第四話 『確かに底抜けの馬鹿だけど!』
「これを持っていた人間はどうしたんですか?」
「拷問にかけ、殺した」
ミヤの問いにミレア女王様は端的に答えた。
ああ、もう犯人さんは現実世界に強制送還されてましたか……。
『ワールドマスター』は戦闘状態に入るとログアウトができなくなる。おそらくそれを利用しログアウトできなくしてから拷問したのだろう。南無南無。
「当然の報いだ。それでも向こう側でのうのうと生きてると考えると腸が煮えくり返る想いだ。私たちにも現実の世界にいる人類を攻撃できる方法があればと考えてしまうな」
女王様っ! 怖いこと言わないでっ! それ洒落になんないからっ!
ずっと黙考していたナーガが顔をあげた。
「その犯人は何か話したのかしら? 入手ルート、黒幕、その他もろもろ」
「何もだ」
女王様は残念そうに首を振る。その表情からは口惜しさが見て取れてた。
「だが我々とて手を拱いていたわけではない。これを持ち込んだ者たちには見当をつけている。お前たちも名前を聞いたことはあるだろう。《リベレイター》という名前を。聞けば向こう側の世界では有名な組織らしいではないか」
問うような視線を受けてミヤが小さく頷く。
「現実の世界じゃ世界的に有名なテロリスト集団ね。『ワールドマスター』を破壊するとか犯行予告を出してたわよね、たしか。ほんっと迷惑な話よ」
「犯行予告を出したわりにこの一ヵ月半近く何も動いてないと思っていたら裏でこんな事していたのね。《リベレイター》の人工知能嫌いは筋金入りのようだわ」
改めてミレア女王様はフェレアさんへと顔を向ける。
「分かったか、フェレア。人間は我々の世界を崩壊に導こうとしているのだ。これで警戒をするなと言うほうが無理な話だろう」
「お話は分かりました。……ですが彼女らは違います。人間のすべてが私たちと敵対しようとしているわけではありません。特に彼女らは私と一ヵ月半以上も行動を共にしました。信頼できます。私たち情報生命体の味方となり、協力してくれるはずです。……ですよね?」
フェレアさんがミライへと笑いかける。
だがミライを見たフェレアさんの表情が凍り付いた。
そんなフェレアさんの変化に俺もミライを横目に見やった。
するとどうだろう。何かを考えているのか、ミライはまるで感情のない機械のような無表情で何もない虚空を見つめていた。
冷たくて、無機質で、普段の感情豊かなミライからあまりにかけ離れた表情。
いつもの調子が明るいだけにその様子はあまりに不気味だった。そう感じたのは俺だけじゃないらしく、フェレアさんも少し戸惑いを見せる。
「ミ……ライ?」
フェレアさんの再度発した呼びかけに、ミライはハッとなって大きく頷く。
「も、もちろんだよっ! そんな悪い人たちを放ってはおけないからね! 手伝うよ!」
むふぅ、と鼻息荒く両の拳を握るミライ。
そんないつも通りに戻った彼女の様子から俺は視線を離す。
明日野未来……俺と同じく現実世界の叡智が集まった特区――六つの島から成り立つ高度情報特別区域の出身者。俺の幼馴染だと言い張り、他の誰でもなく……俺に接触してきた人物……。
BQ232……。
やっぱり……訳あり、か……。
俺の心中など知らず息巻いているミライをミレア女王様は手の平で制した。
「結構だ。人間の手を借りる気はない。我々の世界のことはこの世界に住まう我々が片付ける」
まるで信念でも話すかのようにハキハキとした口調だった。普通なら猫の手であろうと借りたいような状況だと思うんだけど……それを断るということは……。
ま、女王様からすれば俺たちが犯人じゃないにしても俺たちから人間側に情報が漏れていく可能性はある。この状況ならリスクは可能な限り減らすべきだし……英断なのかもな。
「もしかして当てでもある? どうやって《リベレイター》を探すつもりなの?」
ミヤの問いにミレア女王様は少し誇らしげに笑みを浮かべた。
「データで構成されている情報生命体が人間の技術に負けるとでも思っているのか」
ミレア女王様が手を叩くとそれに兵士たちが呼応して、もう一つの台座が転がされてくる。そこに乗っているのは一見すると投影機のような形をした大きめの機械だった。
「これは?」とフェレアさんが問うた。
「繁栄国家ジョルトーと機械帝国シュメルツヴァイの技術班が共同で作成したものでな。対象にこの機器から放射される光を当てればウィルスを検知することができるのだ。これを使ってまずはジョルトー城下町内を一斉浄化する。大変な労力になるとは思うがな」
へぇ、便利なもの造ったなぁ。見つけにくいと言われるイロウシェンウィルスを検知できるシステムなんて……情報生命体さんの技術力ぱねぇっす。このシステム……《シグナル》や《ハッカー》が知ったらもの凄く欲しがるだろうな。
「今からお前らにも検査を受けてもらうぞ。人間は信用できんからな」
「お姉様っ! 彼女らはこの件とは関係ありませんっ! これはあまりにも私の友人らに対して失礼ですっ!」
憤慨したフェレアさんがミレア女王様にくってかかる。だがそれをミライが止めた。
「フェレアさん、構わないよ。疑われるのは腹が立つけど、それで信頼してもらえるならいくらでもすればいいよ。その変わり女王様、わたしたちからウィルスが見つからなかったら協力させてもらえないかな」
いつになくミライは真剣な表情でそう女王に告げた。
「…………いいだろう」
一人の兵士が投影機――探知機の台座を動かし、ナーガに向けて光を放射する。射出口から円状に広がる緑色の光線がナーガの身に当たる。兵士はナーガの全身をくまなく探すように、彼女の身に映る円を上半身から下半身へと移動させた。
が、探知機はうんともすんとも言わなかった。……当たり前だけど。
「次だ」と兵士が威圧的に告げて、ミヤへと射出口を向ける。
おうおう、まるで囚人みたいな扱いをしてくれるじゃないか。
しっかし状況はかなーりややこしいことになっていそうだ。
人間の中に本当に犯人がいたとして、その目的を考えるならやはりこの情報生命体世界の崩壊……なのかなぁ? たしか《リベレイター》の犯行予告もそんな内容だったはずだ……。情報生命体たちからすれば冗談じゃないって話だよね。
これだけ俺たち人間が警戒されるのも止むを得ない話かもなぁ。
だけど、問題の焦点は《リベレイター》がなぜこの『ワールドマスター』を崩壊させようとしているかってことだ。これが分からないんだよな……。情報生命体が住んでいる世界とはいえ、彼ら《リベレイター》が信念としている『人工知能から人類の解放』の弊害……現実世界の弊害にこのゲームがなっているかと問われると……違うと思うし……。
そう考えると……他に何か『ワールドマスター』の中には潰したい理由があるのか?
と、その時だった。
ビーーッ、と謁見の間に甲高い電子音が鳴り響いた。
「ん?」
思考を中断して顔をあげると、兵士はまさに俺に向かって例の探知機の光を当てていた。
俺の下半身を緑の光が照らし出している。
電子音の正体は探知機が反応している音だった。
って……は?
……え?
「ま、まぁくん!?」とミライも眼を丸くする。
「探知機が……反応して――! ウ、ウィルスだッ!! こいつ、ウィルスを持ってるぞッ!!」
ウィルスってイロウシェンウィルス? 俺が? 持ってるの? あの超絶クレイジーウィルスが俺の下半身にあるの? ……えっ!? なになにっ!? 爆発するの!? 俺の下半身が爆発しちゃうの!?
いつ何時も冷静な俺でさえこればかりは本当にパニックになった。
「は、離れろっフェレアッ! 危険だッ!!」と女王様が注意を喚起する声と、
「取り押さえろッ!! 兵器を奪えッ!! 爆発させるなッ!!」という誰かの怒号。
俺の理解が及ばないうちに兵士たちは俺に掴みかかってきて、瞬く間に両腕を背中へ曲げられ床へ組み伏せられてしまう。
「あいだだだだだだっ……!!」
顔面を床に押し付けられてから、なぜか俺に探知機が反応したという事態に気づき抵抗を試みるが四人もの屈強な男たちに取り押さえられてはさすがにどうすることもできなかった。
くそっ、どうしてこの俺が男なんかに組み伏せられないといけないんだっ! どうせなら美女にしてくれっ! そこで憎悪を滾らせて俺を睨みつけている女王様とかさぁ!
兵士たちは俺の体をあちこちと触りまくり、目当てのものを見つけたらしく俺の腰につけていたナイフを抜き放ち、高く掲げた。
「これだっ! ウィルスだッ!!」
うっわ、マジかよっ!! なんで俺がウィルスなんか持ってんだよ!?
よく見ると兵士が掲げているのは、露店を回った時にミライに買ってもらったナイフだった。
――あのナイフ……! かぁあ、マジかよ……!! ミライのやつ、アタリを引きやがったな……! ってことはあの露店商は――!
「貴様ァアァッ! なぜ兵器を持っているッ!? 答えろッ!!」
俺の腕がさらに曲げられていき、情けなく痛みに呻き声をあげてしまった。
「セイギさんっ!? あなたたち、止めなさいッ!! 私の友人に何をするのですッ!」
止めさせようとしたフェレアさんの手をミレア女王様が掴んで止めた。
「何を考えている、フェレアッ! 近づくなと言っているだろうッ!!」
兵士たちが槍を手にして、俺たちの周囲を取り囲む。突き出される鋭利な切っ先にミライたちは背中を合わせて兵士たちと対峙する格好になった。
……やばい。これは誰がどう見たって絶対にやばい状況だ……! 何だか分からないがとんでもなくヤバい方向に話が進んでいってやがる……!
「貴様らっ、やはりテロリストだったのか! おかしいと思ったのだ! 人間如きがフェレア様のご友人であるはずがないッ!」
「フェレア様を騙して城の中に仕掛けるつもりだったのだろうッ! 許せんッ!!」
怒り心頭とはまさにこの事を言うのだろう。兵士たちは今にも俺たちを突き殺さんが勢いで俺たちを罵倒してくる。それに対してミヤが口を開いた。
「な、何かの間違いよ! 落ち着ついて! 確かにこいつは底抜けの馬鹿だけど、ウィルスを持ち込むような奴じゃないわよっ! 確かに底抜けの馬鹿だけど!」
「ミ、ミヤちんっ!? なんで二回も言ったのー!?」
こんな切羽詰った状況だが俺はツッコまずにはいられなかった。ツッコんですっきりした後、俺は改めて兵士たちに露店商から購入したものだということを説明しようとする。
「き、聞いてくれっ! それは俺が作ったわけじゃないんだってば! それは――!」
だが俺はそこで言葉を止めざるを得なかった。
なぜならばナイフの異変に気づいたからだ。
兵士が俺から奪ったナイフがゆっくりと発光しては消え、点滅を始めていたのだ。
その発光する間隔が徐々に――早くなっていっている!
お、おいおい……まさかあれって……爆発する前兆なんじゃないの!?
こんな間近で爆発したらっ……! ゲームオーバーなんて話じゃなくリアルにここにいる全員死んじゃうっての……!!
脳がっ……焼かれる――!!
「何してるんだッ! 爆発するかもしれないぞッ!! 早くその短剣をできるだけ遠くに投げ捨てろッ!!」
焦燥感そのままに俺がウィルス入り短剣を持っていた兵士に叫ぶ。
それを聞いた彼は顔を青ざめさせた。彼の周りにいた兵士たちが彼から離れる。
「ひ、ひぃっ!」
一も二もなく、ナイフを壁に向かって、高く放り投げる。
刹那――俺たちの視界を眩しい光が埋め尽くした。




