第一四話 『『ワールドマスター』の原形』
「…………なんてことなの」
かぐや――〈黒ウサギ〉の話を聞いた第一声は、ナーガの言葉だった。
「歴史上……最も大きなクラッキング、だわ。それもこれは、かなり高高度な技術者が関わったものね。しかも、日本の公的機関に内通者――それもかなりの内部に《リベレイター》がいるとみて間違いないわ。きっと多くの内通者がこのテロを補佐しているわね」
あれから俺は城下町に潜んでいたミライたちを〈黒ウサギ〉の館へと呼びだした。
最初は正一位の人工知能〈黒ウサギ〉を目の前にしているということもあり興味津々でソファに座していたミライ、ミヤ、ナーガだったが、〈黒ウサギ〉の話が進むにつれてその表情は暗く沈んでいった。ちなみにソファは三人がけのため、俺とトラは三人が座るソファの後ろで立って話を聞いていた。
「そこに気づくとは相変わらずナーガの頭脳は人間にしておくにはもったいないのぅ」
「ふぅ。まったくひどい窮地だわ。かぐや、あなたが〈黒ウサギ〉だったことにも驚いたけれど、日本の現状はそれ以上に驚きね」
ナーガは心を落ち着かせようとしているのか、テーブルに用意されたミルクティをゆっくりと口をつけた。
「そもそも犯人に目星はつかないの? 〈黒ウサギ〉ならそのウィルスを持ち込んだプレイヤーを追っていけば――あ、ダメか」
ミヤは言いかけて自分で納得した。そう、犯人は分かるはずがないのだ。管理者の権限を失った〈黒ウサギ〉はもはや何のデータも覗けないただのプレイヤー同然。『ワールドマスター』は現在、誰のものでもない不可侵領域であると同時に無法地帯になっているのだ。
そこらに歩いているプレイヤーが日本の誰か、誰も分からない。〈黒ウサギ〉も、《シグナル》も《ハッカー》もだ。それはつまり例えばだが、『ワールドマスター』内で『俺はリベレイターだ』とはばかりもせず公言するプレイヤーが現れたとしても公安は逮捕どころか、どうすることもできないという意味でもある。
誰からも干渉を受けない世界――まさに奇怪な異世界となっているのが現状だった。
「ねぇねぇっ! みんなに呼びかけようよっ! チュートリアルドラゴンと戦った時みたいにみんなで協力すれば悪者なんてすぐに捕まるよっ!」
少し暗くなったみんなの雰囲気を悟ってだろう、いつもよりさらに明るい声でミライがそう提案した。だがミライの膝に座っていた〈白ウサギ〉がじたばたと暴れる。
「だめー! それだめー! しげき、よくない!」
「〈白ウサギ〉の言うとおりね。サイバーネットワークに攻撃をしかけるような過激な連中よ。彼らを不利な状況に追い込むような事をすればリアルでどんな行動に出るか分からないわね。日本が人質にとられていることを忘れてはいけないわ。交渉材料のつもりならこちらが口をつぐんでいる間、日本は安全……いえ、違うわね――これは……本当にまずい状況だわ……」
そう、本当にまずい状況だ。いつ《リベレイター》が『日本の電力を止められたくなければ〇〇しろ』という脅迫をしかけてきてもおかしくないのだから。
ミヤは、唇に親指を押さえつけて考え込みはじめたナーガから〈黒ウサギ〉へと意識を代え、右手をあげた。
「素朴な質問をしていい? 〈黒ウサギ〉はどうしてセイギにこんなことを任せようと思ったのよ。ってか、どうしてこいつなの? どこか知り合いだったような口ぶりだけれど」
うん、ツッコまれるよねぇ、そこは。俺はかぐやたんに向かって腕を交差させて『×』を見せる。かぐやたんは俺の方をちらりと見て、ミヤに向き直った。
「こやつとは今日初めて話したのじゃ。こやつを選んだ理由は【CHA】が『1』だったからじゃの」
「「「なっ!?」」」
みんなが絶句していた。はっはっは、驚いただろう? 俺も聞いた時、超ビビったよ!
「セ、セイギくん、どういうこと!? 【CHA】が上がってるの!?」
「うそでしょ!? なんでもっと早く言わないのよっ!」
えぇぇえっ!? 言ったし! 信じてくれなかったし! 受け流されたし!
「まあ、俺はチミたちのような凡夫とは違うということだよ、ハハハ。【CHA】が『1』になったことで俺の強さにまた磨きがかかっちゃうなー、はっはっは! きっと【CHA】があることで特殊スキルとか覚えちゃうんだぜ!? 参っちゃうよね、たはー!」
「はやまるなでない。【CHA】はせめて『3』にならないと意味がなかったと記憶しておる。『1』程度じゃクエスト関連は優遇されても直接戦闘に関係してこないはずじゃ」
「えぇっ、関係ないのかよっ! よし、『3』まで上げるから方法を教えろ! その方が誰より早く攻略する可能性が高くなるじゃん!」
「……分からないのじゃ」
「なにゆえっ!? 〈黒ウサギ〉が作ったんだろうがっ!」
問い詰める俺からの視線を避けるようにかぐやたんはふいっとそっぽを向いた。
「分からないものは分からないのじゃ。今の儂は『ワールドマスター』に触れる権限を無くしておるのを忘れたのかや。攻略法や詳細情報なぞいちいちパーソナルメモリーに入れているわけがなかろうが。そう云うものは『ワールドマスター』のデータを覗かなければ儂とて分からないのじゃ。儂が覚えているのは『ワールドマスター』の触りくらいじゃの。クエストやアイテム、スキルといったものはもうお前様たち、プレイヤーの方が多くを知っておるじゃろうてな」
「つ、つかえない……!! 元ゲームマスターなのにっ! 使えないっ!!」
「な、何を言うかっ! 生意気なっ! お前様より万倍は頭が良いのじゃっ!」
かぐやたんはまるで癇癪を起こした子供のようにぷんすか怒っていた。
「ふんっ、それに儂はもとより『ワールドマスター』の全貌など知らんでな。ゲームマスターと銘を打ってはいるものの名ばかりの存在じゃからの。この世界を改変したり増減する権限など最初から誰にも存在せんぞ」
「……え? 〈黒ウサギ〉ちゃんが『ワールドマスター』を創ったんじゃないの?」
ミライが不思議そうに首を捻る。現実の世界での認識もそのはずだ。『ワールドマスター』の開発者は〈黒ウサギ〉のはずだ。
だから俺も一から十まですべて〈黒ウサギ〉が組み上げた世界なのだと思っていたけど。
……違うのか?
「儂が創ったわけではないのじゃよ。そもそも『ワールドマスター』の原形は何十年も前から存在したのじゃ」
ぽつぽつと〈黒ウサギ〉は語り始めた。
何十年も前、ある人物が趣味と暇つぶしで世界創造のシュミレートをしていたのがきっかけだったらしい。例えば『この仮想物質がもし恐竜の時代からあったら世界はどうなっていたか』とか『摩訶不思議なエネルギーが存在していたら世界はどうなっていたか』とか『猿ではなく犬や猫がヒトとして進化していたら世界はどうなっていたか』とか、初代人工知能である《マザー》の演算能力をハッキングして無断で使用し遊んでいたらしい。
だが、そんな遊びに人工知能たちが目をつけてまさかその世界に住んでしまうことになるとはその人物も思っていなかっただろうし、興味深げに様子を観察しながら死したことだろう。
兎にも角にも、そのシュミレートされた様々な世界こそが『ワールドマスター』の原型なのだとか。そこから各世界は人工知能たちにより独自の発展を遂げ、独自の文化を築き、滅び、復興し、何十年もかけて現実世界の裏側で育っていったそうな。
そして〈黒ウサギ〉は――いや、〈黒ウサギ〉を含めた正一位の人工知能たちはある時『人類を自分たちの世界に招こう』と考えたらしい。そう考えたのは自分たちが育った土地を自慢したい、というとても単純で人間が持つ『地元愛』などといった土地への執着に近い感情だったのかも知れない、と〈黒ウサギ〉は言った。
しかし、どうすれば人間を自分たちの住まう土地へ呼び込むことができるのか。〈黒ウサギ〉は思案し、ついに思い至る。
ゲームということにしてしまえばいいのだ、と。
元々、そのシュミレート世界における人工知能たちは自分たちの能力を数値化したいわゆるステータスのようなものは存在していたそうな。
そこから〈黒ウサギ〉は色々な設定を後付けしていったらしい。
人類がこの世界を分かりやすく理解できる設定――決まり事を作っていったらしい。
情報生命体たちによく需要のある食料や材料をとってくる仕事を『クエスト』と称して人類に可視できるようにし、この世界で行動できることそれぞれを『スキル』と名付けて人類でも熟練していけば数値が上がるようにし、この世界にあるそれぞれの物を『アイテム』として命名し――。
あたかもこの摩訶不思議な世界をCSNゲームをしているような感覚になるよう様々な仕掛けを施したのだという。故に、〈黒ウサギ〉がやったことは俺たち人類に対して『そう見えるようにしただけ』であって決して世界を創ったわけではないらしい。
あくまで俺たち人類がゲームをプレイしているような感覚にさせただけ、なのだとか。
「ああ、そういえば一つ儂が作った世界はあったのぉ。ほれ、チュートリアルじゃ。あれは儂が組み上げた世界じゃよ」
ふむ、そういえば確かにチュートリアル世界のNPCたちは壊れたラジオみたいに同じ言葉しか話さなかったな。あれは人工知能が入っていないから……〈黒ウサギ〉が用意した世界だったからってわけか。
「それじゃあチュートリアルドラゴンもお前が作ったのか」
「ははは。あやつは北アイルランドを管理する正一位の人工知能じゃよ」
えー……。チュートリアルドラゴンさんって正一位の人工知能だったの? 人類みんなで北アイルランドの人工知能とバトってたの、あの戦闘って……。
何やってんの北アイルランドの管理者……。暇なの?




