表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

第二章 ラブコメする程度の能力



 あれからカナミと共にいくつか実験を繰り返したが、そのほとんどが叶うことはなかった。

 叶ったものは、初めてエレナと出会った時の『パンツが見たい』、廊下で好みの女の子とすれ違った時に思った『お近づきになりたい』、最後にカナミのパンツがもう一度見たいと思っていたところ、階段で二人して滑り落ち、一昔前のギャルゲーのような体勢で白レースと再会を果たしたくらいだ。

 ちなみに最後の一つは、カナミからしっかりと拳の洗礼を受けている。

「つまり、アンタの願いが叶えられるのは、女の子関係限定、しかもハプニング系というわけね」

 ようやく四時限の授業を終え、隣の席のカナミが人差し指を立てながら解説してくる。

「この世界はアンタを中心に作られている。超能力が存在していたり、妹さんが理想の妹になっていたり、アンタだけが【封印指定のZランク魔術師】(笑)に指定されているのも、そう」

「……おい。なにも、笑う必要は無いんじゃないか?」

「ただし、ここからが重要。あたしなりに仮定を立ててみたんだけど、そういう『世界設定』みたいなのは、既に終わっているんじゃないかしら? つまり、アンタにとって都合の良さそうな世界を設定したものの、それを今からリアルタイムにアンタの希望に従って変更していくのは不可能。唯一の例外が、女の子関係」

「…………」

「どうしてそうなのかは分からない。ただ、女の子とイチャイチャするようなイベント……男の希望だけを反映した安~いシナリオのゲームやマンガで起こるような展開だけは、なぜかリアルタイムで反映される」

 と、いうことだと思うのよ、なんて解説するカナミさんに聞き入る水鏡。

 なんというか、中途半端な状況だった。自分を中心に世界が回っているのなら、富も名誉も手に入れてウハウハだぜ~とか思っていたが、そんなことはちっともできないらしい。

 ただ唯一、女の子関係だけは思いのままらしいが。

「うーむ…………『絵夢と都子が、お昼ごはんの誘いに来る』!」

 試しに、という軽い気持ちで呟くと同時、教室の後方のドアがガラリと開いた。

「おにーちゃん! ごはん食べよー!」

 見れば、元気いっぱいに飛び跳ねる妹と、後ろからニコニコ笑顔で続く都子が立っている。

「すげぇ…………」

 思わず隣を見ると、ほーらね、という顔をしたカナミと目が合った。

「うにゃ? おにーちゃん、その人は?」

 鞄から弁当を出していると、水鏡の席までやって来た絵夢がカナミに気付いて声をかけた。

「ああ。えっと……同じクラスで隣の席になった、乙姫カナミだ。こいつも一緒していいかな?」

「ちょっ……ええっ?」

 事前にそんな約束なんてしていなかったから、カナミが慌てる。

「いいじゃねーか。どーせお前、ぼっちだろ?」

「う、うるさいわね…………」

 ぼっちとは、『一人ぼっち』のことだ。

 水鏡はあれから、カナミの言う〈元の世界〉での記憶を必死に探ったのだが、何度検索をかけてもカナミのことは思い出せなかった。

 それもそのはず。カナミは近くに住んでこそいたものの、水鏡とは別の高校に通っていたのだ。だから当然、カナミにこの高校での知り合いもいない。

「絵夢はべつにいいよー」

「わたしも大丈夫だよ。よろしくね、カナミちゃん」

「うっ……よ、よろしく……」

 周りから固められたせいで逃げ場をなくし、しぶしぶといった調子でカナミが頷いた。

「それで、どこで食べるの? おにーちゃん」

 いつもは水鏡の教室か都子の教室でお昼を食べていたのだが、ここで水鏡はもう一度、自分のチカラをテストすることにした。

「……『屋上の鍵がなぜか開いており、俺たち四人はそこで食事ができる』!」

「あの……恭ちゃん?」

「なんとなく、そんな気がするんだ! だから、屋上に行ってみようぜ!」

 不思議そうな顔をする都子とジト目でこちらを眺めるカナミを引き連れて、水鏡は屋上を目指した。



「まさか、本当に開いているとは……」

「さすが、チート能力者は違うわね」

 本来は厳重に施錠され、学園物のゲームにありがちな青春の一ページを刻むことなど不可能だったはずの屋上が、なぜか今日は鍵が開いていた。

 ついでに言えば、体育祭の時に使ったシートまでが放置してあり、『ぜひここで昼食を食べてください!』と言わんばかりの有様だ。

「すごーい。ラッキーだったねー」

 ほのぼのと微笑む都子が重箱の弁当を広げ始める。いつも三人で食べているため、水鏡や絵夢に振舞う分も含めて、多めに持参しているのだ。

「俺は絵夢がついでに作ってくれてるから、それとして……カナミ……」

「う、うっさい! あたしだって料理は得意なのよ!? ただ、今朝は色々バタバタしてたから、時間なくて……っ!」

 ちょっと恥ずかしそうにガウガウ吠えるカナミの昼食は、購買で買ったパンだ。

水鏡としてはちょっとしたネタのつもりだったのだが、存外、カナミの精神にダメージを与えたらしい。

「大丈夫だよー。いっぱいあるから、カナミちゃんも食べてねー」

「そうだぞ、カナミ。別に料理が下手でも、そういうキャラだと言い張れば、なんとかなる」

「ち、違う! あたしはほんとに――!」

「はーい、カナミさん。わたしのおかずも少しあげますねー」

 最後の絵夢からの差し入れがトドメだったらしい。暗い表情をして、どよーんと落ち込んでしまった。

 そんなものなのかねぇ……と水鏡はテキトーなことを思いつつ、都子の重箱から玉子焼きを一つ摘み上げた。

「うまいっ! さすが都子だなー」

「えへへー。ありがとう、恭ちゃん」

「うんうん。都子は将来、いいお嫁さんになるよー」

「はうっ!? おにーちゃん、絵夢のタコさんウィンナーも食べて!」

「お、おう? うん。おいしい。絵夢もいいお嫁さんになるなー」

「えへへー。おにーちゃんと結婚かぁー」

「え、絵夢ちゃん……兄妹での結婚は、どうなのかな……」

「…………なにこの安いラブコメ展開」 

 水鏡を中心に絵夢と都子がデレデレするという、フィクションにありがちな……しかし、実際にはそうそうあり得ない絵面にげんなりするカナミ。

 そんなカナミに、やいやいとやり合う二人の隙を突いて、水鏡がこっそり話しかけた。

「……おい。あんまりつまらなさそうにするな。こと、女の子関係……つまり、ラブコメ方面には、俺のチカラがリアルタイムに反映されるんだ。そんなつまらなさそうな顔してると、お前の身に何が起こるか保障できんぞ」

「うっさいわねぇ……。だからって、他の二人みたくアンタにデレデレになれっていうの? そんなの、できるわけ――――ひゃうんっ!?」

 カナミが突如上げたあられもない声に、言い合っていた絵夢と都子も振り返る。

 その二人に対して、「なんでもないわ……」とぎこちない笑みを返し、なんとか二人を食事へと戻したところで……キッと目を釣り上げて、水鏡に言い寄った。

「アンタっ! あたしに何したのっ!?」

「な、何って、別に何も…………」

「嘘つきなさいっ! だったら、これは何なのよっ!?」

「こ、これって……?」

 うっすらと涙を浮かべるカナミは、真っ赤な顔で胸元を押さえている。カナミは割と発育がよく、右手で押さえられたせいで左胸の膨らみがかなり強調されている。

下手なことを考えたら殺される、と水鏡は目を逸らした。

「だから、このっ……! …………! う、ぐっ……!」

 何でもあけっぴろげにハキハキ喋るカナミが、珍しく押し黙る。

相変わらず右手は、左の胸を押さえたままだ。

「アンタ……さっき、どんなことを考えたか言ってみなさい……!」

「え? いや、だから……そんなにツンツンしてたら、俺のチカラでカナミがどうにかなってしまうんじゃないかと心配を……」

「へぇえ~…………それで、どうなればいいと思ったのかしら?」

 ピクピク、と顔を痙攣させながらカナミが尋ねる。

 ここまで来て、ようやく水鏡にも事態が飲み込めた。あの時、水鏡は頭の隅っこでこう考えたのだ。『カナミの好感度も、もう少し上がればいいなー』、と。

「まさか……お前…………」

 水鏡の引きつった横顔に冷たい汗がタラリと伝う。

 真っ赤な顔で左胸を押さえるカナミは、怒気を孕んだ笑みを浮かべ続ける。

 このままではマズイと思った水鏡は、ゆっくりと、自分の考えが正しいのかどうか確認してみることにした。

「お前……俺に恋しちゃった、とか…………?」

「~~~~~~ッ!!」

 返事は無かった。

 ただ、真っ赤な顔で向ける恨みがましい視線と、今すぐにでも殴ってやろうかと振り上げた拳が、全ての答えだった。

「うわぁっ! ごめん! ごめんって!! わざとじゃないっ! だから、殴らないでくれぇ~~~!!」

「こんのぉっ! ――――ひゃんっ!?」

 我慢の限界を迎えたカナミが立ち上がり、水鏡に殴りかかろうとした所で――今度は全身を震わせ、なぜかスカートを左手で押さえた。

 いや、もっと正確に言えば…………下腹部を。

「……っ! ……っ! …………ッ!!」

「あ、あの……その……す、すまん…………」

 顔をバラのように真っ赤にし、涙目で睨みつけるカナミを見て、水鏡は全てを悟った。

 殴られると意識した瞬間――水鏡は無意識にも近いレベルでこう思ったのだ。

『カナミの好感度がもっと高くて、俺のことが好きで好きで堪らなくなれば、殴られなくても済むのに』、と。

 結果は、目の前のカナミがそれだ。

 女の子のイベント関係がリアルタイムに反映されると言っても、まさか心の中で思ったことまで現実化されるとは、水鏡も予想外だった。

「~~~っ! ~~~~ッ!!」

 カナミは、なんか大変なことになっていた。もはや、水鏡に殴りかかることなどどうでもいいかのように両手でスカートを押さえ、何かに耐えるように体を震わせている。

 なんだか分からないけど、このままではマズイと思った。

 いや、本当のところは薄っすらと事態を理解していたりするのだが……それをハッキリと認識すれば、余計に現状が悪化するように思える。水鏡だって健全な男子高校生なのだ。

よって水鏡は、スカートを押さえつけて内股を擦り合わせるカナミの方は極力見ないようにしつつ、絵夢にヘルプを求めた。

「え、絵夢! カナミが……その、お腹痛くなったみたいだから、保健室に連れて行ってやってくれ!」

「ええっ! 大丈夫!? カナミさん!」

 世界改変によって素直&純粋になっている妹は、水鏡の言葉を疑うようなことはせず、すぐさまカナミに駆け寄った。

そして、本当に具合が悪そうだと分かると、保健室に連れて行くため、屋上の出入り口へと向かう。

 屋上の出入り口まで辿り着いたカナミは、恨めしそうな目で水鏡を振り返るも――

「――――ひうっ!?」

 と、なんだか分からない(ことにしておきたい)声を上げつつ、真っ赤な顔で校舎の中に消えていった。

「カナミちゃん、大丈夫かなー?」

「だ、大丈夫だろ、たぶん……」

 大丈夫じゃないのは水鏡の方だ。あれでは次に会った時、片腕くらいは諦めた方が良さそうである。明日から水鏡は『隻腕の恋愛マスター』とか呼ばれてしまうかもしれない。なにそれ、カッコいい。

 そんなバカなことを考えて、思考をピンク色から遠ざける。この大人しい幼馴染までリビドーに染めてしまっては、なんか色んな意味で人生終了な気がした。

「……こ、こほん。えーっと。都子は、変わったことはないか?」

「うん? 変わったこと?」

 突然そんな話題を振ったものだから、きょとん、とした顔をする。

 朝から世界がどうのとやりあった水鏡にとっては大事件真っ只中だが、普通に生活している幼馴染には普段と変わらない日常だ。

 これはマズったなーと思った水鏡は、すっかり忘れていた弁当を持ち上げて口に運びつつ、ただの世間話であることをアピールした。

「えーっと……新しいクラスになって、恭ちゃんと離れちゃったから残念かなー」

「そっか。そういや、初めてだよな。クラスが分かれたの」

 冷静に考えれば、小学校から十一年間も同じクラスだった方が奇跡的なのだが。

 そう考えると、なかなかに運命的だ。高校三年生になって理系・文系でのクラス分けがあり、どうしようもなく分かれてしまったが……そうではなく通常のクラス分けだったなら、また都子と同じクラスになっていたのかもしれない。

「恭ちゃんは、どう? 新しいクラスには、もう慣れた?」

「え? ど、どうかなー」

 ははは……と笑って誤魔化す水鏡。

 慣れたも何も、水鏡の主観では今日から高校三年生がスタートしたばかりなのだ。いや、正確に言えば『リ・スタート』なのだが。

「ま、別にこれまで通りだよ。クラスのメンバーが変わったって、俺は俺だしな」

「……恭ちゃんは、変わらないね。わたしが一緒のクラスじゃなくても、なんともなさそう」

「い、いや、別にそういう意味じゃないぞ!? ほら、やっぱり幼馴染が一緒のクラスにいてくれた方が何かと助かるし! だけど、もうすぐ受験だし、受験じゃ都子の力を借りてカンニングするわけにもいかんしなー!」

 一気に捲くし立てる。人間、早口になる時は何かを誤魔化したい時だと聞いたが、どうやらそれは本当のようだ。

 水鏡も予想外の事態にびっくりしていた。普段あれほど感情のバランスがとれている温厚な都子が、あまりにも悲しそうな顔をするものだから――――

「えへへー。ありがとう。恭ちゃんは、やっぱり優しいねー」

「まあ、それは賛否両論分かれるところではあると思うがな……。お前がそう思うんなら、そうなんだろ」

「うん。あ、そうだ。もうすぐ受験始まっちゃうし、その前にどこか遊びに行こうよ」

「遊びに?」

「そうそう。たまには、幼馴染で水入らずってのも、いいものだよー」

 のほほん、と微笑む都子を見ていると、それも悪くないかもなと水鏡は思った。

「そうだなー。なんだかんだでいつも絵夢が一緒だしなー。たまには幼馴染だけでってのアリか」

「そうだよー。絵夢ちゃんにはまた今度、埋め合わせでデートしてあげればいいじゃない。絵夢ちゃんだってきっと、たまには二人っきりでデートしたいって思ってるよー」

「い、妹とデートってのも、アレだけどな……」

 そんな他愛の無い話をしながら、都子と昼食を食べた。

 デート、か……。

 そういえば、最後に都子と二人っきりで遊びに行ったのはいつだっただろう?

 元の世界に帰ったら大学進学で別れてしまうし、その前に一度くらいデートするのも、悪くない気がした。



「……よく寝たわ。首尾はどうかしら?」

「うわぁっ!?」

 授業が終わった後の、掃除時間。

 下駄箱の近くをダラダラと掃き掃除していると、後ろから急に声がかかった。

 振り返ると、そこにいたのは中学生くらいの金髪少女。名は、エレナ。

「お、お前今までどこ行ってたんだよ!?」

「どこにも行っていないわ。ずっと貴方の中に居たもの」

「な、中って……?」

「貴方の中、よ」

 そう言ってエレナは人差し指で水鏡の胸をつつく。

 確か、【金の精霊】とか名乗っていたな……と思い出し、それなら自分の中に入ることもできるのか、とテキトーに水鏡は納得することにした。

「それで? この世界を改変している精霊は見つかったのかしら?」

「まだだよ。……でるちっ!?」

 エレナの平手が容赦なく水鏡の頬をぶつ。

「言ったはずよね? 精霊を見つけ出し、それを私に差し出しなさいと。そして、【精霊王】になりなさいと」

「い、言ったけど……だからってそんなすぐに見つかるもんでもないじゃんかよう……」

 頬を押さえる水鏡は涙目だ。非常に女々しい。

「いい? 私はどうしても〈ティアラ〉が欲しいの。ラクがしたいの」

「〈ティアラ〉とかラクとか……もうちょっと説明してくれよ。こちとら、〈超能力〉や世界改変の時点で頭こんがらがってんだからさ……」

「…………仕方ないわね」

 やれやれ、といった様子でエレナが嘆息する。

 水鏡の手元から箒を奪い、テキトーにそれを弄びながら、説明を始めた。

「〈精霊〉っていうのは、別にこの世界限定の存在ではないわ。というよりも、この世界自体が精霊のチカラによるものなのだから、むしろ〈元の世界〉の存在である、と言った方が適切なくらいね」

「精霊、ね……」

 水鏡の頭に浮かぶのはゲームやマンガなんかに存在する、フィクションの、設定としての精霊だ。

「そう。あなたが今思っているような認識で構わないわ。フィクションの作品に登場する精霊は、元々私たちが人間と接触した時の経験や、その際の伝承を元に創られているのだから。だから、重要な部分だけ話すわ。〈供物〉に関して」

「〈供物〉?」

「恭弥は日本人だから、ひょっとしたら実家に神棚があるかもしれないわ。そこにお供え物をするでしょう? それが、〈供物〉」

 確かに、水鏡の実家には神棚があった。

水鏡の実家は古き良き日本家屋で、両親・祖父母ともに信心深い人間だったのだ。ついでに言えば仏壇もある。無宗教の上、あまり神様を信じない水鏡は我関せずだったのだが……毎日のように、誰かがお菓子やお水を供えていたように思う。

「私たちは人間から〈供物〉をもらい、信仰してもらわないと存在できないの。つまり、〈供物〉が供えられなくなったら……人間からの信仰が無くなってしまったら、精霊は消滅してしまうのよ」

「しょ、消滅…………!?」

 それはある意味、死よりも重い最後だ。

「ええ。だから、精霊は必死になって〈供物〉を――〈信仰〉を求める。そして、〈供物〉を捧げた人間にチカラを貸すのよ。こうして、人間と精霊は共存してきた。……人間界で時折、信じられない幸運や力を持った人間が現れるでしょう? 彼らは皆、【精霊憑き】よ」

「なっ――――!?」

「そう。歴史上の偉人には、大抵、精霊が憑いていた。だから、他の人間よりも秀でた結果・幸福を手に入れることができたのよ。そして、それゆえに、〈精霊〉の存在を知った人間は、一人の例外も無く精霊に〝憑かれたがる〟。なぜなら、精霊に憑かれた方が何をするにも有利だから。多くの精霊を従えてしまえば、事実上、世界征服だってできてしまう」

 衝撃的な事実だった。

 確かに自分よりも優れた人間、素晴らしい人間は多く存在している。

でもそれは、皆、フェアな条件の下に努力を積んでいるのだと思っていた。いや、そう信じていた。信じたかった。

「べつに不平等ではないわ。ただ、努力の方向が違うだけ」

「そうは言うけどさ……。それに、自分のために精霊を利用するってのも……」

「いいえ。精霊も人間に〝憑きたい〟と思っている」

「…………え?」

「当然でしょう。そちらの方が〈供物〉も集まりやすい。それになにより――【精霊戦争】に参加できる?」

「……【精霊戦争】?」

 いきなり、きな臭い単語が出てきた。

 水鏡はドキリとして姿勢を正す。

「精霊戦争。文字通り、精霊の戦争ね。基本的に現世で顕現した精霊同士が出会えば、戦闘になるわ。なぜなら、人間にとっても精霊にとっても、〝精霊が憑いた人間〟は邪魔にしかならないから。人間は世界征服がやりづらくなるし、精霊は供物が減る。そして……それ以上のメリットとして、戦争を行って勝った精霊は、負けた精霊を〝喰らう〟ことができるのよ」

「喰らう……」

「そう。と言っても、グロテスクなシーンは想像しなくてもいいわ。〈霊力〉を吸収するだけだから。……まあ、そうなってしまえば、吸収された精霊は〈霊力〉を失い、元の座に戻るのだけどね」

「……………………」

「そして、〈霊力〉が一定ラインを超えた精霊は――【神】になれる。〈ティアラ〉が授けられ、神になれば……より多くの供物が集まり、より多くのチカラを人間に与えることができる。そして、他の精霊からも〈供物〉が献上されるのよ」

「なるほど。ねずみ講の上の方みたいな感じか」

 エレナはよく分かっていなさそうだったが、たぶん、イメージ的にはそんな感じなんだろうなと水鏡は勝手に当たりをつけた。

「というわけで恭弥。私と貴方で精霊界と人間界、裏と表の世界征服をするわよ。そして、私にラクをさせて頂戴」

「最初に言ってたのは、そういうことだったのか……」

 ここまで聞いて、ようやく水鏡にもエレナの目的が理解できた。

「要するにお前、ニートになりたいんだな?」

「…………」

 無言のエレナが、見事な下段蹴りを繰り出す!

「げいつ!?」

「言い方に気をつけなさい、恭弥」

「ぐぐぐ……。そ、そうだったな……。収入のあるニートはネオニートと――」

「まだ分からないようね?」

「ばるすっ!?」

 エレナの白魚のように美しい指が、キレイに水鏡の双眸へと収まった。

「目がぁぁぁあああ! 目がああああああ!!」

「リアクションが古いわ、恭弥。精霊の私でさえ、びっくりする古さよ」

 リアクションとか知るか!

 こちとら、お前を楽しませるために痛がってるんじゃねぇっ!!

 ……と、追撃が怖い水鏡は心中で思いました。

「話は以上よ。引き続き、精霊を探しなさい」

「とは言ってもなぁ……。どうやって探せばいいのやら……」

「怪しいと思う人間を見つけたら、私に知らせなさい。精霊が見れば、精霊の憑いている人間は判るわ」

「おおっ!? なんだよ。それなら、エレナが探してくれればいいじゃん!」

 名案だと思った水鏡はポン、と手を打ったが、その水鏡を見るエレナは異常なほどサディスティックな笑みを浮かべる。

「あら、私はいいわよ? ただし、私をこの世界に顕現させるにも霊力はいるから、それなりの〈供物〉は捧げてもらうけれど」

「供物、供物って言ってるけど、具体的に何を捧げればいいんだよ……?」

「そうね。例えば、私をこの世界に三分顕現させるには、あなたの眼球が一ついるわ」

「はあっ!?」

 思わず素っ頓狂な声を上げる。

 いくらなんでも、ヤクザ過ぎだった。

「精霊には固有のチカラがあるのよ。私のチカラは【創造】。あらゆる不可能を可能にする、正に神に選ばれるべきチカラなの」

「なにそれ、すげぇっ!!」

 どう考えてもチートだった。さすがエレナ。

世界を自分中心に回している人間もすごいが、その精霊もハンパない。

「フフフ……。私にかかれば、できないことなんてないわ。貴方を魔術師にすることも、精霊にすることもできる。殴る・蹴るしかできない【銀の精霊】とは大違いでしょう?」

「銀の精霊?」

「なんでもないわ。ただし、そんな凄いチカラを持つ私だから、燃費はちょ~~~っとだけ、悪いのよ」

「ああ、まあ確かに……。こっちの世界に三分呼ぶだけで眼球抉られてたら堪らんよ……」

「他の基準としては……そうね。例えば、この惑星から十秒ほど重力を無くすことだってできるわ」

「ええーーーっ!? ひょっとしてお前こそがラスボスなんじゃ……」

「ただし、それをするには貴方の命が百八つはいるわね」

「……………………」

 つまりそれは、いらない子だ。

 どんなに優れた素晴らしい能力でも、使えないのなら意味が無い。

「安心しなさい。もう少しだけは霊力に余裕があるし……今回はさらに、貴方自身もチカラがあるでしょう?」

「っつっても、『ラブコメする程度の能力』だぞ?」

「あら、いいじゃない。なんだったら、この世界でハーレムでも目指してみれば? それくらい世界を支配し始めたら、さすがに向こうの精霊も焦るでしょう」

「ハーレム……?」

 それは、健全なる男子高校生なら誰もが思い描く、至って健全な欲望だった。

 そしてそれを実現するチカラが――今の水鏡には、備わっている。

「検討を祈るわ、精霊王。……いえ、ハーレム王かしらね?」

 薄く笑いながら、エレナが再び水鏡の胸に触れ、消えていった。

 未だ感動に打ち震える水鏡は、下を向いたまま表情を隠す。

 ……ヤバい。今誰かに表情を見られたら、確実に通報される。そんな自信がある。

 そして、ようやくその表情がまともになってきたところで、水鏡は右拳を天に突き上げ、その場で跳び上がった。

「テンション上がってきたぜぇぇぇええええええええええええええ!!!!!」



 どうして自分は今まで、このチカラをめいっぱい使わなかったのだろうと、水鏡は本気で疑問に思う。

「俺好みの……元気で明るく、美人な先輩と図書室で出会う!」

 拳を握って揚々と叫び、図書室までダッシュ。

 入り口を開けて中に入ろうとすると、丁度出てくるところだった女の子とぶつかった!

「きゃっ!? ご、ごめん! キミ、大丈夫?」

「あ、はい……大丈夫です……」

 水鏡は感動に震えていた。

 ……すげぇ。マジですげぇ。これは……神にもなれるチカラだ!

 図書室でぶつかった先輩に、水鏡は見覚えがあった。チャームポイントのリボンに、いつでも元気いっぱいの笑顔。両手は相変わらず、わたわたと急がしそうに動き回っている。

中学生の頃、同じ卓球部で一つ上の先輩だった光坂亜季だ。

 確かに水鏡が思う『理想の先輩像』ど真ん中の美人だが……重要なのは、水鏡が〝高校三年生〟であることだ。そう。本来、水鏡がこの学校で『先輩』に出会うことなど、あり得ないはずだった。

 それを、水鏡のチカラが無理矢理に実現したのだ。

「あ、あれ? ひょっとして、ミッキー?」

 ミッキーというのは、水鏡の中学時代のあだ名だ。

ただし、その名で呼ぶのは亜季だけだが。

「お、お久しぶりです、亜季先輩……。っていうか、なんでここに……?」

「い、いやー、その……ボク、事故でしばらく入院してて、留年ダブっちゃったんだよねー」

 あははーと笑う。

 水鏡は亜季の一人称が相変わらず『ボク』であったことに、こっそりガッツポーズなんぞを決めていた。

「そっかぁ……。最初は嫌だったけど、ミッキーと同級生になるんだね」

「そ、そうですね。なんか、変な感じですけど……」

「ミッキーは理系かな? ボク、文系なんだ~。あー、そっか。だから今まで会わなかったんだ~」

 水鏡が通う高校では、基本的に理系と文系の生徒は分かれて授業を受ける。だから、同じ学年でも日中出会わない生徒同士が結構な数いるのだ。

「俺だって予想外ですよ……。まさか亜季先輩が留年してるなんて……」

 もう、抑えられなかった。

 どーせ、カナミの一件から、無意識レベルにおける願望も叶ってしまうことが証明されているのだ。だったら、堂々と願うのがせめてもの懺悔だろう。

 そんな風に自分に対する言い訳を終えた水鏡は、少しだけ顔を逸らして、ごくごく小さな声でぼそっと祈りを捧げた。

「…………亜季先輩が、俺に好意を持ってくれる」

「……え? なに、ミッキー?」

 口に出して祈りを捧げた割に、大した変化が無いように感じる。

「いや、なんでもないですよ。……しばらく見ない間に、亜季先輩は美人になったなぁ~とか、そんなことを思ってただけです」

「もう、ミッキーたらっ!」

 亜季が水鏡の背中をばしん!と叩く。

 相変わらず赤紅葉ができそうなほどの打撃だったが……水鏡は確かに見た。亜季の頬がほんのり桜色に染まっているのを。

 当然、本来の水鏡には女子を真っ向から褒めるなんてキザな芸当はできない。……というか、気持ち悪がられたらどうしようという恐怖感で口にもできない。

 しかし、ここは現在、水鏡を中心に回る世界だ。ここならば、水鏡は神。今なら、どんなことだってできる気がした。そう、空も飛べるはず。

「じゃ、じゃあまたね~、ミッキー! その内、また卓球して遊ぼー!」

「はい、楽しみにしています!」

 ブンブンとオーバーに腕を振る亜季に手を振り返しつつ、水鏡は決心した。

 ……新世界の、神になろうと。



 フラフラ歩いていると、二年生の教室まで来ていた。

「……そうだな。後輩キャラも必要だ」

 水鏡はチラリと二年生の教室内を窺う。

 とっくに放課後になっているため、部活動に所属している生徒はみんな出払い、さっさと帰宅する連中も既に教室にはいない。残っているのは駄弁るのが好きな女子達と、数人で携帯ゲームに興じる男子生徒くらいだ。

「……ふむ。噂話好きの女子とか、ちょっと違うよな。俺が求める理想の後輩像と言えば、元気いっぱいで明るく、純粋で素直な女子……」

 そんなことをブツブツと呟きながら二年生教室前の廊下を徘徊する水鏡。

 完全に不審者だ。だが、誰も通報しない。

なぜなら、神だから。水鏡こそが、この世界を統べる唯一の存在だから。……そんなことを、水鏡は内心で大真面目に思っていた。

「フッ……自分の才能が怖い……」

 どこぞの金持ち君を意識して前髪をかき上げつつ、次なるハーレムメンバーとの出会いを模索する水鏡。そんなナルシスト的な仕草も普段の彼では絶対にできない芸当だ。

なぜなら、確実に引かれるから。キモがられるから。

「よし、決めた! 次はベタだが、ラブレターをもらってみよう!」

水鏡はリアルの高校生活において、一度も恋文というものを受け取る機会が無かった。

せっかく『俺ワールド』を展開しているのだから、自分が思う理想的なシチュエーションは全て体験しておきたい。そう考えた水鏡は、世界に向かって予言する。

「そう――元気いっぱいで、明るくて、純粋で、素直で……俺のことが大好きな年下女子が、俺にラブレターを渡しに来るッ!!」

 拳を握り、ガッツポーズをするように、その美少女を呼び寄せるように自分の方へ拳を引き付ける。前フリも中々サマになってきていた。

 …………果たして。

「あ……。おにーちゃん……」

「…………え?」

 水鏡の背後から現れたのは、義理の妹である絵夢だった。

 な、なんで……と混乱した水鏡は己の発言を振り返り、その条件が絵夢にも当てはまることに気付く。

「し、しまった! 今のは取り消――――」

「おにーちゃんは絵夢のこと、きらい?」

「……………………」

 取り消し、と言おうとした言葉は、途中で止まった。

 潤んだ瞳。真っ赤な顔。恥ずかしそうに俯く義妹は、この世の誰よりも可愛い女の子に見えた。

「……ハッ!? ち、違うんだ! 俺はロリコンであってもシスコンじゃない!!」

 誰かに対する言い訳を必死に述べる水鏡。だが、彼のマホウにかかっている絵夢にその言葉は届かず、ただ状況は進展していく。

「え、絵夢ね。おにーちゃんに……どうしても、言いたいことがあるの……。ほんとは、ずっとずっと、言いたかったの……」

 ああ、と水鏡は思う。

 元の世界では散々ヒヤリとするアプローチをしかけてくる妹だったが、こうして改めて見る絵夢は、なんと可憐でいじらしいのだろうか。

確かに今は、世界改変によって多少性格が変わっているのかもしれない。だけど、奥の奥……根底の部分では、絵夢は絵夢なのだ。その気持ちに偽りはなく、水鏡に想いを伝えようとする絵夢の儚さも、決して幻想ではあり得ない。

「でも……すごく恥ずかしいから、お手紙書きました……。よかったら……読んでください……」

 目を瞑ってお辞儀し、ふるふると震える手で手紙を差し出す絵夢。その手紙にはお約束のハートのシールで封がしてあった。

 くっはぁ! と水鏡は思った。何がなんだか分からないが、くっはぁ! である。

 もうなんか、自分でも自分の顔が赤いのが分かる。もうシスコンでもいいや……という諦観の気持ちと共に、人生初のラブレターを受け取った。

「……じゃ、じゃあね。恥ずかしいから、絵夢のいないところで読んでねっ!」

 それだけ言って、絵夢は脱兎の如く逃げ出した。

 ひらひらとスカートを揺らして真っ赤な顔で廊下を走る絵夢を見て、水鏡は恋に落ち――――

「あ、あっぶねぇっ!!」

 ――る、ギリギリで、自我を保った。

 なんか知らんけど、ギリギリだった。特に意味はないけど、本当にギリギリのところで生き残った。そんな気分。

「ふ、ふう……。この手紙は後で楽しむとしよう」

 可愛らしい白い封筒をポケットに押し込む。なんか、これを読んでしまったらハーレムを作るどころか、今いる場所にすら戻って来られなくなるような予感があった。

「……しかし、ハーレムってのは意外と身近にあるもんなのかもしれないなぁ……」

 一人、うんうんと頷き確認する。

 確かにまだ見ぬ美少女との出会いも楽しみだが、現状でも割と充実している。絵夢、都子、亜季先輩……ついでに、カナミ。あんまり人数を増やしても一人一人と関わる時間が減ってしまうし、とりあえずは今、縁のあるメンバーとイチャイチャしよう。

 そんな風に結論付けた水鏡は、順当に都子のいる教室へと向かった。



 考えてみれば、当然だった。

「あっれー? また会ったね、ミッキー! なになに? もうボクに会いたくなったのかなー?」

 都子の教室……即ち、三年の文系クラスには当然のように亜季先輩がいた。先程別れてから三十分も経っていない。素晴らしい接触頻度だ。これがギャルゲーだったら、亜季先輩ルート確定だな……と苦笑しつつ、都子を探す。

 都子は廊下側の前の方の席で友達と談笑している。それに引きかえ、亜季先輩は一人だ。

やっぱり、この年齢の一年ってのは大きいし、留年は大変なんだなーとか思った。

「あー……その。このクラスに、俺の幼馴染もいるんですよ。おーい! 都子ー!」

 亜季先輩を見習ってブンブンと手を振ると、水鏡の存在に気付いた都子が友達に軽く会釈をして駆け寄って来た。

「恭ちゃんだー。来てたなら、言ってくれればよかったのにー」

「おう。今来たばっかだからな。で、こちら、亜季先輩」

 どうも、と二人が挨拶する。

「覚えてるかなー? 俺の、中学時代の卓球部の先輩。すっげー元気で美人なボクっ娘」

「もう、ミッキーったら! 褒めたって何も出ないぞぉー!」

 バシン、バシンと背中を叩かれる。

これ、美少女じゃなかったら普通に暴力だよなぁ……と水鏡は苦笑いした。

「知ってるよー。恭ちゃん、よく亜季先輩のこと見てたもんねー」

「バッ……!? そ、そんなことねーよ!」

 と否定するものの、都子の意見はドンピシャだった。というか、水鏡が卓球部に入部した一番の動機が亜季の存在だったりしたのだ。

「そうなのー? 嬉しいなー! このー!」

 ぐりぐり、とヘッドロックされて拳を頭に擦り付けられる。

 胸がっ! 胸がっ! とか水鏡は悦んでいた。

「ちょっと事情があって留年しちゃってるのだー! だから、よろしくねー!」

「はい。こちらこそ、よろしくお願いしますねー」

 浮き気味だった亜季先輩にちょっとだけ気を遣ってみたのだが、どうやら上手く行ったようだ。

 美少女二人が自分を挟んで幸せそうにしているのは、非常に美味しいなぁ……と水鏡はデレデレし、無意識に『もっと二人の好感度が上がる』ことを願った。

「……はうっ!?」

 と同時、亜季が変な声を上げる。

 原因はもちろん、水鏡の無意識な祈り。先のカナミの如く。

「う、うぅ……ミッキー? な、なんだかボク……。……。……な、なんでもない……」

 と、明らかに何でもありそうな真っ赤な顔で太ももを擦り合わせつつ、水鏡から視線を外す亜季。普段元気な亜季がしおらしくなるというのは意外なほど攻撃力が高く、水鏡は自分の思考を制御することも忘れて『もっと』と、これまた無意識に願ってしまう。

「はぁうっ!」

 亜季の身体が落雷に打たれたかのように跳ねる。だが、嫌悪感は無いようで、桜よりも赤い顔をさらに赤くしつつ、ウズウズと身体を動かし続ける。

 いい加減、理性のネジがブッ飛びそうになったところで……ふと水鏡は、都子の状態が大して変化していないことに気付く。

「あ、あれ……? 都子は何ともない?」

「え? どうしたの、恭ちゃん?」

「いや……。……都子、俺のこと好きか?」

「うん、好きだよー」

「どれくらい好き?」

「すごく好きだよー」

「…………」

 なんか、すでに限界値っぽかった。都子、恐るべし。

 亜季先輩の状態を鑑みるに、都子は平常時で既にスタンバイオーケーのようだ。……なにがオーケーなのか、詳しく考えるのはやめておくけど。

 というか、水鏡の方も色々と限界だった。彼だって普通の健全な男の子だ。欲望だって人並みにある。むしろ、ここまで我慢してこられたのが奇跡と言っても過言ではない状況なのだ。

 自分の思うがままに回る世界。

魅力的な美少女が次々に自分に惚れ、何かを求めるように恍惚とした表情で待ち続ける現実。この状況で何も思わない男子は、機能不全か『そっち系』のどちらかだと思う。

「…………」

 だから水鏡は、覚悟を決めた。

 ……たとえ外道と貶められたとしても。自分が本当に大切だと思う一瞬のために散らす命。それこそが桜吹雪の生き方。大和魂とも呼ぶべき、ジャパニーズスタイルなのではないだろうか。

 そんな風に決意をした水鏡は、ついにその禁断の祈りを――――

「いい加減にしなさいっ!!」

 捧げようとしたところで割って入ったのは、もちろん、カナミさんだった。

「か、カナミ…………」

「人がアンタの呪いを解くのに四苦八苦してるってのにっ! どうしてさらに被害者を出そうとしてるのかしらねぇ~?」

 恐怖で水鏡の脚が笑った。

 昼休みに保健室に行ったきり全く見ないので、すっかり油断していたが……この世界には、彼女がいた。世界を支配し、自分を中心に回すこの現実で……唯一、水鏡の束縛が効かない美少女――――

「フッ……いつか、お前とは戦うことになると思っていた」

「カッコつけても、許さないわよ~?」

 笑顔に青筋。強固に握った拳を震わせるフルコースだった。

「……。……。……謝ったら許してくれたりとか……」

「…………すると思う?」

「思わない、です……」

 ここに来て、水鏡の覚悟が決まった。

 もう、他に手は無い。

 こうなったら、カナミもろとも自分のハーレムワールドに染めるしか――!

「悪く思うなよ、カナミ! 『カナミの俺に対する好感度が、マックスになる!!』」

 拳を握り、カナミのハートを射るようにして叫ぶ!

 これでカナミも自分を――――

「ふん!」

 瞬間、カナミの心臓が破壊された。

 猟奇的なシーンにクラス中のあちこちから悲鳴が上がる。

 カナミの心臓が〝あったはず〟の場所には、ぽっかりと空洞だけが存在していた。

「なっ…………!?」

「ふっふっふ~~」

 唖然とする水鏡に得意気なカナミ。

「ちょぉ、おまっ……!? だ、大丈夫なのか……?」

「当然よ。ただ単に〝あたしの心臓を原子分解しただけ〟なんだから。その気になれば、すぐに修復できるわ」

「修復って…………」

 自分で自分の身体に風穴を空けておいて、なお自信満々のカナミに恐怖すら感じた。

さすがSランク能力者。水鏡達一般人とは異なった常識の中で生きているらしい。

もっとも、現在水鏡は〈封印指定のZランク魔術師〉なのだが。

「あんたのチカラ、どういう原理か正確には分からないけど……少なくとも、胸に何か疼きのようなものが走るわ。だから、心臓を分解し、狙いを外させたの。確信はなかったけど、ちゃんと無効化できたみたいね!」

「くっ…………!」

 まずい! このままではマズイ!

 猟奇的なシーンの衝撃で状況が理解できなかったが、今思うとすごくピンチだ。

 カナミにチカラを使って悪戯していたのがバレ、しかもこちらの能力を無効化されている。このままでは、全男子共通の桃源郷・ハーレムという夢が消え去ってしまう!

「覚悟はいいかしらねぇ~? きょ・う・や?」

 何か……! 何か武器は無いのか……ッ!?

 水鏡は必死に周囲を探る。しかし、ここはただの一般学生用の教室。重火器やSランク能力者に対抗できるような装備が都合よく落ちていたりはしない。

 そう。この場で頼りになるのは、己のチカラのみだった。

「フッ……いいだろう。ならば、我がチカラ、受けてみるがいい……」

 冷静になれ。こちらのチカラは曲がりなりにも封印指定されたチカラ。

ランクはSを超えるZ。たとえカナミが【原子分解】なんて驚愕するような能力の持ち主であったところで、後れを取るはずがない――!

 水鏡は脱力した右手を構え、僅かに腰を落とした。

 かつて、初めてカナミと対峙した時に用いたのと同じ構え――!

「……それがハッタリだってことは割れてるのよ? 大人しく観念なさい」

 カナミも半身になって拳を構える。女子のくせにめちゃくちゃサマになっていた。

 イマイチ状況を飲み込めていない同級生達の好奇な視線を無視しつつ――カナミが動く!

「でやぁぁぁあああ!!」

 なんの工夫もない、単純な踏み込み。だからこそ、素人には効果抜群のはずであった。

 そう。相手が水鏡以外だったなら!

「――ッ! 『パンツが見たい』!!」

 瞬間、水鏡の祈りが天に届く。

 カナミが踏み込んだ位置にだけなぜかワックスが塗ってあり、力強く前に出した足が絡めとられる!

「くっ…………!」

 本来ならそれで初戦の再現となるはずだった。

 水鏡が一歩後ろに下がった場所にカナミが転び、水鏡の大好きな白レースのパンツを晒して気絶する、という算段である。

 だが、それはカナミも予測していた。マンガのように派手に前転する途中で体勢を整え、着地と同時にさらに前進。ついに水鏡の目前――カナミのリーチまで辿り着いた!

「でやぁぁあああっ!!」

 そこで、勝敗は決したかに見えた。

 史上最低のエロ能力を駆逐し、見事カナミが拳を叩きつけた――と、誰もが思ったその瞬間、カナミの拳は、空を切った。

「なっ……!?」

 驚愕するカナミ。

カナミの意思を込めた右拳は、赤いヒモのようなものに絡めとられていた。

「フッフッフ…………」

 あと数ミリで拳が届く――という状況に顔面汗だらけにしていた水鏡は、最後の最後で己の勝利となったことを悟る。

「な、なんで……っ!? アンタのチカラはラブコメ……イベント系でしょ!? こんなヒモみたいなものを召喚して、しかも操るなんてできるわけが――――」

「フッ……いつからヒモだと錯覚していた?」

「なんですって……?」

 改めてカナミが自身に巻きつく赤色に視線を落とすと……それはヒモではなかった。

薄く、横長のそれは、およそ現状のような用途には用いられず、プレゼントなどを可愛らしく飾り付けるための――

「…………リボン!?」

 であった。

 そう。カナミは身体中をリボンにより拘束されたいたのだ。

 そのリボンの先は、教室の天井や机・椅子など……およそ現実的とは思えない、奇跡的な絡まり方をし、カナミの動きを拘束している。

「……リボンなのはわかったわ。でも、だからといって同じことでしょう? どうしてアンタにこんなことが――」

 カナミが悔しげに視線を上げると……どう見ても主人公には見えない、悪役確定の下品な笑みを浮かべた水鏡の顔があった。

 その顔を見ただけで、カナミの胸に嫌な予感が広がっていく。

 そんなカナミの予感を言い当てるように……水鏡は、己の欲望を全開にしてカナミへと問い掛ける!


「なあ、お前……〝裸リボン〟って、知ってるか?」


「!!?」

 瞬間、ブチッという何かが切れるような音がした。

 唖然としてカナミが自身の体に視線を落とすと……カナミの制服を裁縫している糸が絶妙な場所とタイミングで切れていた。

 それにより、摩擦係数を失った衣服は……リボンによって拘束されたカナミの肢体を徐々に滑り落ちていく。

「あ……アンタ……学校の教室内でこんなことして、許されると思ってんの……?」

 さすがのカナミも慌てた様子だ。いつもの強気な笑顔も強張り、ツリ目も怒りとは別の理由で水滴が溜まりつつあった。

 それを見て、水鏡がクールな表情を作る。

「安心しろ、カナミ……。ここは俺を中心に回る世界。こんな教室のど真ん中で白昼堂々と女の子を辱めたとなっては、さすがに俺は在学できない。……つまり、何かしらの世界改変――おそらく、一番手っ取り早いものなら、この場にいる全生徒の記憶改変が行われるはずだ」

 水鏡が自信満々に自論を述べている間も、カナミの衣服は徐々に、だが確実にずれていく。上も下も、純白の下着がチラチラ見え始めた。

「だから、安心しろ! 大丈夫! お前の清楚な下着を記憶するのは、俺だけだッ!!」

 キメ顔で最低な発言をする水鏡を前に……カナミが顔を伏せてフルフルと震え始めた。

「へぇえ……。なるほどねぇ……。確かに、ここまでの大事となったからには、世界改変の首謀者さんも何かしらの手を打つわよね~。すごいわ、恭弥~。やっとこの世界を元に戻す足がかりを見つけたんじゃない」

 表情は見えない。

 だが、水鏡の腹の底に言いようの無い不安が溜まっていく。

 カナミが閻魔のような顔をしているのは確実。しかし、リボンによる拘束と〈封印指定〉されたチカラにより、体の自由は奪っている。この状況で、何ができると――

 その時、水鏡は見た。

カナミが、拳を握るのを。

 …………否。

 カナミが、〝己の身体に触れる〟のを――!!

「なっ――――!!?」

 水鏡が真っ青になり、次なる奇策を練るが、もう遅い。

 カナミは己の身体を原子レベルで分解し、再構築。ご丁寧に制服まで元通りに復元して、今度こそ水鏡の眼前へと飛び込んできた。

「歯を、食い縛れッ!!!」

 迫り来る拳を前に、水鏡は思う。

 能力は絶対じゃない。才能も絶対じゃない。

 この世の人間は一人の例外も無く、自分のチカラを信じるだけで不可能を可能にし、昨日までの自分にはできなかったことが、できるようになるんだ。

 だから、これから自分も頑張ってみよう、と思う。

 いつの日か、自分が本当に望む理想郷ハーレムに辿り着くことを願って――


 その日、水鏡は二度目の記憶改変が行われることとなる。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ