第二〇話 『同列』
(どう攻める……!? どう攻めればいい……!?)
攻めあぐねたフード男はふとそこでデジャヴを覚える。
その感覚はフード男がつい最近、闘技場で戦ったことのある相手と同じだったのだ。
(この感覚……あの”化け物”と同じだ……。信じられない話だが、この無名……〈セイギ〉という男……”聖剣”の〈エクスカリバー〉と同列に感じる……!! 間合いに一歩も踏み入ることが……できない……ッ!! だが、ここで終わるわけには……!!)
フード男は奥歯をギリッと噛むと、ふらふらと覚束ない足取りで立ち上がる。
そしてその右手に瞬間移動でもしたかのように剣が現れた。アイテムボックスから予備の剣を取り出したのだ。
そして、すっと敵を睨むと意を決して剣を振り上げセイギへと突進していく。
勢いをつけ上からの斬撃なら押し切れる可能性はある、それがフード男が下した判断だった。
「それじゃダメだ」
瞬間、そんな小さな呟きが風にのってセイギの口から聞こえた気がした。
その通りだろう。分かっている。あの一撃から理解した。こんなことでは押し切れる剛腕じゃない。だが他に方法もない。
フード男は悟ったのだ。ここで自分は殺されると。しかしフード男にも戦う理由があった。
故に、やるしか道はない。
セイギもフード男が可能性の無い特攻を仕掛けているのだと理解した。
セイギはすっと腰を低くし、足幅を広げ迎え撃つ格好をとった。
そしてフード男に背中を見せるほど腰をひねって右拳を振りかぶる。
捻った腰のバネが元の方向へ戻ろうとする反動とともに、大きく右足を踏みだす。弓なりになった胸、その右肩口の奥から銀色の眩しい光が漏れでる。
刹那。フード男の体をビリビリと未知の感覚が震わせる。
前に進む勢いを殺すように、まるで前から強風が吹いたかのように、何かがセイギから発されている。
何かが……くる、と。
そしてそれに対して自分は対処しようがない、と悟る。
次の瞬間。
手の甲を内側に巻き込むように真っ直ぐ振り抜かれた右拳は、フード男が振り下ろした剣に接触――したと同時にその剣をフード男の遥か後方へ弾き飛ばし、フード男の顔面にメギリッと音をたててめり込む。
まるで大砲にでも撃たれたかのような衝撃と共に、セイギの右拳から放たれた光の筋がフード男の頭を貫く。
それだけでなく、フード男の体は石畳の地面をひっぺ剥がして螺旋状に渦巻く光の奔流と共に風車のようにぐるぐると回転させながら吹き飛ばされていた。
セイギの右拳から放たれていた光の帯が細く収束していき掻き消えると、フード男は壁に全身をめり込ませてはりつけになっていた。
その体からはしゅぅううぅと音を立てて白い煙があがっている。やがてゆっくりと前のめりになってフード男の体が壁から剥がれ、石畳へ倒れこんだ。
真っ直ぐ右腕をだした格好のセイギ、その右拳からも白い煙が立ち昇っている。
右腕が放っていた光はすぅーっと戦闘の終わりを告げるように消えていく。
【拳術】スキル60に類する技――『コークスクリューブロー』だった。
『ワールドマスター』の攻撃は速度を乗せたり、溜めを作ることで攻撃力が増す仕様だ。
溜めには自分のスタミナを消費するが、MP――マジックポイントを消費することもできる。セイギの今の一撃はスタミナを消費するのではなく、セイギが持つMPすべてを注ぎ込んだ『コークスクリュブロー』だ。
セイギはこの技を『マジックコークスクリュー』と呼んでいた。
といっても近接戦闘型であるセイギのMPなど初期値に毛が生えた程度のもの、たかが知れているので『弱マジックコークスクリュー』と言うべきだろうが。
それ故に、見た目の派手さのような威力は出ていなかったらしい。それでもフード男の意識を完全に奪うほどの威力はあったらしく、地面に伏したフード男は死んでこそいないもののぴくりとも動かない。
「…………すごい……」
思わずミヤは自分の状態も忘れて呟いていた。
セイギの動きはあまりにも洗練されて見えた。洗練された動きというのは『もっと見たい、もっと見たい』と眼が離せなくなるものだ。
セイギはやっと右拳を降ろすと、振り返ってミヤの元へと歩いてくる。
「ミヤ。状態異常は回復したのか?」
セイギが声をかけるものの、ミヤは口をぽかんと開けたまま無反応だった。
「おーい、ミヤっちー?」
セイギが彼女の目の前で手を振ると、ミヤははっとなったように現実へ帰ってきた。
「……へ? ……あ、うん。だ、大丈夫、大丈夫よ」
と、立ち上がろうとするもののまだ猛毒状態は続いているらしく、力なくへなへなと再び座り込む。
よくよくミヤの様子を観察してみると、はぁはぁと荒く息をしているし顔も仄かに赤い、額には汗の玉が浮かんで見える。どう見ても大丈夫なようには見えない。
「ミヤ。ちょっと動くなよ?」
セイギは自分の額をミヤの額に近づけぴたりとくっつけてみる。
「~~~~~~っ!?」
セイギの顔が、鼻と鼻が触れ合うほどの距離まで詰まり、ぼんっ、と音をたててミヤの顔が真っ赤になった。そのミヤの両目がぐるぐると渦を巻いている。
いきなりの事態にもうミヤの心臓はバクバクと早鐘のように打ちつづけていた。
(って私なんでこんなにドキドキしちゃってるのよ!? なに意識しちゃってるのよ!? 相手はセイギよ、セイギ! 何の取り柄も無いド変態の女好きよ!? こんなバカ相手に胸を高鳴らせてどうしちゃったのよ、私!?)
「ミ、ミヤ……お前っ……! なんだこの熱……!? あ、おいっ、ミヤ! しっかりしろ!」
背中を壁に預けていたミヤの体がずるずると壁に添って横へ倒れていき、ついにはへたりと地面に倒れ込む。
「ミヤっち! 大丈夫!? とりあえず回復薬を飲んで!」
駆けてきたトラがミヤの口に回復薬を近づけ、無理やり飲ませていく。
苦い液体を嚥下しながらミヤは自分に起こっていることに合点がいった。
(ああ、そうか、猛毒状態だったの忘れてた……。妙な心臓の鼓動もきっとこのせいね……。ええ、そうよ、そうだったのよ……! この私がセイギなんかを――)
と、霞んだ視界の中でちらりとセイギの姿を確認しようと視線を動かす。
セイギは心配そうな顔でこちらを覗きこんでいた。とても慌てた様子で回復薬を取り出している。そんな自分を心配している彼の姿が目に入った瞬間、なぜかミヤの胸は再びきゅーっと締め付けられるように苦しくなった。
「ぶふぅうっ!?」
思わず飲まされていた回復薬を口から吹き出すミヤ。
その飛沫はまるでシャワーのように前にいたトラの顔面に噴きつけられた。
「うわっ!? 何してんだ、ミヤ! 回復薬を吐き出すんじゃない! お前、HPがそうとう減ってるはずだぞ! ったく、かくなる上は口移しで飲ますしかないか……!」
そう言うや否や、セイギが持っていた回復薬を口の中に含む。
「にひひ。セイギくん、そんなこと言ってるとまたミヤっちに蹴られるよん?」
(く、口移しぃ!? そ、そんな……私まだ一度もキスしたことないのにっ……! ……あー、でもまあゲームの中でのことだし……べ、別にそこまで気にすることも……ない……かな……? これはカウントには入らないわよね……? なら……まあ、いいわよね……)
近づいてくるセイギの唇にミヤは抵抗する素振りを見せず眼を閉じたまさにその時だった。
カランカラン、と木製の何かが石畳に落ちる音がしてセイギは動きを止める。
音のした方へ視線だけ動かすとそこにはミライが〈白ウサギ〉と共に立っていた。
ミライの足元には彼女がいつも持ち歩いている魔法の杖が転がっていた。どうやら今頃追いついてきた上にセイギとミヤが口付けようとしているのを目撃して落としたらしい。
「ぶふぅうううぅ!?」
今度はセイギがスプレーのようにミヤの顔面に回復薬を噴き出す番だった。
〈白ウサギ〉はミライの足元に転がった杖とミライを訝しげに交互に見やると、
「おー? ミライー。おとしたー。おとしたぉー?」
杖を拾ってミライへ渡そうとする。うんうん、〈白ウサギ〉ちゃんは優しい子だなぁ。
しかしそのミライは俯いて両腕をわなわなと震わせているかと思えば、まるで火山が噴火したかの如く顔をあげてセイギに怒鳴り散らした。
「○×△□っ!? *&○#□×ッ!!」
日本語になっていなかった。というか何語かも分からなかった。
ミライはずんずんとお怒りの表情でセイギに向かって歩いていく。
「ま、ままま、待て、ミライ! お、おち、落ち着け! これは止むに止まれぬ事情あってのことで――!!」
「ま・あ・く・ん~!? 刺・さ・れ・た・い・のぉ!? わたし以外の女の子に手をだすっていうなら、わたししか見れないようにわたしの部屋に監禁しちゃうよぉ? 両手両足切断してわたし無しでは生きれない体にして欲しいのかなぁ?」
(~~っ! ミライさん、マジキ〇ってる!?)
そんな慌ただしいことになっている四人と打って変わって、ナーガはじっと冷静に言い訳にもなっていない言い訳をまくしたててミライに弁解するセイギの背中を見つめていた。
そんなセイギから視線を外し、ナーガは袋小路になった路地裏の状況へもう一度、目を向ける。
(……私も……見落としていた。確かに見てみればここで戦闘があったと予想はつくわね。だけど私たちがここへ来た時に二人の姿はなかった……。戦闘場所を移動していたのなら私たちとはち合っているはず……だからミヤとフードの男はここにいるはずだと彼は予測したのね……。何らかの方法で姿を消しているだけだ、と……。姿を透明化させる技をミヤは習得していないわ。つまり透明化させているのはフードの男ということ。そして戦った痕跡を見ればミヤがすでに殺されている可能性は少ないと分かる。なぜならミヤが殺されているのなら辺りにミヤの所持品が撒き散らされているはずなのだから……。……だからミヤがフードの男に眠らされているか、気絶されているか、とにかく身動きをとれない状態にされていると判断した……。そして驚くべきことに戦った痕跡からどんな戦いだったか……状況を分析してフードの男がミヤを捕まえている位置を割り出した……)
ナーガはセイギが見ていたミヤとフード男の戦った痕跡から視線をあげ、再びセイギの背中へと視線をやる。
たらり、とナーガの頬を汗が伝った。
(…………恐ろしいほどの推理力だわ。……一見しただけで彼は違和感を覚えていたのね……。こんな芸当……ちょっとやそっとで身に着くものじゃないわ。まさかセイギくんがここまで観察眼に優れていたなんて……。こんなことができる人を今まで見たことがな――)
そこまでナーガは思考して、声をあげそうになった。
思わず手で口を覆う。
自分が考えていることをもう一度よく、考え直してみる。
有り得ない話……ではなかった。
常人を遙かに超える観察眼、そしてこの戦闘力。
(――私はこんなことができる人をよく……知っているわ。もしも……もしもそうなら……色々と合点がいく。合点がいってしまう。私と出会った時、私がナーガと知った時の彼の慌てぶり……)
自分が推察した結果にナーガはごくりと喉を鳴らした。
(……まさか…………。……まさかセイギくん――あなたは――)




