第一五話 『死=事実上のドロップアウト』
「有難く思うのじゃ。あの龍娘がお前を気に入ったから【CHA】が1になっておるのじゃぞ」
チュートリアルドラゴンが発していた言葉からすると『気に入った』というより『目を付けられた』という印象の方が強いんですが、それは……。
俺はハハハと乾いた笑いを漏らす。
「…………そういうことだったのね。セイギくんだけがおいしいクエストを見つけてくる理由は【CHA】が『1』だったから……【CHA】がフラグになっていたと考えれば納得がいく話だわ。これは大きな、とても大きなイニシアチブね。……【CHA】を上げてもらえた条件はおそらく『チュートリアルドラゴンの眼を攻撃』、かしら。……それしかセイギくんの特別な【行動】に思い当たるふしもないわ。……ということは、チュートリアルドラゴンを倒す方法は間違っていなかった……? もしくは、足りなかった……?」
ナーガさん、ナーガさん。何もこんな時にチュートリアルドラゴンの攻略法を考え直さなくても……。まあ、俺たちヘビープレイヤーの性なんだろうけどさ。
「にひひ。なるほどねぇ。ちょいと困難すぎる上昇条件だぁね。この難易度なら【CHA】の情報がまったく出てこないのも頷けるよねん」
「かりすまがあってもなくてもかんけいないのよぉー! セイギだからよぉ! 白ウサギ、しってるおー! セイギなかまおもいー! げーむますたー、まかせられるー!」
仲間想い――その言葉に俺は呆気にとられた。ミライは優しく微笑むと〈白ウサギ〉の頭を撫でた。すると〈白ウサギ〉はくすぐったそうにけらけら笑う。
「えぇー、こいつが仲間想いですってぇ? 人を池に蹴り落とすような奴よ?」
うるちゃい。それはちょとしたオチャメじゃないか。
「でも、一番の攻略を目指すとなると――いよいよ死ねないね」
ミライが言ったその台詞に室内の時が止まった。
彼女がそう言うまで誰も、俺も気づいていなかった。
その言葉の意味を悟り、各々の頬に脂汗が伝う。
確かに……言われてみれば、そうだ。
『ワールドマスター』は死ねばキャラクターデータが削除される。
やり直せばいいだけの話、確かにその通り。だが『ワールドマスター』開始から二カ月近く経った今、死ねばトップ集団に混ざりなおすというのは確実に不可能。理由はあまりにも簡単、現在のトップ集団とレベル差が開きすぎるからだ。
死んでしまった者がどれだけ必死にレベルを上げたとしても、その間にトップ集団とて必死に成長している。この追いかけっこは永遠に続く。それが二カ月分ともなればあまりに長い距離。
つまり、死=事実上のドロップアウトってことだ。
一度でも死ねば二度とトップ集団には戻れない。
誰よりも先に攻略というのは叶わない。
そして死は仲間との別れも意味する。
もし途中で俺たち五人のうち誰かが死んだと仮定しよう。そいつが生き残った者と一緒に行動を共にできるレベルまで成長するのを、生き残った者はただ待っているわけにはいかない。
生き残った者たちは一番の攻略を目指して成長し、先へ進まなければならないからだ。
そうなると死んだ仲間はレベルの違いから俺たちと共に行動できなくなる。
だから死は、この世界でたった独りだけ取り残されることと同義なんだ。高速で走る列車から零れ落ちた者は二度とその列車に乗ることはできない。
緊張感が俺たちを包んだ。
今までとは違う明確な死ねない理由に自ずと身が引き締まる。
「改めて言っておこうかの。日本を管理する人工知能として、この世界に生きる情報生命体の一人として――お前たち五人に『ワールドマスター』の攻略を依頼するのじゃ。お前たちの手で日本を守って欲しい」
〈黒ウサギ〉は俺をじっと見つめた。プレッシャーかけるのやめてっ、かぐやたん!
「まあ、《シグナル》や《ハッカー》も動いておる。お前たちは最良の結果を儂に提供するだけじゃ。気楽にやればよい」
〈黒ウサギ〉は彼女らにも俺と同じように嘘をついた。
俺は視線を下にして彼女らの様子を伺う。
驚いたことにナーガの手が僅かに震えていた。
ああ、そうか。頭の良い彼女だからこそ、〈黒ウサギ〉の嘘を見抜いたのだろう。事の重大さ、難しさを人より深く理解したのだろう。《シグナル》や《ハッカー》では『ワールドマスター』は攻略できない。数多くのプレイヤーの中から自分が『日本を救う切り札』として選ばれてしまったのだということを彼女は理解したのだ。
その現実を、日本を守るというプレッシャーはあまりにも大きい。
「大丈夫、誰も死なせないよっ! わたしがみんなを守るんだもんっ! いいえ、わたしたちが――現実の世界に住む人類を守るんだよっ! わたしたちがっ!!」
いきなりミライは立ち上がった。
「できるよっ! わたしたちならできるよ! わたし手伝っちゃうよっ! どっちにしても一番最初に攻略するつもりだったし、その目標に明確な理由がついただけだよっ。ね、まぁくん!」
ミライはむふぅと鼻息を荒く鳴らす。
「……分かった。〈黒ウサギ〉、その依頼、俺たちが受けるよ」
「…………ああ、頼む」
「それで……『ワールドマスター』を攻略するってつまりどういうことを指しているの? 具体的に何をすればいいのかしら」
ナーガの質問に〈黒ウサギ〉はぴたりと動きを止めた。だらだらと彼女の頬を汗が流れている。
明らかにその解答に困っていた。
あ……これ……まさか……。かぐやたん……。
「…………はあ」とナーガは思わず額に手をあてた。
「…………もしかしてだけど……知らないわけ……ないわよね? はははは」
ミヤの乾いた笑いが空間に響く。
「し、知っておるぞ。ほら、あれじゃ。とにかくこの世界の戦争を止めるのじゃ!」
「おおざっぱすぎる! メインクエストのことぐらいパーソナルメモリーに入れておけよぅ!」
「う、うるさいのじゃっ! 話は終わりじゃ! 儂は忙しいのじゃからな! お前様らはさっさと戦争を止めてくるのじゃ!」
しっし、とかぐやは手で追い払う仕草をする。
これ以上ここにいても情報らしい情報は出てこなさそうだった。やれやれとばかりにナーガたちが席を立った。
忙しい忙しいと言いながら机に乱雑に積まれた古書を手で床へ叩き落とすかぐやの背中に俺は声をかけた。
「なあ、〈黒ウサギ〉。お前、俺たちと一緒にこないか? もう何の権限も無くて知識もプレイヤーと同じになったんだし、目的だって俺たちと同じ……それなら俺たちと一緒に行動してもいいだろう」
その言葉にかぐやの耳がぴくぴくっと動く。
「ふ、ふん。さてな、どうするかの……。お前様らと行動するのは疲れそうじゃからのぅ。じゃ、じゃが現状、儂もお前様らに力を貸すのがベストじゃからなぁ。う、うむ、そうじゃの、仕方がないのぅ。これは仕方ないのじゃ。試せることを試し終えたら、その時は儂も合流してやろうかの、仕方なくな」
おーおー、意地っ張りめ。どうせ権限全部失ってやることもないだろうに。
「にひひ、その時はよろしくねん、かぐや。首を長くして待ってるよん」
トラの気さくな言葉にかぐやはふんっとだけ鼻を鳴らした。
そんな彼女にナーガやミヤがくすくすと笑う。
俺はそんな和やかな様子の彼女らから視線を窓の外へ移して頭の中を整理し始める。
窓からはジョルトー城が見えている。あの爆弾で吹き飛ばされた屋根から黒煙はもう出ていない。
ナーガが謁見の間で撒き散らした炎も無事に消化できたようだ。
捕えられたフェレアさんは今頃どうなっているだろうか。
おそらく姉のミレア女王に監禁されていることだろう。もしかしたら俺たちの情報を引き出そうとしているかも知れない。できるだけ早く助け出したいところだが……はっきり言って追われている身の現状では難しい。それに今日の件で警戒も強まっているはず。夜の闇に乗じてジョルトー城へ忍び込み、フェレアさんを奪還するのは簡単じゃないだろう。
それにうまくいったとしても根本的な解決にはならない。むしろジョルトー城から姿を消せばフェレアさんの立場をより悪くするだけだ。となると、フェレアさんには悪いけど監禁されたままでいてもらった方がまだ安全。それにミレア女王もあの時は頭に血が昇っていたが、冷静になればフェレアさんの話に耳を傾けてくれ可能性もある。
とは言っても、フェレアさんと連絡はとりたい。俺たちはこの世界で、どの国とどの国が争っているのか……どんな戦況なのかよく知らない。戦争を止めるのならジョルトーの皇女であるフェレアさんの力は様々な国に影響力を持っているはずだ。それにフェレアさんは戦争を止めると言っていた。俺たちも日本を取り戻すため――『ワールドマスター』攻略のためにこの世界の戦争を止めなければならない。互いの目的も一致しているし協力しない手はない。やっぱり、どうにかしてフェレアさんと連絡をとる方法を作らないと……。
もしくは俺たちの嫌疑が晴らせれば良いんだけどな。これがこのこんがらがった状況を一番単純にできる方法だ。俺たちの嫌疑が晴れればフェレアさんの嫌疑も晴れる。ミレア女王に現実世界で起こっている問題も話して俺たちと利害が一致していることを分かってもらえれば俺たちはこの世界でかなり動きやすくなる。
うん、やっぱりこれだな。このジョルトーで爆発騒ぎを起こしている真犯人を捕まえることが先決。そうすりゃ芋づる式に良い方向に向かっていって大団円だ。
けどなぁ、相手は日本を乗っ取っちゃうようなクレイジーテロリストの《リベレイター》。そう簡単に尻尾を出してくれるとは思えな――
まさにその瞬間だった。
視界にジジッとノイズが走ったと思えば、ひっくり返るような爆音とともに城下町全体が揺れたのだ。
ちょうど窓から外を見ていた俺は目撃してしまった。
城下町にある建物の影から炎があがり、黒い煙が吹き出されるのを。
おいおいっ……!!
視界のノイズ……爆発……! まさか――!
俺はすぐにテラスへと向かい音がした方へ眼をやった。小高い丘の上に立つ館だからよく場所が分かった。住宅街の方で黒い煙がもうもうと立ち昇っているではないか。
その爆発にこの部屋の全員が何が起こったか悟ったことだろう。
俺を追いかけてテラスへと出てきたかぐやはその立ち昇る煙を見て眼を見開く。
「あの煙って……! 《リベレイター》よね!? あそこに《リベレイター》がいるの!?」
誰に言うでもなくミヤが問う。
「あれは……間違いないぞ……! 場所は大通りに近い……! まさかあんな人通りが多い場所で使うとは……! 《リベレイター》の奴ら、本当にどうかしておる……!」
大通りに近いということはプレイヤーに被害が出ているかも知れない。爆発に巻き込まれたプレイヤーが現実世界でどうなってしまうのか《リベレイター》の奴ら分かっててやってるのかよ……! この世界が無法地帯になっているからといって、見境なしに暴れてくれるもんだ……!
「っ……! 尻尾を出しやがった……!! 絶対に捕まえて俺たちの疑いを晴らすんだ!」
「ええ! いきましょう! そんなに遠くはないわ!」
俺たちはテラスの手すりを越えて宙へと身を躍らせた。
だが一人だけテラスであたふたと戸惑ってる人物がいた。言うまでもなくミライである。
「み、みんな待ってよぉー! ふつう二階から飛び降りる勇気ないよ~っ!」
〈白ウサギ〉を胸に抱きかかえたまま、ミライがテラスからそう叫ぶのが聞こえる。
だが俺たちは振り返りもせず、煙が立ち昇る方向へと駆けていくのだった。




