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第一章 妹と幼馴染、あと悪魔とか精霊とか



「おにーちゃん! 朝だよー! 起きてー!」

 ゆさゆさ。ゆさゆさ。

 心地よくも優しい振動と共に、愛らしい妹の声が天から降り注ぐ。

 もう何年も繰り返した、当たり前の朝の情景に……しかし水鏡は、ほんの少しだけ違和感を覚えた。何かが違う。別に、そんなに重大なことではないはずだが……それでも、決定的に何かが違う。

 まどろみの中で少しだけ考えて……しかし、その違和感は睡魔の渦に消えて行く。

「ううん……絵夢……」

「おおー! おはよー! おにーちゃん!」

「朝から可愛い妹に起こされて超絶ハッピーだぜー……いえー……」

「もう、おにーちゃんってば!」

 べしべし!、と頭が叩かれる。とても痛い。

 テキトーに褒めて朝の猛攻から逃れようとしていた水鏡だが、彼の策謀は無駄に終わってしまった。むしろ、下手に褒めてしまったせいで、妹の攻撃は弱まるどころかさらに強さを増して行く。

「うぐぐ……俺の可愛い妹よ……。朝から天使ボイスで目覚まししてくれるのは嬉しいんだが……おにーちゃんはとても眠いんだ……。もう少しだけ寝かせてくれないか……」

「ダーメ! もう七時半だよー? 早く起きないと学校に遅刻しちゃうよー!!」

「学校…………?」

 まただ。また何か、頭に違和感が走った。

 だけど、それは寝起きのせいだろう、と水鏡は決めつけ、寝ぼけ眼のまま口を開く。

「学校って、お前……俺は長く苦しい受験戦争を乗り越え、ようやく今日から春休みを獲得した受験戦士なんだ……。戦場から帰還した戦士を、また戦場に送り出すなんて、どんだけサディスティックな妹なんだよ……」

「さでぃすてぃっく?」

 絵夢が小首を傾げる。

 水鏡とは一つしか歳が違わない女子高生な彼女だが、その割に、この語彙力や常識の無さは異常だよなぁ……と、布団の中の彼は思った。

「サディスティックっていうのはな、とってもお兄ちゃんのことが大好きで、エロエロで、変態ってことだよ」

「うにゃっ!? え、絵夢、えっちじゃないし変態でもないよ!?」

 がーん、とあからさまにショックを受ける妹を見て、三度、水鏡の頭に違和感が走る。

 どうやら今日は、全然頭が回ってないみたいだ。

「うーん……とにかく、妹よ。俺の可愛い妹よ。兄はとても眠いのだ。もうしばらく寝させておいてくれ……」

「で、でもでも! おにーちゃん、このままじゃ遅刻しちゃうよ!」

 そんな時、けたたましいケータイのアラームが鳴り響いた。大音量で鳴るこのアラームは、水鏡にとって最終防衛ラインだ。これ以上寝ていたら確実に遅刻するため、このアラームを聞いたら死んでも起きなくてはならない。

 習慣でアラームをセットしてしまったか……と手を伸ばし、未だガラケーな自分のケータイを開くと――

「…………四月二十一日?」

 と、液晶画面に表示されていた。

 そうだ。確かこの前、始業式があって、高校三年生になって……担任の三十路近い女教師から受験は戦争だと怒鳴られて……。

そして、朝、補習授業をやると――

「うわっ! やべぇ!?」

「うにゃっ!?」

 水鏡が飛び起きたせいで、ベッドに乗っかっていた絵夢も転がり落ちる。スカートが捲り上がり、可愛らしいピンクの下着が丸見えになった。

「どうして起こしてくれなかったんだ、絵夢!? ヤバイ! 完全に遅刻だ! 俺、あの女教師に殺される!!」

「ひ、ひどいよー。わたしはちゃんと、おにーちゃん起こしたもん!」

「ええいっ! 起こし方が足りないんだ! いいか、絵夢! 兄を起こす時の基本は抱きしめてチューだ! それでも起きなかったら、徐々に上のスキンシップを試して行くんだ!」

「え、ええっ!? そ、それは嬉しいけど……ほ、ほんとにいいの?」

 妹が何か言っていたが、全力で制服に着替えていた水鏡の耳には届かない。

 だけど、大丈夫だろうと思う。いくら義理で血が繋がっていないとは言え、妹が兄にそんなことをするわけがない。そして、こんなセクハラ発言も軽く流してくれるはずだ。

 着替えが終わった水鏡は、顔を洗うためにリビングの隣にある洗面所へ向かった。

『――今日未明、またしても公共設備の器物損害事件が発生しました。ここ連日、能力者の事故が相次いでおり――――』

 顔を洗っている水鏡の耳に、リビングのテレビから音声が届く。

「…………能力者?」

「最近、多いよねー。わたし達みたいな一般人には分からないけど、やっぱり〈能力者〉なんて呼ばれる人たちは、力の制御とか大変なのかなー?」

 後からやって来た妹の発言で寝ぼけた頭がようやく甦る。

 そうだ。近年、人間がやっていた仕事の大部分を機械と人工知能が肩代わりしてくれるようになり、『人間にしかできないこと』への関心が集まった。その研究結果の最たるものが〈超能力〉だ。

 一般人――Fランク程度の能力しか持たない人間は従来の人間と大差ないスペックだが、BランクやAランク……果てにはSランク能力者になると、過去不可能だった事象すら可能にすることができるんだとか。

 そんな情報が、水鏡の頭に浮かんだ。

『ピン、ポーン』

 水で洗った顔をタオルでゴシゴシ拭いていると、控え目なドアチャイムの音が鳴り響く。

「わわっ!? おにーちゃん! 都子さん、もう来ちゃったよ!?」

「ったく、相変わらず早いなぁ」

「いやいや! おにーちゃん、今日補習あったんでしょ!? むしろ遅刻じゃない!?」

 後ろで絵夢が当然のツッコミを入れていたが、全力でスルー。

 水鏡は玄関に向かってドアを開けた。

「おはよう、恭ちゃん」

 そこには、水鏡の幼馴染・小島都子が立っていた。

 パッツン前髪にショートカットの黒髪。膝下まであるスカート丈。顔にも全然化粧っ気がなく、田舎者らしい女子高生だ。

「おはよう、都子。今日もいつも通りだな。なんか、落ち着くわー」

「うん。いつも通りが一番だよー」

 縁側で日向ぼっこするじいさん・ばあさんのようにほのぼのとした会話を繰り広げる。

 ボケもツッコミも発生しない。それでも、二人にとってはこの空気が心地よかった。

「って、和んでたら遅刻しちゃうよ! おにーちゃん!」

 後ろから絵夢があわあわと両手で急かす。

 水鏡は握ったままだったタオルを玄関に置いて、代わりに鞄を掴んだ。

こういう時、男に生まれて本当に良かったと思う。もし女子に生まれていたら、起きて五分で支度なんてできるはずがない。

「よし。それじゃ、学校に行くかー」

 今日の朝食メニューは、新鮮な空気だ。要するに、朝食を食べている時間が無い。

 しっかり者の妹に鍵を閉めてもらって、三人で通学路を歩き始めた。

「…………」

 水鏡は右隣を見る。

そこには、地味だが優しくて真面目な幼馴染が、ニコニコ笑顔で歩いている。

「…………」

 水鏡は左隣を見る。

そこには、長い髪の毛を二つ結び――いわゆるツインテールにした、小っこくて可愛い妹が元気いっぱいに歩いている。

 まさに、両手に花だ。

「…………勝ち組だなぁ」

「うにゃ? なにか言った? おにーちゃん?」

「いや。……愛してるぞ、妹よ」

「はわっ。……。……わ、わたしも愛してるぞー、おにーちゃん」

「今日も二人は仲いいねー」

 絵夢と家族愛を確認し合っていると、都子がほのぼのと発言した。

「なんだー? 妬いてるのかー? 大丈夫! 俺は都子のことも大好きだぞ!」

「……あ、ありがとう、恭ちゃん……」

 都子が俯いて赤面する。

 それを見た水鏡は心底幸せな気分で笑う。

 うっはっは。やっぱ俺、ちょー勝ち組だわ。女子と縁の無い灰色高校生活を送ってる奴らにも、この幸せをお裾分けしたいくらいだぜー、なんてバカなことを考えていると。

「見つけたーーーー!!」

 三人の正面に、仁王立ちする女の子が現れた。

 女子の割には高めな身長に、ざっくばらんな長い髪。意思の強そうなツリ目。スポーツでもやっているのか、健康的な体つきをした、活発な印象を与える女の子だ。

 水鏡は反射的に記憶を探るが、彼女の情報は出てこない。初対面のようだ。

 ということは、絵夢か都子の知り合いなのだろうか……?

「見つけたわよ、水鏡恭弥っ!!」

 と思ったが、彼女は真っ直ぐに水鏡を指さし、迷いも無くその名を呼んだ。

「お、俺……? あの、どこかでお会いしましたっけ……?」

「とぼけんじゃないわよっ!」

 そう言って、彼女が怒りに震える拳を塀ブロックに叩きつけた途端――コンクリートでできたそれが、まるで手品のように砂となり、風壊した。

「の、能力者……?」

 それも、水鏡たちFランクの一般人なんてチャチなものじゃない。

 素手でコンクリートを破壊するなんてチカラは、少なくともBランク。下手したらそれ以上の――――

「お、俺に何か用か?」

 命の危険を感じた水鏡が震えた声で尋ねる。

 だが、それが悪かったのかもしれない。彼女は水鏡を知っているようなのだ。それなのに、そんな風に答えてしまっては……まるで水鏡がやましいことを抱え、彼女から逃げたがっているように映る。

「ふーん……随分余裕なのねぇ……【封印指定のZランク魔術師】さん?」

「は?」

 封印指定? Zランク?

 何言ってんだ、コイツ……?

 水鏡は一瞬そう思ったが、すぐに脳裏へと断片的な情報が浮かんで来る。

 自分が、世間に本当の能力を隠していること。

 そのチカラが、Sランクを超える超能力――この世界で唯一認められた【Zランク】のものであること。

 そして、そのチカラは悪用される恐れがあるため、誰にも知られてはならないこと。

「は、はあ!? 俺が!? Zランク魔術師!?」

 脳裏に浮かんだ自分の情報に自分で愕然となる。

 ちょっと待て! 何が起こった!?

 自分は、今日まで本当に平凡な人生を歩んで来た。

 一般人の中の一般人だったし、特に大きな事件に関与したこともない。

 それなのに、なぜ自分にはそんな異質なチカラがある!?

 ていうか、『超能力』なのに、呼び方が『魔術師』っていうのも、よくわからん!!

 そんな風に頭の中で目まぐるしく色々なことを考えていた水鏡だったが、目の前の彼女は待ってくれない。

 コンクリートの塀ブロックを風解させた右手を動かし、さらに電柱を撫でると……その電柱までもが、砂のような粒子となって風壊する。

「ひぃっ!?」

 こと、ここに至って――ようやく水鏡は、自分の命が危険に晒されていると気づいた。

「――――死になさい」

 物騒なことを呟いて暗い瞳で迫る彼女から逃れるため、水鏡は全力で身を翻し、今来た通学路を必死に逆走して逃げ出した。



 走る。走る。

 自宅を越えて、町役場を越えて、スーパーを越えて、町外れの廃工場を越えて、どこまでも、走る。

 走りながら、なんでこんなことになったのかと、水鏡は必死に考えていた。

 確かに自分はZランクに指定された封印級の能力を持っている。だけど、それを使ったことは一度も無いし、そもそも、大した能力じゃない。

 でもなぜか、記憶の奥にはそれを絶対に使用してはならないと語る白衣姿のおっさんと、そのおっさんの話を神妙な面持ちで聞く、幼少の頃の自分のイメージ――思い出が、張り付いている。

 いや、もっと正確に言うなら『貼り付いてる』、というべきか。

 なぜか、そんな印象を受ける。自分の記憶であるはずなのに、どうにもその映像は作り物っぽい。まるで、後から第三者に〝貼り付けられた〟かのように――――

「はあ……っ! はあ……っ! ……あぐっ!?」

 長時間全力疾走を続けたせいで、ついに脚がもつれる。

 無様に転んだ場所は、街でイベントを行う、貸しホールの駐車場だった。

現在は平日の午前中だけあって、何もイベントが予定されていないらしく、そこは無人。つまり……人目につかず、人殺しを行うには持って来いの場所だった。

「もう逃げられないわよ」

 殺人的な手を持つ女も立ち止まった。

(このままでは殺される……っ!)

死への予感に満たされた脳が、必死になって助かる手段を探し出した。

 その方法は二つ。

 そのどちらをとるか考え、より強気な方を選択した水鏡は……ユラリと立ち上がった。

「観念したの?」

 逃げる素振りを見せず立ち上がった水鏡を、追ってきた殺人女子が睨む。

 そんな彼女の視線を正面から見据え、水鏡は不敵に笑った。

「何を言っている? 観念するのはお前の方だ」

「何ですって?」

「見ろ、この場所を」

 両手を広げて周囲を指し示す水鏡に、やっと彼女は、現在の状況を把握したようだ。

 無人のイベントホール。その、駐車場。

 そう。〝まるで、人殺しを行うには持って来いのような〟――――

「…………ッ!?」

「……わかったか。そう、お前は誘い込まれたんだよ。この場所に。ここなら――誰にも迷惑をかけず、チカラを使うことができる」

 そう言って、水鏡はダラリと脱力したままの右手をゆっくりと持ち上げた。

 手首より下は脱力したままだ。拳は握らない。どう見てもケンカをするスタイルには見えなかった。

だが、その手には――〝封印指定されたチカラが宿っている〟――!

「……そう。ようやく、その気になったってわけね……!」

 塀ブロックを風壊して見せた女が両脚を開いて構える。

 対して、水鏡は自然体で立ち尽くしたまま、脱力した右手を彼女に向け続けた。

 弱々しい右手。だが、力なく垂れ下がる水鏡のそれが、彼女には死神の鎌のように見えた。

「言っておくが、俺のチカラに制御は利かない。一撃必殺だ。このチカラを使えば、半径数メートルの生物はまとめて命を落とすだろう」

「――――っ!」

「……だから、できるならこのチカラは使いたくない。話し合いの場を持つことはできないだろうか?」

 水鏡のその言葉に、一瞬だけ彼女は逡巡した。

 しかし――その恐怖を消し去るように目を閉じると、再び見開いた眼に殺意を乗せ、水鏡を睨んだ。

「……悪党の提案を聞くなんて御免よ。あたしは、たとえ死んだとしても――あたしの正義を貫いて見せるッ!!」

「……フン。くだらん正義だな。そんなものにこだわっているから、お前は弱いんだ」

「…………なんですって」

「この世には、正義も悪も無い。あるのは、ただそいつが〝したいこと〟だけ。それをその他大勢の連中が、善悪つけて勝手に論じているんだ。そんなものに、価値は無い」

「それでも……あたしは――――ッ!!」

 彼女の身体が小刻みに震える。今にも怒りを露わにして飛び掛ってきそうだ。

 そんな彼女と対峙して偉そうな高説を述べる水鏡の背中は、嫌な汗でびっしょりだった。今彼女に襲い掛かられたら、自分にはどうすることもできない。仮にあの魔手を止めることができたとしても、単純な筋力勝負でさえ敗れてしまいそうだ。それくらい、彼女の身体は力強かった。

 水鏡に、戦闘に対する策は無い。

〈封印指定〉されている能力は、そもそも、人を殺せるような力ではなかったのだ。

だから、ハッタリの口撃でその場を凌ごうと考えたのだが……その狙いは見事に空振った。こんなことなら、もう一つの選択肢――素直に土下座して謝ればよかったなぁ……と、水鏡は内心で遠い目をした。

 しかし、それとは全く別の所で、ここで死ぬのは絶対に嫌だと……ひたすら、何かに祈っていた。

「……終わりにしましょう。あたしが死ぬか、アンタが死ぬか。どちらにしても、あたしはあたしの正義を貫く――――!!」

「……そこまで言うなら仕方ない。だが、気をつけることだ。その場を一歩でも動いた時が、(俺の)最後だ。だから、(俺の身を)よく考えることだな」

 本音と弱音だけはどうにか呑み込む。

 だが、その甲斐も虚しく、彼女は地を蹴った。

 とても人間の出せる速度とは思えない。数メートルあった間合いを半秒以下で詰める。

 終わった……と走馬灯を見ながらボンヤリとする水鏡の目に『金色』が見えたのは、その悪魔の両手が自分の頬に触れる寸前だった。

「きゃあっ!?」

 パン!という何かが弾けるような音と共に、迫っていた女が後ろに吹き飛ぶ。

 何が起こったのかと驚く水鏡の視界は、見渡す限りの金髪で埋め尽くされていた。

「……【原子分解】。触れたものを原子レベルで分解・再構成する能力。ランクはS。ただしそれは、〝この世界での〟話。本物の精霊のチカラには通用しない様子」

 信じられないほど艶やかで長い金髪を翻す少女が、淡々と語る。

 その先で、悪魔の如き女が起き上がった。

「……っ! 仲間ってわけ? 言っておくけど、いくら人数が増えたって……あきらめないわよっ!!」

 叫んで、再び水鏡へと突っ込む。

 また金髪の彼女が助けてくれるものだと思っていたが……水鏡のその考えは見事に外れた。なんと、先ほど助けてくれた少女が、敵に道を譲るように一歩隣へずれたのだ。

「ちょっ、ええっ!?」

「私、面倒なのが嫌いなの」

 迫り来る魔手に怯える水鏡と、淡々とした少女。

 まるで『パンが無いならケーキを食べればいいじゃない』といった調子で、気軽に言ってのけた。

「祈りなさい。『パンツが見たい』と」

『何を言っているんだ、コイツは!』とか、『そもそも、パンツってなんだ!?』とか言っている余裕は、水鏡には無かった。

 だから彼は両手を組んで、天に向かって全力で祈りを捧げた。


「パンツが見たい!!」


「きゃあっ!?」

 瞬間、水鏡に向かって迫っていた女の子が盛大にすっ転ぶ。

 見事とも言えるほど綺麗な後転で頭部を打ち、そのまま気絶してしまった。

 パンツは、水鏡の好みである、白のレースだった。



「う…………」

 気絶していた女の子が目を覚ます。

 その女の子が見た光景を端的に表すなら……棒立ちになってボンヤリしている金髪の少女と、その少女の足下で土下座をし続ける男の姿だった。

「弁解する、チャンスをください」

 一瞬、目を覚ました女は水鏡が金髪少女に向かって土下座しているものだと思ったが、どうやら違うらしい。頭は自分の方を向いている。

 あまりにも情けなさ過ぎる態度に唖然としていると……金髪の少女が土下座男――水鏡の頭を土足で踏みつけた。

「ここまでしているのだから、話くらいは聞いてあげてもいいんじゃない? 殺すなら、いつでもできるわ」

「は、はあ…………」

 なんで俺がこの金髪少女に踏みつけられなきゃならんのだ……とか水鏡は思っていたが、それで事態が収束するなら、それが最良なのだとガマン。

「すいません。ちょー調子こきました。俺の能力は確かに〈封印指定〉されているみたいですが、そのチカラは大したことない、よくわからんものなんです。……つーか、自分のチカラが〈封印指定〉であることさえ、さっきまで忘れていました。本当です。だから、殺さないでください」

「……………………」

 水鏡を襲った女は、たとえ相手がどんなに命乞いをしようが容赦なく殺すつもりでここまで来た。だが、当の本人がまさかこれほどまでに情けなく、誠心誠意土下座するとは全く想像していなかったのである。

 そんな彼女の思考停止を好機と見なしたのか、今度は金髪少女が発言した。

「聞きなさい、乙姫奏美。あなたは、誤解をしているわ」

「……誤解? ていうか、なんであたしの名前知ってるの?」

「確かにこの世界には今、異変が起きている。そして、この世界で一番得をしているのは文句無くこの男――水鏡恭弥のように見える。でも、この世界をこんな風に改変したのは、この男ではないのよ」

「…………!?」

 金髪少女に乙姫奏美と呼ばれた女が驚愕の表情を浮かべる。

 どうやら、自分がした決定的な勘違いに気付いたようだ。

「でも、それじゃあ……っ! 一体、誰がこんなことを!? い、いえ、その前に、あなたは何なの!?」

「私は【金の精霊】――〈エレナ〉。本来ならこんなことを言っても笑われるでしょうけれど、世界の異変を認知できる貴女なら、問題なく信じてくれるでしょうね」

「…………アンタの、目的は?」

「それを説明するには、この男にも状況を解らせてからの方がラクだわ」

 そう言って金髪の少女――エレナは、未だに土下座を続けていた水鏡の顎をつま先で蹴り上げた。

「あふんっ!」

「気持ちの悪い声を上げないで。――殺るわよ?」

「…………」

 水鏡はすぐに沈黙。

まだ出会ってほんの少しの時間しか経っていないが、上下関係だけは彼にも理解できた。

「水鏡恭弥。貴方は……【精霊王】になりなさい」

「…………は?」

「精霊王。精霊の王様。それに、貴方はなるの。そして、そのパートナーを務めた精霊として、私は神から〈ティアラ〉が授けられる。そうすれば私は、一生ラクに生きることができるわ」

「いやいや! 意味わかんないんですが――どるじっ!?」

 グーパンだった。まさかのグーパンチだった。

 一見すると中学生くらいにしか見えない少女が、ボクサーのように華麗にジャンプし、水鏡の左頬に黄金の右ストレートを叩き込んだ。

「五月蝿い。人の話は最後まで聞きなさい」

「お、親父にもぶたれたこと無いのに……」

 殴打された衝撃とショックで女の子座りして涙を流す水鏡を完全に無視し、エレナは説明を続ける。

「この世界には精霊がいるの。ああ、乙姫奏美にとっては『元の世界』と言った方がいいでしょうけどね。私を含めた精霊は、人間から〈供物〉をもらい、その人間を介してチカラを行使する。その媒介となれる人間は『真摯な祈りを捧げた者』に限られる。……ここまではいいわね?」

「…………(正直、よくわからんです……)」

 内心を隠して神妙に頷く水鏡。隣を見ると、そんな水鏡とは対照的に、奏美はふんふんと理知的に相槌を打っていた。

「そして、現在この世界には大規模な精霊のチカラが作用している。大小は別にして、ほぼ全ての人間が〈超能力〉を使い、それに伴って記憶や人間関係――果てには性格や人格までもが改変されている」

 水鏡にはわからない。しかし、すぐ目の前の奏美は「ようやく突破口を見つけた」と言わんばかりの真剣な顔で、エレナの話に聞き入っている。

「この世界でのイレギュラーは二人。まず、精霊のチカラで行われているはずの『記憶改変』が、なぜか無効化されている乙姫奏美。だからこそ貴女は、この世界の異変に気付くことができた」

「朝起きたらいきなり超能力が使えてびっくりしたわよ……。オン・オフができたからいいようなものの……触った物が端から砂になっていくのは、軽いホラー映画だったわ」

 その時のことを思い出したのか、奏美がブルーな表情で当時を語る。

「貴女には精霊が〝憑いて〟いない。それなのに、なぜ精霊のチカラに抵抗できたのかは判らないわ。ただし、完全に無効化はできていない様子。だからこそ貴女も、超能力を得ているのだしね」

 エレナの言葉を聞いて、奏美が忌々しげに両手に視線を落とした。

 もったいない。〈あらゆるものを原子レベルで分解・再構成する能力〉なんて、軽くマンガの主人公でも張れそうなくらいカッコいいチカラなのに……。

「そして、もう一人のイレギュラーが……貴方よ、水鏡恭弥」

「…………俺?」

「そう。現在、この世界は〝水鏡恭弥にとって都合のいいように〟変革されている。これなら、貴方が世界変革の首謀者だと疑われても仕方ないわ」

「はあっ!? 俺、そんなことは全然知らねーぞ!?」

 水鏡が驚愕して叫ぶ。当然だ。彼は今日もいつも通りに起き、普段と変わらない日常を送っていたのだから。

 しかし、そこまで考えたところで、水鏡は今朝の出来事を思い出す。事あるごとに頭に引っかかった違和感。あれはひょっとすると、世界変革が起こる前の世界との差異を、無意識の内に認知していたからなのかもしれない。

「……本当に、そいつが犯人じゃないんでしょうね?」

 見ると、奏美が未だに疑わしそうな視線を水鏡に送っている。

「証拠は無いわ。コイツを殺せば、それでも世界が元に戻らないことから証明できるでしょうけれど……やってみる?」

「ちょっ、ちょっと待て! そんな無意味なことのために殺されるのはゴメンだ!!」

「ええ、そうね。言ってはみたものの、私としても、水鏡恭弥が殺されてしまうのは困ってしまうし」

「……どういうこと?」

 慌てる水鏡に、淡々としたエレナ。そこに、冷静な奏美が質問を重ねる。

 なんだかんだで、バランスの取れた三人だった。

「私の目的は、水鏡恭弥を【精霊王】にして、ラクをすること。そのためには、水鏡恭弥を殺されるわけにはいかない。そして、他の精霊にこの世界を好き勝手にされるわけにもいかない。さしあたって私の第一目標は、現在、この世界を改変している精霊を見つけ出し、喰らうことなのよ」

「……………………」

 喰らう、という部分で人外らしい凶悪な目をしたエレナに、二人とも黙り込む。

 しかし、これほどまでにしっかりとした目的のある人物(精霊)なのだから、その話は本当なのだろうと、奏美は判断した。

「そういうわけよ、水鏡恭弥。……長いから、恭弥と呼ばせてもらうわ。……恭弥。そういうわけだから、一刻も早くこの世界を改変している精霊を見つけ出しなさい。私は、少し休むわ」

 そう言ってエレナは、水鏡の胸に手を当てた。

 作り物のように美しい少女に触れられて、水鏡の胸はドキドキと高鳴ったが……数秒も経たずにエレナの姿は消えてしまう。気にはなったが、朝から色んなことがあったので、どういう理屈なのかとか、そういうことは考えないようにした。



「……で? なんであたしは、アンタと仲良しこよしで学校に来ているのかしら……?」

 ピクピクとこめかみの青筋を痙攣させる奏美を見て、水鏡はすぐにでも逃げ出したい気持ちに駆られた。

 だけど、それはできない。今は授業中だし、それでなくても今日は大遅刻したのだ。

これ以上、内申点を下げるわけにはいかなかった。もうすぐ受験なのだから……。

「受験ってねえ! どうせこの世界は作り物でしょーがっ!!」

「わっ、わっ! 声がでかいって……!」

 周囲のクラスメイトが何人か振り返ったが、教師は気付いた様子がない。

古典のじいさんが難聴で良かった……と一安心する水鏡。その隣で奏美が不機嫌そうに頬杖を着いている。

 今朝の一件で完全に遅刻した水鏡が教室に来ると、「げえっ!」とあからさまに嫌そうな顔をした奏美の姿があった。どうやらこの世界において、水鏡と奏美は同じ学校・同じクラスの上、席まで隣同士らしかった。

 面倒だとは思いつつも、現状を前進させるため、水鏡は彼女との会話を敢行する。

「なんかよくわからんけど、お前の目的は元の世界に戻ることなんだろう? 俺も協力するからさ。そう嫌そうにするなよ」

「フン。とーぜんよ。アンタはいいかもしれないけどね、あたしは大変なのよ? 気抜いたら物を風壊させちゃうかもしれないんだから」

 まあ、壊したらまた作ればいいんだけど……なんて物騒なことを呟きながら、奏美はシャーペンを砂にしたり戻したりを繰り返していた。超怖い。逃げたい。

「と、とりあえず、現状の世界と元の世界のことについて教えてくれよ。えーっと。俺にはよく分かんないけど、元の世界じゃ〈超能力〉とかは無かったんだよな?」

「当然よ。そんなものはフィクションの中だけ。そうじゃなきゃ、超能力もののマンガが大ヒットするはずないでしょう」

 それはそうだ。

 言われて見れば、水鏡の知識と記憶には矛盾するものがいくつもある。自分が好きなのは超能力や魔法が出てくるマンガで、それが大ヒットして○○万部突破!みたいな記憶もあるのに……この世界でそんなマンガが流行る理由が見当もつかない。というか、むしろ廃れていきそうな気もする。

「確かに、そんな気がするなぁ……」

「それに、あたしはもう高校を卒業して大学に入る準備をしていたわ。なにが悲しくて二回も大学受験しないといけないのよ……」

「あ…………」

 憂鬱そうなため息を吐く奏美を見ていると、水鏡の脳裏に今朝の記憶が甦った。

 自分を起こしてくれる妹に、確かに水鏡は言ったのだ。受験が終わったばかりなのだから、もう少しゆっくりさせてくれ、と。

「思い出した……。そうだ。そうだよ! 俺も受験を終えたばかりだったんじゃないか!」

「あら、そう。それじゃ、本来の世界でもあたしとアンタ……ミカガミ、よね?は、同い年だったのね」

「水の鏡で水鏡。面倒だったら恭弥でいい。ちなみに、漢字はこう書く」

 水鏡はルーズリーフに自分の名前を書くと、奏美に見せた。

「ふーん。じゃあ、恭弥って呼ばせてもらうわ。あたしの名前は乙姫奏美。乙姫様の乙姫に、美しさを奏でると書いて奏美。……恥ずかしいから、カナミ、ってカタカナのノリで呼んでくれると嬉しいわ」

「そうか? お前に合ってて、キレイな名前だと思うけどなぁ……」

「なっ…………!」

 あんぐり、と口を開けたままカナミが赤面する。

 おおっ、意外と可愛いところもあるんだな、と水鏡は腕を組んでニヤニヤした。

「……アンタのそのナンパな性格、ほんと腹立つわ……。きっと、その口先で毒牙にかけられる女子もたくさんいるんでしょうね」

「失礼だな。女っ気は妹と幼馴染で十分満たされてるっつーの」

「妹に幼馴染ねぇ……。まさか、義理の妹とか言わないでしょうね?」

「うっ……。ぎ、義理だけど?」

「はぁ…………。ねぇ、一応聞くけどさ。アンタ、元の世界でも義理の妹なんていたの?」

 まさかそんな質問が飛んでくるとは思っていなかったので、水鏡は嫌な汗をかきながら脳内をグルグル検索する。

そう。この世界は現在、なぜか水鏡にとって都合のいい世界に改変されているのだ。ひょっとしたら、水鏡の『義理の妹が欲しい!』という内なる願望が現実化されている可能性もある。

記憶検索の結果……朝方に何度も感じた『貼り付けられた』ような記憶も多いが、そうでない記憶も多数ヒットした。毎朝起こしてもらうのも日課だったし、これと言って不信な点は――――

「……………………」

「どうしたのよ?」

「いや、ちょっと、な」

「やっぱり、義理の妹なんていなかった~ってオチなんでしょ。この世界はなぜかアンタに都合いいから」

「いや、そうじゃないんだ……」

 脳内にヒットした記憶により、嫌な汗がさらに追加される。

 しかし、それは『貼り付けられた』ような記憶ではないし、この世界の絵夢が行う行動とも思えない。それは即ち、本来の世界の妹、実際の絵夢が水鏡に刻んだ記憶だと判断すべきものなのだが……。

「俺の妹……元の世界の妹は、なんかこう……血が繋がっていないのをいいことに、禁断の関係を求めてくるような義妹だった気が……」

 ズルっとカナミが席から滑り落ちる。

 少々予想の斜め上を行く回答だったようだ。

「あ、アンタ……妹になんてことさせてんの! 汚らわしいっ! 男なんてそんなもんだと思っていたけど、まさか夢の世界でそれを実現させるなんて!!」

「いやいや、聞け!! こっちの世界の妹は至ってまともなんだ! 朝も兄のベッドに下着姿で潜り込んだりせず、普通に揺すって起こしてくれるし、お風呂に乱入したりもしない!」

「それが現実の世界で起こっているって事の方が、あたしにとっては恐怖なんだけど……」

 水鏡にとっても恐怖だ。軽く体が震える。

 元の世界の自分はそんな恐怖と常に戦っていたのだろうか……。

そういえば今朝、絵夢が起こしてくれた時に、水鏡は反射的に「マズイ!」と感じ、次いで違和感を感じた。今思えば、あれは元の世界で禁忌を犯そうとする妹に、常に怯えていたからだったのかもしれない。

「でも、なるほどね。つまり、アンタにとっては今の妹さんの方が理想的なんでしょ? だから、その望みが叶っているというわけね」

「…………」

 そうなのかもしれない。

 未だに自分を中心に世界が改変されているなんて信じられない水鏡だが、もしその仮説が正しいとするならば、この現状にも納得がいく。ただ……。

「……どーせなら、妹って設定も外して、後輩キャラでぐいぐい来てくれるとよかったんだが……」

「……アンタ、本当にこの世界改変に関与してないんでしょうね?」

 カナミが汚れたものを見るようにジト目になる。

「お前なぁ……未だに疑ってんのかよ……」

「何事も疑ってかかるのが、あたしの性分よ。でも、今では七割くらい信じてるわ!」

「まだ三割も疑ってんじゃねぇかっ!!」

 カナミの衝撃的な告白に、水鏡は思わず距離をとる。

 何気なく触れられて風壊した、とかシャレにならない。

「だーいじょうぶ。もしアンタを原子にしても世界が戻らなかったら、ちゃんと再構成してあげるわよ」

「それ……人間でも元の状態に戻れるんだろうな……?」

「……あら。そういえば、試したことないわね。やってみていい?」

「いいわけないだろっ!?」

「冗談よ」

 けらけらと笑うカナミ。だが水鏡は、慎重に距離をとったまま、カナミの両手がこちらに飛び掛ってきても逃げられるよう、腰に力を入れた。

「ねえ、ちなみに幼馴染の方はどうなの?」

「どうって?」

「元の世界と比較して違和感あるかってこと」

「うーん……都子は、特に変わらないかなぁ……。この世界でも元の世界でも一緒。地味で、一緒にいると和んで、楽なやつだよ」

「なるほど。元の世界の幼馴染には不満が無かったから、こちらの世界でも差異が無いってことなのね」

「……つーかさぁ、マジでこの世界、俺を中心に回ってんの?」

「それはそうでしょう。あたしは【封印指定のZクラス魔術師】っていう肩書きだけで判断したけど、今の話を聞いて確信が持てたわ。もしアンタが中心でないなら、妹さんの人格を変える必要なんて無さそうだしね」

なるほど、と思う。

 確かに、絵夢の性格がまともになっていることは、客観的に見て水鏡には喜ばしいことだ。他にも、常日頃から超能力なんて不思議な力があればな~と妄想するのが男の子だし、自分だけが特別な存在になりたいというのは誰もが考えることだろう。だから水鏡だけが【封印指定のZクラス魔術師】なのだ。

「……ああ、ひょっとして、エレナが最初に顕れた時のアレもそうなのかな?」

「アレって?」

「ほら、『パンツが見たい』って祈れって――」

「それ以上思い出したらグーパン」

「…………はい」

 とは言ったものの、水鏡の脳裏には白のレースが完全に焼きついている。あまりにも好みだったので、忘れられそうにない。

なるほど。確かに世界は水鏡を中心に回っている。

「でも、それなら俺の祈りだけで元の世界に戻ってもいいと思うんだけど……そうはならないみたいだしなぁ……」

「ひょっとしたら、何か条件付きなのかもしれないわね。少し、実験してみましょう」

「実験?」

「そうよ。まずは……授業が早めに終わってほしい、なんて願ってみれば?」

 それは確かに水鏡にとって喜ばしい。

 単純に勉強したくないという気持ちもあるが、それ以上に今は、この世界のことについて考えたかった。

「ようしっ。行くぞ――――『授業が早く終わってほしい』!!」

 結局その時間は、予定時刻まで授業が続いた。




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