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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR6 『魔王のジャスティスプログラム』
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プロローグ

 私の心は穏やかではなかった。

 まさかあの人があんなに聞き分けのないことをする人だなんて思ってもいなかった。

 もっと真っ直ぐでバカ正直に人の良いイノシシさんだと思っていた。だからきっと〈ヤマカガシ〉さんの言い分も理解してくれると思っていた。


「もうっ、ほんっとに信じられないよっ……!」


 私はドンッと木製のジョッキをテーブルに叩きつけた。

 あの人を抜いた私たち――四人、いや、〈白ウサギ〉ちゃんを入れると五人だ――は大通りにある酒場で、いつもの丸テーブルに腰かけていた。

 しかし和やかに談笑しているわけではない。ミヤちゃんは上の空だし、ナーガちゃんはずっと何か考え込んでいるようだった。〈白ウサギ〉ちゃんはオムライスに夢中になっているし、トラくんは我関せずといった感じで椅子にもたれて、ぎぃぎぃ鳴らしている。


「……やっぱり、何か引っかかるわね」


「どうしたの、ナーガちゃん?」


「少し腑に落ちない点があるのだけれど……。……どう考えても理解ができないのよ」


 理解ができないのはあの人の行動だった。

 何も殺さなくたっていい。これでもう〈ヤマカガシ〉さんは仲間を助けることはできなくなった。

 きっと仲間も解放されず殺されてしまうに違いない。

〈ヤマカガシ〉さんが今頃どんな気持ちでいるか考えるだけで私は心が痛む。

 ところが――


「どういうことなのかしら……。《バジリスク》の彼……最期に、笑ったのよ」


 ナーガちゃんの思わぬ言葉に私は眼を点にした。


「へ? ……笑った?」


「はあ? 見間違いじゃないの? どうして殺される人が笑うのよ。ましてや仲間を助けられなくなるっていうのに」


 ナーガちゃんの意味不明な発言に意識が旅立っていたミヤちゃんもこちらの世界に戻ってきた。

 トラくんは相変わらず両手を頭の後ろに組んで椅子をぎぃぎぃ揺らしている。


「いえ、確かに笑ったのよ。たぶんセイギくんが彼を刺した時、何か彼に言ったんじゃないかしら。その言葉に彼は、笑ったんだわ。けれどどんな言葉をかけたにせよ彼が笑う理由が理解できないのよ」


 理解できなくて当然だと思う。私だって考えても分からない。

 もう仲間は助けられないのに、自分は殺されてしまったのに、どうして笑うことができるかなんて。


「気になるのはそれだけじゃないわ。《正道騎士団》の名を聞いた時のセイギくんの激昂ぶりは異常だわ。彼、CSNゲームは初めてじゃないみたいだけれど、《正道騎士団》と過去に何かあったのかしら……。《正道騎士団》……何かしら……噂以外にも……どこかでこのセルズ名を聞いた覚えが……」


 頭をおさえて思い出そうとする素振りをみせるナーガちゃん。


「にひっ、にひひひひ」


 トラくんが堪えかねたように笑っていた。

 当然、私たちの視線が彼に集まる。


「トラくん……。あなた、何か知っているわね?」


「もっちろん。俺はセイギくんの親友だかんねぇー。〈ヤマカガシ〉さんが笑った理由も……だいたい想像つくよん」


 ナーガちゃんの問いにひょうひょうと答えるトラくん。

 私は身を乗りだしてトラくんに詰め寄った。


「〈ヤマカガシ〉さんは殺されちゃったんだよ!? どうして笑ったの!?」


「じゃあ、状況を追って考えてみよっか。もし〈ヤマカガシ〉さんがあのまま生きてたらどうなるかに? 〈ヤマカガシ〉さんが殺したプレイヤーが所属していた《スクトゥム》はどうすると思う?」


「えーっと、そりゃ当然、〈ヤマカガシ〉に復讐するわよね……? …………っ――まさか、……そんな……そういうことなのッ……!?」


 急にミヤちゃんが立ち上がった。

 ナーガちゃんも理解しているようで頭に手をやって首を振っていた。

 な、なんだよぅ、みんなして分かったような顔しちゃって~~。

 ど、どうしよう。私も理解できたフリしてよう……かな……。


「うんうん。そうだったんだねっ。やるよねっ」


 私は腕を組んで大きく頷いた。

 だけど三人は私をじと眼で見ている。

 あ、あれ……どうして解かってないのがバレてる風味なんだろ?

 演技力には自信があるんだけどな……。

 そんな私を置いてナーガちゃんはトラくんへ言葉をかける。


「私の考えが足りなかったわ。もっと前提に眼を向けるべきだったわね。そもそもなぜ《正道騎士団》が暗殺なんてしようとしたのか、どうして《バジリスク》を全滅させると脅したのか、……まずそこを考えるべきだったのね」


 私の理解が及ばないまま話が進んでいきそうなので私は素直に頭を下げた。


「見栄はってごめんなさい! わたしに分かるように教えてくださいっ!」


「《バジリスク》のリーダー〈ヤマカガシ〉が《スクトゥム》メンバーを殺してしまったわけだけれど、あの正義感の強い“盾姫”のことだわ。〈ヤマカガシ〉が生きていればすぐに《スクトゥム》は彼を捕まえて報復していたでしょうね」


 ナーガちゃんはカップのミルクティに口をつけて一息をつく。

 そして私へ顔を向けた。


「さて、ここで問題になるのが残った《バジリスク》メンバーよ。彼らは《正道騎士団》と合同訓練中だから、この状況に気づいていない。何も知らない彼らが《スクトゥム》に〈ヤマカガシ〉が……自分たちのリーダーが殺されたと知ったら……どうなるかしら?」


 それはもちろん《バジリスク》だって黙っていないはずだ。

 きっとかんかんに怒って《スクトゥム》に――そこで私はその構図に気づき、あっ、と声をあげた。


「そう、《バジリスク》は《スクトゥム》に攻撃をしかけるわ。当然、《スクトゥム》は暗殺してきたセルズが攻めてくるのだから徹底的に対抗するでしょうね。つまり、セルズ戦争よ」


 そうだ。二つのセルズ間で戦争が開始されてしまう。どちらが悪いわけでもないのに、二つの勢力が憎しみを込めて潰しあうことになってしまう。


「《スクトゥム》のメンバー数は一七〇人前後。まともにぶつかったら勝つのは《スクトゥム》でしょうけど……《バジリスク》は暗殺一家……あの手この手で《スクトゥム》の数を減らすでしょうね。どちらも戦力低下は免れないわね。《正道騎士団》の狙いは双方の戦力低下、かしら。そうする理由は分からないけれど。二つのセルズが争う構図になることで《正道騎士団》に何らかのメリットがあるのでしょうね。さて……ここで質問よ、ミライ。この戦争を止めるためにはどうすればいいかしら?」


 ナーガちゃんの問いに私は腕を組む。

 ううんと私が頭を捻らせて唸っているとトラくんが私に説明してくれる。


「〈ヤマカガシ〉が第三者に殺されれば、《バジリスク》の恨みはその第三者に向くよねん。これで《バジリスク》が《スクトゥム》を襲う理由は消えるねぇ。《スクトゥム》の方には『あいつ? あー、俺が仇を討っておいたぞ』とでも言えばいいよねん。そうすれば何を企んでいるかは分からないけど《正道騎士団》が描いた絵の邪魔はできる」


 トラくんはあの人の物真似をしながらそう言って、肩をすくめてみせた。


「じゃあ、まぁくんが〈ヤマカガシ〉さんを殺したのは――!」


「その背景にあった――二五〇人規模の戦争を止め、《正道騎士団》の企みを潰すため――ね」


 絶句した。呆気にとられて言葉もない。

 不器用だ。信じられないほどあの人は不器用だ。


「恐ろしくなるのはあの時点で、あんな短時間でこの背景に彼が気づいていたことだわ。〈ヤマカガシ〉を含め私たちの誰も気づいていなかったことを彼は見抜き、誰より早く行動にでていたんだわ。これで……二回目、ね」


「何が?」とミヤちゃんがナーガちゃんに問う。


「セイギくんのクリティカル思考よ。正直に言って彼が低BQという方が信じられない出来事ね」


 ナーガちゃんが放った言葉に私たちはしんっと静まり返る。

 黙しているナーガちゃんが心内で何を考えているのか。それは訊くまでもないことだった。

 だがそこでミヤちゃんが何かに気付いたようにハッとなった。


「待って、待ってよ。この構図だと……《バジリスク》はセイギを狙うんじゃないの? それにそもそも〈ヤマカガシ〉が話したことが真実だったら、っていう大前提の元に成り立つ話じゃないの」


 ミヤちゃんの疑問にトラくんは肩をすくめてみせた。


「にひひ。一つ目の疑問の答えは『セイギくんはそれでいいと思ってるから』だねぇ。セイギくんはさ。憎まれるのなんて気にしないよん。狙われてもいいと思ってるよ。だってセイギくんは『正しい選択をした』と思っているからねー。二つ目の疑問に対する答えは『セイギくんは〈ヤマカガシ〉の話が真実だと確信していたから』かな。だから行動にでたんだよん」


 ミヤちゃんはいよいよ訳が分からなくなったのか立ち上がって、机を叩いた。


「なんでよっ! あいつ、断ってるじゃない! 信用できないって言ったじゃない!」


「セイギくんがああ言ったのは本心なんかじゃなく、あくまでも俺たちを守るためだった――としたら?」


「は、はあっ!? 私たちを、守る、ですってぇ!? なんでそうなるのよっ!」


「意見は2:2で半分に別れてたよねん。あそこでセイギくんが信用すると言ってたら、五人で《バジリスク》を助けるために《正道騎士団》と戦うことになってたよ。ミヤっちの性格から考えて『バカじゃないの』とか文句を言いながらも付き合ってたと思うよー。ナーガっちも『仕方がないわね』って作戦練ってたと思うし。まあ、かなーり危険な場面だったよね、あれ。俺たちははっきり言って精鋭だと思うけど……どんなにうまくやっても二、三人は死亡、八割九割の確率で全滅だろうね。あー、もちろん《バジリスク》の救出だけならって話ね?」


「あいつが……セイギがそこまで状況を読んでたっていうの!? あんなおちゃらけたぱっぱらぱーが!?」


 ぱっぱらぱーって……ミヤちゃん、ひどい……。


「セイギくんは誰よりも“先読み”してるよ。ついでにとんでもなく仲間想いなんだよねん。知ってるでしょ、ミヤっち。俺たちが戦闘している時も、ジョルトーの街中を歩いている時でさえ、セイギくんが俺たちに危険が及ばないように周囲を警戒してること。セイギくんは……ぱっぱらぱーのフリをしてるだけだよ」


「~~~~~~~~っ!」


 トラくんの言葉を受け、ミヤちゃんは何も言えなくなって椅子に腰をおろした。

 どうやらトラくんの指摘することに同意する部分があったらしい。

 拳を握って黙り込むミヤちゃんを見届けてナーガちゃんがトラくんに問う。


「トラくん。まだ聞いてないわ。なぜ彼が〈ヤマカガシ〉の話が真実だと確信したのか、その理由はなんなのかしら」


「…………。……過去の体験から、だよん」


「過去の体験……彼がもし……そうなら……」とナーガちゃんが唇に親指をあてて目線を下にする。

 しばらく黙考した後、何かを思い出したようでゆっくりと顔をあげた。


「……《正道騎士団》……。そうよ……。どこかで聞いた名だと思ったら……あの人が……裏切った時の対戦相手……それが《正道騎士団》だわ。あの人に裏切られたということが鮮烈に残りすぎて記憶がボヤけていたけれど、たしか、そう、あの時の世界戦の相手は《正道騎士団》……! だとしたら……! やっぱり……セイギくんは――!」


 ナーガちゃんのそう呟いた声は微かに震えていた。

 強く、ぎゅっと彼女はコップを握りしめる。


「…………トラくん。もういい。もういいわ。全部、話してもらえるわね? 私たち《ディカイオシュネ》が解散することになった理由を……! 彼がなせ裏切ったのかを……! 何があったか、全部……! 話して頂戴……! あの時、何が起きていたのか……! 全部よッ……!!」


 何かを悟り、迫るナーガちゃんにトラくんは両手をあげて降参のポーズをした。


「……まっ、いつまでも隠しておけることじゃないだろうし、状況も状況だし……ね。……潮時かなぁ。後でセイギくんに怒られるだろうけど……。いいよん。……全部話すよ。俺と――ユーティしか知らない”彼”の真実を」


「…………ユー……ティ……」


 どこか懐かしむようにナーガちゃんはその名を呟いて、ゆっくりと眼を閉じた。 

 そして――ぽつぽつと、トラくんは私たちに話し始めた――


「その出来事が起きたのは二年前――」


 その人が、何よりも大事にしていた”仲間”を、一人残らず虐殺した――


“魔王”と呼ばれた人の話を――



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