第十一話 『絶対に渡さないもんっ!』
ミライは体当たりしに行ったんじゃないかと勘違いしてしまうほどの勢いで走っていく。
「だ、だめぇえっ! ナーガちゃんは渡さないよっ! わたしたちの大事な仲間なんだもん! 絶対に渡さないよ! 絶対に渡さないもんっ!」
「ミ、ミライ!?」
背後からいきなり腰に抱きつかれてナーガは驚いたようにミライを見た。同じようにナーガの腰に抱きついているミライを鋭い視線で見下ろす偽“魔王”様。
こうなっちゃ隠れていても仕方ない。俺たちは影から姿を現してナーガたちのところへ歩いていく。
俺たちを見たナーガはさらに驚きを増したようだった。
「あなたたちまで……」と擦れた声で呟く。
「…………。……お前の仲間か?」という偽“魔王”の質問。
「…………は、はい」とナーガはバツが悪そうに頷いた。
ミライはナーガの前に立つと通せんぼするように両手を広げた。
「“魔王”さん! 頭の良い人なら他にもいるでしょ! ナーガちゃんを引き抜かなくてもいいじゃない! わたしたちは違うもん! ナーガちゃんがわたしたちの前からいなくなるなんて絶対にヤだっ! ナーガちゃんでなきゃ嫌なの! ナーガちゃんがいいのっ!」
で、でたぁあ! ミライさんの十八番、自分の欲望に正直発言やぁっ!
ミライの我侭すぎる言葉にナーガの顔が曇った。
そのナーガの表情を見てミヤは何かを悟ったのか、ミライの肩に手を置いた。
「ミライ、あまりナーガを困らせないであげて。ナーガは彼を探すためにずっと『ワールドマスター』を続けていたんだから。ナーガの……好きにさせてあげないと……」
「でもっ、でもっ……! ミヤちゃんっ……!」
「私だってナーガがいなくなるのは嫌よ。冗談じゃない。でもナーガの気持ちも考えてあげなくちゃ。無理にナーガを引き止めるのが本当にナーガのためだと思う?」
ミヤのいつになく優しい声に、ミライは俯いてスカートの裾をぎゅっと握った。
ふっふっふ、馬鹿め、ミヤのやつ。これしきで納得するようなミライじゃ――
「…………分かった」
どぅええぇ!? 承諾しちゃった! ミライの説得が最後の砦だったのにっ! 諦めんなよっ! どうしてそこで諦めるっ! ダメなんだってば! そいつ偽者なんだっての! ナーガのやつもそれくらい気づけよ、ばかぁっー!
「……ありがとう、ミライ」
ナーガが笑ってミライの頭を撫でると、ミライはもう涙をぽろぽろと流していた。
ナーガは決意した表情でミライから偽“魔王”へ顔をあげる。
おいおい、マジかよ……! 冗談だろ……!
マジで行っちまうのかよ、ナーガっ……!
「“魔王”様。私の答えは――」
ダ、ダメだ……! 耐えきれん……!!
「ま、待ったあぁああああ!!」
いてもたってもいられず俺は口を挟んでいた。
「今度は何なのかしら」
うんざりとした表情でナーガはこちらへ振り返った。
ああ、もうっ、やるっきゃねぇ……!
偽者なんかに渡してたまるかっ……!
俺はズカズカと偽“魔王”とナーガの間に割って入り、偽“魔王”を睨みつけた。
「何だもクソもあるか! おい、“魔王”の〈ジャスティス〉!」
「…………なんだ?」
ギロリと冷徹な瞳で見下ろしてくる偽”魔王”。
やっべぇ……偽”魔王”さんマジこえぇ……!!
……が、負けてたまるかぁっ!!
「お前にナーガはやらん!!」
偽“魔王”にびしりと指差してやる。
「ちょ、ちょっとセイギ! あんた、何言って――!」
「だまらっしゃい!」
ミヤを一喝して黙らせ、俺は振り返ってナーガの肩をがしりと掴んだ。
それにナーガは驚いた表情で目をぱちくりとさせる。
「ナーガ! お前“魔王”に裏切られて哀しかったんじゃないのか! 怒ったんじゃないのか! その気持ちをミライたちに味合わせるつもりかッ!? もう一度よく考えろ、ナーガ! 俺たちは今まで一緒にやってきたお前でなきゃダメなんだ! お前がいなけりゃ俺の暴走を誰が止めるっていうんだ!」
「……それ、自分で言うことなのかしら」とナーガは呆れていた。
「うるちゃい! 事実なんだから仕方ないだろぅ!」
俺は気を取り直してナーガに詰め寄る。
「なあ、ナーガ……もう一度よく考えてみてくれよ……! お前みたいな頭の良い奴が“魔王”如きに振り回されてどうするんだよッ! お前はあの“魔蛇”なんだろ!? “魔蛇”の〈ナーガ〉なんだろッ! なら、“魔王”を絡めとるぐらいの女でいろよ! 篭絡させるぐらいの女でいろよ! “魔王”の言いなりになんかなるなよ! “魔王”を従えるくらいしてみせてくれよッ! 頼むからっ……考え直してくれよッ……!」
そこで言葉を区切って俺は背後の偽“魔王”をもう一度指差す。
「いいか、ナーガ! こいつをよく見ろ! こいつは何も凄くなんかない! “魔王”なんてただ眼が良いだけじゃねぇか! それに比べてお前は戦闘ができるだけじゃないっ、百や千の軍を操る才能もあるっ、作戦だって立案してるし、いつも冷静沈着でっ……クノッソの村が火事になった時も感情を押し殺して俺たちにやるべきことを思い出させて……! いつも導いてくれてたのはお前だったじゃねぇかッ……! しかもリアルじゃBQ195の天才で、成績優秀で、『ワールドマスター』しながら生徒会長までこなしてやがって! どんな完璧超人なんだよ、お前はっ! もう一度言うぞ! “魔王”なんか凄くも何ともない! こいつなんて仲間がいなけりゃ何もできねぇクズなんだよ! 仲間の前でカッコつけてるだけの無力な存在なんだよ! しかもその仲間さえ守れなかった無能ちゃんなんだよ! だからなぁ! “魔王”なんかよりもお前の方がすげぇんだよ! お前の方がッ“魔王”の何万倍もすげぇんだよッ!! だからっ……言いなりになんかなるなよ……! こいつが言ったからそうするなんて――お前らしくないだろうがよッ!! そんな事してるぐらいなら黙って俺の暴走を止めてろッ!!」
叫び終えて俺はぜぇはぁぜはぁと息をした。
言ってやった。
すっからかんになるまで。
俺が思っていることをナーガにぶつけてやった。
これでダメなら……もう諦めるしかない。
驚いたように口をぽかんと半開きにしていたナーガだったが、不意に、
「…………はぁ。それで全部かしら」
額に手をあてて深いため息をついた。
「あ、はい」と俺は素直に返事する。
「あなたたち……ひどい勘違いをしているわ……」
「「「は?」」」
「私は《ユビキタス》を抜けるなんて一言も言ってないでしょう。今日は《ディカイオシュネ》へのお誘いを断りにきたのよ。もっとも……トラくんは分かっていたみたいだけれど」
「「「はあ!?」」」
俺たちはさっきから一番後ろで事の成り行きを見守っていたトラを見やる。
「にひひひ。やっぱりナーガっちは断るつもりだったんだぁね」
両腕を頭の後ろで組んでいつものようにトラは笑っていた。
気づいてたならそう言え、このヤロォオ!
やっべぇ! 俺超恥ずかしい奴だぁあ! 黒歴史作っちまったぁあ!!
「うわぁああぁあぁあぁあぁぁぁあああぁあ!! あああああぁ!? ひぃぎぃいいい!!」
頭を抱えて発狂する俺に、トラがにやにやしながらぽんぽんっと優しく手を置いた。
そんな中、ナーガは偽“魔王”へ視線をやる。
「そういうわけです。私は今のセルズを離れる気は――まったくありません」
「ナーガちゃんっ!」
「ナーガっ!」
ミライとミヤがナーガを抱きしめた。フェレアさんが感極まったように目元を拭う。
「……ど、どうしてあなたたちが泣くのよ」
「うぇええーん! 嬉しいからに決まってるじゃなーい!」
そんなミライをナーガは微笑みながら頭を撫でていた。
「うわぁああん! なーがぁあ!」
俺もナーガに抱きつこうとすると、その顔面を押しのけられた。
「どさくさに紛れようとしないで頂戴」
……ちっ。色んなところ触れるチャンスだと思ったのに……。めざとい奴め……。
「…………そうか。それなら仕方ないな。《ユビキタス》……だったか。……これは彼女の旧知の友人としての言葉になるが……。……ナーガを頼む」
真摯な瞳で偽“魔王”は俺たちに深々と頭を下げた。
その姿に俺たちは思わず呆気にとられてしまう。
まさか偽“魔王”がこんな殊勝な態度に出るとは……。
だが顔をあげた偽“魔王”の表情は今までと同じ不敵な笑みが張り付いていた。
「ナーガ、《ユビキタス》が嫌になったらいつでも来い。……いつでもな」
そう告げて偽“魔王”は踵を返し、歩いていく。
その背中にミライが赤い舌をだす。
「べ~~! ナーガちゃんは渡さないもん!」
そこで俺はやっと気づいた。
いつからそこにいたのだろう。偽”魔王”が歩いていく先、そこには”天空”の〈ヴァルキュリア〉をはじめ《ディカイオシュネ》のメンバーたちが立っていた。
「…………いくぞ」
偽”魔王”の一言で《ディカイオシュネ》メンバーたちは踵を返し、背を向ける。
だが遠ざかっていく《ディカイオシュネ》の中で一人、足を止める人物がいた。
その人物がふとこちらへ振り返る。
”天空”の〈ヴァルキュリア〉だった。
彼女はミライをあやすナーガを見つめ、そして俺へと目を向けた。
途端、コール機能が着信を告げる。
『今は……ナーガを預けよう。だがもし……彼女に何かあれば――』
すぅ、と彼女の目が鋭くなる。
だからその目やめて! 怖いってば、ヴァルたん!
全身をぶるぶる震わせる俺に彼女はフと少し笑うと、真面目な顔つきに戻り俺に向かって頭を下げた。
『…………ナーガを、頼みます』
言いたいことだけ言うと彼女は俺の回答など聞かず回線は切断し、再び背中を向けて去っていく。
まったく〈ヴァルキュリア〉らしい……。彼女にとってナーガはまだ親愛なる友のようだ。
偽“魔王”たち一団の姿が消えると、ナーガは俺たちを見回した。
「まったく、あなたたちは……恥をかかせてくれるわね……」
「……ナーガちゃん。ごめんね……引き止めちゃって」
ミライが申し訳なさそうに声を細めると、ナーガはゆっくり首を振る。
「……謝ることはないわ。最初から断るつもりだったのだから。それに私としてはあなたたちの気持ちを聞けて思わぬ拾い物をした気持ちだわ……ねえ、セイギくん?」
その言葉に俺は顔を隠して身悶えした。
やぁあめぇえてぇええナーガさぁん! 忘れようとしてるのにぃい! あぎゃあぁああ! 誰か俺を殺せ! いっそ殺せぇええ!!
「それに――」
ナーガは厳しい瞳で去っていった偽“魔王”の方を見据える。
「――彼は“魔王”の〈ジャスティス〉じゃないわ。…………偽者よ」
「「「なっ!?」」」
これにはさすがにトラも含めて俺たちは驚愕するしかなかった。
はぁあああぁあっ!?
き、気づいてたの、ナーガさん!? な、なんで!? 姿も言動も戦い方も俺そのものなのにっ! なんで分かったんだ、こいつ……! 意味わかんねぇ!!
「に、偽者!? 偽物ってど、どういうこと!?」とミヤが詰め寄る。
「……どういうことかは……分からないわ。《ディカイオシュネ》のメンバーは間違いなく本物だったのだけれど、彼だけは――“魔王”だけは偽者よ。……確信、しているわ」
「……か、確信って……。な、なんで偽者だと……?」
俺が恐る恐るそう問いかけると、ナーガ自身も困惑したように目線を上にして考える。
「…………そうね。姿形も、話し方も、戦い方も彼そのものだし……証拠も根拠も無いから、なぜそう確信しているのか私自身も不思議なのだけれど……」
常に何事も理詰めで考えて現実的思考をする彼女が……。証拠も、根拠もないのに……そんな不確かな状態だというのに『確信している』なんて言葉を使ったことに俺は驚きで声も出なかった。
「ただあえて言うなら――」
ナーガは空から俺へと視線を戻してじっと見た。
「――私は彼をずっと見つめてきたから、……かしら」
その言葉に俺は胸がじんわりと熱くなった。
嬉しさのあまり知らず頬が緩む。
「…………そっか」
「――ええ、そうよ」
俺の笑みに、ナーガも優しく微笑んだ。
その笑顔はびっくりするほど魅力的で、どんな男だろうと動悸が激しくなるのを抑えられないだろう、と――そう思わせる笑みだった。
ナーガのそんな慈愛に満ちた笑みに俺は視線を離せなくなってしまう。
「コホンッ、ゴホゴホンッ! ゲホッゴホゴホッ!!」
いきなりミライがわざとらしく咳を始め、やっと俺はハッとなって視線を絡ませるのを止めた。
慌ててミライの方を見てみるとミライはお怒りの表情で「うー、がるるる」と恨めしそうに唸っていた。
ミヤがそんなミライを「どーどー」と苦笑しながらなだめる。
……お、おいおい。まさかヤキモチでも焼いてるのか、こいつ……。俺とナーガだぞ? まさか、そんな……何かあるわけ……なあ?
助けを求めてナーガへと視線を向ける。だが、彼女はくすりと笑うだけだった。
助け舟なしですか!?
「にひひ。でもあの人が”魔王”の偽者なら本物は今頃、どこで何をやってるんだろうねぇ~? にっひっひっひ」
いきなりそう言って楽しそうに笑うトラに俺の顔は真っ青になる。
トラ、てめぇええ! 煽ってんのかぁ!? 煽ってんのかぁ、なあ!?
「……はあ、まったくだわ。これであの人を探すのはふりだしに戻ったわね。でもまあ、あの人を見つけるまで退屈はしなさそうね……。だって――」
不意に、ナーガは息がかかる距離――俺の耳元に口を近づけ、俺の胸を人差し指でゆっくりと撫でる。
「私には誰かさんの暴走を止めないといけない役目があるみたいだもの。ねえ、セ・イ・ギ・くん?」
耳元でそう艶めかしく囁かれ、俺の顔が瞬時に熱くなるのを感じた。
「……望みどおりあなたのストッパーでいてあげるわ。あの人が見つかるまでは」
まるで蛇に睨まれたカエルだ。彼女の妖艶で蠱惑的な笑みに俺は体が動かなくなる。
「……ああ、頼む」
激しくなる心臓を抑え、なんとか俺はそう返した。
だが、それがミライの我慢の限界だったらしい。
「がるぅううう!!」
ミライがいきなり俺に飛びついてきて腕へ噛みついた。
「ぎゃあああああああああ!! いだだだ!! 歯、入ってる!! 入ってるぅうう!」
「ミ、ミライさん! 落ち着いてください!」
「な、何やってるのよ、ミライ! そんなバカ食べたらお腹こわすわよ!?」
フェレアさんとミヤがミライを止めにかかるが、ミライはがっちり俺の腕に咥えついて離そうとしなかった。
そんな様子を見て大爆笑するトラとナーガ。
くすくすと楽しそうに笑う彼女の笑みは、年相応の少女のようで今までになく魅力的だった。




