第一話 『騎士長さんか何かなのかに?』
高く聳え立つ城門は高さ一〇メートル、幅六メートルはあるであろう大きさだった。
重量は何トンあるのか想像できない。その城門には伸び伸びと広がる六つの羽根が円を描くように描かれていた。どこかで見たことがあると思えば、それは確かにフェレアさんが持っているネックレスと同じ紋章だ。それにしても何人の彫刻家と装飾家がどれだけの時間をかけてこの一枚の大きな城門を建造したんだろう。鮮明な色と金属で装飾された一枚扉は芸術作品そのものだ。堂々たる門は見ている者を圧倒させるほどの存在感を放っていた。
間違いない。この先はジョルトー城だ。
俺たちはジョルトー城の城門前に立っていた。
「ジョルトー城、だよね、ここ」とミライ。
「ジョルトー城ね」とミヤ。
「ええ、ここはジョルトー城だわ」とナーガ。
三人は確認するように大きな城門を見上げていた。
城門前に来るのは二度目だ。城下町を見回った時に俺たちは一度、ここを観光している。その時フェレアさんは遠巻きに城門を見上げているだけだった。再び観光に来たわけじゃなくただフェレアさんのお姉さんに会いに来たはずなんだけど……、とまあ、彼女がこの国でどういう立場の人か知らないミライたちからすればなぜジョルトー城に来たのか疑問に思って当たり前だろう。
「フェレアさんのお姉さんって騎士長さんか何かなのかに?」
ああ、なるほど。良い予測だな、トラ。
フェレアさんの剣術はかなり技術が研磨されたものだ。その姉というならばフェレアさん以上の使い手ということも有り得る、ともすれば城内の騎士長クラスだったとしてもおかしくないよな。
「残念でした、違いまーす。答えはすぐに分かりますよ」
トラの質問に悪戯っぽく笑って、フェレアさんは門前に立つ二人の門兵へと歩いていく。
ただ木のように真っ直ぐ突っ立っているだけだった門兵が、近づいてくるフェレアさんを見て動いた。彼女の行く道を遮るように、城門を塞ぐように互いの槍を交差させる。
「何奴か。用がないのなら立ち去れ」
凄みをきかせる門兵たちにフェレアさんは動じた様子もなく口を開く。
「お姉様にお会いしたいのですが」
「おねえさま?」
訝しそうに眉をひそめる二人にフェレアさんはくすくすと笑った。
「あなたたちは三年で私の顔を忘れてしまいましたか? グレニトさん、ハーゼナルさん」
言われて二人はフェレアさんの顔をまじまじと見つめる。瞬間、彼女が誰か理解したのか、ひきっと二人の顔から冷や汗が噴出た。すぐに交差させていた槍を脇に立て直す。
「こ、これは失礼致しました、フェレア様!! ただちに開門を……!!」
「おい、開けろっ、開けろっ! フェレア様だ!! フェレア様がお帰りになられたぞっ!!」
門兵が城門の横についている筒に向かってそう叫んだ。おそらくその管は城門の向こう側へと繋がっているんだろう。
『な、なんだと!? 本当にフェレア様なのか!?』
筒の向こうから吃驚したような複数の声が聞こえてきていた。
急にばたばたと兵たちが石畳を走る音が城門の向こう側から聞こえてくる。
な、なんだなんだ……一体、何が始まるんだ……。
「もうちょっと待っていて下さいね。少し時間がかかるはずですから」
フェレアさんは門の向こうで何が行われているか悟ったらしく俺たちに振り返ってそう告げた。
少し待っていると、ついに重たい城門がゆっくりとゆっくりと上に持ち上がっていく。それと同時に開けていく視界――徐々に見え始める長い石畳の通路を見て俺は納得してしまう。こりゃ……時間がかかるわけだ。
本城まで伸びた長い長い綺麗に舗装された石畳の路面、その左右にはキッチリと並んだ兵士たちが向かい合って整列していた。その数およそ三〇〇人はくだらないだろう。この短時間でよくもまあかき集められたもんだ。まるでアニメの中のお嬢様が自宅に帰ってきた時の執事たちみたいな……そうそうたるお出迎えだった。
呆気にとられる俺たちをよそに兵隊長か何かなのだろう、一人が空に向かって声を張り上げた。
「ジョルトー国第二皇女! フェレア=レイアス様、ご帰還ッ!!」
刹那――兵たちが一糸乱れぬ動きで槍の尾っぽ、石突きと呼ばれる部分で石畳を打つ。
ガンッ、と大きな音となって反響し、アーチを作るように槍を斜め前に掲げる。
そして凱旋歌なのだろうか、国家なのだろうか、どこからか流れ始めるラッパの音色とともに兵たちが喉を震わせ、野太い声で歌い始める。近くを通りかかった情報生命体やプレイヤーたちが野次馬のように集まってきていた。
「ね、ねえ、今……あの兵隊さん……が言ったのって……」
ミライが震える指で兵隊長さんを指さす。
ああ、そうだね、言ったよね、……第二皇女と。
皇女っていうのはつまり王様の娘さんってことで……。
「……ええ、つまりそういうこと、なのでしょうね。フェレアさんは――」
「「「ジョルトー国のお姫様ああぁ!?」」」
驚きに叫んでしまうミライたちへフェレアさんはいつもの微笑みで振り返った。
「――ようこそ。ジョルトー城へ」
俺たちはそれから客間らしい一室へ通されていた。
フェレアさんにここで待っているように言われ俺たちは高級調度類をおっかなびっくりに触ったり、テラスに出て広い広い庭園とそれを整える何人もの庭師を眺めたりして時間を潰した。
「それにしてもまさかフェレアさんがお姫様だなんてねぇ。へっへっへー、わたしたちって凄い人と友達になってたんだねぇ」
「驚いたわよねー。一ヶ月以上もジョルトー国のお姫様と旅をしてたなんて……。どうして今までフェレアさんは私たちに隠してたんだろ」
「…………理由を訊かれたくなかったのでしょうね」
「へ? ナーガちゃん、それってどういうことなの?」
「考えてもみなさいな。一国の皇女である彼女がどうしてクノッソの村なんてジョルトー国境沿いの辺境にいる必要があったというの?」
「にひひ、たしかにおかしな話なんだよねん。クノッソの村にいた理由もそうだけど、フェレアさんが皇女なら護衛やお供がついてしかるべきだと思うんだよねぇ。クノッソの村の警護団がそういう役割を与えられていたっていうなら当てはまらなくはないんだけど、それだと一国の皇女を守るのに四人っていうのは少なすぎる人数だよにー」
「ええ、その通りだわ。クノッソの村にいた警護団にはもともとフェレアさんを護衛する役割を与えられていなかった。つまり彼女には最初から護衛といった類はついていなかったと考えるべきね。ではなぜ一国の皇女である彼女に護衛がつかなかったのか……。それは彼女が城を離れたのは公的理由ではなく私的な理由。それも独断で、誰にも言わずにこの城を離れたのだと考えられるわ。……要するに――」
「――家出、ですね」
いつの間に部屋に入ってきたのだろうか、声がした方に顔をやるとそこにはフェレアさんが立っていた。
その姿に俺たちは言葉が出なくなる。
彼女の身を包んでいるのは俺たちが見慣れた赤のドレスと甲冑ではなかった。両肩を惜しげも無く晒した白い、純白のフリルドレスだった。それも俺たちが着ているものよりかなり質が良い布で縫われているらしく、さらさらと触り心地も良さそうだ。
いつもは背中に流している金髪の髪も今は高価そうな髪留めで後頭部に結い上げていた。その頭にはちょこんと小さなティアラが乗っかっている。
今までピアスなどつけているのを見たことはなかったけど、フェレアさんの耳に輝くものが光を放っていた。加えて、少し化粧をしているのがまた彼女の魅力を際立たせていた。潤いのある唇は淡いピンク色で艶があり、頬にも紅を差しているらしく仄かに赤い。
「さすがはナーガさん、トラさん。すぐにバレてしまいますね。ですがその答えでは五〇点といったところでしょうか。私がクノッソに三年いたのには私が独断で行った公的な理由も含まれていますから」
俺たちは彼女を見たまま動けずにいた。
「…………? ど、どうかされましたか?」
「「「だれっ!?」」」
思わず俺たちは彼女にそう問うてしまっていた。
「あ……この格好、ですか……。どうにも恥ずかしいですね……。私もこのような格好をするのは三年ぶりですから……。どこかおかしいですかね……?」
照れ臭そうにはにかむお姫様ことフェレアさん。そのあまりに可憐な表情はっ……プ、プリンセス・スマイルっ!?
男なら片膝をついて忠誠を誓いたくなる笑顔だった。




