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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR3  『息衝く異世界プログラム』
42/109

第一八話 『真の意味での』

「んで、お前の二つ名はなんてんだ? 殺す前にちゃんと聞いとかねぇとな……。“猛獣”がてめぇの二つ名を喰ったってネットに晒しあげなきゃいけねぇからな」


 そう〈アギト〉は残忍な笑みでくつくつと笑い、円月刀を上段に構えた。そして、すぅっと眼を細めて〈セイギ〉を見据える。

 ピンと空気が張り詰め、ザアアァという豪雨が地面を打つ音が空間を支配した。

 やはり【二つ名持ち】ということだけはあった。〈アギト〉の堂に入る構え方からして現実の世界で武道に携わった経験があるのだと分かる。


「ふん、だんまりかよ。まあいい。なぜ俺が”猛獣”と呼ばれているのか教えてやるよ……」


 そんな〈アギト〉の陳腐な台詞に〈セイギ〉の口元がにたりと邪悪に歪んだ。

〈セイギ〉が右足を半歩下げ、足場を作るように地面をぐっと踏み込む。そしてゆっくりと上半身を倒し、顔ごと伏せて前傾姿勢になった。両腕は力を抜いてだらりと垂れ下がっている。

 これから死合う構えとは見えぬ格好に、〈アギト〉はぴくりと眉を動かした。


(何か企んでやがるのか? また地面を殴った水柱で視界を奪うつもりか? 相手は名前も知らねぇ【二つ名持ち】……! 警戒は怠らねぇ……! どんな作戦だろうと初手は潰す……! そして流れを一気に引き寄せてやらぁ……ッ!)


 注意深く〈アギト〉が〈セイギ〉の動向を観察する。

 不意に、〈セイギ〉は眼を瞑ったまま、深呼吸するように大きく息を吸い込んだ。

 まさに次の瞬間だった。


 ピシャァァアーンッ!


 雷鳴が轟き、〈アギト〉の、そして《バンデット》たちの視界が白く染まったまさにその瞬間――

 

 ――〈アギト〉の視界では雷と共に〈セイギ〉の姿が掻き消え――


 次に彼の視界に映ったのは、大きく開かれた〈セイギ〉の右鉄指だった。

 その鉄の指が〈アギト〉の顔に減り込んだのと同時に、遅れて〈アギト〉の横を突風が駆け抜け、〈セイギ〉が一直線に進んだ証であろう――地面の水溜りがまるで海が裂けるかのように左右に別れて水飛沫を高く飛び散らせた。

 それからだった。〈アギト〉が「……あ?」と疑問を凝縮した言葉を短く漏らせたのは。

〈セイギ〉は〈アギト〉の顔面を右手で掴んだまま、彼の体を大きく宙に振り上げる。〈アギト〉の体がまるでボロ布のように天地逆さまになり〈セイギ〉の頭上で宙を漂う。〈セイギ〉は真上の標的――〈アギト〉から視線を反らさず、ぐっと鉄の右拳を強く握り、腰を捻じって地面すれすれまで引き絞る。

 自分の真下で大きく右拳を振りかぶった〈セイギ〉に〈アギト〉の本能が『やばい』と警鐘を鳴らした刹那――〈セイギ〉のはち切れんばかりに蓄えられた力が、下から大きく半円を描いて〈アギト〉の顔面めがけて唸りを上げる。


 ゴキィイイイィイィイィッ!!


〈セイギ〉の右拳は、彼の頭上で見事に〈アギト〉の顔面に減り込んでいた。

〈アギト〉の顔面からぶしゅうと血が飛ぶ。

〈セイギ〉の一撃はそれだけに留まらなかった。

 彼は〈アギト〉の顔面に右拳が突き刺さったまま大きく左足を前に踏み込ませると、喉から雄叫びをあげて〈アギト〉の頭を地面に叩きつけたのだ。〈アギト〉の頭が地面と〈セイギ〉の右拳に挟まれて雨でぬかるんだ地面に減り込む。


「がはああぁああぁっ……!!」


 頭ごと背中も叩きつけられて〈アギト〉の肺から空気がすべて吐き出される。

〈セイギ〉の前に逆大の字で倒れた〈アギト〉は痛みと呼吸困難で頭が朦朧とする中、眼を開いた。すると〈セイギ〉が逆手に持った剣を無造作に振り上げていた。


「や、やめっ……!!」


〈アギト〉の懇願など聞く耳も持たず〈セイギ〉は剣を倒れている〈アギト〉の腹へと突き刺す。

 雷雨の森の中で絶叫が木霊した。

 その絶叫が静まると、〈セイギ〉は〈アギト〉の肩を片足で踏みつけ、彼の顔を真上から覗き込んだ。

 

「…………どうした。貴様が”猛獣”と呼ばれている理由を俺様に教えてくれるんじゃなかったのか」


 まるで地の底から響いてくるかのような静かで威圧感のある声だった。

 そこで〈アギト〉は自分を見下ろす〈セイギ〉の表情を見た。

 そして、血の気が引いた。

 自分を見下ろす冷徹で残酷さを隠そうともしない視線に〈アギト〉は体を動かせなくなる。

 そこに立つ人間からは教会で見た時のような間抜けさや、甘ったれた印象は一切無かった。


 がくっ、がくがくがくがく……。


〈アギト〉の体は自然に震えだしていた。

〈アギト〉も――やっと気づいたのだ。

 彼の前では【二つ名持ち】の自分でさえただただ死を迎えるしかない立場の人間だということに。

 彼の前では【二つ名持ち】だろうと無名プレイヤーだろうと大した差ではないのだと。

 およそこの世のものとは思えない。

〈アギト〉の心からは抗う気さえ吹き飛び、ただ恐怖に埋め尽くされていた。

 どんな人生を歩めばこんな希望も未来も根こそぎ奪っていくような眼ができるようになるのか。

 どんな訓練をすればこんな動きができる脳に仕上がるのか。

 こんな人間が存在するはずがない。

 それ故に、純粋な疑問として〈アギト〉は問うていた。


「お、おおお、お前は……! い、いい、いったいどんな育ち方を――ぐあぁああああああ!!」


 お前に口を開く権利は無い、とでも言わんばかりに〈セイギ〉は〈アギト〉の腹に刺さった剣を捻じった。

 そして彼は〈アギト〉の問いかけに対して自嘲するように口の端を歪める。

 どんな育ち方をしたのかなんて訊くまでもないことだった。

 なぜなら自分は”魔王”と呼ばれる男なのだ。

”魔王”が育つ場所なんて……そんなところは――


「――地獄に決まっているだろう」


 ピシャーン、と轟音をたてて〈セイギ〉の背後で雷が閃いた。

〈セイギ〉の顔が影で暗くなり、まるで両目だけが闇の中で爛々と輝いているように見える。


「――ひっ」


 あまりの恐ろしさに歯の根が合わずガチガチと音をたて始めた。

 負の要素、そのすべてを詰め込んだモノがヒトの形をしている。

 馬鹿げた表現だが、〈アギト〉には比喩などではなく、目の前の〈セイギ〉がまるで魔の王のように見えた。

〈セイギ〉は〈アギト〉の腹から剣を乱雑に抜く。そして、くるんっ、と手の甲を返して剣を回した。

 それを視界の傍で捉えたことで、〈アギト〉の脳裏にある鮮烈な記憶が蘇った。

 自分の身を襲う恐怖と、頭に過ぎった彼に対する印象、そして記憶が重なり合い、〈アギト〉の中で閃きが訪れる。


(この……剣を回す独特の癖……! ま、まさか――まさかこいつ……!!)


 同じ癖を持つプレイヤーが過去に存在したことを彼は思い出したのだ。

 全身を包む漆黒の鎧、邪悪でいびつな形をした片刃の剣。

 いつも自信に溢れ、対峙する者に恐怖感を募らせるような不敵な笑みを浮かべる男。

 彼はいつも、まるで余裕を見せるように剣を回していた。

 くるん、くるん――と。


(そ、そうだ……! た、たしかこいつの名前はっ……〈セイギ〉!? ……英語にしたら……ジャスティスじゃねぇかッ――! 人が変わっちまったように別人だったが――間違いねぇ、こいつはッ……伝説のッ――!! あのッ――!!)


〈アギト〉が眼を見開いて驚愕していることなどどこ吹く風、〈セイギ〉はため息をでも吐くように言葉を口にした。


「“猛獣”の〈アギト〉……。貴様……どうやら勘違いしているな……」


〈アギト〉は言葉を返さず、ただただ〈セイギ〉の瞳を見つめ続ける。

 いや、そうすることしかできないでいる。


「――俺様をお前たちと同じ“人間”だと思うな」

 

〈セイギ〉が剣の切っ先を〈アギト〉の顔面に狙いを定める。

 もはや逃れようの無い死が近づいていた。

 対峙する者の心の臓を凍らせ、絶望で埋め尽くすほどの圧倒的な恐怖。


(――魔王だァッ!! 史上最強最悪ッ!! 絶対無敵の“魔王”〈ジャスティス〉ッ……!!)


〈アギト〉は自分の愚かさを呪わずにはいられなかった。

 自分の目の前にいるのはただ復讐に身を焦がしたプレイヤーなんかじゃなかった。

 正義感に突き動かされた甘っちょろい偽善者なんかじゃなかった。

 こいつはただ純粋な――


(――化け物っ……!! 汚い手口や利己的な行動のせいで“魔王”という二つ名がついたと思っていた……だが違う……!! 尾ひれがついたわけでも、流言飛語でもない……! こいつは正真正銘……冷血残酷なッ……真の意味での――魔王なんだ……ッ!!)


『七つの未攻略クエスト』を制覇し、一騎当千の【二つ名持ち】が、その一人一人がセルズリーダーをやっていてもおかしくない強者のみが集った《ディカイオシュネ》……その猛者をまとめあげていたセルズリーダー“魔王”の〈ジャスティス〉。

 偉業中の偉業――誰もが知る伝説の男が、今、自分の目の前に立っていた。


(……最初からッ……勝てるわけが……なかっ――)


〈アギト〉の思考はそこでプツンと途切れていた。

〈セイギ〉が彼の脳天に剣を突き刺したのだ。

 絶望に染まった〈アギト〉の眼から光が失われた瞬間、彼の体は光とともに弾けていた。

 今までそうしてきたように、〈セイギ〉はくるんっ、と剣を回す。

 そして〈アギト〉が倒れていた場所に向けて吐き捨てるように呟く。


「……フン。貴様のように悪名だけでついた二つ名と……真の強者についた二つ名を同格にしてやるな。……あの馬鹿どもに失礼だ」


 圧倒的な力の差に動けないでいた残りの《バンデット》たちだったが、決着を見届けたことで止まっていた時間が動き出した。


「そ、そんなッ……! 《バンデット》のNo.3が成す術もなくやられただと!?」


 残った四人の男たちが驚愕した表情で〈アギト〉の名残である大地に散らばったアイテムを見た。


「ほう、No.3だったか。有名セルズといえど悪名で育ったセルズでは……やはりこの程度か」


〈セイギ〉はゆっくりと残った四人へ歩いていく。


「貴様らに教えてやる。――本物の【二つ名持ち】がいかに人中を越えた脳を持っているか」


 くるん、と回した剣を構え、〈セイギ〉は低い体勢になった。


「……もっとも、俺は【二つ名持ち】の中でも飛び切り最凶最悪の【二つ名持ち】だがなッ!」


〈セイギ〉の足のバネが弾け、彼の体は瞬く間に男たちとの間合いは零になっていた。


「う、うわあぁあああ! に、逃げろぉおおお! こ、殺される……!!」


「この俺様がッ!! 逃がすとでも思っているのかぁあああぁッ!!」


〈セイギ〉が剣を、右拳を振るうたびに一人、また一人と光の粒子へ――現実の世界へ送り還していく。

 まさに虐殺と呼ぶにふさわしい一方的な殺戮だった。

 あっという間の出来事に《バンデット》たちは抵抗する暇も無く瓦解していた。


「残るは……貴様、一人だけだ」


〈セイギ〉は腰を抜かして地面に尻餅をついている男を見下ろした。


「ひぃっ! なぜだ……! なぜ俺たちを襲うんだ!? NPCの村を襲って何が悪いっていうんだ!! あいつらはプレイヤーじゃねぇ! ただのデータだろうがっ!!」


 その言葉に〈セイギ〉は男の胴を踏みつけた。


「それが貴様の言い分か……!! あの村に住んでいたのはたしかに情報生命体だ……! だが彼女たちはこの世界で間違いなく生きていた……! 一度しかない生を生きていた……! それを貴様らは奪った……! 殺した!!」


 刀身を男の首筋に添える。


「殺したんだッ――!!」


 そして、ゆっくりと剣を振り上げる。


「貴様らの罪は俺たちプレイヤーを殺す罪よりも、遥かに重いッ……!!」


「や、やめろぉお!! やめてくれぇ!! これは人間のためのゲームじゃねぇか! NPCがこの世界で生きてても無駄だろう!! その無駄を省いただけじゃねぇかよ!!」


 その言葉に〈セイギ〉は剣の構えを解いた。

 ゆっくりと、男の胴から足をどける。


「無駄? 今、お前、無駄って言ったか?」


 そう問う〈セイギ〉の表情は男からは影になって見えなかった。

 男は〈セイギ〉が攻撃を止めたのを見て、正しい言葉の選択をしたと思ったのだろう。卑屈な笑みを浮かべながら、ここぞとばかりにぺらぺらと舌を回す。


「ああ、だってそうだろう! 無駄だ、無駄! 『ワールドマスター』は俺たちプレイヤーが遊ぶための世界だ! NPCを生かそうが殺そうが関係ない! あいつらなんて無駄なデータなんだよっ!」


 すっ、と顔をあげた〈セイギ〉の表情は怒りに染まっていた。


「俺は……無駄だと決め付けられるのが――大嫌いだぁああぁッ!!」


 顎を蹴り上げられて男の視界が天を向いた。


「ごふぅう!?」


「無駄かどうか教えてやろう……!! これがこの世界で発達した人類に無い剣術だッ……!! お前が無駄だと決め付けたものだッ!!」


〈セイギ〉は低い姿勢をとり、左手に持った剣を顔の横で真っ直ぐに構えた。

 それはフェレア=レイアスの構えと同じものだった。

 生存本能からか、男は水を掻くように足をつっかえさえながら立ち上がり、背中を向けて逃げだす。

 だが、それを〈セイギ〉は追おうとはしない。

 ただ、ただただ集中力を高める。

 不意に、雨が止んだ。

 立ち込めていた暗雲の間から光が、〈セイギ〉へと降り注ぐ。


『違います、セイギさん! もっと右手をあげるんです! 視線は真っ直ぐ敵を見て!』


(ああ、分かってるよ。こうだろ、フェレアさん……)


 右手の平で標準を合わせ、逃げる男の背中を真っ直ぐに見据える。


『ちゃんと私の構えを見てくださいっ! こうですっ! いきますよ!?』


(ああ……! こいつに見せつけてやろう……!)


〈セイギ〉は降り注ぐ光の中でたしかに感じていた。

 自分の隣で、彼女の幻影が同じく構えている。

 ここにいるはずの無い彼女の存在を〈セイギ〉はたしかに感じ取っていた。

〈セイギ〉とフェレアの幻影はゆっくりと深呼吸をし、すぅーっと大気を吸い込む――


「ジョルトー流古剣術――ッ!! 【雅穿】――ッ!!」


〈セイギ〉の言葉と共に剣が未知の光を放つ――


 ――その真っ直ぐに伸びた閃光は男の心の臓を背中からやすやすと突き貫いていた。




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