第一六話 『本物の”魔王”』
『って、認めたぁ!? な、なななな、なんと〈ジャスティス〉選手はあの”魔王”の〈ジャスティス〉じゃなかったことがいきなり発覚してしまいましたぁああ!? もうなんだこれっ! 何が起こっているのか、どうなっているのか私も分かりませーんっ!!』
「あいつ、本物の”魔王”じゃないのか!? どういうことだ!?」
口々に疑問を放つ観客たちとは打って変わって、観客席に座っている《ディカイオシュネ》一行、そして《七雄剣》一行は平然としていた。その様子から彼らは〈ジャスティス〉が本物でないことを知っていたらしい。
そんな騒然となり困惑したような闘技場内を見回し、黒と赤を基調とした服装に背中からちょこんと小さく黒い悪魔の羽を持つ少女――”小悪魔”の〈アゲハ〉は顔を手で覆ってため息ひとつ。
「ありゃりゃ、自白しちゃったよ」
「んもぅっ、仕方ないわねぇ……。にしてもユーティちゃんったらよぉく気づいたわねぇん。二年前の”魔王”様と何一つ変わらないはずなのにねぇん」
同じく《ディカイオシュネ》――神話に登場する半人半牛の化け物、ミノタウロスの姿をした”鬼牛”の〈ブル〉がため息を吐く。
「バ、バラしちゃいましたね……。ど、どうします、姐さん。これじゃあ師匠一本釣り計画が……」
薄緑のパーカー、膝上まであるベージュの短パンという現代風の格好をした短髪緑髪の少年――というには角の無い体格が華奢なことも相まって少女に見えるが――”龍爪”の〈Z〉に言われ、〈ヴァルキュリア〉はこめかみを親指で押さえる。
「…………まったく。こうなってしまったら仕方ないな。別の方法で”魔王”様を探す他ないだろう」
「んげぇ、ふりだしかー。もうヤになっちゃう、ねぇ、ルーシー」
〈アゲハ〉は観客席を立つと、手すりに腰掛け宙に足を垂らしている”天歌”の〈ルシア〉の隣までやってくる。そしてそのままだるそうに手すりに身を預けた。
音符ビスケットをもぐもぐとひたすら真顔で食している”天歌”の〈ルシア〉――赤と濃い青を基調としたフィンランドの民族衣装に身を包む、くすんだ金髪の少女――は自分のビスケットに伸びてきた〈アゲハ〉の手甲をぺちっと叩く。
「だめ。あげない」
それにぶすっとした顔をする〈アゲハ〉。
「けぇーちぃー。ってゆーかぁ? そもそもいるのかなぁ、”魔王”様。『ワールドマスター』内にぃ」
「…………師匠」と〈Z〉は手に持った赤のハチマキに眼を落とし、寂しそうに呟く。
しょんぼりと肩を落とす〈Z〉を横目で見た〈ヴァルキュリア〉は視線を舞台へ戻した。
「私は〈ブレイブ〉の話を信じるぞ。どんな根拠かは知らんが奴は”魔王”様が『ワールドマスター』に関わろうとすると確信しているようだったからな。あの優柔不断が断言したのだ。”魔王”様はどこかにいらっしゃるのだろう」
舞台では偽”魔王”の自白が続いているところだった。
『いつまでも騙せるとは思っちゃいなかったが、案外簡単にバレちまったな。《ディカイオシュネ》、十二幹部が一人〈チャールズ〉。人呼んで”猿真似”の〈チャールズ〉様とは俺のことよ。まあ、”魔王”様を釣るためだ。許してくれよ、ユーティ』
『…………。誰だ、お前』
「「「えっ」」」
なつきから返ってきた言葉に〈チャールズ〉を筆頭に《ディカイオシュネ》メンバー全員が眼を点にした。ただ〈ルシア〉だけが無表情にビスケットを齧り続ける。
『お、おいおい、冗談キッツいなぁ~。ほら、俺だよ、俺。色んな奴の戦い方をパク――真似するのが得意でさ。お前ら少年少女組にとっちゃ気の良いお兄さん役がいただろ? 俺、あれから結婚してさ。今、娘が――』
『お前など知らん。誰だ』と他人を見るようななつきの瞳。
『…………あー。おっ、あっ、おおっ、そうか! そうだよな! この格好だからなぁ。今、スキル解くな? ちゃんと実物を見ればお前も分かるはず、っと』
言うや否や、〈ジャスティス〉の身体がオレンジ色の炎に包まれ、まるでスライムのように黒の甲冑から、その体格、顔、すべてがぶにょぶにょと変形していく。そうして現れたのは額にバンダナを巻き、髪の毛がツンツンと逆立った軽装の男――にかっと笑うその爽やかさは本人の言う通り気の良さそうなお兄さんだった。名前も〈ジャスティス〉から〈チャールズ〉へと変わっていた。
『はい、じゃーん! 中身は〈チャールズ〉お兄さんでしたぁ! いやあ、『ワールドマスター』じゃ、いつの間にか俺の記憶にある人物の戦い方から姿まで丸ごとコピーできるチートみたいなスキルが使えるようになっててさー。それでヴァルが俺のスキルを利用して本物の”魔王”様に名乗り出てもらう計画を――』
『………………』
なつきは無言だった。その眼はどこか変質者を見るような瞳へ変わっている。
『うっそだろ、ユーティ! ひっでぇ、こいつ! おい、みんな! この鳥頭、マジで俺のこと忘れてんぞ!』
観客席の《ディカイオシュネ》一行に泣きつく〈チャールズ〉お兄さん。
「……だってユーティだもん」と〈アゲハ〉は諦めたように呟いた。
「《ディカイオシュネ》内の二つ名。”鳥頭”顕在。ユーティ。変わってない」
言って、もぐもぐ、と音符に模られたビスケットを呵責する〈ルシア〉。
「……あの子、まさかとは思うけど私たちのことも忘れてないでしょうねぇ……」と〈ブル〉の頬に脂汗が流れた。
と、そこでなつきは何か気づいたようにぽんと手を打った。
『ああ、思い出した。お前、まだ私が女子中学生だというのに歳の差も考えず告白してきてフラれた腹いせに〈ジャスティス〉に反発したらボコボコにされた〈チャールズ〉か』
しーん……。
いきなり恥ずかしい黒歴史が暴露され闘技場内が沈黙に包まれた。
『すまんすまん。物覚えはかなり良いと自負できるが興味ない事はすぐ忘れてしまうんだ』
ぐさぁっ、と〈チャールズ〉の胸に何かが突き刺さった音が聞こえたような気がした。
そのまま〈チャールズ〉はふらふらと歩き、そのままポテンと横に倒れ込んでしまう。
「決勝戦。終了。あっけない」
無表情にビスケットをもぐもぐとやりながら、そう〈ルシア〉が言ったまさにその時だった。
闘技場の舞台――そのすぐ傍に一筋の金色の光が、まるでビームのように降り注いだ。
ズドォオオォオォーーンッ!
土煙とキラキラとした黄金の粒子が舞い散る。
『な、なんだなんだぁ!? どこからともなく光線が撃ち込まれてきましたぁ! 観客席からの攻撃はおやめくださーい!』
だが、それは光線やビームなどではなかった。
土煙が晴れると、そこには一人の少女が立っていた。
それは誰であろうかなミヤだった。
観客たちが、《ディカイオシュネ》一行が、《七雄剣》一行が、舞台の上にいる〈チャールズ〉が、そしてなつきが注目する中、ミヤは焦燥を隠そうともせず周りを見渡す。
(”爆弾”は――一体、どこにあるの――!?)
ミヤは意識し、視界に時刻を呼び出す。そこに記された文字は『21:56』。
(あと四分しかない――! まずは避難を促さないと――!!)
そんなミヤを訝しげに見つめる観客たちとは違い、深刻な面持ちをしている人物がいた。
”天空”の〈ヴァルキュリア〉――
(…………。あの子、たしかナーガと一緒にいた――プレイヤー名は……そう、〈ミヤ〉、か)
そして”聖剣”の〈エクスカリバー〉だった。
(あれは……”魔王”とPTを組んでいる子、だな。まさか決勝戦を観るために無理やり乗り込んでくるとは……! ぐぬぬ、なかなか思い切った采配だ、”魔王”……!!)
ミヤは〈チャールズ〉やなつきの立つ舞台へ上がると、観客席へと振り返り大きな声で叫んだ。
『お願い!! 今すぐこの闘技場から逃げてッ!! この闘技場のどこかに”爆弾”が仕掛けられているのよッ!! その”爆弾”は現実世界のあなたたちを殺す危険性があるものよ! だからッ!! 死にたくなかったら早く逃げて!!』
必死にミヤは訴えかける。が――
「はあ? おい、聞いたか? 爆弾だってよ」
「なんじゃそりゃ。あの子、頭ヤバくね?」
くすくすと笑う声と、馬鹿にしたような声が返ってくるだけだった。
こうなるとは予想していた。いきなり現実世界で死ぬかもしれない”爆弾”が存在し、しかもココに仕掛けられているなんて話を誰とも知れない者が訴えたところで、『よし、逃げよう』と考える者はいない。
(ああもうっ!! そうよね、どうせこんなんじゃ信じないと思ってたわよッ! ってイライラしても仕方ないわっ! 何かっ! 何かっ、何でもいいからみんなを移動させないと――!! でもどうすれば信じてもらえるのよっ……!)
ミヤは顔を伏せ、指が白くなるほど強く拳を握る。
今、セイギは必死に戦っていることだろう。訳の分からないチートみたいな攻撃をしてくる敵を相手に、必死に攻略法を見つけようとしている。
色んなもののために。
《ディカイオシュネ》の”魔王”として――
そこでミヤはハッとなり顔をあげた。そして彼女の口から出たのは思わぬ言葉だった。
『いいからさっさと全員、逃げろっつってんのよッ!! 本物の”魔王”がそう言ってんだからッ!! あんたらどうなっても知らないわよッ!!』
ざわざわ、としていた観客たちが、〈エクスカリバー〉が、そして〈ヴァルキュリア〉を始めとした《ディカイオシュネ》のメンバーが、そして、なつきが眼を大きく見開いて言葉をなくしていた。
『いい!? よく聞きなさい!! 信じられない話だろうけど今の《ディカイオシュネ》にいる”魔王”〈ジャスティス〉は偽物よッ!! 本物が別にいてこの『ワールドマスター』へ本当に戻ってきているのよッ!!』
その言葉に、大きく瞳を開いたまま、ふらりと〈ヴァルキュリア〉が席を立つ。
〈ブル〉が瞳孔をぎゅっと細くして固まっている。
〈アゲハ〉が放心したように、口をぽかんと開けたまま動きを止めている。
〈Z〉が信じられないものを見たかのように、手にあったハチマキを握り締める。
〈ルシア〉が噛んでいたビスケットの呵責を中途半端に止めている。
〈チャールズ〉が舞台から上半身を起こして、ミヤへ驚愕の視線を送っている。
そこにいた《ディカイオシュネ》メンバー全員が、ミヤの発した言葉に、続く言葉に全意識を集中させる。
『本物の”魔王”は今、《リベレイター》と戦っているのよッ!! 私の仲間たちが必死になって戦ってるのよッ! それはあんたらを守るためでもあるの!! だからッ!! あんたらには生き残ってもらわなきゃ困るのよッ!! 私のことは信じなくても構わないわよッ!! でもッ!! あいつの――あいつらの頑張りを――!!』
そこでミヤは区切って、息を吸い込む、そして大声で叫んだ。
『無駄にッ!! すんなぁーーーーッ!!』
その声が、闘技場に反響し、木霊を残して小さくなっていく。
ぜぇぜぇ、と肩で息をするミヤ。
「…………聞いたな」と〈ヴァルキュリア〉はミヤから眼を離さぬまま、震える声で《ディカイオシュネ》メンバーに問う。
「はい、聞きましたよ、しっかりと」と〈Z〉が赤いハチマキを額に巻いていく。
「”魔王”様一本釣りもまんざら無駄じゃなかった」と〈アゲハ〉もだれていた手すりから身を離す。
「いるのね、”魔王”様が……。この近くに」と〈ブル〉が顔の前で拳を手の平に打つ。
「プレイヤー名〈ミヤ〉。覚えた。逃がさない。絶対」と〈ルシア〉はビスケットを握り潰した。
〈ヴァルキュリア〉は興奮した様子で、何度も頷く。
「ああ……、ああ。……ああ! 間違いないぞ……! あいつは――本物の”魔王”様がどこにいるか、誰なのか――知っている……!!」




