第十話 『俺はドMだ!』
不意に〈エクスカリバー〉が誰かを探すように観客席を見回し始めた。
そして〈エクスカリバー〉と俺の眼が合うと、奴はフと不敵に笑って視線を戻す。
『ワールドマスター』のコール機能が着信を告げる。相手は言うまでもなかった。
意識だけで回線を繋げると、
『任せておけ。奴は俺が倒す』
いきなり〈エクスカリバー〉にそう宣言された。思わず俺は呆れてしまった。
『よく俺を見つけられたな。どんな視力してんだ、お前。野鳥の会かっつーの。俺が“魔王”だと気づいた時といい、頼もしい通りこして気持ち悪い……も通りこして怖いっての』
『お前は俺の宿敵だからな。嫌でも眼につく』
『へーへー、言ってろよ』
そう億劫そうに返してはみるものの、俺と〈エクスカリバー〉は本当に宿敵という関係が妥当だと思う。戦績だけで言えば俺が全勝していることにはなっている。しかしこれはフィフティーフィフティーの戦いで運が都合良く俺の味方をしたというだけのこと。勝負の内容だけで見れば『負けてんじゃん……』という戦いは幾らでもある。
だから俺は〈エクスカリバー〉を戦ったら勝てる相手だなんて思っちゃいないし、奴は奴で俺のことを『運良く勝ち逃げし続けている相手』なんて思っているんじゃなかろうか。
だから俺は〈エクスカリバー〉にこう言った。
『……偽者なんかに負けたら俺がお前を殺しに行ってやるからな』
『ははは、それはそれで楽しそうだ』
遠く離れたこの距離からでも〈エクスカリバー〉の口が笑みになっているのが見えた。
『……このドMが』
それで〈エクスカリバー〉との通話は切れ、俺は試合へと視線を戻した。
「にひひ。なんて言ってた?」
トラは俺と〈エクスカリバー〉が通話しているのに気づいたらしい。
「俺はドMだ! だってさ」
「にひっ、ひひひひっ。違いないねぇ」とトラは肩をすくめて笑っていた。
ふと《ディカイオシュネ》らの方を見てみると偽“魔王”様と〈ヴァルキュリア〉がこちらを見ていた。〈ヴァルキュリア〉は微かに笑んでこちらに手を振る。
えっ!? ああ、ヴァルたん! もう怒ってないんだねっ! いいよ、そのヴァルキュリアスマイルっ! これから俺たちの新しい関係を築いていこうじゃないかっ!
俺は彼女に投げキッスで返すと、『お前じゃない』という顔で睨まれた。
不思議に思って横を見るとナーガが手で応えていた。あ、ナーガに向かって振ってたのね。……なにこれ凄い恥ずかしい。
そしてそれから少し後、待ちに待った時はやってきた。
『さああぁあ! お待たせ致しましたぁあ! 本日のメインバトル!! 準決勝戦〈エクスカリバー〉選手VS〈ジャスティス〉選手を執り行ないまぁああす!!』
「「「ワァアァアアァアァァァァァ!!」」」
鼓膜をビリビリと振動させるような大歓声が会場中を包み込む。
『この試合を待ち望んだ方は多くいらっしゃるでしょう! ついにっ、ついにぃい! “聖剣”と“魔王”の雌雄を決する時が来たのです! 我々は今っ! CSNゲーム界の歴史を目の当たりにしようとしていますっ!』
アナウンス嬢の興奮を隠しきれない声に一層、闘技場はヒートアップする。あ、アナウンス兼実況やってる人って情報生命体じゃなくプレイヤーだったのね。
『それではっ、ルール説明をすっ飛ばして両選手のぉお入場だぁあああッ!!』
パンッパンッと快晴の空に幾つもの色が弾け、楽団が雄々しい音楽を奏でる。闘技場の両サイドから〈エクスカリバー〉と〈ジャスティス〉が姿を見せ、舞台へと歩いていく。
『獅子門から登場するは“聖剣”の〈エクスカリバー〉選手ぅう! 王者不在の二年間、最強の名を欲しいままにしていた彼は今日、真の最強になれるのかぁあ!? では〈エクスカリバー〉選手のコメントを読み上げましょう! 『もう諦めた』! うわぁああ、ついに〈エクスカリバー〉選手が大剣を諦めたあぁあ! 何度も『返せ』と訴えてきた結果、返して貰えなかったようだぁあ! 誰かは知りませんが返してあげてくださあい!』
俺は思わず吹き出してしまった。
だから無理なんだってば! 文句はチュートリアルドラゴンに言ってくれっ!
『対するは龍門からの登場“魔王”の〈ジャスティス〉選手ぅう! “魔王”復活の噂は本当だったぁあ! 二年間姿を隠していた〈ジャスティス〉選手! 王者、《ディカイオシュネ》を引き連れてCSNゲーム界に戻ってきたぁあ! どうなる『ワールドマスター』! “魔王”に征服されてしまうのかぁ!? では〈ジャスティス〉選手のコメントを読み上げましょう! 『もやし一袋 白菜のキムチ 豚バラ200g』……なんだこれはぁあ!? コメント用紙とお買い物メモを渡し間違えたのかぁああ!? “魔王”様は意外におっちょこちょいだぁああ!! 今日の“魔王”の晩御飯は豚バラキムチなのかぁああ!?』
会場中の観客がズコーっとコケそうになっていた。
せっかくの緊張感が台無しだった。
舞台に上がった〈エクスカリバー〉が〈ジャスティス〉を見据え、背中から大剣を抜く。
どうやら最初から本気でやるつもりらしい。
偽“魔王”がどれほどのプレイヤーかは知らないが、ここまで上がってきたということはやはりそれなりの実力者なのだろう。仮にも“魔王”を名乗っているだけに〈エクスカリバー〉も警戒はしているようだった。
偽“魔王”の〈ジャスティス〉も舞台上で刀身が漆黒に染まったいびつな洋剣を抜く。
武器も二年前、俺が好んで使っていたものと同じ形をしていた。
偽”魔王”はその剣を器用に手の甲を返してくるんっと剣を回転させる。
二人が構えるとピンと空気が張り詰めていった。
思わず俺もごくりと生唾を飲み込む。
そしてアナウンス嬢が例の合図を叫んだ。
『それではいきましょー! 人類の頂点目指してぇええ!?』
「「「ファァアアイトッ!!」」」
会場の声が一つになり、“聖剣”VS偽“魔王”の戦いの火蓋が切って落とされた。
刹那――二人は同時に床を蹴っていた。
試合時間はおよそ三分程度と短かかった。
「そんな……馬鹿な……」
俺は決着のついた舞台を見つめたまま固まっていた。
俺は舞台上に一人立つ“魔王”という存在そのものに驚きを隠せないでいた。
偽“魔王”の〈ジャスティス〉の斬撃をバランスを崩した体勢で防御し、吹き飛ばされた〈エクスカリバー〉は舞台の外――土の地面に着地していた。
――場外。
〈エクスカリバー〉と戦うとすれば俺ならそうするだろうと思っていた。
それと同じことをあの偽“魔王”……〈ジャスティス〉はやっていたのだった。
あの戦い方……あれじゃあ……まるで……俺そのものじゃないか……!
『き、決まったあぁああ! 場外です! 〈エクスカリバー〉選手、舞台外まで吹っ飛ばされたあああぁ! およそ三分間! 互いの攻撃をかわし、防御し、一度のダメージも入れられぬままっ! お互いに一度も傷を負うこともなく勝負が決してしまったぁあ!! この戦いを制したのは“魔王”の〈ジャスティス〉選手だあああぁ!!』
会場から歓声と拍手が大きな波となって舞台へ押し寄せた。
「え、〈エクスカリバー〉さんが負けちゃった……! や、やっぱり“魔王”って人は強いんだねぇ~! すっごいよー! 強い人がいっぱいだねっ!」
ミライが隣できゃいきゃいとはしゃぐ。だが俺ははしゃぐ気にはなれなかった。
〈エクスカリバー〉は静かに眼を閉じると、大剣を背中の鞘に戻す。そして獅子門のその闇の中へと姿を消した。
それを見送り勝ち名乗りを受けた〈ジャスティス〉も剣を鞘に戻すと舞台を降りて龍門へと姿を消した。
「……先に戻っていて頂戴」
ナーガは俺たちにそう告げると俺たちから離れ、人波の中に消えていった。
ナーガがどこに向かったのか……考えるまでもないことだった。
「もしかしてナーガ……。“魔王”に会いに行ったんじゃ……」
「……うーん、だろうねぇ。にひひ、このまま戻ってこなかったりしてねぇ~」
「ト、トラさんっ……! 冗談でもそういうことはっ……!」
フェレアさんが少し怒った表情になった。
いや……もしかしたら冗談じゃ済まないかも知れない。
ミライはトラの言葉に思いつめたような表情へと変わっていく。
しばらくそわそわとしていたが、ついに居ても立ってもいられなくなったのだろう、慌ててナーガを追って動きだす。
「わ、わたしちょっと行ってくる……!」
「ま、待ちなさいよ、ミライ! 私も行くからっ! 待ってってば!」
こんな状況でじっと待っていられるはずもなく、俺とトラ、フェレアさんは顔を見合わせ、二人の後を追うのだった。
ナーガをこっそりと尾行していると、彼女は出入り口から出てそのまま闘技場の敷地内、その裏側へ回っていっていた。そして人気の無いところまで来ると立ち止まる。
その様子を俺たちは柱に隠れて彼女を覗き見る。
間違いなさそうだ。偽“魔王”との待ち合わせ、なのだろう。
何なんだよ、この学校の校舎裏で告白みたいなシチュエーションはっ……! なんだかナーガが恋焦がれてる乙女みたいに見えてくるじゃないかっ……! ちくしょう、許すまじ偽”魔王”……!
「にひひ、セイギくん。なにイライラしてんのさー」
「し、ししし、してませんっ!」
そうして待っていると、向こうから思ったとおり偽“魔王”がやってきた。
偽“魔王”は二年前の“魔王”のように自信に溢れた笑みをたずさえて、ナーガの前で止まる。
「待たせたな、ナーガ」
「……いえ。まずは準決勝の勝利、おめでとうございます」
「当然のことだな。俺様は負けるわけにはいかん。誰にもな」
「……そう、ですね。無敗であることこそ“魔王”様が“魔王”様である所以ですから」
そこで二人の会話が途切れ、沈黙が流れていく。
なんだか二人を包む落ち着いた雰囲気に俺たちがドキドキとしてしまっていた。
声をよく聞こうと思わず身を乗り出してしまう。
「ちょっと……押さないでよ、セイギ……!」
「うるちゃい! ミヤ、ちょっとそこ変われ! よく見えないじゃないか!」
「だから押すなってば! 蹴るわよ!?」
「二人とも静かにしてくださいっ……しーっ!」
フェレアさんにたしなめられてしまった。
二人に視線を戻すとちょうど話が再開したところだった。
「……早速だが返答を訊かせてもらおうか」
「…………。…………はい」
偽“魔王”へナーガは毅然とした表情で顔をあげた。
二人の視線が真っ向からぶつかり、ナーガが口を開いた瞬間――
――ミライが柱の影から二人の元へと飛び出していった。
「あっ……! コラ! ミライッ!」
慌ててミヤが手を伸ばすが届かない。
おっしゃああ! お前ならそうすると思っていたぜ、ミライ!
ナーガの気持ちを変えてこぉおいっ!
俺ではどうしようもないこの状況でナーガの気持ちを変えられるとしたらミライしかいないと思っていた。もしナーガが《ユビキタス》を去ると言ったらミライはそれを簡単に許しはしないだろう。
それは今までのミライの行動を見ていれば分かる。
泣きわめき、駄々をこね、なんとかナーガを引き止めようとするはずだ。
だからこそナーガはミライになかなか切り出せなかったのだろう。
後はミライがナーガを説得できるかどうか……。
藁にもすがる思いだが、ミライなら……!




