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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR4 『偽りのディカイオシュネプログラム』
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第六話 『だってあいつ、化け物だもん』

 

 会場の雰囲気に若干ドン引きしかけた俺をよそに、舞台では〈ヤマカガシ〉が右手に抜き身の剣、左手には逆手にもったナイフを構えてじりじりと〈エクスカリバー〉の周囲を回る。

〈エクスカリバー〉は背中に差した大剣の握りに右手を添えたまま〈ヤマカガシ〉へとゆっくり向きを替える。

 最初に仕掛けたのは〈ヤマカガシ〉だった。

〈ヤマカガシ〉はいきなりトップスピードで〈エクスカリバー〉の側面へと回り込み、まだ前を向いている〈エクスカリバー〉へと死角から一気に間合いを詰める。

 ――速い。さすがは暗殺一家のリーダー、というところか。

 だが、眼で〈ヤマカガシ〉の姿を追っていたのだろう、〈エクスカリバー〉は片足を後ろに下げながら〈ヤマカガシ〉へと顔だけを向けた。

 たったそれだけ――ただそれだけの行動だというのに、〈ヤマカガシ〉は表情を変え、急に後ろへ跳んで〈エクスカリバー〉から大きく間合いを開けていた。

 いつの間にか大剣の握りをしっかりと握り締めていた〈エクスカリバー〉の手が開き、指を添えるだけの構えに戻る。遅れて〈エクスカリバー〉は〈ヤマカガシ〉へと体勢を向けた。


「…………良い判断だぁね。あと一歩近づいてたら――」


 ――勝負は決まっていた。俺はトラの言葉を胸中で引き継いだ。

 急激に最高点へと達していた〈エクスカリバー〉の殺気が、もう臨戦状態に戻っていた。

 〈ヤマカガシ〉は信じられないものを見るような顔つきで〈エクスカリバー〉を見据えていた。始まったばかりだというのに頬から冷や汗がだらだらと垂れている。

 うんうん、そうだよねぇ、精神的にクるよねぇ。……でもねぇ。これが【二つ名持ち】って呼ばれる人外連中なんだよねぇ。

 あのまま間合いを詰めていれば〈エクスカリバー〉は背中から抜刀し様の振り下ろしで〈ヤマカガシ〉をあっさりと、容赦なく両断していただろう。

 観客たちはチャンスだったのに〈ヤマカガシ〉がなぜ〈エクスカリバー〉から距離をとったのか分からない様子だった。

 ……当然だ。〈エクスカリバー〉は構えるどころか、まだ抜刀さえしていないのだ。

 付け入る隙はいくらでもあるように見える。攻めるべきだと誰もが思うだろう。しかし、それこそが〈エクスカリバー〉の罠。

〈エクスカリバー〉はああやって死地に誘ってるんだ。

 それに〈エクスカリバー〉から漏れた殺気はほんの一瞬だった。この会場内にそれを感じ取れたプレイヤーが果たして何人いるか。

 そもそも殺気というのは人間の勘――第六感に近い。

『……くるッ!』という相手の気配、それが殺気の正体だ。

 相手の力み、相手の緊張、相手の表情――殺気と呼ばれる”何か”を感じ取れる要素は幾つもある。だがそれは強者になればなるほどうまく隠しているものだ。強者は攻撃するその瞬間も自然体でいる。だから相手はまだ攻撃はこないという感覚を持っている……そんな所に攻撃が飛んでくるのだ。当然、まるで不意を突かれたような状況を強いられる。それは肉体的な素早さを体感させるのではなく、『速い』という錯覚を相手から引き起こす結果になるわけだ。

 加えて〈エクスカリバー〉は肉体的な素早さも体得している。

 結果、相手は二重の”速さ”をぶつけられて圧倒的な超高速攻撃を体感してしまうわけだ。

 だからこそ〈ヤマカガシ〉の嗅覚は鋭い、といえる。自然体でいる〈エクスカリバー〉からしっかりと殺気を嗅ぎ取った。そしておそらく〈ヤマカガシ〉は悟ったはずだ。

〈エクスカリバー〉の間合いには一歩も入ることができない、と。

〈ヤマカガシ〉は決して弱くないようだった。本選へ進出しているだけのことはある。これからさらに強者との戦闘を経験――鍛錬し続ければ二つ名を得られるような才能を秘めているように思う。いや、技術だけならもう【二つ名持ち】に片足を突っ込んでそうだ。相手が『対人戦をちょくちょくやってるよ』クラスのプレイヤーならば一分と経たずに勝利を掴んでいただろう。

 それでも、今はまだ――〈エクスカリバー〉の敵じゃない。

 現状最強の呼び声高い〈エクスカリバー〉と比べれば霞んで見えてしまう。

〈エクスカリバー〉の反射神経は……並じゃない。

 不意を突く攻撃であってもあっさりと対応してしまうのが〈エクスカリバー〉の怖いところだ。

 沈着冷静に相手を観察し、相手の強みと弱みを解析する。基本はナーガのように思考分析型の戦い方、トラのような柔軟性、そこに加わる超人的な反射神経による回避と防御。……と身のこなしと剣の技術と、判断力と戦闘経験と、あと……うん、まあ、きっと〈ヤマカガシ〉はとてつもない戦い難さを感じていることだろう。

 安定、磐石、揺るぎの無い強さ――それが〈エクスカリバー〉なんだ。

 不意に〈エクスカリバー〉はニィと笑みになった。


『…………お前は、なんという名前だった?』


 舞台上の声――〈エクスカリバー〉が放った言葉が拡声器を通して会場に響いた。

 へぇ、舞台での会話も聞けるようになってるんだ。


『……〈ヤマカガシ〉』と彼はかすれた声で答えた。


『…………相手をしてやろう、〈ヤマカガシ〉』


〈エクスカリバー〉が大剣を抜いて構えた。〈ヤマカガシ〉がもう誘いに乗ってこないのは目に見えている。なら誘っていても仕方ない、ということだろう。

 今の会話から分かる。〈エクスカリバー〉は死地に誘いながら問いかけていたんだ。

 ――お前はどれほどの実力を持っている? ただの間抜けか? それとも――と。

 俺は口元が笑みになるのを堪えられなかった。

 もし俺があの舞台の上、あんな化け物と対峙していたらどうする? どう対応する?

 奴はどんな相手だろうと、いつかは自分のペースにしてしまう。

 どんな敵だろうといつかは攻略法を見出してしまう。

 だから〈エクスカリバー〉相手に長期戦をしてはいけない。

 でなければ精神力を削り取られ、勝とうという気持ちを折られる。

 やるなら短期決戦。それも三重、四重に伏線をはった罠に嵌めるような戦いや思惑の裏を突くような戦いが好ましい。……俺なら倒しきることは端から考えない。狙うのは――場外だ。


「にひひ、セイギくーん。顔つきが怖くなってるよー」


 言われて俺は両手で顔を揉んだ。いかんいかん。ついつい〈エクスカリバー〉攻略法を考えていた。考えたってこの大会で奴と戦えるわけじゃないのに。

 ほどなくして決着は訪れる。〈エクスカリバー〉の天空を裂くかのような振り下ろしが〈ヤマカガシ〉をあっさり左右真っ二つにしていた。


「うわー、すごーい! 〈エクスカリバー〉さん強いね~っ!」


「ぎゃあああ! リーダーが負けたあぁあああ!」と頭を抱える《バジリスク》メンバー。


「って、あいつ相手を殺しちまったぞ! いいのかよっ!?」


「闘技場の試合では死んでもデータ削除されず、控え室に戻されるそうよ」


 あ、そうなのか。闘技場で死んでも大丈夫なのね。驚かせやがって……。

 その後、何戦か観戦した後、俺たちは城下町観光を再開するために移動を始めた。






「いや~、良い試合が観れたよ~。誰が優勝するんだろうね~?」


〈エクスカリバー〉で間違いないだろうな。だってあいつ、化け物だもん。

 ……まあ、あいつに勝てる可能性がある奴らと言えば――

 と、闘技場の出入り口へ続くロビーの階段を俺たちが降りている時だった。

 思いも寄らぬ声がロビーに響き渡った。


「き、きたぞッ!! ディ、《ディカイオシュネ》がきやがったぁあああああッ!!」


 その声に俺は耳を疑った。

 ………………え……? なんだって……? 今――

 ゆっくりと、声のした方へ……出入り口への方に視線をあげる。

 俺たちの進行方向……闘技場の出入り口、その人垣が道を開けるように、そうしなくてはいけないと悟っているかのように割けていく。

 瞬間、背筋がぞくりとなり、肌がチリチリと焼き付くような感覚が襲いかかってくる。

 溢れかえるような異常性が、ドス黒いオーラが出入り口から一気に侵入して空間を支配する。

 出入り口から降り注ぐ光を背に立っている集団。

 逆光になっているせいで細部は分からず影のシルエットしか見えないが、彼ら、彼女らの持つ双眸は圧倒的な眼光を放っていた。


「……ぃっ」


 ミヤがかすかに息を呑み、怯えたのが分かった。

 カツン。

 先頭の男が一歩、歩んだ足音がそこにいた者たち全員の耳朶を打つ。

 無音だった空間が、時が動き出したように二〇人ほどの集団が中へと入ってくる。 

 その集団の先頭を歩く男の姿を見て、俺は口を半開きにしたまま呆けてしまった。


 何が起こっているのか、その集団がなんなのか俺の脳は理解するのに時間を要した。

 俺だけじゃない。

 トラも、ナーガもその姿を見て固まったままだった。


「セ、セイギくん……あれ――」


 トラの声が震えていた。

 それに応える俺の声も自然と震えてしまっていた。


「――ああ。……どう、なって……るんだ……」


 俺の視線の先、そこには俺が二年前使っていたキャラクターと同じ顔、同じ体格、同じ格好をした男が――

 ――見る者を凍りつかせる鋭い眼光で。

 ――自信に溢れた不敵な笑みで――歩いていた。

 何がどうなってる……! お、俺が――“魔王”がっ……いやがるっ……!!

“魔王”だ。

 二年前の俺にそっくり、なんてものじゃない。ありゃ完全に二年前の俺の姿だ。

 血に染まったような赤髪、全身を包むのは黒い鎧、腰にぶらさげたいびつな鞘に入った洋剣。

 混乱した。意識すると視界に偽“魔王”のプレイヤー名が表示される。


 ――〈ジャスティス〉。


「ま、“魔王”の〈ジャスティス〉だああぁあああ!!」


 足音だけが響く静まり返った空間の中、俺は思わず指を差して叫んでしまっていた。


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