第一五話 『雷雲』
【二一五三年/地月四日/闇の日/一二一四時/はじまりの世界/クノッソの村】
三十分――いや、もっと戦っていただろうか。
俺たちとフォレストサーペントの戦いは決着の時を迎えようとしていた。
明らかにフォレストサーペント二体の動きは鈍ってきている。舌を出したまま荒い呼吸を繰り返している。瀕死状態――もう残りHPは一割を切っているだろう。
傷ありの方を俺とトラのペア、傷なしの方はミヤとナーガのペア、前衛と後衛の二人組みで俺たちはフォレストサーペントそれぞれと戦っていた。そしてその二つのペア両方の状況を見ながらミライは中央で回復魔法と強化魔法、時には防御魔法を飛ばしている。
だが――もう……限界だッ……!!
俺も、トラも、ミヤも、ナーガも、そしてミライも……アイテムを使い果たしたッ……! じきに油で作った炎の線引きも消えちまうっ……!! そうなったら……終わりだッ……!
みんなの汗を滲ませた表情から焦りが見えていた。
フォレストサーペントも俺たちももう限界……! くそっ……! 押し切れなかったか――!
だが不意に――その時はやってきた。
「シャゲェェェゴォォオォ…………!」
先に傷なしの方が、続いて傷ありの方が弱々しい声をあげた。
ずずぅんっ、と重い音を響かせてフォレストサーペントたちが腹を向けて倒れる。
動かなくなったフォレストサーペントたちに俺たちはしばらく荒い息のまま、まだ戦闘態勢を解かなかった。
「……か、勝った……わよね?」
両膝に手をやってぜぇぜぇと肩で息をしているミヤが誰に問うでもなく呟いた。
「どうやら……その、ようね……」
さすがのナーガも精神力を使い果たしたのか、くらりとよろめく。
「や、やったぁーっ!! すごぉいっ! すごいよ、わたしたちっ! 勝っちゃったよ!? わたしたちで倒しちゃったんだよ! 二体だよ!? 二体もだよっ!」
ミライがぴょんぴょん飛び跳ねて勝利の喜びを味わっていた。
その言葉にトラはやっと戦闘態勢を解き、へなへなとその場に座り込む。
「な、なんかスッゴイ勢いでスキルとレベルが上がってるんだけど……」
ミヤはフォレストサーペントとの戦いで上がったスキルを確認しているようだ。
「にひひ、こいつら強かったねぇ~~。…………いやほんとマジで」
おーおー、さすがにトラもげっそりして座り込んでるな……。かくいう俺も精根尽き果てたって感じだ……。剣を支えにしてなけりゃぶっ倒れる……。
「ミライっち~~。まだ動けるなら二体のドロップ回収してちょ~~」
トラは大の字になって背中から寝そべってしまう。言われてミライはおっかなびっくりという感じでフォレストサーペントの顔を覗き込んだ。そして指でちょんっと触れる。
キラリ、と触れ合った部分が煌く。それでミライのアイテムボックスはフォレストサーペントから手に入ったもので埋まっているはずだ。そしてミライがもう片方のフォレストサーペントに触れると――どさっ、とミライの頭上から蛇の肉やら蛇の皮やらが降り注いだ。
……どうやらアイテムボックスに入りきらなかったらしい。
蛇肉と蛇皮の山からミライの右手が出て、『たすけて!』といわんばかりに動いていた。
ナーガが蛇肉と蛇皮の山に触れ、それらをアイテムボックスへと回収していく。すぐにドロップ品の山が消えて下敷きになっていたミライが飛び起きた。
「ぷっはぁ! 多いよっ! アイテム全部使っちゃったからボックスはからっぽだったのに満杯になっちゃっうくらい多いよっ!」
「何か特殊なアイテムとかドロップしてないのか?」と俺は尋ねてみる。
「うーん……してないよー? えっとねー……肉と皮と牙ばっかりだよ?」
アイテムボックスを見渡しているのだろう、ミライの視線が宙を泳いだ。
「はぁ……何よそれ……。これだけ苦労して普通のドロップって超マズじゃないの」
ミヤがやれやれとばかりに大きくため息を吐いた。
「にひひ、容赦なく赤字だよねん、これ」
「いやいやっ! 村の安全はこれで保たれたんだから良しだよっ! わたしたちは村の平和という得がたい報酬をもらったんだよっ!」
その後、俺たちはくたくたの体をのろのろと動かし、村への帰路についた。
来た道を戻るだけなのだが、街道にでるまで来た時よりも長い時間がかかったのは言うまでもない。俺たちは街道を歩きながらフォレストサーペントとの激戦を思い返していた。
「途中で後衛入れ替わってたのはちょっと笑いそうになったわよ。トラが後衛に来てたはずが気づいたらナーガになってて『あれっ!?』って」
「にひひ、俺っちも思った。いつの間にか三人で戦ってたから『んあ!?』って」
「……あれは……セイギくんなら一人で戦えると思ったのよ」
「うそつけ! ナーガさん、素で間違えてたよね!? あれ天然だよね!? ボクァ、いつの間にか一人で傷ありの方と戦っててなんのイジメなのかと思いましたけど!?」
「でもその後、まさかミライがセイギくんの後衛に入ろうとするとは思わなかったわ」
「ふっふっふ。わたしとまぁくんのペアは最強だよ! 天下一だよっ!」
「いや、お前戦えないじゃん!? 後衛に来られても邪魔以外の何者でもないから!」
「トラが止めてなきゃ中間管理職ほっぽりだして本気で後衛やってたでしょうね、この子」
「でもスキル構成で考えると超火力のセイギくんと支援補助のミライというペアは――あら?」
その時、ナーガが何かに気づいた。何かを見上げて歩みを止める。
同時に俺も気づいた。あの黒く立ち昇っているのは――
「けむ――り?」とミライが見えているものを確かめるように呟いた。
そう、煙だ。
幾筋も、黒い煙が空に向かって線を引いていた。
「……あれって……村の方……だよねぇ……」とトラの頬に脂汗が流れた。
瞬間、俺たちは誰ともなしに走りだしていた。
疲れなど吹き飛んでいた。
頭を駆け巡る嫌な予感と予想に、俺たちの足は勝手に動いていた。
そして俺たちは丘の上から村を見下ろし、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
「どうなってやがるんだッ……!! 村が――燃えてる……ッ!!」
俺たちの眼下には轟々と燃え盛るクノッソの村があったのだ。
【二一五三年/地月四日/闇の日/一二四四時/はじまりの世界/クノッソの村】
俺たちは必死になって街道を走っていた。
ゴロゴロと鳴る真っ黒の雷雲が辺りを暗く染めていく。
しだいに降り始めた雨はやがて豪雨となって俺たちの身を濡らしていく。
雨に体力を奪われ、吐く息も白い。
それでも俺たちはぬかるんだ地面を踏みしめ、泥を飛ばして全力疾走していた。
俺たちよりも足の速いミヤの背中はもうすでに見えない。
きっと一足先に村へ着いているはずだ。
「うそっ……! うそだよっ……!! こんなのっ……!」
ミライの顔は蒼白になっていた。
やがて、村の入り口で立ちすくむミヤの背中が見えてきた。
「ミヤ……! おい、ミヤッ!」
追いついた俺が肩を掴んでみるが、ミヤは燃え盛るクノッソの村を見つめ放心していた。
そこで俺は煙の匂いに血生臭さが混ざっていることに気づいた。
建物が燃えているせいで上になっていた視線を下にする。
そこには赤く染まった地獄のような光景があった。
「あぁっ……! あああぁあっ!! おっちゃあぁぁあんッ!!」
入り口付近で倒れているのはいつも俺に声をかけてくれた農家のおっちゃんの変わり果てた姿だった。俺が抱き起こすと、がくり、と力なく首が垂れる。
っ……死んで……! こんなっ……うそだろ……!!
「やだっ……やだ……! フェレアさんっ! ラーディハルトさん! みんなっ!!」
ミライが叫びながら炎で舐め尽された村の中へと駆けていく。
「おいっ、待てミライッ!! くそっ!! ちっくしょう! 何があったんだよ、これはよぉッ!! ふざけんなッ……! ふざけんなよぉおおッ!!」
俺は天に向かって咆哮した。
「セイギくんっ、とにかくミライを追って頂戴! 一人じゃ不安だわ! 村の人たちをっ……生きている人を探すのよッ! トラくんも!! 助けられる人を助けて頂戴ッ!」
「あ、ああっ……!! わ、分かった……!!」とトラが村の中へ走っていく。
「ミヤッ! あなたもよ!!」
ナーガがミヤの名を叫ぶ。だがミヤは燃え盛る村を前に放心していた。
焦点が定まらず、ただじっと炎を見つめて体を震わせている。
「ミヤッ!? っ……――一之瀬美耶子ッ!!」
「……っ!!」
三度目の呼びかけに、やっとミヤの眼に光が戻ってきた。
「生き残っている人を探して手当てして頂戴ッ!! いいわねッ!?」
「え、ええ……わ、分かったわ!」
ミヤも村の中へと走っていく。それに続くようにナーガも、俺も濛々と真っ黒の煙が立ち込める村の中へと足を踏み入れていった。




