第三話 『外敵』
「……久しいな。家出はもう終わりか、フェレア」
静かで、厳かな、迫力のある声だった。
しかし生気がない。うーむ、やはり一国の主ともなると気苦労も多いみたいだ。どこか彼女からは疲れが見て取れた。あとでマッサージでもしてお近づきになろう。もしかしたら気に入ってもらえて俺に多大な権力を与えてくれるかも知れない。そうすれば城内、城下町の女の子とぐへへ……。
おっと、いかんいかん。今は真面目な顔をしておかないと! 第一印象は大事っ!
「はい。恥ずかしながら帰って参りました。私のすべきことをするべく」
「そうか。決心がついたのだな。その件は後でゆっくり話すとして――」
ミレア女王様はすっと眼を細め、フェレアさんの後ろに立つ俺たちを見据えた。
「友を連れて帰ってきたという話は耳にしたが、彼女らがそうか」
「はい。右から、トラ殿、セイギ殿、ミライ殿、ミヤ殿、ナーガ殿にございます」
「そうか。お前にも友人がな。外の世界は楽しかったと見える。そなたら、これからも妹君と仲良くしてやってくれ、末永くな」
俺たちはこくこくと頷いた。なんとか女王と仲良くなっておこうと俺は口を開く。
「あはは、それはもちろんですよ! これからはベッドの上でも仲良くさせて――」
「あんたは黙ってなさいっ!! 開口一番に下ネタ発言してんじゃないわよっ……!」
ミヤにソッコーで頭をはたかれた。く、くそっ、ツッコミが早いぞ、ミヤちん! この後、絶対に女王様の大爆笑とれる自信があるネタに繋がるんだってのっ……!
「ははは、構わんさ。妹君の友ならば私にとっても友だ。楽にしてくれ」
ミレア女王様は寛容さもあるのだと見せるように朗らかに笑ってくれた。
ほほう? 勝手にお堅いイメージを持ってしまっていたけど、ジョーク嫌いというわけじゃないみたいだ。やはりフェレアさんの友達というのが響いているらしく思ったよりフランクな感じだった。
「それでそなたら出身はどこの国になるのだ? 私は立場上あまり外に出られなくてな。外の話に飢えておるのだ。少し聞かせてはくれぬか……」
王というのは孤独なものなのかも知れない。どこか寂しそうな顔で女王様はそう言った。考えてみれば彼女はまだ二十代半ばだ。その若さで一国をまとめる重責を負っているのだから俺の想像できないような苦労もあるんだろうな。
うーむ……だんだんと可哀想に見えてきた。おてんば家出皇女の妹に『家出はもう終わりか』なんて皮肉の一つも言いたくなるのも頷ける話かもしれないな。
「……あ、いえ。女王陛下、彼らは人間にございます」
フェレアさんがそう言った瞬間だった。
今の今まで俺たちの話を聞いてる素振りさえ見せなかった兵士たちが一斉に動きを見せた。その手に持つ槍を構え、俺たちへと近づいてくる。
「なっ、人間だと!? つまみ出せッ!!」
「あいつら人間だったのか!! おのれ、フェレア様を謀ったかッ!!」
次々と放たれる嫌悪と敵意に俺たちは訳が分からず周囲を見回す。
俺たちを取り囲もうとした兵士たちに、弾かれたようにミレア女王様が立ち上がった。
「静まれッ!!」
女王様の一喝に兵士たちの動きがピタと止まる。
さ、さすがに一国の主をやってるわけじゃないな。……一声で場を鎮めちゃった。
し、しっかし……なんだなんだ? この人間の嫌われようは……。
俺たちと同じようにフェレアさんも兵士たちの人間への警戒に驚かせれていた。
静かになった場にため息を吐いて、ミレア女王様はゆっくりと腰を下ろした。
「……フェレア。そやつらが人間というのは……真の話か?」
「は、はい。そう、ですが……。これは、何事なのですか?」
「……フェレア。お前は人間がどれだけ醜く凶悪な外敵か理解しておらんようだな」
その言葉にフェレアさんはカチンときたのか、どこか喧嘩腰の口調になる。
「人間が外敵というのはどういう意味でしょうか。私の友人たちを怖がらせるようなことをおっしゃるのは控えてくださいますか」
「分かっておらん。お前は何も分かっておらん。城下町北東区に崩壊した一帯があるのは知っているか」
女王様の言葉に俺は心当たりがあった。ジョルトー城下町に到着した日、宿屋を探している時に大通りからクレーターが見えたのだ。黒焦げた建物の残骸と吹き飛んだ地面……あれは決して火事なんかじゃない。女王様が言っているのはあの場所に違いないだろう。
「はい。それが何か。まさかあれが人間の仕業だとでもおっしゃるつもりですか。だとすれば見当違い甚だしいですよ、お姉様。彼らにそのような力はありません」
その通りだ。あんなクレーターを作りだすスキルは聞いたことがない。あれはプレイヤーの仕業じゃない。もし、あんなスキルがあるのなら現時点では対処のしようがない。
女王様は真意を探るかのようにフェレアさんの瞳を見つめていた。内心を読み取ろうとしているのがフェレアさんには分かったのだろう。彼女はミレア女王様の視線から反らさず真っ向から視線をぶつけていた。
やがてミレア女王様はその瞳を閉じた。
「……あれをここへ」
「……女王様、良いのですか。こやつら人間があの件にまだ関わりがないとは……」
まだ俺たちを信用できないんだろう、兵士の俺たちを見る目つきは穏やかじゃない。そんな彼らにミレア女王様は強い語調で命令した。
「構わない。持ってこい。今すぐにだ」
しばらくして、俺たちの前にキュロキュロと台座が転がされてきた。流麗な装飾が施された台座の上には操り人形のピエロが置いてあった。
俺たちはその不気味な顔をしたピエロを覗き込むようにして見る。
なかなかマッドなピエロだった。豪華な台座に乗っているせいで、その薄気味悪さが際立って見える。
うーん、どう見たって何の変哲もない操り人形だけど……。
もしかして呪いのピエロとか?
「も、もしかして女王様! この人形を操って夜な夜なピエロと会話してたりするの!? 一人で悩み相談とかピエロにしてたりするの!? そんなことしなくてもわたしが友達になってあげるよ!?」
相変わらずミライの思考は滑り落ちるように斜め下だった。
「ち、違うわ、ばかものっ!」
顔を真っ赤にしたミレア女王様はミライの言葉を力いっぱい否定した。
ミライさん……女王様に対してそんな……。ぱねぇ、ミライさんマジぱねぇ……。
「これは?」とフェレアさんがピエロから女王様へ顔をあげる。
「人間が作り出した兵器だ。これと同じものに城下町の一角がやられたのだ」
へ、兵器? なーんかいきなり物騒な言葉が出てきちゃったなぁ。
「兵器っていうくらいだしピエロの眼からビーッと光線とか出てきたりするのかな? それともガチャガチャ組み変わってロボットに変形したりするのかな?」
どれもハズレ。城下町の被害から考えるにこのピエロは――
「こんなピエロで……あの惨状が? にわかに信じ難いのですが」
「見かけに惑わされるな。これは“爆弾”だ」
でーすーよーねー。どう見ても爆発した跡だもんね。建物を吹き飛ばして地表を剥がすほど強力な――“爆弾”、か……。
「こんなもの造るスキルなんてあるの?」
ミヤが訝しげな顔で隣のナーガへと尋ねる。
「……いえ、聞いたことがないわね。でも無いとはいえないわ。違うわね、あったとしてもおかしくないと言うべきかしら」
「スキルではない。それはウィルスだ」
「ウ、ウィルス!? ってパソコンとかバグらせるウィルスのこと!? ……ですか」
思い出したように敬語にするミヤちん。
「ああ。私たち情報生命体にとっては天敵と呼べるものだな。北東区の一角を爆破した人間がこれを持っていたのだ。ジョルトーの情報技術班が解析したところ、予想に違わず中にウィルスが入っていた、というわけだ」
「…………イメージデータを作る時にウィルスを混入した、というわけね」
いつもの唇を押さえる癖を出してナーガが視線を下にする。
ま、考えるのはナーガに任せておいて……と。
俺はちらりと横目でトラを盗み見る。するとトラも俺と同じ事を考えていたらしく、俺の意図を汲み取ったのだろう、こくりと頷いた。
トラはすっと右手をあげた。
「その解析データはあったりするかに? あったら見たいんだけど」
トラの申し出にミレア女王様は眼を丸くした。
「お前のような若造が……見てわかるのか?」
「にひひ、ちょっとはにー」
女王様の問いかけにトラはいつものように頭の後ろで両手を組んで笑った。
ふん。何がちょっとは、だ。
兵士から解析されたデータコードが羅列した紙を渡され、トラは目を通していく。
トラの瞳に英字と数字の羅列が映り込み――その顔から徐々に笑みが消え、トラの……いや本郷虎雄の真剣で神妙な顔つきが表にでてくる。
あーあ、これはまずい予感がするなぁ。
そんな俺の予感は的中したらしく、トラは紙に視線を落としたまま、俺へとコールをかけてきた。
『――『イロウシェン』、だぁね』
俺は『ヒュー』と口笛を吹いて応える。
わぁお、なんてこった。世界製造禁止指定ウィルスじゃん。
イロウシェンウィルスは作っただけで日本の《シグナル》や《ハッカー》からだけじゃなく世界中の国家機関から指名手配を受けちゃうウィルスのことだ。厳重な世界情報法で規制されるのもそのはず、このウィルスはデータというデータを食いつくすマジちょーヤバいウィルスなのだ。
現実の世界じゃ国家間サイバー戦争に使われるような代物で、間違ってもCSNゲームの中でお眼にかかれるようなもんじゃない。
もしこのウィルスの爆発に巻き込まれでもしたらは脳障害を起こしかねない。運が悪けりゃそのままぽっくりあの世逝きだ。……冗談なんかじゃなく。
そんな暴虐極まりない非人道的なウィルスが混入されたデータが、今……目の前にある。
『ワールドマスター』開始初日、名ばかりの母親が電話で言っていたことを俺は思い出していた。
――運が悪ければ脳をやられて死亡しているところだったな。一人ばかり脳にかなりダメージを受けたようだが、生命活動に問題はない。目覚めるかは分からんが。
……あいつもこの件に関わってたってことか……。
あーあ……。俺たち、なんだか本格的にまずいことに関わろうとしてる気がする……。




