第六話 『《ディカイオシュネ》』
「あ、そーそー。正義くん、正義くん。有名なゲーマーで思い出したんだけど、〈ナーガ〉もネットで参加表明出してるみたいだよん」
「ナーガって……そりゃ“魔蛇”の〈ナーガ〉のことか!? 《ディカイオシュネ》の!?」
そのプレイヤー名に俺は思わず身を乗りだしてしまった。
サイバーセルズ――《ディカイオシュネ》。
CSNゲームプレイヤーでその名を知らない者がいるとすれば、よっぽどの無知か、ゲームに興味の無かった新参者かだろう。《ディカイオシュネ》は恐怖の代名詞としてプレイヤー間でよくよく語られるCSNゲーム歴史上で最も有名な伝説のサイバーセルズだった。
どのCSNゲームにも顔を出す自由奔放な集団で、メンバー一人一人がCSNゲーム大会で優勝経験があるようなゲームキ(ピー)イで構成されている。”魔王”の二つ名を持つプレイヤーが率いた《ディカイオシュネ》は当時のCSNゲーム大会を手当たりしだいに食い荒らした。
神出鬼没で謎が多く、一度動き出せばどのセルズも止めることができなかった最強最悪のサイバーセルズ。
十数年間も攻略の糸口さえ掴めていなかった『七つの未攻略クエスト』のすべてを攻略し、未攻略クエストに終止符を打ったマジゲームキ(ピー)イのセルズでもある。
と、まあ……伝説を話し始めたらキリが無いような奴らだ。
しかしこの《ディカイオシュネ》はもう存在していない。二年も前に解散してたりする。
彼らが解散した理由も諸説あってネット上の噂を見ているだけでは真意が分からない。
やれ女が原因だとか、やれリーダーが裏切っただとか、やれメンバーがクラッキング行為で電脳犯罪対策ユニット《シグナル》に捕まったとか……あることないこと……。
そんな様々な伝説を遺す《ディカイオシュネ》の頭脳と言われたのが“魔蛇”の〈ナーガ〉という【二つ名持ち】プレイヤーだ。
CSNゲーム界において『強さ』『巧さ』はその程度に比例して尊敬と畏怖を集める。
そういった一般プレイヤーと一線を画すプレイヤーは畏敬の念を込めて二つ名が与えられるのだ。
そういう別格の猛者たちをCSNゲーム界では【二つ名持ち】と呼んでいるわけなんだけど……。
「いやー、驚いた。あいつ引退したんじゃなかったのか? まさか“魔蛇”まで参加しようとしてるなんてなー。結構な大事件じゃないか、それ」
「…………。それだけ『ワールドマスター』が注目を集めているということだわ。CSNゲームプレイヤーはすべて『ワールドマスター』に集結する形になるわね。公式やゲーム誌の前情報を読むと必ず謳い文句で書かれているのが『このゲームに存在しない事象は無い』という一文よ。それだけ自由度も今までのゲームに比べて遥かに高いらしいわ。こんなタイトルが登場すれば現存するCSNゲームに居つくメリットが無くなってしまうのよ。今からCSNゲームを始める人は『ワールドマスター』一択になるでしょうね」
「『電脳ちゃんねる』にあるワールドマスター板の勢いの凄いこと、凄いこと。今日から正式サービス開始っていうのもあるんだろうけど、こんな昼間に四〇秒で千レス消化って人集まりすぎだよねぇ……。にひひ、収集がつかなくなって、もう掲示板として機能できてないねぇ。これはもはやCSNゲームの祭りと言うべきだぁね。すべてのサイバーセルズが『ワールドマスター』を舞台にしようと集結してるのも頷ける話だぁよ」
すべてのサイバーセルズが一つのタイトルに集結する、これが何を意味するのか俺はすぐにぴんときていた。俺の考えを肯定するように永森さんが口を開く。
「この各セルズの動きが示唆していることがあるわ。一般的なプレイヤーは一〇〇億円という巨額の富のせいで攻略に意識が向いているのだろうけれど、有名セルズメンバーはきっちり理解しているんじゃないかしら。『ワールドマスター』にはRVR――プレイヤー同士の集団戦も必ず存在しているはずだわ。……どのセルズが真の最強か決める戦場になると、簡単に予想できるわね。そしておそらくだけれど、その戦いを制せないと一〇〇億円に届かない、もしくは攻略に関して大きなデメリットを背負うはずだわ」
俺はそこで右手をあげて、永森さんの言葉を止めた。
「サイバーネットワークのCSNゲームなら【引継ぎ】があるんじゃないのか? 今まで色んなCSNゲームをやってきたプレイヤーの方が有利だと思うんだけど」
サイバーネットワークという全世界と繋がる仮想現実世界には【CSNサーバ】と呼ばれるサーバ上の仮想地域が存在する。コミュニティに特化した区域で、利用者は【ドッペル】と呼ばれる自分唯一のアバターに乗り移る。この【CSNサーバ】を経由して各タイトルのゲームをプレイするのだ。
故に【CSNサーバ】はゲームセンターで、各タイトルはゲームセンターに置かれた様々な種類のゲーム機器と例えることができる。
同じゲームセンターであれば同じコインが利用できるように、各タイトルにはステータスが【引継ぎ】されることがある。つまり、どのCSNゲームで遊んでいたとしても気分を変えて、別の世界に飛び込むことができるのだ。と言っても重要な要素は【引継ぎ】されなかったりするので、移住してきたプレイヤーより単一タイトルをずっとプレイしていたプレイヤーが有利なのは揺るがないが……。
「『ワールドマスター』に【引継ぎ】は存在しないわ。完全に独立した一つのタイトルよ。CSN経由だけどそもそもサーバが違うのよ。『ワールドマスター』のためだけに〈黒ウサギ〉が用意した独立サーバで運営するみたいよ。だから厳密に言えばCSNゲームとは呼べないわね。当然、どんなプレイヤーだろうとレベル1から始めることになるわ」
なるほど、と俺は腕を組んだ。全員一斉にスタートなら勝敗に文句はつかない。
そういう意味でも各セルズは最強決定戦の戦場に『ワールドマスター』を選んだのだろう。新規プレイヤーが参入することや、賞金で躍起になることも考えると『ワールドマスター』を制したセルズは文句無く日本一のセルズ――王者だ。
「といっても……プレイヤーが注目している内容は個々人によって違うでしょうね。ただ『ワールドマスター』の世界観を楽しみたい趣味組、難解なクエスト攻略に挑戦したい攻略組、賞金が目当てで参戦する賞金組、そして日本最強セルズを目指す武勇組……大別してこの四つが考えられるかしら。未知数なのは賞金組だわ。今までCSNゲームにいなかった系統のプレイヤーたちになりそうだから……。他のプレイヤーを騙したり、嵌めたり、裏切ったり、蹴落としたり、金に眼が眩んだ馬鹿たちが暴れてくれるのでしょうね」
永森さんの予想は的を射ているだろう。一〇〇億円なんて大金だ。ゲーム内で人を蹴落とすぐらい何でもない、と考える人たちは大勢いることだろう。
「にひひ、そういう人たちもテロリストに比べればまだ可愛いもんじゃないかにー。昨日さー、《リベレイター》が『ワールドマスター』に犯行予告を出したんでしょ?」
《リベレイター》はここ数年、世界を恐怖させ続けている過激なテロリスト集団の名だ。
活動範囲は現実だろうと、サイバーネットワークだろうと関係なく世界のいたるところでテロ活動を行っている。その名がニュースで出れば数十人規模の死傷者を出した後であることが多かったりするため、人々は少なからず《リベレイター》の影に怯えながら暮らしているのが現状だ。彼らを“人類の敵”だなんて言う人がいるのも頷ける。
彼らの目的は明瞭で人工知能とサイバーネットワークを破壊することにある。
なんでも《リベレイター》は人間の生活管理を人工知能に委ねている現状に納得がいかないらしい。人間のことは人間がやれ、というのが《リベレイター》の考え方なんだってさ。彼らに共感できる部分が無いと言えば嘘になっちゃうけど、だからといって爆弾抱えて人工知能サーバに特攻したり、サイバーネットワークにウィルスを流すのは考えが飛躍しすぎだよねー。
それで人間に被害が出てるんだから良し悪しは問うまでもない。
「確かに《リベレイター》に比べれば金の亡者たちなんて可愛いものだわ」
「犯行予告の内容は……なんだったかなぁ。英文だったから覚えてないや」
そこで今まで黙っていた未来が口を開いた。
「『我々は人工知能から人類を解放するため、いかなる犠牲を払おうとワールドマスターを破壊する』だよ」
俺たちが未来へと視線をやる。未来は人懐っこい笑顔でにこにこしていた。
「ニュースで言ってたの覚えてるよっ。わたしエラい? まぁくん、ほめてほめてぇっ」
撫でてもらいたいのか頭をこちらに向けるのでデコピンしてみた。
「あいたっ! いたぃよ、まぁくーん!」
涙眼で額をこすり文句を放つ未来を無視して俺は会話を続けた。
「なんでテロリストがたかがCSNゲームなんかを敵視するんだろうな。人工知能が創ったゲームだから潰すつもりなのか?」
「にひひ。人類への挑戦状なんてお題目だから《リベレイター》さん怒ったんじゃないのー? ま、『ワールドマスター』に関わる目的は人それぞれってことだぁねー」
虎雄の言葉で俺は少し気になって、カップを摘む永森さんに眼をやった。
「訊いていいか? 永森さんが『ワールドマスター』に参加する目的はなんなの?」
「賞金に興味はないわ。私が参加する目的は――」
今までハキハキと話していた彼女は少し口ごもって、自虐的に口を歪めた。
「…………私は二年前、《ディカイオシュネ》に所属していたわ」
「「ぶふぅうぅうううっ!?」」
彼女の口から飛び出した伝説のセルズ名に俺と虎雄はコーヒーを吹きだしていた。
「きゃあー! 汚いよ、二人ともー!」と未来がのけぞる。
「ディ、《ディカイオシュネ》に所属していただとぉ!?」
「…………驚くのも無理はないわね」
「へ、へぇ! あの《ディカイオシュネ》にいたんだ! す、凄いにゃ、永森さん!」
脂汗をだらだら垂らしながら、虎雄が話を繋いだ。おい、虎雄! 動揺のせいか猫言葉になってるぞ! 男の猫言葉なんてまったく需要がないじゃないか!
「……色んな噂に尾ひれがついているのだけれど《ディカイオシュネ》本来の目的は『真剣に遊ぶこと』よ。強いセルズがあると聞けばそのCSNゲームに戦いにでかけ、攻略できないボスがいると聞けばそのCSNゲームに攻略しに行ったわ。ちなみに《ディカイオシュネ》にいた時のプレイヤー名は――〈ナーガ〉よ」
まぁじでぇえぇっ!? 〈ナーガ〉は貴様かああああ! あ、あの“魔蛇”の〈ナーガ〉かよっ!! 永森さん、リアル〈ナーガ〉様でいらっしゃいましたかぁあ!
【二つ名持ち】プレイヤー中の【二つ名持ち】プレイヤー様じゃないですかっ!!
背中にべっとりと汗が滲みだす。【二つ名持ち】だということは、それだけBQが高いということの証明でもある。その潜在能力の高さから有名な【二つ名持ち】は企業から直々にオファーが飛んできたり、《シグナル》にスカウトされたりするらしい。
うーん、ゲームが巧いと大企業に就職できるなんて良い時代になったものだ。
……BQ低い俺は関係ないけどネ!
驚きのあまり声さえでなかったのは幸いだった。
虎雄も『あわわわ』と何か言いたそうに俺と永森さんを交互に見やっている。
おい、やめろ。こっち見るな。
「えっ、なになに? まぁくん、永森さんってそんなに凄い人なの?」
「も、もちろんだよ。あ、明日野っち、〈エクスカリバー〉ってプレイヤーは知ってる?」
「あ、知ってる! 現状最強って言われてるプレイヤーだよね、〈エクスカリバー〉さん! たしか《七雄剣》のセルズリーダーしてる人っ! いくらなんでも知らないわけないよ!」
「知名度は〈ナーガ〉も〈エクスカリバー〉と似たようなもんだぁね。超有名人だよん」
虎雄に続くように俺も未来に説明してやる。
「有り体に言えばTVに出演している大人気国民的アイドルが目の前に座っているようなもの、って言えば想像がつくか? CSNゲームやってる奴でこいつのこと知らないプレイヤーはいないだろうさ」
もっとも、〈ナーガ〉の立位置はアイドルなんて可愛いものじゃないけど……。
むしろ正反対だよね。あー、今さらながら永森さんが〈ナーガ〉様って凄くしっくりくるわー。
「す、すっごーい! そんな人がわたしのセルズに入ってくれるなんてラッキーだよ!」
はしゃぐ未来から俺は視線を静かにカップに口をつける永森さんへと移した。
俺の知る〈ナーガ〉はとにかく頭のキレる印象だ。特に策謀や情報戦に強い智将。
一〇〇人を超える集団戦になると、戦場全体を見渡せる冷静さを持つ人物が必要になる。
詰まる所の参謀や軍師といった役割のできる存在だ。
《ディカイオシュネ》でその役割を担っていたのが“魔蛇”の〈ナーガ〉だった。
俺たちの興奮に自慢する様子もなく永森さんは飄々とした顔で咳払いを一つした。
「私が『ワールドマスター』に参加する理由は一つよ。復活するのよ――“魔王”が」
俺は言葉の意味が判らず呆けてしまった。
可愛らしく眼をぱちくりとさせ、思わず虎雄を見る。
すると虎雄は『あっ』と思い出したような顔をして、俺にこくこくと頷いていた。
え? ……マジで?




