第二話 『鳳なつき』
《ディカイオシュネ》は長い時間をかけ、作戦を練り、時には争いながら『七つの未攻略クエスト』に挑み続けた。クリアする度に俺たちは歓喜に打ち震え祝勝会を開催したりもした。一つ目のクリアは他のプレイヤーたちにまぐれだと思われていたが、二つ目をクリアすると俺たちを見る目が変わった。
《ディカイオシュネ》というセルズは本気で未攻略クエストに終止符を打つつもりなのだと。
多くのプレイヤーたちが《ディカイオシュネ》の動向を見守るようになり、あるいは協力を申しでてきた。セルズ加入希望者が極端に増え、《ディカイオシュネ》メンバーのうち三人に連勝すれば合格、という加入制度もできた。
希望者を《ディカイオシュネ》メンバーは蹴散らし、三連勝する者は結局一人としていなかった。
そのため“新たな未攻略クエスト”などと囁かれていたが……。
加入希望者の中には骨のあるプレイヤーもいて、目ぼしいプレイヤーには後日こちらから声をかけ加入を願った。
《ディカイオシュネ》はスカウトのみで人員を増やしてきたセルズだ。
それは終わりのその日まで変わらなかったのだ。
《ディカイオシュネ》設立から一年が経ち、六番目の『未攻略クエスト』を攻略する頃には一騎当千の強者が六〇人を超え、俺のリーダーぶりも板についていた。みんなも俺に対して『死ね、ボケ』とか『末代まで呪われろ』とか『息をするな。大気が汚れる』とかデレデレしていた。
問題は最後の『未攻略クエスト』をクリアした後だった。
目的が達成された《ディカイオシュネ》に存在意義は無い。
そもそも《ディカイオシュネ》は『七つの未攻略クエスト』をクリアするまでという期間限定のセルズだ。俺は名残を惜しみながら《ディカイオシュネ》の解散を告げた。
一年と三ヵ月間。『七つの未攻略クエスト』の激闘を、苦楽を共にしたサイバーセルズは解散となった。
なんだかんだと文句を言いながらも最後には『楽しかった』という言葉を残して去っていくメンバーたちの背中を見ながら俺は涙をこらえるのに必死だった。
長い時間の中で俺たちは表面上で文句を言い合いながらも強い絆ができていたのは分かっていた。
現実で会ったことはなくても、確かに俺たちは仲間だった。
彼らが一言『助けてくれ』と言えば俺は仮想だろうと現実だろうと関係なく彼らを助けにいきたいと、そう思えるほどに。
俺は奴らのことが気に入っていたし、好きになっていた。
全員が去って、三人に戻った俺はすぐに次の行動へ出る。
あるCSNゲームでの日本大会、優勝した俺はいつかの時と同じように優勝者インタビューで日本に向けて宣言した。
『世界征服』を謳い、全サイバーセルズに宣戦布告したのだ。
そしてそのためのメンバーを大々的に募集した。
全てのサイバーセルズを打ち破り、頂点をとるためのセルズを組織した。
途端にヤツらは呆れた顔で戻ってきた。
二日とかからないうちに《ディカイオシュネ》は元の形に戻ったのだ。
いや、中には新たなセルズを設立し俺たちに徹底対抗すると宣戦布告し返した奴もいたっけ。
とにもかくにもリーダーである俺を王とし、《ディカイオシュネ》は活動を再開した。
俺たちはあらゆる大手セルズと決闘してプレイヤーを震撼させ、新たに組まれた高難易度クエストをクリアし、開発者たちに度肝を抜かせた。
そんな俺に新たな二つ名が与えられた。
それが“魔王”だった。
まあ、俺としては元からついていた二つ名の方が好きだったけど。
《ディカイオシュネ》は名実共に最強の名を欲しいままにしていた。
大会という大会を食い荒らし、走り続けていた《ディカイオシュネ》は気づけば生ける伝説と言われていた。
そんな最高の時間の中にいる時だった。
《正道騎士団》のあいつに出会ったのは――
《ディカイオシュネ》の主戦場となったのが『CosmoChaos Online』というタイトルだった。
当時最大規模を誇るCSNゲームで、プレイヤーの数、同時接続数も桁一つ多く、年に一度、世界戦も開催されるほど全世界で人気を博している。
世界戦は各国から代表のセルズがトーナメントにより選出されていた。
世界戦の日本予選が始まると、当然のように俺たちは参加登録をした。
日本にもう敵はいない。次は世界のサイバーセルズが相手だ、と意気込んだ。
日本初の世界一位という栄誉を目指し敵セルズの情報を仕入れ作戦をたて、俺たちは準備を重ねていった。
そして迎えた日本予選トーナメント、第一戦。
五倍の人数を相手に何の危うさもなく俺たちは勝った。
一人一人の実力の差は歴然だった。
こちらはメンバー全員が【二つ名持ち】プレイヤーだ。しかもその中でもとびきりおかしい人外連中が揃っている。他のセルズも日本の出場権は《ディカイオシュネ》が獲ると思っていたし、俺たちもそうなるだろうと思っていた。
だが事態は予選トーナメント第ニ戦――対《正道騎士団》戦で起こった。
ある日、俺の元にメールが届いた。
これがすべてのきっかけだった。
それは見知らぬアドレスからのメールだった。
件名には『ユースティティア』とあった。
知っている名だ。俺の幼馴染のプレイヤー名だ。
小学校の頃、遠方へ転校した幼馴染――鳳なつきのプレイヤー名だ。
なつきは綺麗な黒髪を腰まで伸ばした少女――いや美少女だ。幼馴染の贔屓目を抜いても彼女はどこにいても人目につく美人だった。無口でクールで、人間関係に興味がなくて、むしろ孤独を好んでいて、大人びている幼馴染。頭はズバ抜けてキレるが、興味の無いことは三歩歩けば忘れてしまう鳥頭。わりと大事なことも三歩歩けば忘れてしまうが。放浪癖があり、いつもあっちへふらふら、こっちへふらふら。風の吹くままに気の向くままに。それが鳳なつきという少女だ。
メールには画像が添付されてあった。
それを開くと、信じられない現実が俺の目の前に広がった。
今でもあの光景を思い出すだけではらわたが煮えくり返る。
結論から言えば、なつきは迫害を受けていた。
彼女の学校生活は地獄と化していた。
数奇なことに彼女のクラスメイトに《正道騎士団》に所属する連中が複数いたのだ。
彼らは敵対勢力である《ディカイオシュネ》の幹部〈ユースティティア〉を現実の世界で攻撃していたのだ。
あってはならないことだ。
許されないことだった。
俺は一も二も無く、彼女に電話をかけた。
『フッ……何かと思えばそんなことか。……気にするな、正義。私は問題ない。孤独は嫌いじゃないしな。知っているだろう、私は煩わしいのは嫌いだからな。この状況はむしろ望んでいるといってもいい。それにサイバーインすればお前たちもいる。何も、問題ない』
問題ないわけがない。
見て見ぬふりなんかできるわけがない。
なつきは気丈な女だ。
口ではそう言っていても彼女はずっと耐えていたはずだ。
許せるわけがない……!
俺は抗議した。無論、《ディカイオシュネ》セルズリーダーの〈ジャスティス〉として《正道騎士団》セルズリーダー“救世主”の〈ヘリダム〉に食ってかかった。
『……そうですか。まさか、そんなことになっているとは……。申し訳ない。私の仲間が君の仲間に失礼なことを……』
〈ヘリダム〉は慇懃なかたちで深々と頭を下げた。
『今後、ユーティに近づくなとそいつらに伝えておけ……!』
『はい、もちろんですよ。ですが彼らは私の言うことなど耳をかさないかも知れません。現実に仮想世界の関係を持ち込むような人たちですから、あまり人間が出来ているとは言えないでしょう……。……参りましたね、これは』
〈ヘリダム〉は少し考える素振りをすると、思いついたように手を打った。
『ああ、そうだ。簡単な解決方法があるじゃないですか。今度の戦いで《ディカイオシュネ》が負ければいいのです。ええ、そうです。敵対勢力なのだから彼女はイジめられるのですよ』
一体、彼が何を言っているか理解できず、俺は口を開いて呆けてしまった。
そんな俺に気づいているのか気づいていないのか〈ヘリダム〉は笑顔で話し続ける。
『つまり《ディカイオシュネ》が私たちの敵対勢力でなくなればいい。うんうん、これは非常に良い案ですね。そう思いませんか?』
『ふざけたことを抜かすな、貴様ぁッ!』
俺は〈ヘリダム〉の胸ぐらを掴みあげた。
だがヤツは俺の手を痛烈に払いのける。
『私は案を提示しただけですよ、ジャスティスさん。何をそんなに怒ることがあるのです』
『わざと負けろというのか!? そんなことができるわけがないだろうッ!! 俺たちがこの日のためにどれだけ話し合い、どれだけ楽しみにしてきたと思っている!! 世界戦なんだぞ!! 全てのプレイヤーがこの年に一度の戦いに懸けているんだ!』
『愛しのユースティティアさんがどうなってもいいのですか? 何でもユースティティアさん……確か本名は鳳なつきさんでしたか……。彼女はいつも一人でいるそうじゃないですか……。これは心配せずにはいられません。仮想世界の彼女も気高く素敵ですが、現実の彼女は輝くほどの美しさです。エスカレートした私の部下が変な気を起こして、不埒なことをしでかしてもおかしくはありません。彼らも盛っている時期でしょうからね。ああ、きっと鳳なつきさんの身体はまだ乙女なのでしょうね。彼女の心と身体に消えない傷をつけることになれば彼女があまりにも不憫だ。……事件が起きてからでは遅いのですよ』
にこり、と〈ヘリダム〉は笑った。
おぞましい。あまりにもおぞましい。
身の毛のよだつような笑みだった。
こいつ……ッ!! 最初からこうするつもりだったのか……!
世界戦で勝つために……! そのために鳳を――!! なつきに――ッ!!
怒りを止められるはずもなかった。
俺はありったけの憎悪をぶつけた。
『この下衆がああああッ!! なつきに指一本触れてみろ!! 貴様を殺すッ!!』
『ははは。君は面白いことを言いますね。千葉にいる君が北海道にいる彼女をどうやって助けるというのです? それに鳳なつきさんだけではありませんよ、“魔王”さん』
『な……に……?』
『――私は《ディカイオシュネ》全員の素顔を知っているのですよ』
『何をふざけたことを言ってやがる! そんな馬鹿なことがあってたまるか……!!』
そう言ってから俺はハッとなった。
『CosmoChaos Online』は運営会社がクラッキングを受け、大量に個人情報を流出した事件があったのだ。しかもまだ犯人は特定できていない。
何でも海外の連結サーバを経由しているため犯人捜しは難しいらしい。
のちに《リベレイター》からの犯行声明が出されことで、この件について犯人捜しは終幕を迎えた。
なんでも『CosmoChaos Online』の運営会社は熱心に人工知能たちを支持、援助しているようで、《リベレイター》にとってそれが気に食わなかったのかもしれない。
《リベレイター》が相手なら犯人特定も難しい、ということだった。
個人情報の流出、そして、知るはずもない情報を知っている〈ヘリダム〉。
まさかとは思う。だがもし……そのまさかだとしたら……!!
こいつ……《リベレイター》……なのか……!?
初心者プレイヤーに手を差し伸べ、慈善事業をするセルズ《正道騎士団》――
――そのリーダーが……《リベレイター》……だとッ!?




