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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR1 『始動するワールドマスタープログラム』
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第七話 『“魔王”が復活する』

「は? いや……え? どういうこと? “魔王”が、なんだって?」


「《ディカイオシュネ》の創設者にしてセルズリーダー。二年間、姿を隠していた彼が――“魔王”が『ワールドマスター』に参加するという表明を出したのよ」


「あー、えっとね、正義くん。その話、忘れてたよん。電話で言いかけたんだけど、俺もそれを正義くんに伝えようと思ったんだよねん」


 ぼそぼそと虎雄が俺に耳打ちしてきた。

 思い出すのが遅いよ、虎雄くぅーん!?

『“魔王”が復活する』なんて何のファンタジーゲームのお話ですか、と言いたくなるような台詞に絶句していた俺をよそに彼女は言葉を続ける。


「私は……彼が、どうして私たちを裏切ったのかその理由を本人から訊きたいのよ」


「へ、へぇ! 《ディカイオシュネ》が解散したのって“魔王”が裏切ったからだったんだ! “魔王”はきっと自分勝手で暴虐非道な変人なんだろうね!」


 虎雄くん、そんなこと言ってると暴虐非道な“魔王”様にぶち殺がされちゃうよ!?

《ディカイオシュネ》がどうやって解散したのかはよく知っている。

 あるCSNゲームでの話だ。

 そのCSNゲームでは一年に一度、全世界の最強セルズを決める世界戦が行われる。TV番組で放映されるほど注目される大会で、多額の賞金も出る有名な大会だ。世界的にも優勝最有力候補だった《ディカイオシュネ》は多くの予想を裏切り日本予選の第二戦で敗退した。

 彼は、“魔王”は誇り高い世界戦を汚したのだ。当時のサイバーネットワークが“魔王”への批判、誹謗中傷で溢れ返るほどの大騒ぎになった。

 それもそのはず、敗退した原因は“魔王”の裏切り――対戦相手との八百長と呼ぶべきものだった。

“魔王”は対戦相手と結託し《ディカイオシュネ》のメンバーを皆殺しにしたのだ。

 今まで慕ってついてきた部下を――仲間を、リーダーである彼はその手で一人残らず虐殺した。

 そして――《ディカイオシュネ》は解散した。

 それ以降、“魔王”はCSNゲームに姿を見せていない。

 この――二年間、一度も、だ。

 その“魔王”が……参加表明だって?


「たしか……噂じゃ“魔王”は味方を裏切る代わりに多額の金を対戦相手から受け取ったって話だったっけか? まさに鬼畜外道の所業だよなー」


 俺はやれやれと紳士的に首を振ってみせた。まあ、何にしても信じてついていっていた奴に裏切られたとしたら《ディカイオシュネ》のメンバーもそうとう腹に据えかねる想いを抱いたことだろう。

 そりゃもう見かけたらぶち殺がすぞってくらいに。


「――いいえ。彼はそんな人じゃないわ」


 だが、俺の予想に反して永森さんは首を振った。俺は、ゆっくりと彼女へ視線をあげる。


「彼は確かに“魔王”と呼ばれる破天荒なことを平気でやってきたわ。恨んでいる人も、敵が多いのも事実だわ。……でも、少なくとも私たちは……《ディカイオシュネ》のメンバーは文句を言いつつも彼を好意的に思っていたわ。それは彼の外道染みた行動の裏には必ず彼なりの筋道――『正義』があったからよ。彼が金で買収されたなんて噂……私は、いえ《ディカイオシュネ》メンバーは誰一人信じていないでしょうね」


 その“魔王”に想いを馳せるかのように永森さんは窓へと視線をやる。その表情は大人びた雰囲気が抜け落ち、歳相応の少女の顔が覗いていた。


「だから、きっと何かあるはずだわ。『七つの未攻略クエスト』を一緒に戦ってきた仲間全員を殺してまで成さなければいけない『正義』が……彼にはあったはずなのよ。だから私は……いえ、私たちは“魔王”が裏切った時――素直に殺されたのよ」


 彼女は何でもない風にそう肩をすくめ、自嘲する。

 その苦しい笑顔は俺の胸を強烈なまでに締めつけた。

 胸の奥底から沸きあがってくる感情を俺は必死に抑えこむ。

 気づけば握った拳に血が通わず真っ白になっていた。

 いかんいかん。柄にもなくシリアスな顔になってそう。俺は自分のプリティーフェイスを両手でもにもにとよく揉んでおいた。シリアス退散、シリアス退散!


「私が『ワールドマスター』に参加する理由はそんなところだわ。“魔王”を見つけだして問い詰め……必ず殺すわ」


 ちょっ、えぇえぇ!? 殺すの!? 殺しちゃうのっ!? やめたげてぇえっ!


「あれ? どうしたの、まぁくん? 真っ青な顔でがくがく震えちゃって……」


「な、ななな、なんでもなぃよぅ?」


 虎雄を見ると、彼は両手を頭の後ろで組んでいつものように「にひひひ」と能天気に笑っていた。

 そして、その眼は俺に問いかけていた。


 ――で、どうするのさ?


 俺は思わずため息をついていた。

 窓から外を見つめ、永森さんたちから聞いた話を頭の中でゆっくりと噛み締め、整理する。

 人類への挑戦状……死んだらデータ削除……一つのCSNゲームに集結する大手セルズたち……賞金一〇〇億円……そして“魔王”の復活だって……?

 それら、どの要素も俺の興味を惹くものだった。

 今なら素直に思う。

 面白そうだ、と。

 ……『ワールドマスター』か……。

 参加するつもりなんてなかった。もう二度とCSNゲームはしないと決めていた。

 が、話を聞いた今……俺はまったく別の方向へ動こうとしている。まだ昔、CSNゲームが面白くて面白くて仕方がなくて、熱中していた時のことが思い返される。

 二年間、続いた俺の決意はこの数十分で音をたてて――完全に崩れ去っていた。


「……で、何時なんだ?」


「ほぇ?」と未来の間抜けな声が返ってくる。


「『ワールドマスター』が正式サービスを開始する時間は」


 俺は三人へ振り返ってそう問うた。


「にひひひ、一六時だよん」と虎雄は嬉しそうにそう答えた。


「まぁくん! もしかしてっ!」と未来が俺に身を乗りだす。


「ああ、俺も『ワールドマスター』に参加する。未来、お前のセルズに入れてくれ」


「まぁーくーん! やったやった! まぁくんとなら何があっても平気だよっ! 一緒に人類の命運をかけた戦いに挑もうっ!」


 本当に嬉しそうに笑って未来が胸にとびついてきた。そして右拳を天へと突き上げる。


「わたしたちが一番に『ワールドマスター』を攻略するぞー! えいえい、おーっ!」


 えぇっ!? 未来さんってば一番に攻略するつもりだったのっ!?


「人数が増えるのはいいことね。改めてよろしくして頂戴。早速だけどCSN同好会の会室に移動しましょう。美耶子も待っているはずだわ」


 俺たちはさっさと会計を済ませ、カフェを後にした。




【二一五三年/四月二七日/土曜日/一五二三時/現実/城東学園・管理棟】


 二人に連れられて、やってきたのは学園の管理棟だった。

 一室の前で未来は立ち止まり、携帯端末からキー機能を呼び出すと、扉の読み取り機にかざす。鍵の開く音がすると、彼女はドアノブに手をかけ勢いよく開けた。


「ようこそ、CSN同好会へっ!」


 開けた扉の先――室内には先客がいた。

 栗色に染めた髪を青いリボンでツインテールにした少女だ。

 溶けかけたアイスを咥え、ソファに寝転んでポータブルゲームをピコピコやっていた。

 ピンクのパーカーを着ており、未来よりも短いプリーツスカートから細く白い――綺麗な足が覗いている。

 猫のような眼をした見るからにツンデレタイプの少女は、未来と永森さんの後ろにいた俺と虎雄を見ると、アイスを咥えたままもがもがと言葉を発した。


「あんはらもわーるふぉまふたーはんかひゃ(あんたらも『ワールドマスター』参加者)?」


 俺は本能で感じ取っていた。

 間違いない。コイツ……からかうと楽しいだろうな、と。




【二一五三年/四月一五日/月曜日/一七四〇時/現実/城東学園・グラウンド】


 私、一之瀬美耶子は――疾るのが好きだ。

 耳元でびゅうびゅういう音が好きだ。

 ぐん、と視界が狭くなるのが好きだ。

 まるで足から羽根でも生えたかのように、ふわりと身体が浮くのが好きだ。

 全力で疾ると、まるで世界が、時が止まってしまったような感覚に陥る。

 ただ私だけが世界でただ一人、足を動かし世界を――時を進んでいる。そんな気分になる。

 だから私は疾る。ゴールに向かって、ただただ真っ直ぐに誰よりも速く――

 私がまだ物心ついたばかりの頃、ある物語を今は亡き父から聞かされた。

 それはギリシア神話に登場する英雄アキレスの話だった。

 彼は半人半馬のケイロンに預けられ、育った。そんな彼が青年になる頃には馬よりも速く疾れるようになっていた、というお話。

 馬よりも速く疾るというのはどんな気分なんだろう。どんな風に彼の見る景色は流れていくのだろう。それが知りたくて、アキレスになりたくて、私は疾りはじめた。

 鬼ごっこ――誰も私に追いつけなかった。私はアキレスになるのだから。

 短距離走――誰が相手でも私は一番だった。私はアキレスになるのだから。

 中学生になった私は当然のように、陸上部に入部した。

 地区予選、全国大会――誰も私の前を走れなかった。私はアキレスになるのだから。

 高校一年生の夏、私はメディアに取り上げられた。

 日本記録を更新したのがたったの一五歳だったからだ。

 メディアの見出しには“神の足”とあった。まんざらでもなかった。

 私は――誰よりも速い足を持っている。

 世界中の誰よりも、と付け加える日は遠い話じゃない。

 そう、確信した。

 でも、それでも私はもっと速く疾りたい。もっともっと――何よりも速く――

 アキレスになりたかった私はいつしかアキレスを追い抜きたいと思うようになっていた。

 アキレスの――さらに先の世界を見たいと思うようになっていた。


「あの子が“神の足”一之瀬美耶子!? すっげ、噂以上に可愛いじゃんか! ウェアから覗く生足もサイコーっ! あのすべすべした“神の足”に触ってみてぇよ~っ!」


 グラウンドの金網に齧りつくように、男子生徒たちがこちらを見ていた。


「おい、こっち見たぞ! 手ぇ振れ、手っ! 顔覚えてくれっかもっ!」


「ばかっ! うるさいってお前! 恥ずかしいだろっ!」


 私は見学にきていた彼らから視線を外し、バッグからタオルを取り出して汗を拭う。

 胸元を拭うと、おおおぉっ、というどよめきが金網の向こうから聞こえた。

 ……そろそろ我慢の限界だ。男は本当に馬鹿ばかりだ。ベンチでもぶん投げてやれば帰るだろうか。いや、それより明日、少し早めに来てあの金網に瞬間接着剤を塗っておくのはどうだろう。

 きっと手が金網から外れなくなって…………おもしろそう。


「もう、美耶子ったら。眉間に皺寄せてないで手くらい振ってあげたら?」


 苦笑いを浮かべながら友人のスズが声をかけてくる。


「…………どうしてあんな野獣たちに愛想良くしないといけないのよ。それに――」


「? それに?」とスズはオウム返しして首を傾げる。


 私が興味あるのは速く疾ることだけだ。ずっとそうだったし、これからもそうだ。

 私はもっと速く疾りたい。もっともっと誰も私に追いつけないくらい速く――


「……男はすぐエッチな目つきするから嫌い。考えてること丸分かりよね」


「陸上ウェアは露出度高めだからねぇ。仕方ないんじゃないかなぁ」と、彼女はくすくすと笑っていた。


 私はベンチに腰かけてクーラーボックスからアイスを取り出した。封を開け、はむと口に咥えるとソーダの味が口内に広がっていく。


「美耶子。練習中にアイスを食べるのはやめなさい」


 上下揃えたジャージ姿の女性が私を嗜めた。トレーニングコーチの渡さんだった。

 渡さんは「よっこいしょ」と声にだして私の隣に腰かける。彼女はオリンピック元日本代表選手だ。今は個人のトレーニング施設を設け、選手育成に励んでいる。そんな人がなぜ強豪というわけでもないうちの陸上部にいるのか。それは何を隠そう私が理由なのだ。

 渡さんはわざわざ私のために、一時間も車を走らせて個人指導しにきてくれている。

 そこまでされるとこれまで以上に頑張らないといけない。だというのに――


「また……タイム落ちたのね」


 なぜ落ちたのか分からない。今まで以上に練習をしているのに……。誰よりも私は疾ることが好きなのに……! 寝ても覚めても疾ることしか考えていないのに……!

 もがけばもがくほど泥沼に沈んでいくかのように身体は重くなっていく。

 疾ることが苦痛だと感じるぐらいに。このままじゃ疾るのが嫌いになりそうだった。

 どうして遅くなるの!? どうしてっ……! 私の足は“神の足”じゃないの……!?

 私は目から溢れる熱いものを止められず、静かに嗚咽した。


「……美耶子…………。陸上から離れてみたらどう?」


 その言葉はまるでもう私がダメだと言われているようで、深く私の胸をえぐった。

 呼吸が止まりそうになった。手が、体が、足が震えた。

 どうすればいいか分からない。

 もし私から疾ることを失ったら私は何をすればいいのか分からない。


「……勘違いしないで美耶子。スランプは誰にでもあるのよ。私も初めてスランプにハマった時はそりゃもう落ち込んだものよ。何をやってもダメで、焦って練習すればするほど逆にタイムが落ちて……どうやったら抜け出せるのかも分からなくて、それはもう……悩んだものよ」


 渡さんが左足を動かすと、金属が擦れ合う――機械仕掛けの音がした。


「そこでね。私は思ったの。どうせ何をやってもダメなら、いっそ練習なんかやめて遊んじゃえって。どれくらい遊んだかは覚えてないけど、ある日、急に走りたくなってね。気づいたらスカートのまま車道を全力疾走してたわ」


 渡さんらしい。ぷふっ、と思わず私は笑ってしまう。渡さんは顔を赤くすると、わざとらしく咳払いした。


「……えーっと、私が言いたいのわね。根を詰めすぎるのはよくないってこと。なるようにしかならないこともあるのよ。だから、陸上から一旦離れて遊びなさい。ほら、ニュースになってたCSNゲームが近々開始するらしいじゃない。最近の高校生はみんなやっているんでしょ? 友達とゲームでもして気分転換してみたらどう?」


 ゲームなんかに興味なんてない。そんな暇があるのなら私は疾りたい。何度でも言うが、私が興味あるのはただ速く、誰よりも速く疾ることだけ――。でも彼女が……渡さんが言うのなら、今は本当に何をやってもダメな時期なのかも知れない。


「……大丈夫よ。きっと美耶子にもムショーに走りたくなる日がくるわ」


 そんな日が本当にくるのか、私の胸には不安しかなかった。

 渡さんが帰った後、私は購買部でアイスを買って、中庭のベンチに腰かけた。

 ビルの影に沈んでいく夕陽を眺めながら冷たいアイスを頬張る。

 それが練習後の幸せなひと時だった。

 制服に着替えても私は寮に帰る気になれず、そうやってアイスをかじり続けた。

 スランプ――初めて経験したハードルだった。疾ることに関して、今まで私の前に壁はなかった。幸せなことに順風満帆な陸上人生を送ってきた。

 アイスも八本目になろうかという時だった。


「……息抜き……かぁ……。……CSNゲーム、って言われても、ねー……」


 渡さんの言葉を思い出して、何気なく呟いた言葉に反応する声があった。


「ねぇねぇっ! もしかしてCSNゲームに興味あるのっ!? 無所属なのかなっ?」


 不意にかけられた人懐っこい声と、夕陽よりも眩しい笑顔。

 それが――すべてのきっかけだった。


「おぉっと、わたしとしたことが自己紹介がまだだったねっ! わたしは――」


 彼女の奇抜な自己紹介に、私は思わず「あんたは選挙候補者か」と蹴飛ばしてしまった。

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