第一三話 『悪巧み』
セイギは〈ヘリダム〉の【オンリースキル】のせいで完全に攻めあぐねていた。
セイギは複雑に方向を変えて回避しようとしていたが、逃げた方向からさらに空間の亀裂が襲い掛かってくるのだ。間合いを詰める暇もなく、セイギは回避に専念させられているのだった。
それも、その全てを完璧に避けきれているわけではなかった。いきなり死角から襲い掛かる空間の亀裂を予測することは困難で、いち早く反応しても、その斬撃はセイギの背中を、腕を、脚を、徐々に斬りつけ体力を奪っていた。
(くそっ……! こんなんじゃいつまで経ってもヤツに近づけやしない……! それどころか、どんどんと離されていきやがる……!)
セイギはまるで〈ヘリダム〉に誘導されるように、元々入ってきた室内の奥へ奥へと距離を取らざるを得なかった。
「ははは! どうしたのですか、”魔王”! 先程から私はまったく動いていませんよ!」
打って変わって〈ヘリダム〉は一歩も動かず、ただただ突っ立っているだけだ。
セイギは最初にこの空間の亀裂には〈ヘリダム〉の仕草による発動条件があるのではないか、と考えた。発動を促す単語や呪文、指で印を切ったり、こすって鳴らしたり、何らかのきっかけがあると分かれば対処もしやすくなる。だが、〈ヘリダム〉は紫色のオーラを身に纏っているのみで、剣を振るう動作や、身体に力を込めるような様子は一切無い。
おそらく【オンリースキル】を使う時はそのオーラを纏っていなければ使えないのだろうが、常に纏っている状態であるため発動タイミングを探るのには何の参考にもならない。
ならば、いずれは〈ヘリダム〉が【オンリースキル】の発動に疲れて空間の亀裂を出現できなくなるのではないか、とも考えたが、〈ヘリダム〉からは疲労した様子は見えない。
それらから考えられるのは通常のスキルによる技や魔導の発動と違って、【オンリースキル】はスタミナやMPを使用しないでも使える可能性が高い、ということだった。
空間の亀裂を出現させられるのは同時に一つまで、という制限はあるようだが、それでも考えれば考えるほど脅威的な力だ。公式チート、といっても過言ではない。
いや、そもそもこんなものが本当に〈黒ウサギ〉がゲーム内で設定――可視化したものなのだろうか、という疑問も沸いてくる。
セイギはさらに頭を目まぐるしく回転させる。その脳にある知識を、すべて動員し、〈ヘリダム〉が持つ未知の攻撃の攻略法を考える。
だが――無い。見つからない。
(くそ……! くそくそくっそぉ……! ここまできて……! 足踏みしてる場合じゃないっていうのに……!!)
セイギの脳裏に一階の広間に残ったナーガとトラの背中が過ぎる。
たしかに彼女らは強い。だが、明らかに旗色が悪い。そうと分かっていて戦いに彼女らは挑んでいる。ナーガは四人の【二つ名持ち】と、トラは致命傷を負ったまま戦っている。どちらも分が悪い。
それでも残ってセイギを送り出したのは、セイギが〈ヘリダム〉の所まで辿り着きさえすれば倒してくれる、とそう思ったからに違いなかった。
それが彼女、彼にとっての勝利なのだ。
(だから俺は早くこいつをぶち殺さなきゃいけないっていうのに……!! ちっくしょぉおお……!!)
ついにセイギは避けた先から現れた空間の亀裂に押しやられ、入ってきた両扉に背中を打ち付ける。
「はっはっは! これで後がなくなりましたね! さあ、詰めていきますよ!」
と、〈ヘリダム〉がそう宣言し、セイギは前、上下、左右、そのすべてに視線をせわしなく動かす。が、どうしたことだろうか、空間の亀裂は少し待っても出現しなかった。
「…………おや?」と〈ヘリダム〉も訝しげな顔をしている。
(…………空間の亀裂が……出ないのか……?)
セイギの疑問を肯定するように〈ヘリダム〉はぽんっと掌を打った。
「ああ、なるほど。二〇メートル以上離れてしまったわけですね」
(二〇メートル……。ヤツのオンリースキルが放てる限界範囲か……! だけど範囲が分かったところで――!)
長い。長すぎる。それが分かったところでどうしようもない長さだった。今、〈ヘリダム〉が立つ場所からならばほぼこの広間の空間――その全域を占めている。二〇メートルの距離を詰めるためには、何度も〈ヘリダム〉のオンリースキルを掻い潜らなければならない。それにいざとなったら〈ヘリダム〉は後退し始めるだろう。実際は二〇メートルよりも長い距離を詰めなければならない。
(何かあるだろ、攻略法が……! そうだ……! こっちも中距離攻撃を使えば……! 【雅穿】なら……いや、【雅穿】が届くか……!? だが【雅穿】は溜めの動作もいる……! 避けられるのがオチだ……! ダメだ! 攻略法が……無い!)
セイギは〈ヘリダム〉を見据えたまま、悔しさにぐっと奥歯を噛んだ。
(いや、諦めるな……! 攻略法はある……! 必ず……! とにかくなんとかして距離を詰めるしか……!)
再び、〈ヘリダム〉の空間断裂の範囲内へ足を踏みだすセイギ。だが、それも死角の超低空から襲い掛かる斬撃に脚を斬りつけられ、床をゴロゴロと転がる。
「ははは! 流石に”魔王”でも【オンリースキル】には敵わないようですね! どうですか、これが“救世主”にのみ許された【オンリースキル】――名付けて【先撃】ですよ! あなたの眼がいかによかろうが、私は予備動作なく斬撃を放つことができるのです! つまり! あなたは私の動きから攻撃を“先読み”することができない! あなたの強さたる所以が私にはなんら影響を与えないのですよっ!! 実に皮肉なものですねぇ! “魔王”は“救世主”には勝てないようにできているんですよ! はははっ! はははははははっ!」
”先読み”が出来ない攻撃。それはまさにセイギにとって天敵と呼べるものだった。
通常、斬撃を繰り出すには予備動作が必要となる。大まかに別けるとこうだ。
一ステップ目にまず足に力が入り、二ステップ目に剣を振り上げる、そして三ステップ目で振り下ろす。【先撃】はその一と二のステップをすっ飛ばし、いきなり三ステップを繰り出せるということだった。
しかも視界の範囲外からだ。
これの脅威はずばり回避がほぼ不可能ということ。人間が防御態勢に入ったり、避ける動作に移行するにはまず相手の動きが見えていなければならない。
相手が剣を振り上げた、だからこそ防御、あるいは回避しようとする。
それが人間の『反応』あるいは『反射』というものだ。
一と二のステップを見ているからこそ人間は身構える。対策しようとする。
だがセイギはその研ぎ澄まされた感覚と、類稀な眼で、一ステップ目――相手が剣を振り上げる前の動作――つまり剣を振り上げるために力む身体を見て、防御あるいは回避をしている。それは驚異的なイニシアチブだった。相手が剣を振り上げた時にはもう回避を終えているのである。それがセイギの強さ。
だが、そんなセイギでも相手から一と二のステップが消えれば――
いきなり、何の前触れもなく、突如として、防御態勢も回避動作も用意できていないところへ斬撃が振り下ろされることになる。
常に不意打ち。常に予測外。
(つまり【先撃】は回避不能な攻撃――!! これは”魔王”とて同じ事――! ”魔王”の絶対無敵の強さ――その要因である相手の動きを判別する眼が、まったく使いものにならないんですからね――!)
〈ヘリダム〉は内心でほくそ笑む。
自分に与えられた力――【先撃】は万能ではない。遠距離攻撃のタイプや、魔導攻撃系のタイプにとってはそこまで脅威とならないかも知れない。だが、対”魔王”として考えれば、これ以上に無いくらいに絶大な効力を発揮する。
「ハッハッハ! だから言ったのですよ! ”魔王”が”救世主”に勝てるわけがないのです! 私とあなたの相性は抜群!! どんなにあなたが強く敵無しでもぉ? 私にはッ!! 私だけには絶対に敵わないのですよぉッ!!」
襲いかかる回避不能な斬撃が、セイギの背中をなぞっていく。
「がぁっ……!!」
ついには、セイギは剣を床に刺して片膝をついてしまう。
その呼吸は大きく乱れ、体中からびっしりと汗を掻いていた。
「なんですか。もう疲れてしまったのですか……。呆気ないものですね」
セイギの目の前に紫色の空間が出現する。そしてその空間がギリギリと裂け、セイギの首元へと迫っていく。が――
ジャギィインッ!!
火花を散らして、セイギは剣でその攻撃を弾き返していた。
「ぜぇぜぇ……あんまり……調子に、乗るなよ……! 真ん前からの攻撃になら反応できるぞ……!」
「はっはっは、素晴らしい。空間の裂け目が現れたのを見て、対応したのですか。”聖剣”の〈エクスカリバー〉ほどではないとは言え、流石は”魔王”様。反射神経も良いものをお持ちのようですね」
「そりゃ、どうも」と剣を構えるセイギ。
「おやおや、まだ諦めないのですか」
「諦める? 冗談言ってんなよ……! お前をぶちのめさなきゃ仲間たちに顔向けできねぇんだよ……!」
「やれやれ、ボロボロの状態で何を言っているのやら。【オンリースキル】は個人の特質を最大限に生かした覚醒能力。私の【先撃】は不意打ち、騙し討ちに特化した私にふさわしいスキルでしょう? どうやらその個人が最大限生かせる力が【オンリースキル】となって表れるようでしてね。私たち上位層はこの【オンリースキル】を手に入れたプレイヤーを【覚醒者】と呼んでいるんですが、【覚醒者】が持つ【オンリースキル】は非常に強力! 【二つ名持ち】であれ通常プレイヤーが覆すのは至難の技! 【覚醒者】と戦えるのは【覚醒者】だけなんですよ! お分かりですか!? あなたでは役者不足なんですよッ!!」
「お生憎様だ、このクズヤロウッ! 俺様は通常プレイヤーじゃないんでな……! 役者不足かどうか……試してみろッ!」
セイギは全身に痛みを感じながら、すっと右手の平を〈ヘリダム〉に向け、左手の剣を床と水平に構える。そして、ふぅと深く息を吐く。
「ジョルトー流古剣術――! 【雅穿】――ッ!!」
セイギが剣を前に突き出したのと同時に放たれた光の線は真っ直ぐ〈ヘリダム〉へと飛んでいく――!
が、やはり距離が開きすぎていた。〈ヘリダム〉は驚いた表情を見せはしたものの、【雅穿】を難なく横へと身体を捌いて避ける。
「ははは! あなたも中距離攻撃を持っていたのですね! ですがぁ、こんなものでは私の反射神経でも避けれますよ!」
と、セイギの方を向いて〈ヘリダム〉はハッとなる。
そこにはいるはずのセイギの姿がなくなっていたのだ。
室内には天井を支えるための大きな白い円柱が幾本も立っている。おそらく、そのどれかに身を潜めたのだろう。
「時間稼ぎですか。小賢しい真似を。ですが、こんなに時間を掛けてていいんですかねぇ、セイギさん……。あなたがどんなに足掻こうと無駄だと私は言ったはずです。そう、例え、あなたが私を倒したところで今夜、『ワールドマスター』を攻略する者は《リベレイター》と決まったも同然になるのですから」
(なに……?)
柱の影に背中をあて、回復薬を飲んでいたセイギは〈ヘリダム〉の言葉に耳をそばだてる。
「私が手にしたあなたもよく知る“爆弾”ですよ。それをある所に仕掛けてあるんですよ。爆発するのは今日のニニ時ちょうどです。……さあ、どこだと思いますか?」
(なっ……! ニニ時過ぎだと――!?)
セイギは意識して視界に時刻を呼び出した。
現在の時刻は二一時四九分。
(あと一〇分しかねぇだろうがよっ……!!)
「この爆発で『ワールドマスター』プレイヤーは多数死亡しますッ! それも多くのトッププレイヤーたちがねぇえッ!! 彼らは全員、振り出しに戻るのですよッ!! 一気に各セルズの戦力を削ぐことができるのですよッ!! この二ヵ月半という強烈なイニシアチブを追い風に《リベレイター》はゆうゆうとゴールテープを切らせてもらいます……! そしてその仕掛け役となった私は《リベレイター》の中でも功績を認められることでしょうッ! ああ、もちろんこの場合のプレイヤーの死亡という表現はゲーム内の死と共に、現実世界の死でもありますがねぇえッ!!」
(多くのトッププレイヤーが多数――死ぬ……!? まさか爆弾を仕掛けた場所は――!)
今日の二二時。ジョルトー城下町ではあるイベントがある場所で執り行われる。
それは人類最強という称号がどちらに転ぶのか、今まさに闘技場では多くのプレイヤーたちが詰め寄せていることだろう。詰まる所の――
(闘技場――ッ!!)
《ディカイオシュネ》の偽”魔王”〈ジャスティス〉と”ソロ”という【二つ名持ち】の決勝戦。
その現状で人類一位を決める戦いを一目見ようと様々なセルズが、強者たちが観戦に来ていることだろう。それこそジョルトー城下町にいる大半のプレイヤーというプレイヤーが、だ。
その闘技場を爆破すれば――確かに一網打尽だ。
「はぁーっはっはっはっはっはっは!! はぁーっはっはっはっはっは!! さあ、あと九分ですよ!! 嫌がらせがてら私の悪巧みを潰すなんて豪語していましたが、あなたはどうやってこれを止めてくれるのでしょうねぇ!? いやぁ、楽しみでなりませんよぉッ!!」




