エピローグ
「あ、ああ! 俺は《バジリスク》のリーダーをしている〈ヤマカガシ〉という者だ! 俺の仲間たちがみんな捕えられてしまったんだ! あいつらは『仲間を殺されたくなかったら《スクトゥム》メンバーを暗殺してこい』と俺を脅してきた……! 俺がPKしなきゃ俺の仲間があいつらに殺されるっ! だから俺は――!!」
《バジリスク》の名はそこそこ知名度がある。『ワールドマスター』で生まれた新設のサイバーセルズだがメンバーは七〇人近くと規模はそこそこ。暗殺だけでなく、生産者の護衛や、クエストのスケットといった傭兵業も営んでいるらしく、やはりそこそこの成果をあげているらしい。
「《スクトゥム》に《バジリスク》かぁ。うーん、なんだかややこしそうな話だぁね」
「まだ答えを聞いていないわ。あの“爆発”はあなたがやったのよね?」
「そうだ! あいつらから渡されたんだよ! 新スキルで造られた“爆弾”だって! 暗殺する時に使えって……! あの“爆弾”で殺せばPK扱いにならない仕様だって……! 結局は失敗してしまったから、直接対決することになっちまったけどな……!」
彼の言うことを信じるならその“爆弾”を渡してきた相手こそ《リベレイター》ということになる。
「――そう。あなた、何も知らないのね……」
ナーガの言葉に男はその意味を求めるように俺たちへ顔を向けた。だが俺たちは誰も話さなかった。事実を知った彼が大騒ぎしないとも限らない。ここは黙っておくのが得策だ。
どうやら彼は《リベレイター》ではないらしい。人騒がせな……とりあえず殺すか。
「ねぇ、あんたの背後にいる……あいつらって誰のことよ?」
ミヤの問いに〈ヤマカガシ〉は言うべきか迷うように視線を反らした。しばらく沈黙していた彼は意を決したように顔をあげた。
「……《正道騎士団》……だっ……!」
〈ヤマカガシ〉の口から飛びだしたセルズ名に俺の瞳孔がゆっくりと開く。
どくんっ、と心臓が大きく鼓動した。
自分の耳を疑った。
急に暴れるのを止めた俺に「まぁくん?」とミライが訝しげに眉をひそめた。
俺はゆっくりと男の元まで歩くと、その胸ぐらを掴みあげる。
「奴なのかッ! お前に“爆弾”を持たせたのは奴なのかッ!! 答えろッ!」
「……セ、セイギ? ちょっと、どうしたのよ……! やめなさいって……!」
ミヤが俺と〈ヤマカガシ〉の間に割って入ろうとした。
だが俺は彼を離さなかった。
「ああ、そうだよ! 俺は言われたとおりにやっただけだ!」
「奴らはッ……あいつはどこにいるッ!」
「東南の居住区に《正道騎士団》の本拠があるんだ! なあ、あんたら俺の仲間たちを助けてやってくれ……! 頼むっ……!! あんたらの仲間を殺そうとしたことは謝る! 悪かった! だから……! 俺の仲間をっ……助けてやってくれぇ……っ!!」
顔をくしゃくしゃにする〈ヤマカガシ〉から俺は胸ぐらを離した。
「……《正道騎士団》、ですって……? そんな、まさか……有り得ないわ。あなた、それは何かの間違いじゃないかしら」
そこへナーガの辛辣な視線が〈ヤマカガシ〉を射抜く。
「ほ、本当なんだよ……! 信じられないような話だろうが、本当なんだよっ!」
「……どういうセルズなの?」とミヤがナーガに視線をやった。
「真の正義を謳う大手ギルドよ。“救世主”の〈ヘリダム〉というプレイヤーがリーダーをしているわ。色んなCSNゲームで新人の育成に精をだしているセルズでもあるわね。他セルズとの繋がりも強くて、メンバーもかなり多いわ。友好的な噂はよく聞くけれど、悪い噂は今まで一つも聞いたことがないわね。今までどおり『ワールドマスター』でも慈善事業しているみたいよ。……それと、あなたの話は腑に落ちない点があるわ」
そこで言葉を区切ってナーガは指を一本立てた。
「《バジリスク》メンバー数は七〇人規模。《正道騎士団》はニ四○人ほどだったかしら。あなたは『仲間がみんな捕えられた』と言ったけれど、七〇人なんてプレイヤーをどうやって捕えるというの?」
「俺の仲間たちは……自分が捕えられているなんて思っちゃいないんだ……!」
壮絶な顔で〈ヤマカガシ〉はそう言い放った。
捕虜になっている人たちが自分が捕虜だと気づいていないなんてことが有り得るのだろうか。ナーガも眉根を寄せている。
「…………ますます解からないわね」
「《バジリスク》は《正道騎士団》とプレイヤースキル向上のために合同戦闘訓練を行っているんだ……!! 俺は……リーダーだからっ、話があるからと別室に呼ばれて……! そこで言われたんだよ! 暗殺してこなければ《バジリスク》を全滅させるって……!」
「…………。……そう、道筋は立つわね。でも悪いけど、あなたの話はやはり信用に欠けるわね。それとも私たちを納得させる証拠はあるのかしら?」
ナーガのだした結論に〈ヤマカガシ〉は悔しそうに拳を握った。その様子から考えて証拠になるようなものはないらしい。まあ、そんなものがあれば最初に提示するはずだ。
「~~~~っ! 俺の仲間が人質にとられているんだよっ! 信じてくれっ! あいつらは――あいつは“救世主”なんかじゃない!!」
必死に叫ぶ彼の様子に、ナーガは顎に手をやって男の心中を探るように考え込む。
「…………本当なんじゃないかな」
不意に、今まで黙って話を聞いていたミライがそう言った。俺たちが振り向くとミライはいつものように何も考えていないような人懐っこい笑顔をしていた。
「だって、〈ヤマカガシ〉さんはすごく真剣だもん。ウソついてるように見えないよ」
言うと思った。絶対言うと思った。
まったくこのおバカ娘は……。やすやすと人を信じてしまうのが彼女の欠点であり、美点でもある。
「あのねぇ、ミライ。なんていうか……あんたは人が良すぎるのよ。もし彼の言っていることがウソだったらどうする気よ。私たちまで共犯扱いされるわよ?」
「ミヤちゃん。『もし』なんて考えても仕方がないよ。実際、どうだったかなんて未来はその時にならなきゃ分からないんだから。ここは信じて私たちで助けてあげようよっ」
ミライの言葉にミヤは俺の心中と同じで「まったく、この子は……」と頭を振っていた。
「無理よ、ミライ。仮に彼の言っていることが真実だとしても、私たちは彼の仲間を救いだすことができないわ。《正道騎士団》のメンバー数は二百を超えているもの。そんな人数を相手に私たち五人で立ち回るというのはあまりに、無謀ね。全滅するのがオチだわ」
「にひひ。俺はミライっちに賛成かなー。その人の言ってること信じるよん」
トラがいつもの軽い調子でそう言った。
「でもトラ、《正道騎士団》っていうのは真の正義を目指すセルズなんでしょ? PKするプレイヤーの言うことより私はナーガの情報を信じるわよ」
「そだねー。でも俺は〈ヤマカガシ〉さんのことを信じるよん。……ねー、セイギくーん」
俺は腕を組んで、黙ったままでいた。
「ああっ……ありがとう……! こんなこと誰も信じるはずがないって誰にも相談できなかったんだ! あんたら二人が俺のことを信用できないのも充分に分かるよ……! 俺だってこんなことになってなきゃ《正道騎士団》は良い奴らだとまだ思ってたはずだ! だけど俺の言ってることは本当なんだ! 頼むっ! 俺の仲間を助けてくれ――!!」
意見は真っ二つに別れている。自然と四つの視線が沈黙を守っていた俺へと注がれた。
俺は腕を組んだまま、胸を張って断言した。
「断る! お前の話は信用できん! どちらにしても俺たちは死ぬわけにはいかないからな! なぜなら俺たちは誰よりも先に完全攻略しなければいけないからだ! 寄り道などしている暇はない!」
きっぱりと言い放ったその言葉にミライは「えぇーっ」と不満そうだ。トラは「にひひ」と笑ったままで、ナーガは『当然だわ』という顔をし、ミヤも「ま、そうよね」と肩をすくめている。
「それに俺からすれば問題なのはお前がPK行為を働いたことだ。俺の仲間を殺そうとしたお前は許せん。だから俺がお前をぶち殺がす!!」
剣を振り上げた俺の肩を後ろからミヤが掴んだ。
「ちょ、ちょっとセイギっ、それはもういいでしょ! 私は無事だったんだし! 捕縛でいいわよ!」
「そうだよ、まぁくん! 何も殺すことないよっ! そんなことしちゃダメだよっ!」
ミライが〈ヤマカガシ〉を守るように両手を広げて俺の前に立ち塞がった。
「お前の仲間を殺しかけたのは悪かったと思ってる……! だが俺はセルズリーダーなんだ! 仲間を助けるために力をつくさないといけないじゃないか! 俺みたいな奴をリーダーだと慕ってついてきてくれたあいつらを助けないわけにはいかないじゃないか!」
声を振り絞るように〈ヤマカガシ〉は叫ぶ。
「あんただって仲間を助けたいと思ったから俺と戦ったんだろ! 俺だって同じだ!! 何を犠牲にしても仲間を助けたい! 俺がPKになるくらいなんてことない! 誰かから恨まれるくらいっ――なんてことないッ!」
似ていた。俺と〈ヤマカガシ〉は似ている。セルズのリーダーとして責任を果たそうとする彼の気持ちは痛いほど理解できる。仲間を思うその心持ちにも好感は持てる。
間違いない。こいつは良いリーダーだ。
だからこそ――こいつは俺が――
「仲間を助けたいから殺しただとっ……!? ふざけたことを言うな! お前が殺したプレイヤーにも仲間がいたはずだ! 二カ月の努力を無為に奪われ、殺されたプレイヤーはどんな顔をして仲間たちに会えというんだ! どんな理由があろうと関係ない! 他のプレイヤーを手にかけた時点でお前は悪だ! それに例えお前が正しかろうと俺の結論は変わらない! どちらにせよ俺の仲間に手をだした時点で――お前は俺がぶち殺がす!!」
俺はミライを横に突き飛ばすと、止められる前に煌く刃とともに体ごと〈ヤマカガシ〉にぶつかる。
手に〈ヤマカガシ〉の腹を貫いた感触がした。
彼の肩口の向こうで俺の剣が突きぬけているのが見える。
俺が彼の耳元で囁いた言葉に彼がどんな表情をしているかは分からない。だが光となって消える間際、俺の耳元にその小さな声は俺の耳に届いていた。
光が虚空に消えた瞬間、弾けるように〈ヤマカガシ〉が持っていたアイテムや装備が周囲に撒き散らされた。アイテムの転がる音が壁に挟まれた路地裏に木霊する。
俺が本当に殺すとは思っていなかったのだろう。誰も言葉を発さなかった。
だがその沈黙を破ってミライが声を絞り出した。
「し、信じられないっ……! まぁくんッ! なんてことするのっ! 彼には理由があったんだよっ!? どうして殺しちゃうのっ! 情状酌量って言葉があるじゃないっ!」
ミライが俺の胸をどんどんと叩いてきた。俺を見上げる眼は怒りに染まっていた。
俺はその瞳からふいと反らして〈ヤマカガシ〉から撒き散らされた金を拾った。
「172ジィルか。なんだこれっぽっちか。こいつ、しけてやがるな。金は俺がもらうがアイテムは必要ない。お前らが好きに使っていいぞ」
俺がそう言った瞬間――パシィンッ、と乾いた音がした。
ミライが俺の頬を平手打ちしたのだ。
「…………最低」
静かにミライはそう呟いた。肩を震わせ、目じりに涙さえ浮かべている。
その顔は普段の温和な彼女から想像もつかないほど怒りに満ちていた。
「まぁくんなんてっ……大ッ嫌い!!」
「…………。……そうかよ。せいせいする」
俺はミライに背を向けて歩きだす。
ミヤの横を通り過ぎる時、彼女は視線を合わすこともなく呟いた。
「どうして……どうして殺したのよ……!?」
何も答えず横切り、大通りへ向かう俺にトラが視線を追わせる。
「…………。どこ行くの、セイギくん?」
「ソロ狩りに行ってくる。ミライとミヤは俺と一緒にいたくないようだしな」
「にひひ。了解~」とトラは満面の笑みを浮かべていた。
「そうだよ! もう一緒にいたくないよっ! ばかっ! まぁくんのばかっ!」
ミライのその言葉は思っていたよりも俺の胸を深くえぐった。




