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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR6 『魔王のジャスティスプログラム』
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第三話 『 “魔王”は“救世主”に勝てない』

 俺の頭に過ぎった恐ろしい可能性を肯定するように〈ヘリダム〉は言った。


『《ディカイオシュネ》一二幹部の一人、“龍爪”の〈エッジュ〉――本名、竜造寺エッジュ。神奈川に在住。フィリス女学院中等部の一年生……ですか。確かあの周辺にも《正道騎士団》のメンバーがいましたねぇ……。彼女は大丈夫なんでしょうか……私は心配で、心配で。あなたは心配になりませんか? あなたの大事な仲間たちが無事に暮らしているか、心配になりませんか?』


 憂いを帯びた表情で俺に問いかけてくる。

”龍爪”の〈Z〉は俺のことを師匠と呼び、慕ってくれている愛弟子だった。《ディカイオシュネ》創設初期から仲間になった彼はとても素直で、教えたことをスポンジみたいに吸収するもんだから、俺も弟のように可愛がっていた大事な仲間だ。

 ユーティだけじゃ……ないのかっ……!

 こいつ……俺のっ……仲間を……ッ……!


『私の仲間は全国にいますからね。私の提案に乗って頂けませんか? どうでしょう、ジャスティスさん。いえ――黒猪正義くん』


 俺の本名を知っていた。そういえば俺がどこに在住しているか言ってもいないのに千葉だと……なぜ知っている……!?

 こいつ……! 本当に《ディカイオシュネ》全員の素顔を知っているのか……!

 これがっ――こんなものがっ『交渉』だとッ!?

 馬鹿を言い合い、必死に攻略した『七つの未攻略クエスト』――そのクリアした時の彼らの笑顔が俺の脳裏をよぎっていく。

《ディカイオシュネ》に所属する仲間、その一人一人は俺にとってとてつもなく大事な存在だ。

 その仲間たちを現実の世界でッ――!!

 よくも……よくも俺の仲間たちをッ――!!

 俺は思わず剣に手をやった。

 しかし歯を食い縛って抜刀を止める。

 この場で〈ヘリダム〉を斬り殺しても状況は悪化するだけだ。

《シグナル》に突きだそうにも、この様子だと証拠を残しているようなヘマはしていないだろう。逆にそれを利用して冤罪だなんだのと熱演を始めそうだ。

 結局、こちらの立場が悪くなるように考えていることだろう。

 もし俺がこの『交渉』を破談させたらどうなる!?

 どう足掻いたところで、全国に散らばる仲間たちを現実の世界で守るのは不可能だ……!

 俺の仲間たちはそれぞれ攻撃を受けることになってしまう……!

 仮想世界でじゃない……!!

 現実のッ世界で――!!

 俺の頭に仲間たちの顔が浮かんでは消えていく。

 数年に渡る大冒険を共にしてきた仲間たちが傷つくのは――我慢がならない!

 絶対に……そんなことはさせないッ……!

 俺は剣から、ゆっくりと震える手を離した。


『…………俺のっ、仲間には手をだすなっ……。――決着は……俺がっ……つけるっ……!』


〈ヘリダム〉は口をにぃと悪魔のように歪めた。


『――ああ、良かったですよ。交渉成立、ですね』


 俺はただただ悔しさに拳を握り、立ち尽くすしかなかった。

 それから俺はどうすればいいのか、悩みに悩んだ。

 だが、何度考えても、考えても……考えても考えても……!

 道は一つしかなかった。

 そして――その日はやってきた。

“魔王”が《ディカイオシュネ》を裏切り、その仲間全員を――虐殺した日が。


『し、師匠……! これはどういうことなんです……!! やめてくださいっ……!! どうしてっ……!』


『そんなっ……どういうことだッ!? なぜ殺した!? まさか――寝返ったのかッ!!』


『大将ッ! 何とか言ってくれよッ!! 何で俺たちが戦わなきゃいけないんだよぉおおッ!!』


『貴様ァッ! まさに“魔王”と成り果てたかあああ!! ジャスティスゥウウゥーッ!!』


 激昂する彼らを物言わぬ姿に変えていく作業だった。

 しだいに、俺の心は麻痺していった。

 自分が何をしているのか分からなくなってきた。

 今まで培ってきたものを壊していく自分が嘘みたいに思えた。

 なんだかんだで自分を慕いついてきた部下を――何より信頼できる仲間たちを――俺は一人残らず手にかけた。


『……ジャスティス、やめて下さいっ!! 何があったというのです――!!』


『……ナーガ。もう終わりだ。《ディカイオシュネ》は……解散する』


 俺の言葉にナーガは訳が分からないものを見るように後ずさった。


『解散っ!? なぜです、ジャステイスっ!? あなたが私たちを裏切るわけがッ――!!』


 俺は迷いもせず彼女の胸に剣を突き刺していた。


『――ないっ……のに……!!』


 その言葉を最期にナーガの身体は色を失い、とさりと地面に伏せ動かなくなった。

 そして《ディカイオシュネ》の陣営にユースティティアだけが、残った。

 地平線の見える荒野、俺とユーティの間に風が吹き、砂埃が舞う。

 俺は彼女――鳳なつきにも剣を携えてゆっくりと歩く。


『お前は……! お前という奴は……!! 馬鹿だっ……!! お前は――私たちがこれしきで崩れると思ったのか……!! お前は間違っている……! 間違っているぞ……!』


『俺は――』


 ――お前たちを守れない……。現実世界のお前たちまで……守りきれない……!!

 そうだ。ここは仮想世界だ。現実の世界とは違う……!!

 ゲームの中でお前らを守れたところでッ、何の意味もないッ!!

〈ヘリダム〉の言うとおりだ……現実での彼らを守る力は……俺にはないんだッ!!


 ――現実の世界に(・・・・・・)対して俺はあ(・・・・・・)まりに無力だ(・・・・・・)……!


 怒りでユーティの身体は震えていた。


『私はっ……問題ないと言っただろう……! こんなことをされて誰が喜ぶというんだ……! 私がお前の重荷になるというのなら私は《ディカイオシュネ》から――去る……!』


 彼女の頬を涙が伝っていく。

 ――違うんだ、なつき……! こうしなければお前は……! お前は……!!

 その涙を彼女は手甲で自ら振り払う。


『だがその前に――!!』


 ユーティは長刀の鞘に手をかけ居合い抜きの構えをとった。

 憤りを隠そうともせず、目に涙を溜めたまま彼女は激昂した。


『お前を止める――ッ!! ジャスティス――ッ!! お前のやったことは許せんッ!! 許しようがない!! この行為がではない!! お前が私たちをみくびっていることが許せないッ!! 旧来の友人としてお前を斃すッ!!』


『……ユーティ……! 俺はお前を……殺す!! でないと――!!』


 でないとお前はっ……お前たちはっ……! これしかっ……これだけしかっ……!!


 ――お前たちを守る方法はないんだああああッ!!


 本気だった。

 俺たちは本気で戦いあった。

 ユーティが振るった空間さえ断裂しそうな横一文字は俺の手を痺れさせるほどの威力が込められていた。

 だが俺に通用するはずがない。

 ここは仮想世界だから、ゲームの中だから。

 俺はもうユーティの攻撃を見切ってしまっているから。

 どんなに高速の、例えヒトの肉眼には見えぬ彼女の斬撃だろうと――俺の脳でさえ認識させない斬撃だろうと――俺は彼女の癖を知っているから。

 彼女が斬撃を放つ前に、その軌道を”先読み”できるから。

 彼女のことを知り尽くしているから。

 たかが、そうだ――たかが仮想世界のお前らを殺すだけで現実のお前らを守れるんだ!

 お前たちに恨まれるだけで……お前たちを守れる……!

 俺は零れ落ちそうになる涙を振り切り、雄叫びをあげ下段から彼女へ剣を振り上げていく。

 それなら――俺に迷いはっ……あるはずが、ないッ!!

 その一撃で勝負はついていた。

 俺の剣はユーティの刀を、高く、遠く、弾き飛ばしていた。

 ユーティは溢れる涙をこぼしながら俺から後ずさる。

 そんな彼女を俺は片腕で抱き寄せた。

 俺を突き放そうともがく彼女を強く腕で抱き止める。


『なぜ……こんなことになってしまったんだ……!! なぜなんだっ……!!』


 ユーティが嗚咽混じりに弱々しく胸を叩いた。


『……正義っ……! 私は……私は――!!』


 ユーティが何かを言おうとした。

 だが、その台詞を言い終える前に彼女の喉元を――彼女の首を俺は掻っ切っていた。

 俺の背中に回そうとしていたユーティの腕がだらりと、力なく落ちる。

 俺は灰色に染まった彼女をゆっくりと地面に寝かせた。

 そして周りを見回す。

 そこには――地獄が広がっていた。

 俺の大切な仲間たちの死体が――地面の至るところで転がっていた。

 六〇を越える色を失った死体の中で俺は膝をついていた。

 その光景を目の当たりにして、やっと俺がしたことに実感が沸いてくる。


『あ……ああっ……ユーティっ……! タイガっ……! ナーガぁっ……! ヴァルっ……! かぐや……! ああっ……! あぁっ……あぁあぁっあああああ……っ!!』


 俺の中で何かが弾け、恥も外聞もなく泣き叫ぶ。

 身を折り、額を地面にこすりつけ、どう感情を整理すればいいのか分からず俺は嗚咽を漏らし続けた。

 そこへヤツが――〈ヘリダム〉がゆうゆうと歩いてきた。


『まったくどうしたというのですか、“魔王”さん。私はあなたたち《ディカイオシュネ》との対決を心待ちにしていたというのに……。正々堂々と戦えるこの日を楽しみにしていたというのに……。何があったか知りませんが…………残念でなりません』


 いけしゃあしゃあと彼が放った言葉に、一瞬で、俺の血液が沸騰した。

 全身の毛が逆立ち、喉が潰れんばかりにその名を叫ぶ。


『ヘェリィダアァムウウウウッーーーー!!』


 その溢れる怒りに任せて剣を握り振り上げる。

 だが、振り下ろすことができない。

 できるはずがない……!


『おやおや、どうしたのですか、“魔王”さん。私と戦わないのですか?』


 にこにこと笑った顔に俺の腹底から不快感がこみ上げる。

 今すぐ斬りかかりたい。

 こいつを殺したい! だがそうすれば俺の仲間たちは……!!

 眼をぎゅっとつぶると、頬を熱い涙が伝っていった。

 ついに音をたてて俺の剣は地面に転がっていた。

 それを見て〈ヘリダム〉は『よくできました』とばかりに拍手をした。


『約束は守りますよ。《ディカイオシュネ》の人たちには手はだしません。いいえ……この有様では手をだす必要がなくなったというべきでしょうか……。彼らの怨嗟の声は夢にまででてきそうなほど痛々しかったですよ。これでは《ディカイオシュネ》の建て直しは不可能でしょうね。あなたもこれで終わりですよ、CSNゲーム界から永遠に――』


 くつくつと〈ヘリダム〉は笑う。

 その笑いはやがて大きくなり、彼は両手を広げ天を仰いだ。

 そして狂ったように笑い声をあげる。

 笑い声が響き渡る。

 俺は食い縛っていた歯から力を抜く。

 ――終わった。……すべて。

 身体からも力が抜けていき、俺は屈するように両膝をついた。

 それを見た〈ヘリダム〉は満足そうな笑みを浮かべた。


『制した……! この私が……! ”魔王”を……!! ハハッ、アハハハッ!! ハァーッハッハハ!!』


 耳障りな笑い声だった。だが、どうでもいい。

 もう何もかも終わってしまったのだから。

 俺が何年もかけて積み重ねてきたものは崩れてしまったのだから。


『”魔王”は”救世主”に裁かれる運命なのですよッ!! あなたのやってきたことは無駄無駄無駄ッ!! ぜんぶ無駄だったのですよッ!!』


 勢い良く〈ヘリダム〉はその輝く剣を振り上げた。


 無駄……。

 ぜんぶ……無駄だった……。

 俺のしてきたことは……何の意味もないことだった……。

 こいつが《リベレイター》だったのも……運命だったのか……。

 俺は……本当に無力だ。

 こんな結末のために……俺は仲間を集め……今まで――


『 “魔王”は“救世主”に勝てない……!! 遥か昔、伝説の時代からこの理は変わらない!! 私があなたに勝つのは当然のことですよッ!!』


”魔王”は……”救世主”に、勝てないんだ……。


『さようなら、“魔王”さん。贖罪の時間です』


“救世主”の聖なる剣は呆気なく俺の首を落としていた。

 そして俺はCSNゲームから――姿を消した――




 

「――それ以降、彼はCSNゲームをプレイするのを辞めたんだ。それが”魔王”と呼ばれた伝説のプレイヤーの最期だよ」


 トラくんの話を聞いて、私たちは沈黙するしかなかった。

 ひどい。あまりにひどい話だった。

 まさか黒猪くんがそんな過去を背負っていただなんて。

 みんな、一様に暗い面持ちで目を伏せていた。

 その雰囲気を感じ取ってか、〈白ウサギ〉ちゃんはみんなの暗い顔を見回して耳をしゅんとしならせた。

 しばらくしてナーガちゃんが乾いた唇を動かした。


「……彼、なのね……?」


 そう確認する声は、いつも冷静な普段の彼女からは想像できないほどに震えていた。

 ナーガちゃんは顔を下に向けたままカップを両手で強く握り締めている。そのはち切れんばかりの感情を抑えて、声が裏返りそうになりながら、静かに、もう一度彼女は問うた。


「――彼が……黒猪正義が……“魔王”の〈ジャスティス〉……なのね?」


 その問いに、トラくんは眼を瞑って黙した。

 しばらくして、意を決したようにその眼をナーガちゃんと交わらせ答える。


「……そうだよ。セイギくんが“魔王”――〈ジャスティス〉だよ」



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