第二話 『ラーさん二代目』
「かっ……!」
ミライがぐっと力を溜め込むようにいきなりしゃがみ込んだ。
「かわぃぃ~~っ!!」
そしてカエルのように跳んでフェレアさんに抱きつき、そのまま押し倒してしまった。
「すっご~~いっ! きれぇー! かわいぃ! フェレアさん、お姫様みたいぃ~~!」
いや、紛う事なきお姫様だから! プリンセスだから! 皇女様だから!
ミライはまるでぽかぽか陽気に干して暖かくなった布団にするかのように気持ち良さそうな顔でフェレアさんの胸に頬擦りしていた。
うわああ、羨ましいぃいいい! 俺もあのDカップに頬擦りしてみてぇええっ!
「こらっミライ! ドレスに埃がついちゃうでしょっ!」
ミヤがミライの首根っこを掴んで立たせる。そんな二人にくすくす笑いながらフェレアさんも起き上がった。
「有難うございます。そう言ってもらえると着替えた甲斐もありますね」
俺はフェレアさんの白いドレスグローブに包まれた細い手をとった。
「フェレアさん、結婚しようっ!」
「もうっ、からかわないで下さい。本気にしますよ?」
フェレアさんは俺の手を握ると、そのまま俺の胸に押し付けた。その仕草に高鳴っていた胸の鼓動がさらに早くなる。
や、やばいっ! 可愛いっ! なにこの人っ、……可愛いっ!
「それでは、みなさん、お待たせしました。お姉様のところまで案内しますね」
それから俺たちはフェレアさんに連れられて部屋を後にする。
絨毯がひかれた長い長い廊下を歩いていきながら、俺はきょろきょろとその内装を見回していた。やはり一国のお城ということもあってか、豪華絢爛だった。
白い壁は大理石か何かなのだろうか、この世界に大理石というものが存在しているかは分からないが、質感も光沢もよく似ていた。壁や天井は汚れ一つなく、掃除が行き届いているらしい。俺たちが歩いていく姿が壁に反射するほどぴかぴかだった。
すれ違う兵士や書官らが先導するフェレアさんを見ると、壁際に寄って道を開け、通り過ぎるまで頭を下げる。そんな彼らの慇懃な礼を後ろ目に見送って俺たちはフェレアさんの背中を追って歩き続けた。
「フェレア様……!」
不意に前から五〇代手前の騎士が足早に歩いてきた。胴に六枚羽の紋章をつけた真っ白の鎧を見るにお城の騎士か何かなのだろうか。
「ラーサルトさん! お久しぶりです!」
「よくぞ帰られましたな、フェレア様。ジョルトー国騎士一同、悦喜しておりますぞ」
初老の騎士はフェレアさんの姿に感極まったように喜んでいた。フェレアさんも懐かしい顔に会えて嬉しそうだ。フェレアさんは俺たちへ振り返ると、彼を紹介してくれた。
「こちらはラーサルト=マッケラン騎士団長です。彼はみなさんもよくご存知なラーディハルトさんのお父上様なんですよ?」
なっ、なんだって!? ラーディハルトの親父さんなの!?
ラーディハルトはクノッソの村で警護団をしていたジョルトー国の兵士だ。俺たちも彼にはかなりお世話になった。だが彼は山賊セルズ《バンデット》に村が襲われた時、村を守るため勇敢に戦い、没している。
「話は聞いております。人間どもにクノッソは襲われ、息子は討ち死にしたと。フェレア様が無事で本当に良かった。して……息子の最期はいかようでしたか」
「私が見たのは矢面に立つ彼の背中が最後でした。最期こそ看取ることは叶いませんでしたが、ラーディハルト警護兵は村人に慕われる男であり、忠義ある兵であり、私の良き友でありました。よく……私のために、国のために動いてくれました」
「…………不出来な息子でありましたが、フェレア様の役に立てたのであれば本望であったことでしょう。フェレア様にそう思って頂けているのであればあれも成仏しましょうぞ」
はっきりとした口調で冷静にラーサルトさんは言うが、その眼はたしかに潤いを帯びていた。厳しい顔つきから冷徹な人なのかと思ったが、子を亡くした親が平然としていられるわけはない、か……。
「あの……ラーディハルトの最期は俺たちが看取りました」
俺は思わずラーサルトさんとフェレアさんの会話に口を挟んでいた。
「君らが? ……君らはフェレア様のご友人ですかな」
「ラーディハルトとも友達だったよん。真面目な性格してるから俺もセイギくんもよくあいつに怒られたんだよね、にひひ」
トラの笑顔にラーサルトさんは表情を崩した。
「あいつ、俺たちに最期まで村のみんなを助けるようにって、フェレア様を頼むって……」
「…………そう、でしたか。……息子が世話になったようですな」
ラーサルトさんは静かに眼を閉じ、沈黙した。そして俺たちの顔を順に見る。
「私からも君らにお願いさせてもらいましょう。これからフェレア様は様々な困難を前になさる。だがそれをやり遂げようとしている。どうか君らも力添えして欲しいのです」
ラーサルトさんの真摯な態度に俺たちはそれぞれ頷いた。俺はクノッソの村でフェレアさんと決闘した時に彼女から彼女が何者なのか、何を考えているのか聞いていたりする。
フェレアさんがしようとしていることは間違いなくこの世界を良い方向へ変えるだろう。それも大きくだ。俺たちの力が必要なら喜んで協力しようじゃないか。
ミライはラーサルトさんの手を握って詰め寄った。
「もちろんだよっ、ラーさん二代目! わたしたちはいつでも、どこでも、誰でもお助けする《ユビキタス》だからねっ! お姫様だって助けちゃうよ!」
「ラ、ラーさん? 二代目?」とラーサルトさんは訝しげな顔をした。
「あえて何代目か考えるならお父さんの方が一代目でしょうに」
ミヤはやれやれと頭を振っていた。それにラーサルトさんは声をあげて笑った。
「はっはっは! いやはや……息子もフェレア様も見る目がありますな。……良き友を得たようです。親の知らぬ間に子というのは育ってしまうものなのですな……」
感慨深げに彼は腕を組んだ。そしてはっと顔をあげる。
「おっと、引き止めてすみませんでしたな。ミレア様がお待ちしておりますぞ。お早く元気なお顔を見せてあげて下さい。では、職務がありますので私はこれにて」
ラーサルトさんの最敬礼に俺たちは会釈して再び歩みを進める。
「私たちは両親を幼い時に亡くしまして、ラーサルトさんは子供の頃から私たちを可愛がってくださったんです。いつも私の話を親身に聞いてくださりますし、私も父親のように慕わせてもらってるんです」
「あ、やっぱり? ラーさん二代目のフェレアさんを見る眼はなんだか自分の子供を見るような感じだったもんねー」
「そうなんです。姉と違い私はすぐ城を抜け出す手のかかる子供でしたので。よくどやされたものです。ほら、あそこです。薔薇園の角っこに城下町へ降りられる抜け道があるんですよ」
昔を思い出すようにフェレアさんは窓の外――薔薇園へ眼をやっていた。
あー、お姫様のわりに城下町の抜け道や近道を知っているのはそういう訳ね。フェレアさん子供の頃は意外におてんばだったのかぁ。いや、今まで家出してたみたいだし、おてんばなのは変わってないのかもな。
それから俺たちは城内にある謁見の間へと通されていた。
謁見の間は土足で歩くのが忍びないような真っ赤な絨毯が敷かれていた。部屋の端には等間隔で兵士が立っていて、俺たちにはまったく興味無さそうにただただ真っ直ぐ前を見ている。
そして今、俺たちの目の前には一人の女性が玉座に腰かけている。
彼女こそがフェレアさんのお姉さん――ミレア=レイアスだ。そしてこのジョルトー国内で最大の権威を持つ女王様ってことだ。
年頃はフェレアさんと変わらない、よくて二〇代半ばだろう。顔もフェレアさんに似てかなりの美人さんだ。ウェーブがかった豊かな金色の髪を右側面から左側面へまとめ、編みこんで左肩へ流している。硬い意志がこもった瞳、美麗で細い眉、しかし眉間に刻まれた皺はその年齢より多くのものを知り、見ていることを表しているかのように深い。
その頭には王である証、金の冠が乗っかっていた。
ジョルトー女王のミレアは見るからに頭が固そうな人だった。
なるほどなー、フェレアさんが会うのが怖いとか言ってた意味を俺はやっと理解した。




