第一六話 『フード男』
現場近くになるとざわざわと人だかりができていた。
爆発騒ぎを聞きつけてジョルトー兵士たちも駆けつけてきているようだが……人を隠すには人の中、多くの野次馬がいるおかげで俺に気づいている様子はない。
「すまん! どいてくれ!」
野次馬たちを掻き分け、大通りを横断して路地裏へ入る。建物と建物の間から見える狭い空には未だに黒い煙が漂っていた。のろしのように立ち昇っている煙を見上げながら何度も角を曲がる。複雑に入り組んだ路地裏を駆け抜け、四度目の曲がり角を曲がる。
そこには黒い煙が充満していた。
バチバチと紫電を迸らせ、建物が『0』と『1』の羅列を撒き散らしている。
ひどい異臭だ。間違いない。
これは『ワールドマスター』のスキルなんかじゃない! 例の”爆弾”だ――!!
「この煙、大丈夫なの!? 吸い込んでも現実の私たちに影響ない!?」
ミヤの問いに俺は答えず口を手で覆うと、煙の中へと入っていく。
「ちょっとっ! ったく、ちょっとは躊躇しなさいよっ。イノシシかってのあんたはっ……!」
眼に染みる煙だった。じわりと涙が滲んでくる中、俺は真っ直ぐに『0』と『1』が漂う中を走っていく。するとすぐに前方から声が聞こえた。
「貴様ッ、俺を狙うとは何が目的だ! まさか俺が何者か――ぐぁああぁあああああっ!!」
断末魔のような叫びが路地裏に反響する。
俺が煙を抜けたのとその絶叫はほぼ同時だった。
目の前には二人の人物。一人は眼深まで被ったフードで顔は見えないが、その体格から考えておそらく男。その手には両刃の片手剣。その剣はもう一人の――騎士風の男の胸を貫いていた。
フードの人物が剣を引き抜くと、騎士風の男は大盾を手からこぼし、崩れ落ちるように膝をつく。
そしてその体が足から徐々に光となって消えていく。そんな自身の姿を見て、男は悔しそうに地面へ拳を振り下ろした。
「くそっ! こんなところでっ! ちくしょぉおお――!」
その言葉半ばで眩しい光とともに、男の体は光の粒子となって四散、彼が所持していたアイテム、装備、ジィルが辺りに撒き散らされる。
データ削除。彼が育ててきたキャラクターは抹消されたのだ。フード男の手によって。
消えていく最後に俺は彼が何者か分かった。
今、死んだ彼は”盾姫”の〈ステラ〉が率いる《スクトゥム》のメンバーだ。しかも【二つ名持ち】プレイヤーで幹部の一人だったはず。
そんな手錬を倒せるということは、こいつも【二つ名持ち】クラスの力があるということか……!
フード男に意識を向けてはみるものの――名前は設定で表示されないようにしてあるようだ。そりゃそうだろう。悪事を働くのにわざわざ名前を表示したままで動くわけもないわな……!
フード男がこちらに気づき、すぅーっと剣を構える。
逃げずに戦る気か……。姿を見た者は殺すってか?
不意打ちだったろうが、相手は《スクトゥム》の幹部をPKできるほどのプレイヤー……。
こりゃ俺たちのように訳を知らずに”爆弾”を手にしたプレイヤーじゃなさそうだ。
ってことは――やっぱりお前は《リベレイター》ってわけかッ――!!
俺は奴に意識を集中させる。
相手が放つ気配から俺は察する。”猛獣”の〈アギト〉のようにはいかない相手だと。
俺は左手で剣を抜き放つと、フード男の間合いをじりじりと探り始める。
久しい緊張感だ。真に鍛錬した人類のプレイヤーと刃を交わらせるのはいつ以来だろうか。
少なくともこの『ワールドマスター』の中では今までなかった。
しかも相手は現実世界の犯罪者。PVP初戦の相手には選びたくないプレイヤーだった。
まあ考えてても仕方ない。
お手並み拝見といこうか……!
俺は一気にフード男へと距離を詰めていく――!
ジャジャッ、と下段に構えた剣先と石畳の地面が擦れ火花が散る。
フード男も俺に向かって駆けてきた。
一対一だと思っているんだろう!? 残念だったな! そうじゃないんだ、よッ!
俺は地面を蹴ってフード男へと高く跳躍した。フード男は俺を追って視線を上にあげる。
直後、俺の背後――フード男の前方――黒い煙の中から四本の矢と火の球がフード男へと滑空する。
「っ!?」
フード男がその急襲に息を呑んだ。
フード男は素早い動きで身を屈めて、矢を剣で迎撃し、魔法を身を捻って回避する。
背後の壁に直撃した火の球が爆発し、辺りに炎と破片を撒き散らした。
――ナイスだ、ナーガ、トラッ! ――貰ったぜッ!
屈んだ体勢のフード男へ俺は振りぬく勢いで剣を振り下ろす。だがフード男は後ろに跳んでそれを回避していた。ジャギィンッ、と甲高い音をたてて石畳に俺の剣が刺さる。
ちぃっ、今のを避けるのか!
かなり素早い身のこなしだ。おそらく職業は『盗賊』か『暗殺者』か……それに類するものだろう。それらの職業に属すると『ワールドマスター』内では【AGI】――素早さのステータスに大きなプラス補正効果がついたはず。代わりに【DEF】――物理防御力のステータスは下がるんだったか。
なら攻撃力全振りの俺にとって相性は良い……! 一撃でも入れば大きくHPを奪えるはずッ!
俺が着地したのと同時、フード男は中空で身を後転させて背後の壁に着地すると、両足で壁を蹴って俺へと滑空してくる。その両手で握られた鋭い剣先は俺の喉元を狙っていた。
速度を乗せた突き――当たるわけにはいかない。
俺は喉元を狙ってきたその突きを剣の腹で受け止め、左側へ受け流そうとする。
その刹那。
目の前を白刃とエフェクトが閃き、左腕に受けたことのないほどの負担がかかる。
思わず俺は片眼を瞑って歯を食い縛った。
ぁっ、重いっ――!!
レベルは俺たちと同レベルかそれ以上なのか――!?
これがっ、拮抗するプレイヤーの威力かよっ……!
死なないという安全性をとるため、ここ最近俺たちはずっと適正ランクのモンスターを狩ってきた。一発の攻撃が重いのは考えれば当たり前のこと。
こんな攻撃を一発でも受ければ致命傷になるだろう。
データ削除、という重圧が俺の肩にずしりと圧しかかってくる。
俺の心臓を圧迫感が握り潰そうとする。
くっそ! まさか『ワールドマスター』のPVP戦がここまでプレイヤーに負荷のかかるもんだとは……!
でもな、悪いがこっちはここでドロップアウトする気なんかさらさらないんだよっ……!
「おぉおぉおおおおおぉおぉぉーーっ!!」
俺は剣の腹に右手の平をあて、突きを防ぎきる。が、フード男は突きで地面と水平に構えていた剣を立てて滑らせ、俺との鍔迫り合いへと持ち込んできた。
力は互角――いややはり俺の方が上だ……! 鍔迫り合いを続ければ相手の体ごと弾き飛ばせる。けどな、我慢比べなんてまどろっこしい真似をやってられるかっ。
俺は鍔迫り合いのままフード男の右側へ回ろうと地を蹴る。
俺の背後ではトラとナーガがフード男を狙っているはずだ。俺とフード男の位置を変えてしまえば、フード男は二人に背中を見せることになる。
そうなれば決着はたやすい。
しかし、フード男もそれは理解していた。
俺が右側に回り込もうとしたのと同時に、フード男も俺と同じ方向へ足を捌く。
無論、俺との位置を入れ替えさせないためだろう。俺たちは鍔迫り合いを続けながら横へ移動し続け、俺は右肩をフード男は左肩を建物の壁に激突させた。
こいつッ! ……対人戦に慣れてやがる……! 状況判断もできてる……! やっぱり……【二つ名持ち】かっ……!
「おい、貴様っ! さっきの“爆発”を起こしたのは貴様だろう! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」
俺の言葉には応えない。フードで隠れているせいで奴がどんな表情をしているかさえも分からない。
ダンマリかよっ。なら話したくなるようにするまでだ……!
俺が剣に力を込めた瞬間――いきなりミヤが上から猛スピードで蹴りを繰りだして降ってきた。
「っ」
それに気づいたフード男が俺との鍔迫り合いをやめ、後ろに跳んで逃げる。
フード男にとっては間一髪、ミヤの蹴りはフード男の腹をかすめて石畳を割っていた。
俺の目の前に着地したミヤは、間合いが開いたフード男に追撃をかけようと地面を蹴ろうとする。
だが俺はミヤの腕を掴んで止めた。
「よせっ、手をだすなッ! 対人戦は未経験だろうがっ! 奴の相手は俺がする!」
ミヤは気丈にフード男を見据えているが、その頬にじっとりと脂汗が滲んでいるのを俺は見逃していなかった。初の対人戦がPK相手というのはあまりにも難易度が高い。プレイヤーを相手にするのはモンスターを相手にするのと訳が違う。なぜならプレイヤー同士との戦いというのは思考の戦いでもあるのだから。相手がどうするつもりなのか手を読み、それを上回る一手を繰り出す。一撃一撃にその思考が加わる。モンスターとの戦いとはまったくの別次元。普通はまず模擬戦で慣らすもんだ。それをすっ飛ばして実戦というのはミヤには荷が重かった。
「邪魔しないでっ! 私だって前衛よ、やれるわ!」
「馬鹿言うなっ! 相手はPKだぞ! 経験の差は歴然なんだよ!」
俺とミヤが押し問答をしていると、間合いを開けたフード男の手に丸い球が出現した。アイテムボックスからアイテムを取り出したのだ。
それをぽとりと地面に落とした瞬間。
ぶしゅうぅっ、と音をたてて白い煙が辺りに立ち込めた。たちまち煙はフード男の姿を包み込み、俺たちの足元まで広がってくる。
煙幕――ッ!?
キラリと煙の中で白刃が閃いたのが見えた。
「っ!?」
俺はミヤの胴に右腕を回して自分の背後に隠し、煙の中から飛来してきた三本の投げナイフを左手の剣で打ち払う。弾かれたナイフは空中でぎゅるぎゅると高速回転して石畳にそれぞれ突き刺さった。
煙幕に乗じて、本体もくるか――!?
俺は剣を構えなおす。だが白い煙の中で人影が奥へ去っていくのが見える。
当然の選択だろう。四対一では相手が〈ディカイオシュネ〉のような狂った奴でもない限り結果は見えている。
フード男にとっては狙っていたらしい〈スクトゥム〉の男を殺したようだし、早々に逃走するのが最善策だった。
俺が戦闘状態から臨戦態勢へと意識を落ち着かせた瞬間、ミヤがどんっと俺の胸を押して突き放した。思わず俺はたたらを踏んで尻もちをついてしまう。そんな俺をミヤが上から覗き込むようにして見下ろした。
「余計なことしないでって言ってるでしょ! 自分の身くらい自分で守れるわよ!」
「いや、ミヤちんってば今の投げナイフにも気づいてなかったじゃん!? ちょっと頭冷やせって!」
「うっさい! なによ、自分はCSNゲームかじったことがあるからって先輩面!? 私だってこの二ヶ月近くでもうだいぶ成長したのよ!? いっつも後ろで怠けてるあんたと違ってちゃんと前衛してたのよ!?」
ミヤが成長しているのは事実だ。現実世界で”神の足”を持っているというのも手伝ってかなり凄腕のプレイヤーになりつつあると思う。だが――
「そんなこと言ってるんじゃない! 相手は対人戦に慣れた奴で犯罪者だから言ってるんだ! 落ち着いて対処しないと足元をすくわれるって言ってるんだよ! 対人戦じゃお前はまだ初心者なんだよ、バカ!」
「バ、バカァ!? 言ってくれるじゃない! いいわよ、私が一人でも大丈夫だって証明してあげるわ! あんたはいつもみたいにそこでサボってなさいよ! 私が捕まえてやるから!!」
言うや否やミヤが跳躍する。信じられないジャンプ力だった。余裕で煙幕の上を飛び越えていく。
さすがは脚力関連スキルを徹底的に上げているだけある。
しまった。ミヤの性格を考慮していなかった。あんなことを言えば負けず嫌いのミヤだ。売り言葉に買い言葉でこうなることぐらい予想できたのに……!
「待つんだ、ミヤッ! 相手は殺る気まんまんの犯罪者だぞ! 絶対に手はだすなっ! おい、ミヤッ! 聞いてるのかっ!? ミヤァアァッ!!」
だが煙幕の向こうからの返答は――ない。
くそっ、あの馬鹿っ! 暴走しやがって……!!
「ナーガッ!!」
俺は焦燥感を露わにしながら後ろへと振り返った。するとどうだろう、俺が言うまでもなくナーガは地図を見ていた。右手の親指で艶のある唇を押さえている。ナーガが考えている時の癖だ。
彼女は今、思考している。どうすればフード男を捕まえることができるか。フード男の逃げた方向を考え、こちらの戦力を考え、この複雑に入り組んだ路地裏の地図を見て作戦を立てている。こういう時は慌てず騒がずナーガが指示をだすのを――
「セイギくんッ! そのまま奴とミヤを追って頂戴ッ! トラくんはそこを曲がって道なりにっ! 私は大通りへの道を塞ぐわ! うまくやれば行き止まりに追い詰められるわよ!」
「「了解ッ!」」
ナーガの指示に俺たちは同時に三方向へ走りだしていた。




