とは違うのオレハ」
「はいはい」
「で、続けろよタクミ」
「話したとおりだって。トウドウ、さん?が転入してきてクラスの奴らが騒ぐからさ。なんか、巻き込まれて告ろうぜみたいな」
タクミの話を黙ってきく二人は先を促す。
「そんでトップバッターなっちまって、市川っていんだけど」
「童貞キングだっけ」
「ぷっ、キングって」
「市川がトントン拍子に話し進めていざ告白、、、そこそこいい雰囲気だと思ったんだけどな。最初は乗り気じゃなかったけど話してみて案外アリかもなんておもっちゃったりなんかして」
「タクミぃ、それ傲慢」
「うっせ、黙って聞け」
「告ったら、今はそういうの?好きとか、付き合うとか考えらんないとか、言われちゃって」
「なあなあ、タクが失恋したのもそうだけどさ」
「なんだよ」
「その、タクの後も続いたわけ?告白大会?」
「ああ、うん。今ん所順当に玉砕してんよどいつもこいつも」
「あのさ、言うまでもないけど不憫だと思わねえの?東塔のこと」
少し言いよどみながらタクミは答える。
「そりゃ、思うけどさ。オレだけで止めらんねえじゃん。市川なんて一度決めたらめちゃくちゃ強引だしさ。オレ一人どうこう行っても」
「でた、意志薄弱モード!!」
「モード言うな」
茶化した亮太を結大が小突く。
「まあでもほんといい子だよ改めてだけどさ。連日、男に呼び出されて内心怒ってても仕方ないのに顔に出さず。他の奴らもさ断られるにしても後で揃っていい子だったっていうもん」
「確かにそうだよな、オレだったら不機嫌オーラ全開でまわりに当たり散らしてるぜ」
「女っ気ないくせによく言うよ」
「これでもフツウにまわりの女子とはうまくやってるっつうの」
「あらましはわかったけどさ。で、どうすんのタクミ」
「今更どうもしようがないだろ。無理って言われてんだし」
「未練ないの?やっぱ好きとか気になるとか」
「どうなのタク?」
「わかんねえ。いまでもいいなとは思うけどさ。執着するほど気になるわけでもないし。見込みもねえし」
「もったいねえな、中学の時にOKしてれば」
「だってあの時は芋・・・」
「タクミ!」
語気を強めて結大は呼び捨てる。
「オレも東塔をよく知らねえし、中学は地味だったかもしらんが。おまえのそういうのがダメなんじゃねえのか。オマエだってこないだ告って相手の気持がわかったつったろ。オマエラの高校のことしらんけど、周りが周りがってなんつうかつまんねえだろ」
「ユウどうした熱血?青春?」
キリっと亮太を睨みつける。その凄みにバツが悪く目をそらす。
「まあいんじゃん、振られたわけだしタクが気にしないなら気まずくない程度にクラスメイトやれば」
「う、ん。そう、だな」
週明けの学校、タクミはいつものように男子の輪の中にいた。意識半分で会話に参加するタクミ。男子たちの話題は引き続き東塔神奈への告白作戦一色だった。
楽しげに談笑するクラスメイト。そんな中タクミは友、結大の言葉を思い出す。
「つまんくねえ?」
彼はそう言っていた。
「傲慢だろ」
傲慢、わがままということだ。
「そういうのがダメなんだって」
頭のなかで再生される友の言葉。タクミはポロッと口にした。
「やめない?」
けれどその言葉は会話の渦にかき消される。
不思議とタクミは苛立ちを覚えた。何をしているんだろう自分たちは。こんな幼稚なこと誰かが困るようなことを楽しげになに話してるんだろう。タクミの怒りは徐々に温度を上げていく。
「やめろってそういうの!!」
タクミは知らず怒鳴っていた。
キョトンとする友人たち。あまりの声の大きさに離れた席にいる他の生徒の視線まで一身にあつめる。
「スッチどうした?なにおこってんの?」
「やめようよ、そんな遊びみたいにさあの子だって迷惑に決まってんじゃん。なんで続けるの!」
無意識に直接的でない言葉を選びながら。
「落ち着けよ、須藤」
けれど当のタクミは昂った気持ちを抑えきれず衆目を集める羞恥心をかなぐり捨てつづける。
「なあ、もういいだろ、なあ!」
すると、輪の中の一人がタクミの言葉に苛立ちを覚え突っかかる。
「勝手なこと言うなよ!おまえはいいよ。もう順番終わって見事に振られてんだから」
振られた、その言葉に過剰に反応してタクミは更に燃え上がる。
「俺のことはいいんだよ!オレハこんなくだらないことやめろっつてんの!!」
「くだらないかどうかは人それぞれだろ。オマエが決めるな。少なくともオレハオマエや他より真面目で真剣なんだ。順番が来たらマジでぶつかるつもりなんだよ」
二人の口論にどう仲裁しようか思い悩む男たち。他の生徒達もザワザワしながらことの行末を見つめている。仕切り役の市川も止めようとするも本気で切れたタクミを見るのが初めてで制止しきれない。
「相手の気持ちも考えろよ!こんなことされて気持ちいいわけ無いだろ!」
「その気持ち悪いことにオマエも参加したじゃねえか。自分が終わったからってダメだったからって自己中なこというなよ」
自己中、自分勝手、わがまま、傲慢。再び結大の言葉が再生される。
「傲慢だってなんだっていい。自己中でもいいさ。おれは嫌だから嫌っていってるんだ。こんなことにいつまでも巻き込みたくないんだよ!おまえも本気なら本気で嫌がることすんなよ!!」
今のタクミには他の女生徒、とりわけ神奈に見られているであろうことも胸中にはなかった。
続いて相手も言い返そうとしたところで担任教師が教室に入ってきた。廊下まで聞こえていたであろう教室内の怒声にすぐに異変に気づくと
「どうしたどうした?須藤か、珍しくなに怒ってたんだ?」
黙りこむ生徒たち。その沈黙に言いづらいことだと悟ると
「須藤、後で来い。話し聞かせてもらうから」
途端、沈み込む男子生徒達。一様にこれはまずいという顔をする。
「いいな?」
念押しの言葉にようやくタクミは
「はい」
と短く答えた。
授業終わりに呼び出されたタクミはただひたすら口論になったとしか言わなかった。反省していると謝罪の言葉だけ繰り返し。唯一神奈の名誉のためだけに黙秘をつづけた。
教師もタクミがどうしても言いたくない何かを持っていることに気づきながらもコレ以上騒ぎが広がることはないと判断し返すことに。
教室にもどると男子たちの様子が違っていた。
タクミが呼び出されたことで企みが露見することを恐れた面々は急遽中止を決断。
市川はタクミが漏らすことはないと口では言いつつも可能性を考慮した結果、一連の告白作戦は凍結。どうしても思いを告げたいものは一ヶ月ほど猶予を設けてから個人の意志でということに落ち着いた。
こうして恥を振りまきながらも結果としてタクミの希望通り神奈へのはた迷惑な男たちの企みは幕を閉じる。
放課後、クラスの中心で柄にもなく醜態を晒したことを今更ながら後悔する。恥ずかしさと情けなさから号令が終わってもしばらく机で頭を抱えたまま動かない。
件の男子生徒との確執は市川の仲裁で一応の謝罪を交わす。けれどどちらもすぐには気持ちを切り替えられずに数日はひきづることはみてとれた。
ひとりひとり教室を後にし、かずが減ってくるとようやく重い腰をあげドアをくぐり抜ける。重い足取りで廊下を進むと声をかけられる。
「須藤くん」
声の主は神奈だった。
今日神奈の件で揉めたタクミとしては当の神奈にどんな顔を向ければいいかわからず、というより正面から向き合うのが怖くなりたまらずそっぽを向く。
「なに?どうしたの」
わかっている。見られていた、聞かれていたのだろう。当然だ同じクラスなのだから。それでもそういう聞き方をした。他に何も浮かばないから。
「話、したいんだけどいいかな?」
神奈はまっすぐこちらを見る。けれどタクミは応える勇気がない。
「話?」
「うん、時間、ない?」
「なくはない、けど」
曖昧な返事の続くタクミに神奈も少し困惑する。情けない姿を晒していることに自覚するとさらに恥ずかしくなってきた。
「いいよ」
タクミはそう答えていた。
「人に聞かれると恥ずかしいから」
照れたように笑いながら神奈はそう言う。場所を変えたいということだ。
期せずして二人は下校を共にすることに。学校近くの空き地のような公園に来るとベンチを見つけ腰を下ろす。たって向かい合うにはまだ抵抗を感じる。
「今日のあれ」
やっぱりその話か、そう思いつつもさけて通れないことは考えなくてもわかる。腹をくくるしかない。何を聞かれても。
「ごめん」
大きめの声でタクミは謝った。けれど神奈は
「わたし、話を全部聞いてたわけじゃないから須藤くんが何に謝ってるのかよくわからないんだ。他の子が言ってるの聞いてなんのことかは考えたんだけど。私に関係有るのかな?」
神奈は怒ってない、責めているわけでもない。それを肌で感じるとすこし身が柔らかくなった気がする。
タクミはゆっくり、少々焦れったくも言葉を選びながら話した。
「最近なんか変だって感じなかった?こっち来てから」
「うん、男の子が話があるって何回かよばれたけど」
「あれっ、男子で、東塔さんに、その、、、告ろうって、なって」
「須藤くんも?」
「ホントごめん」
タクミは神奈に向き直って大きく頭を下げた。
「でも!!」
でもと言葉を続ける。遊びだなんてからかったなんて思われたくない。神奈を貶めたく(おとしめたく)ない。
「冗談とか、バカにしてじゃないんだ。本当に!おれも、みんなも、ちゃんと東塔さんいいなって、、、遊びっぽくなったのは俺らが悪い。馬鹿だからさ、俺達、勝手に盛り上がって」
実際、タクミに関してはさして盛り上がってはなかった。けれどこうなってはタクミ=男子生徒たちで男子生徒たち=タクミだ。タクミはそう認識した。自分だけは違うなんていまさら言い逃れようとは毛ほども思わなかった。
「今日喧嘩したあいつも」
悪いなとは思った。あいつは本気だといった。それなのに告げ口はよくない。それでも。
「あいつも本気だって。あいつはおれや他のやつより本気だって言いやがった」
何故か乱暴な口調になってしまった。またしても昂ってきてしまったのか。
すると神奈はタクミの目をまっすぐみつめ問いかける。
「須藤くんは本気じゃなかったの?」
どこか悲しそうな目で。その目はタクミへの好意からくるものではけしてないだろう。答えによってはタクミへの失望には変わる目だ。タクミは遊びだったのか、冗談であんなことをしたのかと。
その目にタクミは怯む。そして覚悟する。嫌われても仕方ない、どうせ一度振られているんだ。せめて嘘偽りない気持ちを伝えよう。少しでも、少しでも傷つけないように。
「おれは、、、なんとなくで参加しちゃって、気づいたら1番で、市川が、、、ゴメン人のせいなんて、、クソ、、、引き返せなくなって」
息を継ぎ足してつなげる。
「でも!!でもばっかでも、でも!!いざとなったとき本気で!本気でいいなって!もちろん昔のはクラスのやつら知らないし、昔の東塔さんほどじゃなくても本気で、本気で」
興奮しすぎて目頭が暑くなってしまった。目元が潤んでいるのを感じた。泣いてるわけじゃないのに。自分のカッコ悪さを隠せない。
「ごめん」
最後にそう付け加えた。
黙って話を聞いていた神奈はすべて聞き終えると考えるように黙りこむ。
怒っているのだろうか呆れているのだろうか表情を伺うのが怖い。これで心底嫌われたなそう思った。男連中にも悪いことをした、自分はチクリ魔だ。
すっと遠くを見るように神奈は顔を上げる。
「びっくりしたあ、あはは」
笑っている。困ったように。きっと神奈もどんな顔をすればいいかわからないのだろう。
「そっか、変だなとは思ったんだ。ほとんど毎日だから」
ゴメンと言おうとしてやめた。いまは神奈の言葉を全て受け止めたい。自分たちの罪を。
「けどね、わたしに、その、好きだって言ってくれた子みんな真剣な目してたから」
恥ずかしそうに照れくさそうに、好きという言葉を口にするのは、自分が好意を向けられていると人に話すのはこそばゆい。
「わたしも真剣に答えたよ」
どう答えたかは言わない。噂では成功者は0だ。現時点で。
「嫌だな」
タクミはそう漏らした。ポロッと心の声がこぼれたように。
「こんなかっこ悪いことはじめからしなきゃよかったのに、最低だよ他もそそのかされたおれも」
自虐的に嘆く。神奈に向けてじゃなかった。改めて今日を経てようやく馬鹿なことをしたと気づいた。自分が嫌になった。
「でも、今日止めてくれたんだよね」
「」
「いってたでしょ、もうやめなよって。あれはそういうことじゃないの。久しぶりに見た。須藤くんが本気で怒ってるの」
久しぶり、その言葉に引っかかりを覚えたがその場は流れた。
「相手の子もだけどすごい剣幕だった。びっくりしちゃったよ。どうしたんだろって。ほら、わたし来たばっかだからわかんなかったけどクラスの子もあんなの初めてだっていってたし」
「ごめ・・・」
またしても謝罪の言葉がこみ上げる。けれど
「許して欲しい?」
「えっ?」
いじわるに笑ってみせる神奈。
「ほしくないの?」
「や、その、、、」
また遠くを見やる神奈。
「怒ってないけど、なんかやだなって思った。告白をゲームみたいに」
「うん、そだね」
「でもね、いやだけど真剣だったんだよね。まだみんなのことよく知らなかったから怖かったけど」
こわかった?そうか、そうだったのか。いまさらながらにタクミは気づく。右も左もわからない新天地で何も知らない男たちに言い寄られるなんてそんな感想を抱いても不思議じゃない。
「チャラ、は安いかな」
まただ、また意地悪な顔。
「けど今日須藤くん頑張ってくれたし、顔真っ赤にして、ふふ。あれで終わりなんだよね」
「うん、とりあえず。でもゴメン。どうしてもってやつはまだいるかも。それでも今回みたいなのはもう」
「そっか、じゃあ減額にします!残った分は」
沈んだタクミに正面から向き合う。慈愛に満ちた優しい顔で、恥じらいを含みつつ。気持ち少し赤いかもしれない。
「これからもクラスメイトとして仲良くしてください。わたしまだ学校のことよくわかんないし」
はにかんだ笑顔がとてもかわいかった。ときめきを覚えずにいられぬほどに。
「結局、ゲロっちゃったんだ」
テレビに相対したまま亮太は手元のコントローラを小刻みにこねくり回す。
「最近のタクミにしてはがんばったんじゃないか」
二人の背後から椅子に腰掛けた結大はそんなことを言う。
「ユウ、それ褒めてんの?」
亮太は視線をテレビから離さない。
「恥を晒しただけだけどな」
「そう卑屈になんなくてもいいじゃん」
「結果なくなったんだろそのゲーム」
「ゲームって言い方やめてよ。微妙に傷つくからさ」
「でも他人から見たら、なあ」
「そうなんだけどさ」
「おまえの恥で東塔はコレ以上疲れずにすんだんだ、よしとしとけ」
「ユウ、のおかげだよ」
指を止めそんなことを漏らす。
「なに、なに?ユウなんかしたっけ?」
「さあ?」
「言ったろ?カッコ悪いみたいなこと。。。。はぁっ!やっぱ彼女持ちは違うな」
仰向けに両腕を軸にしてのけぞるタクミ。その口調は大げさにおどけてみせたものだった。
「青春だねえ」
ゲームを続けたまま亮太は適当な事を言う。
「あの時はマジでかわいかったな」
さすがの亮太も手を止めタクミの顔を覗き込む。倣うように結大も。
二人は顔を見合わせ
「おっ、これは恋の予感か?」
「さあな、タクミだからな。わからんよ」
二人の方に向き直るタクミ。ようやく自分が何を口にしたのか冷静に自覚し赤面する。
「ばっ!!」
言葉にならず身振りで全力の否定を表明した。