プロローグ
その日は、水鏡恭弥が高校生だった、最後の日だった。
「ずっと、好きだったの……」
放課後。夕暮れの教室。
卒業式などとっくに終わり、国公立大学の合格発表が行われた、三月の上旬。
その日が、水鏡が高校生の制服に身を包み、高校の教室に訪れる最後の日だった。
情緒もへったくれもない、と思って夕暮れの教室を後にしようとした水鏡の背後から、声が掛かった。その声が誰のものだったのか……彼はもう、覚えていない。
ただ、その告白にひどい答えを返したことだけは、ぼんやりと覚えている。
だって、そうだろう? 水鏡はこれから他県の大学に通い、彼女は自分とは違う場所で生活するのだ。それなのに、そんな甘い話に未練の残る回答をしたとして、何になると言うのか。
振り返れば、灰色の高校生活だったなぁ、と思う。
それなりに友達もいて楽しかったけど、色恋沙汰は皆無だった。
なんだったら、もう少し早く声をかけてくれていたなら、水鏡だって目の前の女の子と交際を重ね、テンプレートでありふれた……二人だけの特別な想い出を作れたかもしれない。
しかし、繰り返すが、その日は水鏡にとって最後の日だったのだ。
これから楽しい高校生活を送ることは、絶対に不可能である。
「そんな…………」
水鏡の返事を聞いた女の子が泣き崩れた。
水鏡としては自分の正直な気持ちを伝えたつもりだったのだが……だからこそ、もう少し早く告白するだけで願いが叶ったという後悔が、彼女を責め立てた。
「もう一度……やり直したい…………!」
水鏡が去った夕暮れの教室で、彼女は切に願った。
この世の終わりを連想させるオレンジ色に、彼女は真摯に祈った。
その祈りが聞き届けられたことを、彼女以外は誰も知らない。
そして――――
水鏡の、二度目の高校生活が始まった。