第一〇話 『犠牲』
ミヤを先頭に駆けだした俺たちを見て、〈サージュ〉が腕を振るった。
「何をしておる! 相手はたった四人! やれ! 殺せッ! 絶対にこの先には行かせるでない!! 奴らの狙いは〈ヘリダム〉殿じゃ! 絶対に守るのだ!」
その言葉を受け、五〇人を超える騎士たちが波となって階段を所狭しと駆け下りてくる。
その様はまるで肉の壁だ。質より量。〈サージュ〉は物量で俺たちを圧死させようと考えたのだろう。
一足先に接敵したミヤが階段途中の騎士たちへ回し蹴りを繰り出して切り込んでいく。
自身をトルネードのように回転させたミヤが何人かの騎士たちを弾き飛ばすものの、すぐさま別の騎士がミヤへと武器を振り下ろし反撃してきた。
「……っ!」
思わずミヤが後ろへとステップを踏んで下がろうとする。
下がって避けようとしているように見えた。
だがミヤは瞬時に思い直したらしく、下がろうと後ろにやった片足を無理やり前へ踏み込ませる――!
今までのミヤの戦い方からは考えられない行動だった。
その身の素早さを持つミヤは敵を攪乱し、掻き乱しながら戦うのが常であり、無理にぶつかり合う必要性などない。彼女の身のこなしならば簡単に回避できる攻撃だ。
だが、今のミヤは違う。避けようとしていない。
彼女は敵と真正面からぶつかっていこうとしている。
おそらくナーガの言った『素早く敵を屠る戦力が必要』という言葉を思い出したのだろう。
後ろに下がって攻撃を避けている時間も惜しい、と思い直したのだ。
速くこの広間を抜けるために。俺を〈ヘリダム〉の元へ送るために。
それは同時にナーガを生存させる確率を少しでも上げる。
ナーガは彼女に言った。
階段側は誰よりもミヤが最適だ、と。
その言葉がミヤの背中を前へと押し出していた。
速く――とにかく、誰よりも――!
「速く――ッ!!」
猫のように吊りあがった彼女の眼が見開く。
瞬間、まるでスローモーションのようにミヤの両腕が円を描きだす。
騎士の迫りくる複数の斬撃を――〈シュウソ〉が彼女の蹴りを掌でいなしたように――ミヤは両の掌で受け流す――!
剣の斬撃が、棍棒の打撃が、まるで彼女の身体を避けるようにミヤの両側へと反れ――階段を砕き、破片を撒き散らす。
攻撃の軌道を反らされ、体のバランスを崩す騎士たち。
そこへ――
「もっと……ッ! 速くッ――!!」
ミヤの右脚が掻き消えた。
一度、蹴りを繰り出しただけに見えた。だが聞こえてきた打撃音は五つ。
一度の蹴りで、彼女は五人の騎士を蹴り飛ばしていた。
驚くほど――急激な成長だった。
この状況下で、切迫した危機に直面したことで、ただ脚を生かして回避し攻撃するだけだったミヤは両腕を防御に回し、反撃することを実践してのけたのだ。
それでも所詮は付け焼刃。すべての攻撃を受け流すことはできていない。
一度に相対する敵があまりにも多すぎる。
背中から斬りつけられ、鈍器で殴られ、頭から血を流しながら、それでも彼女は騎士たちを階段の外へと弾き飛ばしていく。
――道を切り開いていく。
「はあぁああぁあぁああ――ッ!!」
ミヤが激昂と共に、眼前にいた騎士の顔面めがけて膝蹴りをめり込ませる。
実に、俺が前線に辿り着くまでにミヤは半数の騎士たちを蹴落としていた。
だがそこまでだった。
ミヤの体からフッと力が抜けたように、くらり、と階段へ背中から倒れていく。
……まずい!
俺がミヤのフォローへ回ろうとする。だが、その前に――
「……上出来だよ、ミヤっち……! この数なら届く――!!」
トラが――動いた。
俺の後ろで、矢を放ち、〈サージュ〉を牽制していたトラは不意に、手に持っていた大弓から手を離す。 あろうことか、自分の武器であるはずの大弓を、彼は手離したのだ。
大弓は重力に従って胴の部分を下に、弦を上にして床へと落下し――その弦をトラが右足で踏む――!
上から足で押さえつけられた大弓の弦が、外側へ引っ張られる通常とは逆に――内側へギリギリと引き締まっていき――
きゅぃんっ!
鋭く弦が鳴った。
トラの身が――矢となって、かっ飛んでいく――!
爆発的な推進力を得たトラに引っ張られるように、弓の弦でトラの手首と繋がった大弓もトラの後を追う。
ぐるぐるとドリルのように、その身を回転しながら、土埃を巻き上げ、階段を削り取って、騎士たちをボールのように天井近くまで弾き飛ばして、階段の上にいる〈サージュ〉へと肉薄する――!
階段下ロビーから一気に自分へと飛んできたトラの姿に〈サージュ〉の眼が驚きで開ききっていた。
トラは腕をくいっと動かし糸を引っ張って手元に引き寄せた大弓を掴み、その勢いのまま〈サージュ〉へと薙ぐ――!
それを〈サージュ〉がすんでの所を杖で受け止めた。
ガギュィウゥゥンッ!!
トラの大弓と〈サージュ〉の杖がぶつかり合い、旋風が巻き起こり、光が瞬いた。
よくトラの奇襲に反応できたものだ。だが、虚を突かれたのは大きかった。
トラが振り抜いた大弓にぶっ飛ばされ、〈サージュ〉は壁へと背中から叩きつけられる。
すぐさま、トラは追撃をかけるべく、右手指すべてに挟んだ四本の矢を大弓に番える。
片膝をつき、床と水平に構えられた大弓――限界までに引き絞られた四本の矢が放たれる。
四本の矢は空間を裂き、まるで〈サージュ〉に吸い寄せられるように高速で飛空していく。
〈サージュ〉はその老齢な見た目とは裏腹に、素早い動きで横へと回避行動に移った。
トラの矢はまるで弾丸が撃ち込まれたかのように壁に細い穴を開けて貫通する。
〈サージュ〉はその威力を横目で確認した後、トラへ杖の先を振るう。
瞬間、杖の前方にある空間が歪み、三つの雷球がトラへと飛ぶ。
トラは雷球をギリギリまで引きつけ、右手で大弓の弦を掴むと、左手から大弓の胴を手放す。そして思いっきり右拳を振り下ろすように大弓の胴を床へと叩きつけた。
ギリギリと弦が内側へ締まり――トラは弾かれたように中空へと踊る。それで〈サージュ〉の雷球を回避し、さらに空中で大弓の端をを両手で握りしめ、自由落下と共に〈サージュ〉へ大弓を振り下ろす。
がっちりとぶつかり合う大弓と杖。
トラが〈サージュ〉の相手をしている間に、俺たちは階段を上りきっていた。
「ミヤちゃん! しっかりして!」
ミライが両膝をついているミヤに肩を貸し、回復魔法をかけ始める。それぞれの様子を見ながら俺は階段上の広間で、奥へと続く扉を守る騎士たちを剣で薙ぎ、右拳で横に弾き飛ばす。
いいぞ……! これで奥へ進める――!!
「トラッ!! 充分だ! 行くぞ!」
俺の呼びかけに〈サージュ〉との鍔迫り合いを弾いて、トラがこちらへバックステップを踏む。
と、次の瞬間だった。
「今じゃッ!!」
そう、〈サージュ〉が叫んだ。
すると、俺たち四人のそれぞれの近くで、いきなり複数の暗殺者が姿を現す。
《バジリスク》……ッ!? 【ステルス】で身を隠しチャンスを窺っていたのかッ!
俺の背後と、左右。三方向からきたナイフの突きに俺は瞬時に反応した。身体を左斜め後ろへ移動させる。それで背後からの一撃を横に避け、脇腹をかすめていく。左からきた突きの手を左脇で挟み込み、右手で右からきたナイフを掴む。
俺は三人が驚いている暇も与えず、後ろの奴には右肘鉄を顔面に入れ、返す拳で右の暗殺者の頬を殴り飛ばし、最後に、左の暗殺者の顔面へ頭突きをかます。
俺はなんとか奇襲をしのいだ、が、みんなは――!?
状況を確認するために素早く視線を巡らす。
トラは、さっきいた場所からいなくなっていた。
まあ、あいつのことだ。あの程度の奇襲はなんとかしたのだろう。問題は――
と、俺はミライとミヤの方に顔を向けて息を呑んだ。
トラはそこにいた。
両膝をついて息も絶え絶えだったミヤ、それを介抱していたミライ。
その二人が彼の背中を見上げ、俺と同じように絶句していた。
「……あっ……! あぁ……! トラっくん……!!」
彼の右掌をナイフが貫通し手の甲から飛び出していた。
大弓を持つ左腕に二本のナイフが突き立っていた。
それだけじゃない。胸にも、脇腹にも、背中にも、ふとももにも、その鋭い凶刃が光を放っていた。
彼は――ミヤを、ミライを守るかたちで立っていた。
八人の暗殺者から放たれた凶刃をその身に深々と突き刺された格好で――
ぽたぽた、とトラの身から、口から、血が垂れて床を朱色に彩っていく。
血の気が引いた。すぐに俺は状況を理解した。
トラは誰が見るにも明らかな致命傷を負っていた。
「にひひ、残念だったねぇ……奇襲が成功しなくて……」
青白い顔でトラはそう言ってのける。
その夥しく流れる鮮血から、どれだけの痛みが彼を襲っているのか分かったものではない。
それでも、そんな素振りを一切見せずに、むしろ余裕さえあるように言ってのけた彼に、暗殺者たちは奇妙なモノを見るかのようにジリジリと間合いを開けた。
「あ、ああっ……! トラッ――!!」
俺は思わずトラの元へ駆けだす。
俺だけじゃない。ミライもミヤに肩を貸したまま、トラへと手を伸ばす。
「トラくん! すぐに回復魔法をかけるから……!! 動かないでっ!!」
だが――
「だめだ……!!」
トラの叫びが俺たちを静止させた。
「ミライっち。そのMPはとっておいてよ。俺は……大丈夫だからさ」
不意に彼はゆっくりと俺へ顔を向け、血が滴る口をニィと笑みに変える。
そして、四人の【二つ名持ち】と激戦を繰り広げるナーガへと一度、目をやった。
さらに、ぱちりと片目を閉じてウィンクする。
長年の付き合いだ。言葉はなくともトラの心意は理解できていた。
たしかに【二つ名持ち】の魔導師を相手にしながら、トリッキーな戦い方をする暗殺者たちを殺さず戦うなんて器用なことはトラが最適だろう。
だが、それは彼が万全な状態での話だ。
トラッ! お前もっ、ナーガと――!! くッそぉおおっ!!
トラはもうこの先には進めない。その体力を残していないらしい。
それもそのはずだ。右手、左腕に傷を負い、あれではうまく大弓を扱うどころか、力を入れることも難しい。加えて、足にもダメージを貰ったのが痛い。トラの肉食獣並にしなやかな俊敏さが奪われたのだ。
トラは自身の傷から、回復魔法で戦える状態にするまでに相当なMPをミライに消費させることになると判断したのだ。
そして彼の判断は正しい。
だから、ここで彼は決死の覚悟で敵を迎え撃つつもりなのだ。
「いくぞ、ミライ、ミヤッ! 立てッ! ここはトラに任せるんだッ……!!」
言って俺はミヤとミライの腕を掴む。
行くなら今しかない……! まだトラの意識があるうちにっ……進むんだッ……!
そんな俺にミヤが顔を蒼白にして叫ぶ。
「任せる!? 任せるですって!? いい加減にしてよッ!! トラが戦えるような状態に見えるっていうの!? ナーガだけじゃなく、トラも犠牲にするっていうの!?」
「ミヤっち!!」
文句を放つミヤへトラが叫んだ。
「ナーガっちも俺も、これでいいんだ……!! 《ディカイオシュネ》は俺たちに本当に大切な時間をくれた……!! 俺もナーガっちも《ディカイオシュネ》が好きなんだ……!! それを潰した奴を倒せるっていうならここで犠牲になることなんて何のためらいもないッ!!」
そう言って、トラは右手の平に刺さったナイフの握りを口で咥え、抜く。
血塗られたナイフがカランカランと床に音をたてて転がる。
「まったくナーガの言う通りなのさ……! ここが《ディカイオシュネ》の俺たちにとってラストダンジョンッ!! さあ、早くあいつをぶちのめしてきてくれ!!」
トラは震える右手で、左手に握りなおした大弓に四本の矢を番える。
そして、天井めがけて撃ち放った。四本の矢は天井奥深くへと突き刺さる。
俺は最初、トラのその行動が理解できなかった。
だが、撃ち放たれた四本の矢と、トラの天井へと伸ばした右腕が、糸で繋がっているのが見え、俺は理解した。
天井に刺さった四本の矢がヒビを作り、パラパラと破片が零れ落ちてきている。
「来いッ! ミライ、ミヤ!! 早くッ!!」
俺は無理やり二人の腕を引っ掴んで、奥へと続く扉を蹴破る。
「逃すなッ! 追うんじゃッ!!」
〈サージュ〉の言葉に、残った騎士たちが、《バジリスク》たちが、破かれた扉の前で立ち塞がるトラへと雄叫びをあげて殺到していく。
まるで川に落ちた子牛に群がる無慈悲なピラニアのように、トラへと肉薄する――!
「待って! 待ってよ、まぁくん! このままじゃ……!! トラくんが……!! トラくんがぁっ……!!」
泣きそうなミライの声。
分かってる……! そんなことっ、分かってるんだッ……!!
俺は扉から続く廊下へと入り、トラへと振り返る。
トラは天井に伸びた四本の糸を右の掌でしっかりと握る。
魔法の爆音、騎士たちの雄叫び、〈サージュ〉の急かす声。
その騒音の中で、俺の耳に彼の言葉ははっきりと届いた。
「あとは任せたよ、リーダー」
刹那。トラが、自分の体重をかけて右手の糸を引っ張る。
同時に――天井が崩れた。
大粒の瓦礫が降り注いでいき、扉の前が瓦礫で塞がれるまで数秒もかからなかった。
「ああぁあ……!! トラァアアアァアアァ――ッ!!」
「くぅッ……! 間に合わんかったか……!!」
濛々と足元まで伸びてきた土煙を見て、〈サージュ〉は苦虫を噛み潰したような顔で奥歯を噛んだ。
崩れた天井とその瓦礫は奥へ続く扉を完全に塞ぎきっていた。
その傍で血まみれ、土埃まみれの男が倒れている。先ほどの変な戦い方をする弓兵だ。《バジリスク》からあれだけの傷を負い、天井が崩れた時、瓦礫に巻き込まれたのだ。さすがに力尽きたらしい。
「はやく瓦礫をどかすのじゃ……! 奥に行った賊を追うのだ――!」
〈サージュ〉が残った騎士たちに指示を飛ばし、騎士たちはすぐに瓦礫へと近づいた。
だが、どうしたことだろうか、不意に騎士たちはぴたと足を止める。
それどころか、瓦礫から一歩、また一歩と後ろへ下がっていく。
それもそのはずだった。
高く積み上がった瓦礫、その前で片膝をついた一人の男が、その大弓を支えにして、ゆっくりと立ち上がりつつあったのだ。
刺された傷口から流れ出た血は黄を黒と基調とした彼の服をべったりと染めていた。頭からも流れ出る鮮血が片目を塞いでいた。だが、その満身創痍の男は震える脚を叱咤して立ち上がる。
瓦礫の前に、大弓を手に立ち塞がる。
「…………させないよ。奥には……行かせない」
セイギたちの姿がなくなった今、トラの周りは完全に敵だらけだった。
ぽたぽたと、流れ出ていく血。そこから力が抜けていくようだ。
うまく、力が入らない。眼が、霞む。
ステータスに眼をやると【猛毒】状態になっていた。
ああ、そうか、と彼は納得した。相手は《バジリスク》。そのセルズリーダー〈ヤマカガシ〉も剣に【猛毒】を付与させていた。同じセルズメンバーたちが武器に同じ状態異常を付与させていたとしてもおかしくはない。
自分の手持ちに毒を消すためのアイテムはある。だが、それが【猛毒】には効かないことは実証済み。
(あぁ、まずいねぇ……。せめてミライっちに【猛毒】だけ抜いてもらうべきだったね……。こりゃ……ちょいとカッコつけすぎちゃったかなぁ……)
だが不思議な昂揚感だった。本気を出せたのが久しぶりなせいもある。
だがそれ以上に〈サージュ〉だ。数手合わせただけで分かる。
〈サージュ〉は想像以上に強かった。〈シュウソ〉、〈エイコオ〉よりもだ。なぜこんな《正道騎士団》なんてふざけたセルズにいるのか疑問に思えるほどに。
魔導師でありながら、杖での近接戦闘にも卓越している。おそらくリアルの年齢はキャラクターの見た目と喋り方より遥かに若い。ジジイロールプレイとは、面白いことをしている。
思わぬ獲物にトラの口が笑む。
セイギのことを戦闘狂だと馬鹿にできない、とトラは自嘲した。
この状況で、死がそこまで迫ったこの状況で、トラは充実感さえ覚えていた。
「おぬしら《ディカイオシュネ》じゃったか……。今宵の襲撃は詰まる所……あの日の弔い合戦、というところかの……」
どうやら〈サージュ〉はすぐに状況を察したようだった。
「あんたらには俺も頭にキてるんだ。久しぶりに、本気でやらせてもらう。ナーガと同じように……《ディカイオシュネ》の一人としてなッ……! これが《ディカイオシュネ》の真実を知る者の……最期の戦いだッ――!!」
トラは眼を伏せて、すっと心静かに構えをとった。
「《ディカイオシュネ》一二人幹部が一人“虎牙”の〈タイガ〉ッ!! ……お前の喉、俺の牙で食い千切ってやる……!」
顔をあげたトラの眼はまさに猛獣のそれだった。
「教えてやるよ……! 虎は手負いの時が一番危険なんだってことをな……!!」
右手だけでなく、左手の指にも矢を挟み構える。
その上下から伸びる鋭い矢はまるで虎の口を彷彿とさせていた。




