第九話 『【CHA】』
「ぷっ、あはははははっ! あんた天才なのっ!? 余裕ぶっこいて出した数字が『1』とかいい気味よっ、ざまぁみさらしなさいっ! あははははっ!」
両腕をあげてガッツポーズするミヤに、俺は何も言い返すことができなかった。
「す、すっごいよ、まぁくんっ! 250分の1の確率の男だよっ! やっぱりまぁくんは他の人には無い何かを持ってるんだよっ!」
やめろ。きらきらと無垢な瞳を輝かせるな、ミライ。……殴りたくなるだろう。
そもそも250分の1の確率っておまえ……計算を違えてますから。
「いや、待て待て。待ちなさいキミたち。まだトラとナーガとミライがダイス振ってないじゃないか。もしかしたら『0』が出てここから逆転があるかも知れないだろうが」
「ないよん」とトラ。
「ないわね」とナーガ。
「お話の流れ的にないんじゃないかなっ」とミライ。
お三方は眼をぱちくりとさせると、冷静に言ってきた。いやまあ、ないだろうけどさ。っておい、ちょっと待て、ミライ。お前の発言はいちいち引っかかるんだよっ。
「でもいっちおー振っておこうかな、っと」
トラが、続いてナーガとミライがダイスを振った。コロコロと石畳の上を三つのサイコロが転がり――
【トラはダイスを振った! 結果は4だった!】
【ナーガはダイスを振った! 結果は3だった!】
【ミライはダイスを振った! 結果は2だった!】
俺たちはその結果に沈黙した。いや、ゾッとした。寒気がした。
千もある数字の中で、低い方から五つの数字を五人で揃えてしまったわけだ。
……もしかしてこのメンバー、吉兆的にかなりまずいのが集まってるんじゃないのか……?
こ、こえぇっ……!!
「こ、こういうこともあるわよね……。あるある、ヨクアルコトヨー」
ミヤが白々しいほどの乾いた笑いを浮かべていた。
「おい。これは〈白ウサギ〉どころの話じゃないかも知れないぞ。CSN同好会は一度、神社でお払いを――」
「いいからさっさと行きなさいな」
ナーガの手の平にボッと音をたてて火の蛇が出現した。
「は、はいっ! 今すぐにでも馳せ参じていただきますですぅうう!」
話をうやむやにしてしまおうという魂胆がバレたらしい。
俺は立ち上がると、身体ごと〈白ウサギ〉へ向ける。
今までずっと〈白ウサギ〉は俺たちを見つめていたらしい。俺たちが何を話しているのか聞き取れなかったのか、もっと俺たちに近づくためにぐいぐいと果物屋の店主の足を前に押し出そうとしていた。果物屋の店主が困ったように頭を掻いている。
俺たちに何の用かは分からない。が、良いことでないのは確かだ。
かくなる上は――BANされる前に殺るしかないッ……!!
俺が剣を抜くと、後ろからいきなり後頭部を蹴り飛ばされた。ミヤだ。
「あんたは何を考えてるのよっ! 正二位なんて高位人工知能に喧嘩を売るプレイヤーがどこにいるっていうのよっ……! さっさと訊いてきなさいっ!」
俺は渋々と〈白ウサギ〉へ歩いて行った。
近づいてくる俺を見て〈白ウサギ〉は急にあたふたと慌てふためき始めた。右へ左へ顔をやり、隠れる場所を探しているようだった。
最終的に間に合わないと判断したのか、〈白ウサギ〉は頭を両手でおさえその場で小さくうずくまった。小石にでも擬態しているつもりなのだろうか……。
俺は体をできるだけ小さくしようとしている彼女の首根っこをむんずと捕まえると、顔の前まで持ち上げる。すると、〈白ウサギ〉は両手で自分の顔を隠した。
「……あの。あなたは〈白ウサギ〉さん、……ですよね?」
「ち、ちがうぉー! 白ウサギは白ウサギちがうー!」
舌足らずな幼い声で〈白ウサギ〉は頭が飛んでいきそうなほどぶんぶか首を横に振る。
「いや、バレバレですから。名乗ってますから。さっきからじっと見て俺たちに何の用?」
「みてないー! 白ウサギ、みてないのよぉー!」
「白状しないとあそこにいる怖いお姉さんたちに怒られちゃうぞ」
無論、怖いお姉さんというのはナーガとミヤのことである。念のため。
いやミライも色んな意味で怖くはあるけどさ。
むしろ思考が意味不明すぎて一番怖くはあるけどさ。
〈白ウサギ〉は彼女らがいる路地裏の方を見つめると、俺へ視線を戻した。
「おぉー、はくじょーするー! こわいの、やー!」
「ははは、〈白ウサギ〉たんは偉いな。それで何の用なんだ?」
「なにがー?」と眼をぱちくりさせる〈白ウサギ〉さん。
ははは、こっいつぅ。可愛い幼女じゃなけりゃお兄さん、思わずブってるところだぞぉ~。今の話の流れでなんで分からなかったのかなぁ~?
「…………。いや、〈白ウサギ〉たん、俺たちを見てたじゃん? スポーツ青年を木の影から見つめる女子高生みたいに恋焦がれる視線だったじゃん?」
「おぉー! みてたー! 白ウサギ、みてたよぉー!」
「ああ、そうだよな。見てたよな。何で見てたんだ?」
「おぉー? なにがー?」
俺は思わず〈白ウサギ〉のほっぺたをむんずと掴んで、思いっきり引っ張った。
「いやぁいー! セイギっ、いひゃいーっ!」
両手両足をじたばたと動かして暴れる〈白ウサギ〉。
「さっさと吐け、このクソガキ。この俺様に何の用だ」
俺様、ちょっとキレかけ。大人気も無く素が出ちゃいそうになる。
「おぉー! よーあったー! よーあるぉー! へんなのー! どーしてー?」
「変? なにがだ?」
「わかんなーい!」
「じゃあ俺もわかんなーい!」
俺が〈白ウサギ〉のマネをすると、〈白ウサギ〉は眼をぱちくりとさせ、次いでけらけらと手を叩いて爆笑した。
だが、はっ、という顔をすると手足を振って暴れ始める。
「ちーがーうーのー! へんなのー! セイギ、ねーねをたすけてー!」
ねーね、というのは〈黒ウサギ〉たんのことだろうという予測はつく。
〈黒ウサギ〉たんを助ける? まったく意味が分からん。
「なんでわざわざ俺に言いにきたんだ、俺に。というか、俺に用だったんだ?」
「おぉー! セイギしかいないからー! かりすまぽいんと! セイギだけー!」
カリスマポイントという〈白ウサギ〉の言葉で俺はすぐに未知のステータス【CHA】のことを思い出した。英語に明るい俺だから分かる。カリスマのつづりは『Charisuma』だ。頭三文字をとると【CHA】となる。ふふんっ、英語に明るい俺だからこその閃きだろう。英語に明るい俺ならではの。(注・綴りを間違えています)
一ヶ月間、誰も『1』にも上がっていないステータス【CHA】。
レベルを上げてもどのスキルを上げてもまったく上がらないので、プレイヤーたちはみんなこのステータスに首を捻っている。それが未知のパラメーター【CHA】だ。
「俺だけってどういうことだ? 【CHA】は俺も『0』――」
言いかけて、俺は口を閉じた。
ステータスをよくよく見てみるといつの間に【CHA】が『1』になっていた。
俺の知らぬ間に、数値が勝手に増えていた。
今まで何一つとして情報のなかった、何千万人というプレーヤーの中で誰一人として上がっていないと言われているパラメーターが、何度見直しても『1』になっていた。
それがあまりにも奇妙で、嫌な悪寒が背中を駆け抜ける。
まるで辿り着いてはいけない場所に足を踏み入れてしまったような、異質なものに触れてしまったような感覚。
キャラクターレベルやスキルレベルは何度もステータスを開いて確認していたが、そこからさらにページを繰ったステータスの詳細数値なんて気にしていなかったから今まで気づかなかった。
一体、いつからだったのか、どのタイミングで上昇したのか俺は記憶を探り始める。
俺はこの一ヶ月半でいつの間にか何らかの条件をクリアしていたのか?
いや、それだとするとおかしいじゃないか。金策でソロ狩りに出かけることはあっても、クリアしたクエストはミライたちと同じ種類のものだけだ。
何も特別なことはしていない。
驚きで固まっている俺に〈白ウサギ〉は明るい声で続ける。
「かりすまあるひと、すごいひと! まだセイギだけ! だからそーだんしにきたぁ!」
俺だけ、だって? 【CHA】が『1』になっているのは俺しかいないだと?
現在の『ワールドマスター』登録アカウント数は四三〇〇万人を超える。
そんな多くのプレイヤーの中でただ一人、俺だけが、唯一【CHA】が上昇したプレイヤーだと彼女は言って……るの? マジで?
どうやら誰も【CHA】を上げれていないというナーガの考えは正しかったようだ。
あ、いや、俺を除いてだけど。
信じられないような事態がやっとこさ脳に染み渡った瞬間、
「ぎゃああああああああっ!! なんじゃこりゃあああああ!!」
俺はステータス画面を見たまま叫んでいた。
俺の大声に驚いた〈白ウサギ〉も驚愕した俺の顔を見て眼を飛び出さんがばかりに叫ぶ。
「ぎゃあああぁあああーーっ!! なじゃりゃあぁあああっ!」




