第一四話 『六枚羽』
「シャァアアアァアァァ――ッ!!」
「んぎゃぁああぁあぁあああああああ!!」
フォレストサーペントが威嚇の声をあげたのと同時に俺も叫んでいた。
それだけ騒がしくすれば当然、眠っていたフォレストサーペントも眼を覚ます。ゆっくりと頭をもたげ、俺を見るや否や牙を剥いて威嚇してくる。
俺はランタンを持ったまま、二体のフォレストサーペントから間合いを開け、だだっぴろい空間の中央で右へ左へ視線をやる。
二体のフォレストサーペントは俺の周りをゆっくりと周回し、俺の死角へ入ろうと動く。
隙を見せれば一発で丸呑みにされてしまうだろう。
緊張からくる脂汗で背中にシャツが張り付いてくる感覚がする。
やばいやばいやばい……! これ超やばい……! 一体でもやばいのに、二体はやばすぎる……! やばすぎてやばいしかもう言葉がでてこないくらいやばいぃいぃ!!
よく見ると二体のフォレストサーペントは体格や様子が違った。
俺の後ろからやってきたフォレストサーペントは体に古傷が幾つもついている。もう一方、洞窟の奥で眠っていた方の体に傷はなく、傷ありに比べると小さめだ。
俺は傷ありと傷なしを交互に視界の端に収めながら、じりじりと体の方向を変える。
俺はすぐ反応できるように自分の脳に言い聞かせた。
くるぞくるぞくるぞ、すぐくるぞぉ……! くるからなっ、くるぞ、ほらくる……!
刹那ッ――!!
傷ありの方が俺の側面から馬さえも丸のみする口を開けて突進してくる!
俺はすぐに真上へ跳躍した。およそ現実の世界ではありえないであろうジャンプ力でフォレストサーペントの頭を回避する。
回避し際、宙でぐるっと前転して、左腕の剣で傷ありの背中を切りつけた。
傷ありのフォレストサーペントが痛みに咆哮をあげたところを見ると、ダメージは通っている……らしい!
追撃をかけようと思ったが、俺は視界の端でもう一体が動くのを捉えた。
宙を自然落下している俺に傷なしの方が、下を通過する傷ありと立体交差して俺へ突進してくる。
蛇のくせに連携なんてとってくんなぁっ……!
俺はランタンを掴んだまま右拳を振りかぶり、傷なしの顔面めがけてランタンを放り投げる。ランタンはぶつかると外装が粉々に割れ、中の液体が飛び散る音とともに――ボォツと傷なしの頭に炎が広がった。燃え上がる炎が洞窟内をいっそう明るく染めあげる。
「シャアアァゲェェエエエェッ!!」
傷なしは炎をまとった頭を何度も大きく振って、叫び声をあげた。
はやく着地しろっ、はやくっはやくはやくッ……!
異様に長く感じる自由落下を終え、着地した俺はすぐに背後の傷ありへと視線を向けた。
そしてぶわっと脂汗が噴き出る。
俺の視界にうつったのは、もうすでにターンした傷ありが今まさに俺を咥え込もうとして大きく開けている口内だった。
眼前に広がった粘膜の喉に俺は上顎めがけて剣を突き上げた。
間髪入れず、俺を噛み千切るために口を閉じる傷あり。
それを阻止するため俺は右腕で上顎を押し上げる。だが、フォレストサーペントの咀嚼力は俺の想像を超えるものだった。俺の抵抗などあってないようなものだ。上顎と下顎が一気に締まっていく。俺はフォレストサーペントの生暖かい舌に片膝をつかされ、まるでフォレストサーペントに屈服し、頭を下げるかのように身を折らされる。
ッんの……やろぉッ……! なんて馬鹿力だよっ……!!
このまま呑み込まれてしまうのかと思ったその矢先、剣がつっかえ棒になったらしくフォレストサーペントの口の動きが止まった。
よぉぉしッ、ラッキ――いや、計算どおりっ……!
俺が傷ありの口の中で挟まれる形になって耐えていると、明かりとともに待ち望んだ声が響いた。
「……っ……二体!? どういうことなのよ、これっ……!?」
横目で見るとミライたちが洞窟の中へと入ってきていた。
おそらく俺とフォレストサーペントの声を聞いて飛び出してきたのだろう。助けにきてくれたのは有難い……! てかマジ助けてっ! 喰われちゃううぅぅうっ!
だが我が仲間たちは俺と同じように理解が及ばない顔で固まっていた。
「ふ、夫婦だったの!? それともお子さん!?」とミライ。
「どっちにしたって村や行商を襲う化け物よッ! 倒すしかないわよ!」とミヤ。
そして我が相棒のトラは――
「にゃははははっ! セイギくん、そんなところで何してふがっ、にゃはははっ!」
わ、笑っとる場合かぁああ! さっさと助けろぉお、こんちくしょうがぁあ!
そう叫びたかったが、歯を思いっきり食いしばって右腕で大蛇の上あごを押し上げようとしているので「フゥーッ!! フゴォオッ!」という鼻息くらいしか出せない。
と、その時だった。不意に、視界が急激に流れてとてつもない遠心力を感じた。
どうやら傷ありが俺を咥えたまま大きく頭を振っているらしい。
そして傷ありはミライたちがいる場所めがけて捻った頭を振りぬく――!
ずぽぉっ、と剣が抜け、解き放たれた俺は遠心力そのままに吹っ飛んでいく。
それを見た四名は『げぇっ!』という顔をして即座に反応した。
ミヤ、トラ、ナーガが道を開けるように横に跳び、ミライは頭を押さえてしゃがむ。
弾丸となった俺はミライの頭上を通って地面に激突し、ごろごろと数メートル転がって……止まった。俺は文句を言うためあちこち痛む体を無理やり起き上がらせた。
「お前らなっ! 誰か一人ぐらいは抱きとめようとしろよぉおおっ!!」
だが俺の悪態などどこ吹く風、四人は俺の方など一切見ず戦闘態勢に入っていた。
「二体だろうと作戦通りにいくわっ……! みんな、準備して頂戴ッ!」
ナーガが懐からガラス瓶を取り出し、中の液体で円を描くように振りまく。そして黒いドレスグローブ――その人差し指の爪先にボッと炎を灯らせた。
俺たちの作戦はこうだ。
フォレストサーペントが火を嫌うというのであれば、油を使って地面に炎で線引きし、入り込めない安全地帯を作ってしまえばいい。
加えて、油での線引きはフォレストサーペントの動きを封じる意味もある。ようは追い込み漁と同じだ。壁際まで追い詰めたら大蛇の動きも制限され、かなり戦いやすいはずだ。
もちろん、この作戦を遂行するには俺たちも炎の上を越えていかなければならない。
そこで使うのがクエストで手に入れたアイテム――アリゲイターのなめし革だった。
アリゲイターの革は炎を弾く性質を持っていることを俺たちはアリゲイター討伐クエストで知っている。この作戦で利用しない手はない。あらかじめ俺たちの靴や足にはアリゲイターのなめし革を施して準備も万端……!
これで炎の熱さを緩和できる……! あとはフォレストサーペントを追い詰めた後、俺たちが奴らの体力を削りきれるかの消耗戦ってわけだ……!
我らが会長閣下であるミライがすぅーっと大きく息を吸い込み宣言した。
「悪い事する蛇ちゃんたちはわたしたちが――おしおきだよッ!」
「「「了解っ!」」」
俺たちはそれぞれ油瓶を取り出してフォレストサーペントたちへと駆けだした。
【二一五三年/地月四日/闇の日/一一二二時/はじまりの世界/クノッソの村】
セイギらがフォレストサーペントと戦っているその頃、フェレアは自宅へと戻っていた。
ずっと、ずっと迷っていた。だがやっと決心がついた。
警護団長という偽りの姿を脱ぎ捨て、戸棚から慣れ親しんだ真紅のドレスを取り出す。
鏡の前でドレスに腕を通し、長い髪の毛を両手でドレスの中から背中へと解き放つ。
そして、胴体に六枚羽の紋章が刻まれた甲冑を装着していく。
床下倉庫から大きな鞄をだして、中身を確認する。
食料、飲料、回復薬――旅に必要なものがすべて詰まっていた。
フェレアはもう何日も前から彼らと一緒に城下町を目指す準備をしていた。
ただどういう風に話を切り出せばいいのかが分からなかった。
自分もついていきたい。一緒にジョルトー城下町に行きたい。そう口にすればいいだけのはずが、彼らを目の前にすると一向にその言葉は出てこなかった。
もし迷惑だと言われたらどうしよう。もし断られたらどうしよう。
だが、もう迷うのは――終わりだ。
自分は進まなければならない。この世界のために。
「フェレア様……。心を、決めたのですね」
荷物をまとめるフェレアの背中にラーディハルトは声をかけた。
「はい。私はあの人たちと一緒に行きます。正直に言って城に戻るのは……怖いです。ですがセイギさんの言うとおりいつまでも逃げているわけにはいきません。私も……前進したいと思います。あの人たちとなら……やり遂げられる気がするんです」
「……そうですか。フェレア様、今までっ……有難うございました……!」
ラーディハルトはフェレアの背中に深々とお辞儀をした。
「我らがジョルトー皇女様によろしくお伝え下さいっ……!」
ラーディハルトのその言葉に、フェレアはすくりと立ち上がって窓から空を見上げた。
「――ええ、もちろんです。……皇女は言うでしょう。ラーディハルト警護兵は村人に慕われる男であり、忠義ある兵であり、私の良き友でありました――と」
ラーディハルトは顔をあげ、両手を後ろで組んだ。そして顎をあげ声高らかに宣言する。
「ジョルトー領クノッソ村警護団長、フェレア=レイアス! 貴殿をクノッソ警護の任から解き――除隊とするッ!」
フェレアは胸元に隠れていた銀のチェーンのネックレスを取り出した。
警護団を除隊した今、もはや彼女に隠す理由はなくなった。
チャリ、とネックレスが甲冑と触れ合う音に、ラーディハルトは片膝をつき、彼女に向かって頭を垂れた。
フェレアは振り返るとドレスの裾を摘み、ゆっくりと膝を折り、優雅にお辞儀する。
「……ラーディハルト警護兵。そなたの忠義に感謝を。匿って頂き有難うございました」
窓から降り注ぐ光の中でフェレアが微笑んだ。
その胸元には六枚羽で構成されたジョルトー王家の紋章が強い輝きを放っていた。
ラーディハルトはその慈しみに溢れた微笑を見た時、思った。
彼女なら、彼女ならきっとこの世界を良い方向へと導いてくれる、と。
この世界の戦争を止めてくれると。
しかし、その生涯二度と無い幸福の時間は絹を裂くような悲鳴によって打ち壊された。
「きゃああぁああぁあぁあああああーーッ!!」
村の中を響き渡った絶叫は起きた出来事の大きさを示していた。
フェレアとラーディハルトは顔を見合わせ、武器を手にすぐ家の表へ飛びだす。
すると、村の中を走っていく村人たちが眼に入った。誰もが血相を変えて村の出入り口から逆方向へと何かに追われるように逃げていく。
フェレアとラーディハルトはその波に逆らって村の出入り口を目指した。
そして足を止め――驚愕、いや唖然とした。
村の出入り口に立っていたのは八人の”人間”だった。
彼らの前にはもうすでに事切れた村人が転がっている。
八人のうちの一人が、村人の死体を踏みつけ、血塗られた円月刀をぺろりと舐める。
その姿は彼らのセルズ名の通り、凶悪な山賊のようにしか見えない。
フェレアは息絶えた村人を踏んでいる彼に見覚えがあった。
その骸骨が笑うエンブレムに見覚えがあった。
「……よう。戻ってきたぜ、プログラムども」
八人のうちの一人――“猛獣”の〈アギト〉は悪魔のような笑みを浮かべていた。




