第一一話 『【オンリースキル】』
瓦礫の向こうから聞こえてくる。
剣撃の音が、魔法が炸裂する音が――
トラの雄叫びが――
「トラ……くん……!」
瓦礫に触れ、目元を拭うミライ。
「何してんのよ、トラのやつっ……! ほんと《ディカイオシュネ》って馬鹿ばっかり……!! みんなしてカッコつけすぎなのよ……! ほんと……なんなのよ……!!」
ミヤは床に強く握った拳を振り下ろした。
負けん気の強いミヤのことだ。自分に力があれば、自分がもっと強ければ、と思っているのだろう。
その悔しがり方から一人で騎士たちを抑えきることができていたら、《バジリスク》の奇襲に気付けていれば、状況は好転していたはずだと考えているに違いない。
ミヤは強い。他のプレイヤーたちよりキャラクターが育っている分もあるが、それを考慮しても明らかに強くなっている。プレイヤー本人が成長しているのだ。
だが彼女は自分がまだまだ弱いと感じているらしい。
それは彼女の視界に映る者たちが強すぎるからだ。
ナーガ、トラ――彼女の傍にいた者たちが別次元なだけだ。
ミヤが強くなるのは対人戦を味わったこれからなんだ。
「悔しがるのは後だ。――先へ進むぞ。あいつらが何のために残ったのか、忘れるな」
「あんた……! 仲間が犠牲になったって言うのに……そんな――!」
言いかけてミヤは俺を見上げ、途中で言葉を止めた。
ミライも俺の表情を見て、はっと息を呑み、眼を大きくする。
そんな彼女らの反応に、俺は静かに二人へ視線を送った。
「…………なんだ?」
「…………いえ、何でもないわ。ごめんなさい」
俺の問いに、ミヤは頭を振った。
「……そうよね。あんたが一番……」
努めて冷静でいるつもりだが……どうやら俺は今、相当にひどい表情をしているらしい。
二人には今までこんな一面を見せてこなかった。
俺はずっと隠していたのだから。
だが、もういい。
こいつらの前で隠す必要は無くなった。
道化を演じる必要も、無能を演じる必要も、力を抑える必要も、もう無いんだ。
俺はもう”魔王”であることを隠す必要はない。
心の奥底から怒りが、体中から殺気が漏れ出ていくのが自分でも分かる。
昔の自分が戻ってきているのが分かる。
「……行くぞ」
ギリッと右拳に、剣を掴む左手に、勝手に、力が入る。
そして廊下の奥を冷たい瞳で見据えた。
――潰すッ!! 徹底的にッ!! ぶち殺がすッ……!!
抑えきれない感情を周囲に撒き散らしながら俺はゆっくりと歩き始めた。
所々に他の部屋へと続く扉がある長い長い廊下。
扉の数は――八、いや九。研ぎ澄まされた感覚が、部屋の向こうの隅々まで気配を探索していく。
両側の部屋の中には誰もいないようだった。
となると、奴は最後の部屋。
まあ気配を探らなくとも見れば分かることだった。ご丁寧なことに〈ヘリダム〉がいる部屋の扉の前――廊下の一番奥に三〇人近くの騎士たちが得物抜き放って待ち受けているからだ。
だがもはやそれしきの障害をなんとも思わない。
長い長い廊下の先、その先に見える豪華な作りの両扉。
そこに――ヤツがいる……!
こんな雑魚どもを相手にするのさえまどろっこしい……!
「……どけよ」
俺は静かにそう告げると道を塞いでいる騎士たちを睨みつけ、前へと歩いていく。
何のためらいもなく進んでくる俺に、騎士たちは少し身構えながら退いていく。
「邪魔ッ……すんなよッ……!」
こうしてる間にも、ナーガが……! トラが……! 戦っているんだ……!
まだあいつらが死ぬと決まったわけじゃない……!
俺が戻れば――まだあいつらが生き残れる可能性はあるんだ……!
一秒でも早く〈ヘリダム〉を倒してあの場所に戻らなきゃならねぇんだ……!
こんな雑魚の相手をして時間を潰しているわけにはいかねぇんだよッ……!
「どけぇええええええぇえッ!!」
俺の声が廊下に響き渡り、騎士たちをビリビリと揺らした。
その一喝がきいたのか、騎士たちは俺へ武器を構えながらも、前へ進んでくる俺を左右に避けて道を開けていく。
その騎士たちの中を俺たちは進んでいった。
と、不意に、俺を避けて真横で武器を構えていた騎士の一人が俺に剣を振りあげる。
「はぁあああああッ!!」
だが俺は無造作に右腕を横に振り、その騎士の顔面に手の甲をめり込ませる。
瞬間。
ぱぁんっ!
風船が割れたような音がして騎士の頭が粉々に吹き飛んでいた。
大きなトマトを潰したかのように、壁が朱色に彩られる。
「「~~~~っ!!」」
騎士たちから明らかな衝撃、動揺、恐怖が感じ取れる。
頭のなくなった騎士の身体は、覚束ない足取りでふらふらと前に進んでいたが、やがて糸の切れた人形のように両膝を落とし床に崩れた。
その光景に恐れ戦いた騎士たちはさらに俺たちから壁際ぎりぎりまで距離をとる。
そして、俺たちはその扉の前に辿り着いた。
この扉の向こうに奴が……!
俺は全身から滾る想いを抑え込み、そのドアノブを握る。
「行ってらっしゃい、まぁくん」
その言葉に俺はゆっくりと振り返る。
ミライとミヤは廊下の一団と対峙していた。
「あんたらの邪魔はさせないわ。たっぷりとおしおきしてきなさい! こいつらくらいすぐに蹴散らしてやるわ……!」
言うや否やミヤは騎士の一団へ駆け、一対十数人の交戦を始める。
「私たちは大丈夫だよ、まぁくん。だからまぁくんは自分の戦いに集中して! 過去を清算してきてッ! 全部終わらせたら、みんなで一緒に『ワールドマスター』を攻略するんだからっ! みんなで一緒にっ!!」
「ああ……。嫌ってくらい連れ回してやるから覚悟しておけ……!!」
俺は両手で勢い良くその両扉を開け放つ。
一際、明るい、天井キャンドルの眩しい光が俺の眼の中に飛び込んできた。
その光りの下――
――いた。
その部屋にヤツは――〈ヘリダム〉はいた。
バタン、と音をたてて扉が閉まる。
謁見の間――といった具合の部屋だった。
幾つもの白い柱で支えられた天井、長く伸びる赤い絨毯。
その先、一段高くなった段差に置かれた豪華な椅子に〈ヘリダム〉は足を組んで座っていた。
肘置きに肘をつき顎を手の甲に乗せて、口に笑みを見せている。
ヤツとした会話が、ヤツにされたことが脳裏に蘇っていく。
『あなたは心配になりませんか? あなたの大事な仲間たちが無事に暮らしているか、心配になりませんか?』
『私の仲間は全国にいますからね。私の提案に乗って頂けませんか? どうでしょう、ジャスティスさん。いえ――黒猪正義くん』
『まったくどうしたというのですか、“魔王”さん。私はあなたたち《ディカイオシュネ》との対決を心待ちにしていたというのに……。正々堂々と戦えるこの日を楽しみにしていたというのに……。何があったか知りませんが…………残念でなりません』
『おやおや、どうしたのですか、“魔王”さん。私と戦わないのですか?』
腹の底から煮えたぎる怒りを、もう抑えきれない。
力が漲ってくる。筋肉が膨張していく。
視界の端で『ERROR』の赤い文字が浮き出ては消え、点滅を繰り返していた。
〈黒ウサギ〉が言っていた。
『ワールドマスター』は元からあったモノに〈黒ウサギ〉が色々な設定を後付けしていったのだと。
人類がこの世界を分かりやすく理解できる設定――決まり事を作ったと。
それはつまり、この世界でのステータス表示なんて人間が可視化できるようにしただけで、有って無い様なものだ。
同じだ。現実と。『ワールドマスター』は別の環境で育った地球なのだから。
人間は時に、その状況や感情次第で平常時では考えられない能力を出すことがある。
火事場の馬鹿力、ゾーン状態、第六感、といったものだ。
そうだ……。この世界での、データ上の俺なんて知ったことか……!
今の俺を……この俺をッ……!!
データで表すことなんかできるわきゃねぇだろッ!!
不意に、バチバチッと俺の身体が紫電が漏れ出る。
その一瞬の放電で、『ERROR』の文字がノイズに上書きされて掻き消えた。
身体からしゅうぅうぅ、と白い煙が漏れ出ていく。
そして俺は両の拳を握りしめ、天に向かって吼えた。
「ヘェェエエェエリィダァァアアァムゥウッ!!」
《ディカイオシュネ》を潰した元凶に怒りを迸らせて、地を蹴る――!
赤い絨毯を乱暴に踏みしめるごとに身を焦がす感情が膨れ上がる。
『さようなら、“魔王”さん。贖罪の時間です』
『なぜ……こんなことになってしまったんだ……!! なぜなんだっ……!!』
ユーティが嗚咽混じりに弱々しく叩いた箇所が、熱くなる。
「貴様をぉぉおッ!! ぶち殺がぁあああぁすッ!!」
轟ッ、と風を巻き上げて俺は剣を振り上げる。
右足を大きく踏み込ませ、背中から真一直線に〈ヘリダム〉へと渾身の斬撃を繰り出す。
刹那。
〈ヘリダム〉はマントで自身を覆い隠すように翻した。
俺の剣撃はマントを裂き、椅子を叩き斬る。
奴を斬った手応えは――無い――ッ!
粉砕された椅子の木屑が宙を舞う。
その木屑が舞う中、俺は眼の端で剣を抜いた〈ヘリダム〉を捉えた。
俺の右横からわき腹めがけて突きを繰り出してきている。
初手不意打ちとはヤツらしい。――だが、甘いんだよッ!!
「ぬぅらぁッ!!」
俺はその突きを難なく右腕を振るって剣を弾き飛ばす。
その一撃で、〈ヘリダム〉の手から剣が吹っ飛んでいき、驚きを隠せないように眼を丸くした。
そして、きゅっ、とヤツの顔に真剣味が帯びる。
すぐに〈ヘリダム〉の右手の空間が揺らめき、両刃の剣が出現した。
何を驚いてやがる……!
貴様が今、目の前にしているのは最強最悪ッ絶対無敵――《ディカイオシュネ》の“魔王”だぞッ!!
「ヘェリィダアアァアアムッ!!」
迸る怒りのままに剣を〈ヘリダム〉へと凪ぐ。
〈ヘリダム〉は弾かれた剣の反動のまま体を回転させ、俺と逆側から剣を水平に凪いでくる。
接触。力と力同士がぶつかり、火花を散らして互いの剣を弾き合う。
体ごと後ろに倒れそうになる衝撃を、俺は片足を後ろに伸ばして踏みとどまった。
同じように〈ヘリダム〉も踏みとどまっていた。
わずかに開いた間合いから俺と〈ヘリダム〉は、踏みとどまった足で床を蹴って間合いを再び詰め、両手で握った全身全霊の斬撃を互いの体めがけて振り下ろした。
ジャギィイィイィイィンッ!!
がっちりと噛み合う剣と剣。
バチバチと雷光が閃き、音をたてて震える剣、その先に憎い顔が見えた。
うすら笑いを浮かべながら俺の首を断とうと全力を剣に込めている。
俺も負けじと奥歯を噛み、細胞の一つ一つを奮い立たせる。
こいつはここでドロップアウトさせる……! これ以上こいつを野放しになんかできない……!!
絶対にッ――ここで潰すッ!!
「おぉおおぉおおぉおぉおおおぉッ!!」
両腕の筋肉を流動させ、両足のつま先で床を噛み、体を前へと、体重を乗せ、剣の刃を奴の首筋へと近づけていく。
額に脂汗を滲ませた〈ヘリダム〉が苦悶の声を漏らした。
力でッ、鍔迫り合いで俺に勝てるわきゃねぇだろうッ!!
ジャギィイィインッ!!
力で押し切り、俺が剣を振り抜くのに合わせて〈ヘリダム〉の剣が真下へ弾き飛ばされた。
同時に〈ヘリダム〉が床を蹴って後ろへ下がる。
逃がすかよ……ッ!! 一気にケリをつける……!!
俺は下がった〈ヘリダム〉と間合いを詰める。
だが、次の瞬間だった。
〈ヘリダム〉の全身を、紫色の光が包み込む。まるで炎のように何らかのエネルギーのオーラのようなものが、揺らめきながら〈ヘリダム〉を包んでいる。
時を同じくして〈ヘリダム〉の頭上の空間が紫色に裂けた。
まるで第二の剣がそこから出現したかのように、空間の亀裂は俺の脳天へと弧を描いて落ちてくる。
いきなり、何の前触れもなく――!
目の前に現れ、迫ってくる空間の亀裂――!
なっ――!? なんだ、これは――!?
俺は即座に前進を止め、大きく後ろへ跳躍する。
だが紫色の空間断裂は俺の肩口からわき腹にかけてを駆け抜けていった。
熱せられた鉄板を押し当てられたような感覚が胸に一筋走っていく。
俺はうまく着地することができず、蹴躓いて背中から床を転がった。
しかしすぐに片膝をついたまま左手で剣を構えなおす。
見るとすでに先ほどの紫色の空間断裂は消えていた。
まるでそこには最初から何もなかったかのように。
〈ヘリダム〉はフッと鼻で笑うと、口に余裕を浮かべて、床に転がった剣を拾う。
そしてまるで手品でも見せたかのように怪訝な顔の俺へ肩をすくめてみせた。
その〈ヘリダム〉を包み込み、揺らめく紫色のオーラはあまりに不気味だった。
なんだ今の攻撃はッ――!?
俺の知らない剣技、か!? いや俺の知らない――魔導系攻撃か……!
剣技という可能性は低かった。
〈ヘリダム〉の剣は床に落ちていたし、剣を手にしていない状態だったからだ。あの状態から剣技を出すことは不可能。それにそもそも剣術スキルに、あんな技は存在しないはずだ。
なんらかの魔法を発動させた、と考える方が辻褄は合う。
しかし、魔導系攻撃だとしても飲み込めなかった。
もしあの未知の攻撃を魔法・魔術の類とするならば【魔力】や【精神力】といったスキルもとっていないと実用性のある威力は出せないからだ。それだとやはり矛盾するのだ。〈ヘリダム〉が【魔力】や【精神力】のスキルに上限800の数値を割いているのだとしたら【筋力】や【腕力】といったスキルを犠牲にする必要がある。
だが〈ヘリダム〉と手を合わせた感覚からして完全に近接戦闘型のスキル構成をしているのは間違いない。もし魔導系スキルに割いていたら近接戦闘型のスキル構成をした俺とまともにぶつかり合うことさえできていないはずだ。つまり、〈ヘリダム〉は【魔力】や【精神力】スキルをとっていないにも関わらず、実用性の威力がある中距離攻撃を使ったということ。
この矛盾の穴を埋めるとする要素があるとすれば一つだけ……詰まる所、未知のスキル……!?
――ヤツはッ……【剣術】スキルとは別の……誰も知らない新種の攻撃スキルを持っているっていうのか――!?
プレイヤー本人は何の予備動作も必要がなく、それでいて、おそらく自分を中心したスキル適応範囲内にさっきの空間断裂を発生させるような……そういうスキル……!
俺の思考をよそに、〈ヘリダム〉は急に拍手をしだした。
「いやいや、まさか私の【オンリースキル】を避けるとは大したものです。腕は本物ですね。どうです? あなたも《正道騎士団》に入団しませんか? 幹部の椅子を用意しますよ」
【オンリースキル】という言葉に、俺は先ほどの不可思議な現象に確信をもった。
【オンリースキル】――個人専用スキルだと……!? そんなもんが『ワールドマスター』にあるっていうのか……!!
それにしても飄々としたその物言いに腸が煮えくり返る。
俺が仲間を手にかけることとなった原因が目の前にいる。それだけで頭が熱くなるというのに、ヤツの人を舐めきったような態度は俺の心を逆なでするばかりだ。
しかし、俺は立ち上がると努めて冷静に言葉を口にした。
「……二年振りだな、〈ヘリダム〉。相変わらずの下衆っぷりで安心した」
「二年振り……はて? 〈セイギ〉……ですか。あなたの名前に覚えは――」
「無い、とは言わせないぜ。聞いたことがあるだろう……! 〈ジャスティス〉って名前はな……!」
徐々に〈ヘリダム〉の顔が理解に染まっていく。
「――二年前……。これは……驚きました。あなたは黒猪正義、なのですね。……今の《ディカイオシュネ》にいる”魔王”〈ジャスティス〉が偽物だとは知っていましたが……まさか、本物も戻ってきているとは」
「ああ、戻ってきてやったぜ。お前をぶち殺がしにな……!」
「はっはっは。凄いですね、あなたは。今日まさにこの時間、この場所に来たのはきっと運命だったのでしょうね。まるで狙ったかのようなタイミングでこの”救世主”である私の前にラスボスが登場してくれたものです。どうすればあなたのような間の悪い”魔王”に育つのでしょうねぇ」
「そうかい。やっぱり悪巧みしてたってわけだな。嫌がらせがてらそれも潰させてもらう……!」
俺は右手の親指をぐいっと地面に向けた。
「やれやれ困った人だ。それよりも私には疑問なのですが、今更こんなことをして何になるというのです。復讐のつもりですか? 陳腐な言葉で大変申し訳ないことですが、私を倒したところで過去は変わりません。現状で私と戦う理由が何かありますか? んー、ないですよねぇ。そうでしょう?」
「いいや、あるぜ……! お前を殺す真っ当な理由がな……!」
そう、俺は背負っているんだ――!
俺はポケットの中に手を入れ、拳にしてだし、ヤツへと突きだす。
俺は今日、路地裏で俺が殺した者のことを思い出していた。
《バジリスク》のセルズリーダー〈ヤマカガシ〉。
彼は〈ヘリダム〉たち《正道騎士団》に仲間を人質にとられ、《スクトゥム》幹部の一人を暗殺した。
その彼を殺した時に、俺は約束をしたのだ。
『俺が〈ヘリダム〉を殺して仲間を解放してやる』と。
手の平を開く。
〈ヤマカガシ〉を殺した時に拾った小銭がジャラジャラと床に跳ね、音を鳴らした。
それを見届けてから〈ヘリダム〉は俺の顔に視線を戻した。
「……? 何の真似ですか? こんなはした金がどうかしましたか?」
「《バジリスク》のセルズリーダー〈ヤマカガシ〉からお前を討伐する依頼を前払いで受けた。全部で172ジィル……」
俺は真っ向から〈ヘリダム〉と視線をぶつけ合う。
「……お前を潰す理由にしては多すぎる報酬だろう……!」
ヤマカガシ、ナーガ、トラ、ミヤ、ミライ……!
俺は今、みんなの想いを背負ってここに立っている――!
俺の言葉に〈ヘリダム〉は眼を見張っていた。
しかし、不意にヤツの口から笑いが漏れだす。
「…………はは、はっはっは! そういうことですか! これはこれは確かに真っ当な理由ですね。いやはやあたなも変わりませんねぇ。……その青臭さには――反吐が出るッ!!」
すぅ、と〈ヘリダム〉の眼が鋭くなった。
その視線には明らかな怒気が乗せられている。
「〈ヤマカガシ〉に“爆弾”を持たせたのもお前か、犯罪者」
「おやおや、人をいきなり犯罪者呼ばわりですか。確かに、あなたが言うところの“爆弾”を渡したのは私で間違いありませんよ」
「……やはり《リベレイター》だったか」
「…………。…………何の話かさっぱり分かりませんね」
「とぼけても無駄だ。二年前、貴様は俺にこう言った。『私は《ディカイオシュネ》全員の素顔を知っているのですよ』とな。事実、貴様は知るはずもない俺の本名を知っていた。当時、『CosmoChaos Online』の運営会社がクラッキングを受け個人情報を奪取される事件があったが……後に犯行声明を出したのは《リベレイター》だった。つまり、お前が俺の本名を言い当てたのはこの事件に関わりを持っていたからだ。貴様が《リベレイター》に属していたからだろうッ!!」
「やれやれ。飛躍している推測ではありますが……まあ、いいでしょう。その通りですよ。私は《リベレイター》の一人です。あの”爆弾”――イロウシェンウィルスは《リベレイター》に配布されているものですからね。《リベレイター》なら自由に持ち出せるようになっているんですよ。ついでに自白すると、あのクラッキングも《リベレイター》の備品を使って私個人でやったことです。世界大会に勝ち上がるため、強敵たちを潰すには現実世界で攻撃した方が簡単ですからね」
さも何でもないことのように、《リベレイター》だとあっさりと認めた〈ヘリダム〉に頭が沸騰する。
「貴様ァッ、日本がどうなっているのか分かっているのか……!!」
「私の知ったことではありませんよ。そもそも私が《リベレイター》に属している理由も私の欲を埋めるためでしかありません。私には《リベレイター》の能無し共よりも崇高な目的があるのですよ。《リベレイター》に私が所属している? 私がっ! 《リベレイター》を利用しているのですよ!」
「目的、だぁ?」
「ええ、その様子では日本が《リベレイター》に支配されているのはご存知でしょう。その《リベレイター》を私が支配すれば……それはつまり私が日本を支配しているということ……。これほど心が躍り、私の渇望を埋めるものはありませんよ。なので私も《リベレイター》内で上に行くために株を上げる必要がありましてね」
「クズがっ……!! あの”爆弾”のせいで現実の世界で事故が起きているんだぞ……! 死人が出たんだぞ……! このゲーム内からサイバーアウトできなくなった人間だっているんだ……! そんなものをほいほい使いやがって……! しかもてめぇのくっだらねぇ目的のためにかよ……!!」
「先ほども言ったじゃないですか。死人が出ようが私の知ったことではありません。そもそも私に実害はありませんし。他人がどれだけ苦しもうが私には関係ないことですからねぇ」
「…………どうやらお前の人間性は直しようがないようだな」
ありったけの侮蔑を視線に込めて、俺は〈ヘリダム〉を睨みつけた。
「フン。まったく……襲撃といい、私に対する暴言といい《リベレイター》の私にこれだけ楯突いて良いと思っているのですか。つくづく猪突猛進のおバカさんですよ、あなたは。私はあなたがた《ディカイオシュネ》全員分の個人情報を握っているのですよ? そして私は《リベレイター》です。これがどういう意味か……お分かりでしょう?」
「…………へぇ、そりゃどういう意味なんだろうな」
「ハハハ、トボけてもダメですよ。賽を振ったのはあなたです。あなたを倒した後は《リベレイター》の仲間たちにこの情報を開示させて貰いますよ。最強の名高い《ディカイオシュネ》は『ワールドマスター』攻略の障害になるでしょうからね。日本を完全に掌握するために《リベレイター》の仲間たちは喜んで《ディカイオシュネ》のメンバーを殺害しにいくことでしょう! 現実世界でね……!」
殺害するだと!?
だが有り得ない話ではなかった。日本を完全に掌握する上で、『ワールドマスター』の攻略は《リベレイター》たちにとって欠かせない案件だろう。その障害となり得るのは『七つの未攻略クエスト』を完遂した《ディカイオシュネ》だ。現実世界で障害となる要人を殺したり、テロで人工知能が関わる施設を破壊する《リベレイター》だ。《ディカイオシュネ》のメンバーが現実世界の誰か分かれば、少なくとも《リベレイター》が放っておくはずがない。何らかの行動に出るのは間違いなかった。
「ふざけんな……!! あいつらはもう俺と関係ないだろ……!」
「いいえ、ありますよ! あなたがとてもとても大切にしているものですからねぇ! それを潰した時のあなたのあの表情……! あの絶望した表情が忘れられないのです! もう一度、あれが見られるのですからねぇ……! 人の不幸は蜜の味ですよ……! 誰かが不幸になればなるほど私は幸福感を味わえる……! 人より優位に立ち、苦しむ人を見下ろすというのは本当に快感ですよ……!
だから私に無力なあなたを見ているのが楽しくてしょうがありませんね! 『ワールドマスター』様様ですよ!
あなたの大事な仲間たちも現実世界で誰から狙われているのかも分からず、怯えながら逃げ惑い、徐々に精神をすり減らしながら追い詰められ、そして死んでいくのですよ……!!」
狂ったように笑う〈ヘリダム〉に、俺はふぅとため息を吐いた。
「……そうか、良かったぜ……。まだ《リベレイター》にはあいつらの個人情報は伝わってなかったわけだ……。そいつが一番気がかりだったんでな。ま、伝わってりゃ俺にも襲撃なり何なりがあるはずだからな。まだお前のとこで止まってるとは思っちゃいたが……安心したぜ」
「安心? あなたは……状況が分かっていないようですね……」
「分かってるさ。今、お前を仮想世界で倒して、情報を《リベレイター》に流す前に現実世界で犯罪者としてとっ捕まえれば……全部丸ごと解決ってことだろ」
「ははは! 何を言ってるんですか。現実世界で私を捕まえる? 私がどこの誰か、どこに住んでいるのかも分からないのにですか? 妄言甚だしい! そもそも私が《リベレイター》だという証拠は何もありませんッ! 〈黒ウサギ〉以外にデータを覗ける権限はありませんからねぇッ! その〈黒ウサギ〉でさえも『ワールドマスター』初日に権限を無くしたのですから! まったくここは無法地帯の楽園ですよ、ハハハハ!! もうすでに『ワールドマスター』は誰も触る権限を持たない無法の独立世界……まさに異世界と化したのですから!」
笑い声を広い空間に響かせ、自分に酔いしれているかのようにその声を大きくしていく。
「『ワールドマスター』のアクセス履歴を誰も覗けない以上ぉお! 私が現実世界の誰かだなんて《シグナル》だろうが、《ハッカー》だろうが、人工知能だろうが、誰も分からない!! 追跡のしようがない!! なああぁのでぇぇ! あなたが私を《リベレイター》だと突き止めたところでどうしようもないんですよ!! 無駄無駄ッ! あなたが何を画策しようがぜぇんぶ無駄なんですよぉッ!!」
俺はその言葉に、眼を伏せニィと口を笑みに変えた。
「無駄? 今、お前、無駄って言ったか?」
左手を回転させて、剣をくるんくるんっと回す。
「無駄かどうか教えてやろう! この”魔王”がな!!」
一切、迷いの無い俺の視線に〈ヘリダム〉は憎たらし気に唇を噛んだ。
「どこまでその虚勢が続くか見物ですよ……!! “魔王”には“救世主”を、伝説の時代からこの理は変わらない……! 聖剣の錆びにしてあげましょう、セイギ……いえ、〈ジャスティス〉……!!」
〈ヘリダム〉はびゅんっと剣を振ってから、両手で柄を強く握り上段に振りかぶった格好で構える。
「貴様が“救世主”だというなら俺様は喜んで“魔王”と呼ばれてやるッ!!」
だんっ、と一歩足を踏み込ませて、俺は剣を床と水平に構えた。
「《ディカイオシュネ》セルズリーダー! ”魔王”の〈ジャスティス〉ッ!! 貴様の心臓、俺の剣で突き貫くッ……!!」
俺と〈ヘリダム〉は同時に地を蹴った――!




