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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR6 『魔王のジャスティスプログラム』
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第一四話 『止まった世界』


(イカれてるってのにも程があるだろうがっ……! あのヤロウ、極まってやがる……!〉


 闘技場には《ディカイオシュネ》のメンバーや《七雄剣》のメンバーもいることだろう。そして彼らはまさか人命に関わる”爆弾”が仕掛けられているなんて気づいちゃいない。


(コールするか!? 〈ヴァルキュリア〉に”魔王”として事情を話せば……! いや、こんなこといきなり言われて誰が信じるっていうんだ……!! そもそもあいつからすれば俺は偽物……! 信じる理由がない……! なら〈エクスカリバー〉か! あいつなら俺が本物の”魔王”だと気付いている! プレイヤーの避難を促さなきゃならないし、あいつなら発言力もあるッ! 〈エクスカリバー〉だ!)


 セイギは意識してすぐさま〈エクスカリバー〉にコールをかける。

 が――

 ちりんちりん、と鈴の音が続くだけで〈エクスカリバー〉がコールに出る様子は無かった。


(あんにゃろぉおお! こんな時にシカトこいてんじゃねぇよッ!! なら今から闘技場まで走れば――いや、ダメだ! 俺の足じゃ間に合わない! どんなに急いだとしても一五分はかかる……! そもそも俺はここから離れる訳にはいかない……! ナーガが、トラが……! ここは、今の状況は……! 決死の覚悟であいつらが辿り着かせてくれた場所だ……! それを捨てるなんて俺にはできない……! どうすれば――!)


 と、その時だった。

 広間の、セイギが入ってきた両扉が勢い良く開き放たれた。


「まぁくんっ!!」


「セイギ、無事!?」


 現れたのはミライとミヤだった。どうやら廊下にいた騎士たちをすべて倒してきたらしい。


(ミヤ! そうだ、ミヤの足ならまだ可能性は――!! 良いタイミングだぜ、まったく!)


 柱に隠れたままセイギは声を張り上げる。


「聞けぇ、ミヤァ!! 闘技場に例の”爆弾”が仕掛けられている!! 爆発するのは二二時ちょうど! 闘技場のプレイヤーを避難させるんだッ!!」


「な、なんですって!? 二二時って……あと八分しかないじゃない――ッ!!」


「あの”爆弾”が……闘技場に――!? そんなっ……!!」


 ミヤとミライ、二人の顔が一瞬で蒼白に変わる。

 ミライはギリッと奥歯を噛んで〈ヘリダム〉を睨みつける。


「〈ヘリダム〉さん! あなたは――! あなたという人は――ッ!!」


 珍しく激怒しているミライを見て、〈ヘリダム〉は少し驚いたような表情をした。


「おやぁ? おやおやおや。これはこれは麗しの――」


「今すぐ”爆弾”を解除しなさいッ!」


 凄むミライに〈ヘリダム〉はくつくつと笑う。


「いいえ、ダメですよ、お嬢さん。私の手にあった最後の”爆弾”はもう解除なんてできませんよ。時間がくれば……どかーん、です。まあ、解除できたとしてもする気はありませんが」


 そんな〈ヘリダム〉とミライ、二人のやり取りを横目に見ながらセイギは舌打ちを一つする。


「ミヤ! 何をボサッとしてんだ! 行けッ! 急ぐんだッ! プレイヤーを避難させるんだッ!!」


「で、でもセイギッ! 私がいきなり行って事情を話したところで信じるわけないわよっ……!!」


「その時はお前が”爆弾”を処理しろッ!!」


「そんな事言われても”爆弾”が闘技場のどこにあるかも分からないじゃない! それに私の足でも闘技場までは時間が――!!」


「大丈夫だ、ミヤ! お前なら見つけられる! 何にでも攻略法はある! 必ずだ! 考えろ! 考えて”爆弾”の位置を見つけろッ! 時間がねぇッ! 早く行け!!」


 セイギの叫びに呼応するようにミライもミヤへと叫ぶ。


「ミヤちゃん、お願いっ!! このままじゃみんな……! みんな死んじゃう……! 私じゃ間に合わない……! でもミヤちゃんなら――!!」


「~~っ! 無茶ぶりにも程があるわよ……!!」


 そう文句を放ちつつ、ミヤは広間の窓へと向かって走りだした。


「だあぁめですよぉッ! 許可しなぁあああいッ!! 私がみすみす止めに行かせると思っているんですかぁあッ!!」


 ミヤが窓に向かったのを見て〈ヘリダム〉も動く。

 ミヤが窓に辿り着く道筋は〈ヘリダム〉の【先撃】範囲内だ。


「……っ! やばい……! ミヤぁッ! 避けろぉッ!! 背後からだぁッ!!」


 叫んだ時にはもう遅い。ミヤの死角から紫色に裂ける空間が、その頭目掛けて繰り出されていた。

 が――なぜかミヤに【先撃】はかすりもせず、ミヤはそのまま走っていく。


(外したッ!? やりやがった……! この土壇場で〈ヘリダム〉のヤロウ、【先撃】を外しやがった……!! 運が傾いてきてるぜ……! 行かせるんだ、ミヤを――!!)


「てめぇの相手はこの俺様だろうがぁッ!!」


 叫んで、セイギが柱の影から〈ヘリダム〉へと【雅穿】を繰り出す。


「逃げるだけの相手などつまらないのでねぇッ!! よそ見もしたくなるってもんでしょうがぁッ!!」


 不意を突いた一撃だったが、〈ヘリダム〉はセイギが潜んでいる位置にだいたいの目星をつけていたらしく、あっさりと避けられてしまう。


(だが、これでいい――!!)


 今まで【先撃】が発動されて、空間の亀裂が出現するのは同時に一撃のみ。〈ヘリダム〉は【先撃】を二発同時に出すことはできないのだ。それはつまりセイギに〈ヘリダム〉の注意が向けばミヤに【先撃】は飛ぶことはないと、彼は考えたのだ。

 予想通り、〈ヘリダム〉はセイギを近づけさえないために【先撃】の対象をセイギへと変えてきた。斜め後ろからきた空間の亀裂を、セイギは振り返りざまに剣で薙いで受け止める。


「いけぇミヤ! お前は速いッ! 誰よりもだ!! これはお前にしかできないんだ!! 誰でもなくお前なら時間内に闘技場につけるッ!! 走るんだ!! 誰よりも速く――!! 走れぇええええッ!!」


 セイギは〈ヘリダム〉の【先撃】をその身に受け、苦悶に表情を歪ませながら、叫ぶ。


「行かせないと言っているじゃないですかぁああぁあッ!!」


 ゴウッ、と〈ヘリダム〉の身体で揺らいでいた紫色の炎が肥大化する。

 瞬間。またも窓へと向かったミヤの背後に空間の亀裂が出現する。


「背後から攻撃するって――思ってたんだからッ!!」


 その力ある声の通り、紫色の亀裂はミヤへ届く前に何かにぶつかり、まるで水たまりに水滴を落としたかのように宙に波紋が広がる。


「防御魔法……!? あぁなたといぅう人はぁあああぁッ!!」


〈ヘリダム〉の眼がミライへと向く。それを見てセイギが警鐘を鳴らした。


「ミライッ! ヤツの攻撃は瞬時に斬撃を繰り出す中距離攻撃だッ! 死角からくるぞッ!!」


「分かった! 死角からだねっ!」とミライが場所を予測し先手を打って防御魔法を練り上げる。


「そうですねぇ! 死角からいきますよォ!」


 だが〈ヘリダム〉がそう言った瞬間、死角からではなくミライの眼前に紫色の亀裂が出現していた。

 それを見て、ミライは口の端を吊りあげた。


「分かってたよ……! 背後とか死角とか何度も言えば……あなたの捻くれたな性格じゃ真正面からの攻撃に変えるって――!」


 そう、セイギとミライはわざと死角から攻撃がくることを強調し、言葉で〈ヘリダム〉の【先撃】が発動する位置を誘導したのだった。


 ガキィイイィンッ!!


 ミライの眼前で紫色の亀裂が、彼女が先に唱えていた防御魔法によって阻まれる。だが、間近でぶつかった勢いもあってか、ミライは派手に吹っ飛ばされて背中を壁にぶつけた。


「あっぐ……!」


 そして、そのままガクリと頭を垂れる。


(よっわ……!! あんっのバカ、気を失ったのかよ……! ミライのやつ、こんな切迫した状況になっても本当につっかえねぇッ……!! だが、おかげで時間は十分に作れた……! これでミヤは闘技場に向かえたはず――!)


 視線でミヤの背中を追う。

 だが、どうしたことだろう。

 ミヤは窓のすぐ傍でその動きを止めていたのだった。


「ミヤッ!? 何してるんだッ!」


 セイギの緊迫した声に、ミヤは足を動かそうとする。


(分かってる……! 早く行かないと……! 行かないと――!!)


 ――多くのプレイヤーが、死ぬ。


 どっくん、とミヤの心臓が波打った。

 動かない。脚が動いてくれない。

 背中にどしんと、とてつもなく重たいモノが乗っかる感覚がミヤを襲っていた。心臓がぎゅっと手で握りしめられたかのように、苦しい。ぜぇぜぇと息が荒くなり、汗が噴き出してくる。

 自分の足に城下町にいるプレイヤーたちのデータ削除が――いや、命が懸かっている。

 そう理解した途端に、ミヤの足は震えだしていたのだ。

 初めての感覚だった。自分は今までただ速く疾ることにしか興味がなかった。誰かのために疾っているわけではなく、疾ることが単純に面白いから自分は疾っていたのだ。

 だから今、何かを守るために自分の足が必要とされていると分かって、感じたことの無いプレッシャーを感じていた。自分一人の責任では負いきれない重圧が、まるで地の底から伸び出してきた何本もの手に掴まれているように足が動かない。


「何をしてるミヤッ!! はやく行けぇええ!!」


(ダメ……! 動かない……!! どうして……!! こんな時にっ、どうしてなのよっ……!! 走らないといけないのに……! 走らないと――いけないのに――!!)


 ミヤはぐっと胸を掴んだ。

 思い出すのは現実世界でのタイムが伸びない自分。それどころかどんどんとタイムが落ちていく自分。

 走っても、走っても走っても、もがいて、もがけばもがくほど、自分の足はどんどん遅くなっていく。

 自分には走ることしかできないのに。その足にも自分は見離された。

 震える足に、ミヤの眼から涙が零れ始め、ついに彼女はぺたんと座り込んでしまった。


「ハハハ!! 私のテリトリーの中で動きを止めるなんて良い的ですよぉッ!! 今度は外しませんよォ!!」


 そのミヤの背中に【先撃】が振り下ろされていく。

 ミヤは振り返り、その迫りくる紫色の裂け目に瞳孔がきゅっと絞られた。


(やられる……!)


 思わず腕で頭を守り、ミヤは身を縮める。だが、しばらくしても痛みは襲ってこなかった。その代わりに、ぽたぽた、と自分の頭に生暖かい液体が滴れ落ちてきていた。

 ゆっくりと見上げると、そこにはミヤを守るように背中を盾にしたセイギの顔があった。


「……セ、セイギっ……!!」


 口から血を滴らせ、セイギは右手をミヤの肩を強く掴み、揺さぶる。


「一之瀬ッ……!! 失敗を怖がるな……!! 貴様がここで疾らないのなら、闘技場のプレイヤー全員がどちらにしろ死ぬ……!! どっちにしろダメならもがいてダメな方を選べ!! お前が好きなことはなんだ――!!」


(疾ること――)


「お前が得意なことはなんだ!!」


(疾ることだ――!)


「この世界で一番速いのは誰だッ!?」


(間違いなく――!)


「……私よ……!」


「なら信じろッ!! お前がこれまで積み重ねたものをッ!! お前の努力は絶対に無駄なんかじゃないッ! 無駄なもんなんてねぇ!! 世界で一番、走るのが好きな奴は誰なのか言ってみろッ!!」


「――私よッ!!」


「なら行けぇえええぇ、一之瀬ぇええッ!!」


 セイギが右手を振りかぶり、その馬鹿力で――どんっとミヤの背中を押した。

 バチバチと、背中から何か熱いものがミヤの中へ流れ込んでくる。

 背負っていた重荷がそれで吹き飛んでいくように、背中を風が押す。

 刹那――ミヤの足は信じられないほどの力で床を蹴っていた。

 その一蹴りで、まるで足から羽根が生えたかのように窓を突き破り、闇の中へと飛び出す。


(身体が――軽い――! 信じられないほど――!!)


《正道騎士団》の隣の家屋、その屋根の上に着地し、屋根を疾って、次の屋根へ跳ぶ。頬を風で切る感覚が、こんな状況下なのに気持ちいい。今なら――


(もっと――もっと――速く――今ならもっと――!!)


――私、一之瀬美耶子は――疾るのが好きだ。

 耳元でびゅうびゅういう音が好きだ。

 ぐん、と視界が狭くなるのが好きだ。

 まるで足から羽根でも生えたかのように――

 ――ふわりと身体が浮くのが好きだ――


 瞬間。ミヤの身体から仄かに金色の光が、炎のようにその身を包み始める。

 パリッパリパリッ、と卵の殻が割れるような音がした途端、彼女の装着する黄金の靴からバサリと光の翼が出現していた。

 いつの間にかミヤの足裏は屋根を走ってはいなかった。

 その足は地を離れ、宙に光の粒子舞う足跡を残して、まるで空を駆る馬――ペガサスが如く空を疾る――!


 ――全力で疾ると、まるで世界が、時が止まってしまったような感覚に陥る。

 ただ私だけが世界でただ一人、足を動かし世界を――時を進んでいる。そんな気分になる――


 上空から下を見ると、大通りを多くの人たちが歩いていた。いや、歩いてはいない。ミヤからはなぜかその人たちがまるで時を止めたように、固まっているように見える。

 それほどの時間が凝縮された空間を、ミヤは一人、空を行く――!


 人が――世界が――止まって視える――!!


 その時、ミヤはふと陸上部に個人指導に来ている渡の言葉を思い出していた。


『スランプは誰にでもあるのよ。私も初めてスランプにハマった時はそりゃもう落ち込んだものよ。何をやってもダメで、焦って練習すればするほど逆にタイムが落ちて……どうやったら抜け出せるのかも分からなくて、それはもう……悩んだものよ』


 うずうずと、胸の奥が疼く。抑えられない気持ちがどんどん沸いてくる。

 ああ、この感覚――とても懐かしい。


『そこでね。私は思ったの。どうせ何をやってもダメなら、いっそ練習なんかやめて遊んじゃえって。どれくらい遊んだかは覚えてないけど、ある日、急に走りたくなってね。気づいたらスカートのまま車道を全力疾走してたわ』


 まったく、渡さんの言う通りだ。

 走りたい……!!

 もっと――! もっともっと――! この止まった世界を走り続けたい――!!

 そうだ。どうして忘れていたんだろう。

 これだ――この風景が――私はずっとずっとずっと好きだったんだ――!!


 ――だから私は疾る。ゴールに向かって、ただただ真っ直ぐに誰よりも速く――


 道無き道を、一直線に、最短距離で――光そのものとなってミヤは空を疾る。

 その身を包む黄金の光は彼女の【覚醒】を示していた。

 鉄靴から生えた翼が大きく羽ばたき、キラキラと光で出来た羽が舞い散る。


「世界で一番速いのは――私だ――!!」


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