第一七話 『無機質な瞳』
クノッソの村から少し離れた森。鬱蒼と生い茂る木々の中に大きな広場があった。
そこで八人の男たちは奪った金品を椅子にしてぶどう酒で乾杯していた。
言わずと知れた山賊セルズ《バンデット》たちである。
「ぎゃはははは! NPCの村襲うのウマすぎだろ!」
「これで一気に大金持ちじゃん? モンスター狩りなんて馬鹿らしくてもうできねぇな」
男たちの言葉に、そのPTのリーダー“猛獣”の〈アギト〉は鼻で笑う。
「フン。何言ってやがる。俺たちは山賊だ。奪ってなんぼの生き方こそ王道だろぉがよ」
「さすがは“猛獣”だぜ! やることの格が違ぇよ、あひゃひゃひゃ!」
その言葉に気を良くしたのか〈アギト〉は静かに口を歪めた。
ピシャァーン!! ゴロゴロゴロッ……!
雷鳴が轟き、周囲の景色が一瞬明るく染まった。
「あーあー、雷まで鳴り始めやがった。こりゃ天も祝福してくれてんのか? お?」
《バンデット》の一人が気づいた。
いつの間にか木々の間に一人の少年が立っていた。
いつからそこにいたのか、まるで雷鳴と共に現れたような不思議な感覚を男は覚える。
意識して少年を見ると、視界に〈セイギ〉という名前が浮かんだ。
〈セイギ〉の体は豪雨でずぶ濡れになっていた。濡れた前髪と俯いているせいで彼がどんな表情をしているかよく見えない。
「あぁん? たしかお前……俺たちと一緒に教会へ流れ着いてたPTの一人か」
不意に、〈セイギ〉はすっと右手の人差し指で男たちが飲んでいるグラスを指差した。
「……それは農家のおっちゃんとおばちゃんが俺たちに振舞ってくれたぶどう酒だ」
眉をひそめる《バンデット》を気にせず、ついで彼は人差し指を移動させる。
「お前らが食ってるのは飲食店を経営しているおっちゃんが俺たちに振舞ってくれたクノッソの村の名物料理だ」
「あぁ? てめぇ、何をわけわかんねぇこと言ってやがる……! ぶち殺すぞ!?」
一人の男がグラスを投げ捨てた。剣を抜き放ち、ずかずかと〈セイギ〉へ歩いていく。
そして凶悪な顔で〈セイギ〉を見下ろした。微動だにしなかった〈セイギ〉だったが投げ捨てられたグラスから零れた紫の液体を見て、ぴくりと指が動いた。
「ぎゃははは! なんだあいつ、わざわざ殺されるにくるたぁご苦労なこった! プログラムデータの復讐でもするつもりかよ、ぎゃははは!!」
「あぁ、コラッ! ビビって声もでねぇのか!? なら、さっさと死ねやぁああ!!」
男は剣を振り上げ――〈セイギ〉へと振り下ろした。
だが、耳をつんざくような金属音が森に鳴り響く。男の剣が〈セイギ〉の首へと達することはなかった。男が振り下ろした剣は〈セイギ〉の右手によって掴まれ、その動きを止められているのだった。
「あぁ!? 離せ、こらぁ! 離せっつってんだよ、おい!」
男が引こうと押そうが〈セイギ〉に掴まれた剣はビクとも動かない。まるで〈セイギ〉と彼が掴んだ剣だけが時を止めてしまったかのように宙で固定されていた。
だが不意に、ピシッと音がして〈セイギ〉が掴んでいる箇所から剣にヒビが――亀裂が走る。
次の瞬間、甲高い音をたてて男の剣は〈セイギ〉によって握り折られていた。
「はあっ!? てめぇ、どんだけ【腕力】スキルを――!」
〈セイギ〉がゆっくりと、顔をあげ、やっとその瞳を男に向ける。
――ぞくっ――
途端に男の背中を言いようのない悪寒が駆け上がった。決して見てはいけないものを見てしまったような、決して開いてはいけない箱を開けてしまったような、後悔が荒波となって押し寄せる。
こちらを見据える彼の瞳は深い闇がそこにあるかのように漆黒だったのだ。まるで本物の地獄を生きてきたかのような――感情が一切見えない、人間らしい感情が見えない無機質な瞳に男は理解せざるを得なかった。
――自分が目の前にしている人間はヒトの皮を被った何かだ、と。
――この男の前に立ち塞がるだなんて自分はどれだけ間抜けなことをしたのか、と。
これはたかがゲームの中だ。
だというのに、男は何の疑問も無く、『本当に殺される』と感じていた。
「――ひっ」
男が短い悲鳴を発した直後――
ズバァアアアァアァッ!!
快音がして男の頭が宙を舞っていた。
降り注ぐ雨に逆らうように、首から血飛沫が天へと噴き上がる。
ぼちゃっ、と泥水の中に男の頭がバウンドもせず落ち、遅れて力を無くした胴体が倒れていく。
非の打ち所の無い【クリティカルヒット】だった。
『ワールドマスター』内では死角からの攻撃や、意識外の攻撃を受けた際に【クリティカルヒット】が起こるのだ。頭を飛ばされた男は〈セイギ〉の剣――その閃きにさえ気づけていなかった。
何が起こったか理解できなかったのは周りで見ていた《バンデット》たちも同じだった。
何の予備動作もなく、一息で抜き放たれていた彼の斬撃。赤い液体に彩られた彼の剣を見てやっと《バンデット》たちは〈セイギ〉が攻撃したのだと理解した。
頭を失った男の体は徐々に光の粒子に分解され、持っていたアイテムを四方八方に撒き散らして消滅した。
「……そうか。……やはりプレイヤーの体は消えるのか」
〈セイギ〉は男の体があった場所を見下ろしながら冷静に呟いた。その声はひどく静かで、落ち着いているように聞こえる。だが、彼の心中は決して穏やかではない。まるでボコボコと泡が弾ける煮え滾った熱湯のように感情が渦巻いていた。
彼がゆっくりと残りの《バンデット》たちを視界に収める。
彼の視界の中に入ってしまった《バンデット》たちは急に体が強張り、足が動かなくなる。
「……まず一人目」
くるんっ。
〈セイギ〉は左手の甲を返して血に彩られた剣を回転させる。その遠心力で剣から血が飛び、綺麗な刀身が顔をだした。
《バンデット》たちは圧倒的に有利なはずの状況でなぜ自分が怯えているのか理解できなかった。それは彼らの本能が〈セイギ〉という人間の危険性を察知した結果だったのだが、彼らは腹の底から沸いてくる不安と怯えを押し込めて声を荒げる。
「な、なんだ、テメェ!! 俺たちを《バンデット》だって分かってんのか、アァッ!?」
「これだけの人数相手にやろうってぇのか、てめぇ! あ、頭どうかしてるぜ!」
「や、やっちまえ、やっちまえッ! 《バンデット》に逆らうことがどういうことか教えてやれ!」
襲いかかってくる二人の男たち。〈セイギ〉はゆっくりと右拳を大きく振りかぶった。そしてそのまましゃがみ込んで水溜りをつくっていた地面へ右拳を打ちつけた。
すると、ぬかるんだ地面から泥水の壁が高々と跳ね上がり〈セイギ〉の姿を隠す。
泥水は肉薄してきた二人の男を包むように降り注いで、再び、地面の泥水と混ざり合う。
そこで二人の男は異変に気がついた。
視界が泥水の壁から開けると前にいたはずの〈セイギ〉の姿が忽然と消えていたのだ。
「どこ行きやがった!?」
男の一人が辺りを見回し、すぐにその姿を見つけた。
――背後だった。
いつの間に男たちの間をすり抜けたのだろうか、〈セイギ〉は男たちの背後にいた。
剣を大きく振り抜いた格好で低くしゃがみ込んでいる。
〈セイギ〉は無造作に立ち上がり、手の甲を返して血に濡れた剣をくるんっと回した。
「二人目と、……三人目」
「……あ?」
刹那――〈セイギ〉の背後にいた男たちの姿が閃光を放って、アイテムを撒き散らし光に弾ける。
《バンデット》たちは戦慄せざるを得なかった。恐怖せざるを得なかった。
泥水を利用するその発想、瞬時に切り替わる静と動。
〈セイギ〉のレベルは自分たちとあまり変わらないはずだ。
ただ違うのは――圧倒的なまでの経験。一体どれだけ場数を踏めばこんな戦い方ができるようになるのか、〈セイギ〉という少年の動きは熟練者を超越していた。
残る《バンデット》たちは五人。
対する〈セイギ〉は一人。
三人が倒されてもまだまだ《バンデット》たちの方が有利だ。だというのに、その空間を支配しているのは間違いなく彼――〈セイギ〉その人だった。
彼から放たれている威圧感は逆らうことを許さず《バンデット》たちを呑み込んでいた。
ピシャーンッ! と雷が鳴り響く。
転瞬の間、〈セイギ〉の影が大きく伸びて《バンデット》たちの足元へ届く。
その不気味に伸びた影に《バンデット》たちは本当に〈セイギ〉が自分たりより遥かに大きな存在になっているような錯覚に陥った。
「どうした……。さっさとこい……。後がつっかえてるんだ」
〈セイギ〉は剣を構えもせず、無警戒に《バンデット》たちへと近づいてくる。
「な、何者なんだよ、こいつ……!! 動きが尋常じゃねぇぞ……!!」
「くっ!! まさか【二つ名持ち】かよっ!!」
〈セイギ〉のゆったりとした歩みに、《バンデット》たちは武器を構えたまま後ずさる。
そこでやっと金品の山に足を組んで座っていた“猛獣”の〈アギト〉が動いた。
ぺっ、と唾を吐き、組んでいた足を解いて、立ち上がる。
「……そうかい、そうかい。お前……【二つ名持ち】だったってわけだ。……なら俺が相手してやらねぇとな。お前らにゃちぃーと荷が重過ぎるだろ」
〈アギト〉は好戦的な笑みを浮かべると、円月刀を舌ですぅーっと舐めた。




