第一一話 『ハーレムEND』
【二一五三年/地月三日/木の日/〇九四三時/はじまりの世界/クノッソの村】
『ワールドマスター』にログインしていつもの集合場所――井戸の前に座って待つ。
例によって早く来ていたらしいミライは子供たちと一緒に遊んでいた。地面に円を描いて、けんけんぱ、けんけんぱ、と現実の世界の遊びを教えているようだった。
子供たちにとってミライは現実世界風に言うなら、遊んでくる近所のお姉さんみたいな感覚なのだろうか。子供たちはミライにべったりと懐いているようだった。
子供に混じって子供のようにきゃっきゃ笑うミライの様子を眺めながらみんなが来るのをぼーっと待っていると村人に声をかけられた。
「今日は早いな、セイギ。昨日、ミヤちゃんに怒られたから早起きしたのか? 俺の家までミヤちゃんの怒鳴り声が聞こえてきてたぞ」
「うるへー。たまには一番に来てやろうと思っただけだ。あいつには敵わなかったけどな」
「ああ、ミライちゃんか。ありゃ良い嫁さんになるよ。いつも元気だし、可愛いし、村の奴らにゃ大人気だ。子供たちにもあんなに好かれちまってさ。ずっとこの村にいて欲しいくらいさ。ったくよぉ、あんなガールフレンドがいて羨ましい限りだぜ。なあ、セイギ」
「俺たちはそんなんじゃないってば」
「その割にはミライちゃんはお前にぞっこんみたいだが。もしかしてミヤちゃんみたいな世話女房の方が好みなのか? それともナーガちゃんの尻に敷かれたいのか?」
面白い三択だった。だけど大事な選択肢が抜けてるよ、おっちゃん。そこに『フェレアさんに甘えて暮らしたい』というのも追加しておいて欲しい。さらに選択肢を増やすなら『何を言っても「そうか」「ああ」「そうだな」なんて淡白な返事しか返ってこない無口でクールビューティーな幼馴染の世話係』というのもあるけど。いや、待つんだ、俺。事を急ぐんじゃない。『真面目で身持ちが硬い盾姫ちゃんと純愛』というパターンや、『《四天女》のお姉さまと乱れた生活』というパターンもアリなんじゃないか? いやいやいや、このすべての選択肢をすべて網羅するハーレムENDも可能性が無いわけじゃない……!
……おいおい。もしかして俺の人生って超バラ色なんじゃ……。ほら、こんなにも輝かしい選択肢が幾つもあるだなんて……! どうして俺は今まで気づかなかったんだ……!
「おっちゃん。人生ってすっげー楽しいんだなぁ。ボクァ悟ったよ、今」
「はあ?」と訝しげな顔をするおっちゃん。
「いや、なに……俺はただ気づいただけさ。アハ体験だね、まさに。そう……俺の前には無限にある扉が今か今かとノックされるのを待ち続けているんだ……ってな」
「はあ」とおっちゃんの気の抜けた相槌。
「ほら、おっちゃんらは畑仕事にいくんだろ。さっさと行けよ、しっしっし」
俺は手でおっちゃんらを追い払う仕草をした。
「お前の言うことは時々難解だよなぁ。人間って皆そうなのか? まあ、クエスト頑張れよー」
「おっちゃんらも腰いわすなよ。もう若くないんだからな」
「はっはっは、言ってくれるじゃねぇか。今日も良い肉頼むぜー」
おっちゃんらは俺に手を振りながら村の畑へ向かっていった。
一週間も経つと俺たちもこの村に馴染んでいた。俺たちが人間ということもあってか村の人々は俺たちに興味津々でよく声をかけてくれた。
最初は色んな質問をされたりと俺たちも戸惑ったが、今ではもう慣れたもんだ。
村の人たちが普段はどんな仕事をしているのか、どんな家族を作ってどの家に住んでいるのかさえ俺たちは分かるようになっていた。
これは俺やミライだけの話じゃない。
トラは警護団のラージマハルといつの間にか仲良くなってるし、二人で狩りに出かけることもあるようだった。ミヤはこの前、裁縫屋のおばちゃんちでご飯をご馳走になったらしい。ナーガは斡旋所のガラハドさんと何か相談やら情報交換をしているのをよく見かける。ミライは村の皆から本当に愛されていた。特にフェレアさんと仲が良く、二人で並んで歩く姿は姉妹みたく見える。
きっと、俺たちはもうこの村の一員になったんだ。
村の人たちが俺たちに対する家族のような接し方から俺はそう思えた。
ただ、それだけに……仲良くなっただけに別れも寂しくなるというものだ。
たった一週間とはいえ『ワールドマスター』という異世界の中での暮らしは新鮮そのもので、現実世界ではできないような体験や経験を幾つも得ることができた。
だから俺は今、どことなく名残惜しさを感じているんだろう。
「あら、今日は遅れなかったのね。……セイギくん、右腕の調子はどう?」
「ああ、いける。……完治、したな」
俺は右の手の平を開いたり閉じたりしてみた。痛みも妙なつっぱりもなく、スムーズに動いてくれる。この一週間、空いている時間にミライがずっと回復魔法をかけ続けてくれたおかげだ。現実の世界だったら三ヶ月以上はかかるだろう骨折をたった一週間で完治してしまった。
……これでやっとこさ【拳術】スキルを成長させることができそうだ。
「そう……頃合いね」
ナーガが呟いた言葉に俺は無言になった。
俺たちのレベルはもう城下町に向かえるほどに達している。だいぶ路銀も稼がせてもらったし、村を発つ準備は整っているのだ。
ナーガの言うとおり『頃合い』なんだ。
誰一人、口にはしていないが、きっとそれをトラも、ミヤも、そしてミライも分かっている。
それから五分ほどして、トラとミヤもログインしてきた。全員集合すると、ミライは子供たちに別れを告げてこっちへやってきた。そしていつもより気合の入った様子で宣言する。
「よぉーし、今日はいつもより頑張って狩るよぉー! 村のみんなをびっくりさせよー!」
その言葉に俺たちはこの村でクエストを受けるのはこれで最後なんだと理解した。
契約した食料確保クエスト――イノシシや鹿、狼の肉をそれぞれとってくる仕事――やモンスター討伐クエストを二件こなし、俺たちは村へと戻ってきていた。
途中、昼食休憩を摂ったりもしたがいつもより早い時間で村へと帰ってくることができた。
俺とトラが引いてくるリヤカーを見るなり村の人たちがどんどんと集まってくる。
「おお、すげぇ量だな! こんな肉の量見たのは生まれて初めてだぜ!」
「やった! 【キラー・ビーの針】もあるじゃないかっ。助かるよ!」
リヤカーに乗せられた多種に渡る新鮮な肉と、積み重ねられた皮や鱗、薬の原料となる牙や肝を見て村の人たちが総出で出迎えてくれる。
集まった子供たちにミライは背中に隠していた花の冠を乗せてやる。
「はい、プレゼントだよ~!」
「わぁ~! ありがとー! ミライお姉ちゃん! ねぇねぇ、お姫様みたいー?」
「うんうん、可愛いよぉー! ジョルトーのお姫様がいっぱいだねっ!」
その騒ぎにフェレアさん――警護団たちも駐屯所から出てきた。何かを悟っているのか村の人たちと違ってフェレアさんやラージマハルの顔は浮かない。
「……凄い量ですね。傷もほとんど、ありません。……技術の向上を感じます……」
フェレアさんはリヤカーの積荷を手にとってそう呟いた。がやがやと村の人たちが積荷に騒ぐ中では消え入りそうなほど小さな声だった。
不意に、ぱちんっとナーガが手を叩いた。
それに村の人たちが騒ぐのを止めて彼女を見た。
フェレアさんは、イノシシの皮から顔をあげようとしない。
「…………ミライ」とナーガは続きを促すように名を呼ぶ。
ミライはコホンっと咳払いすると、いつにない真剣な声色で言った。
「……みんな、わたしたち明日ジョルトー城下町へ向かうよ」
ミライの言葉に村の人たちは一様に顔を曇らせた。
フェレアさんは静かに目を閉じる。
一拍の間をおいてからイノシシの皮をリヤカーに戻し、彼女はやっとこちらを見た。
「…………そう、ですか。あなたたちは十分に強くなりました。モンスターに襲われても難なく対処できるでしょう。セイギさんの右腕も完治したようですし……引き止める理由は……ありませんね」
「やだぁー! ミライねーちゃん、本当に村を出て行くの!? やだやだっ!」
子供たちがミライにすがりついて泣きだしてしまう。それを抱きとめてミライも涙ぐんでいた。その様子を見ていたミヤが鼻をすすって目をこする……って、えぇ!? もらい泣き!?
「ほ、本当に行っちまうのか? お前らもうここに住めばいいじゃないか!」
「そ、そうだよ! どうして城下町に行かなきゃならないんだよ! ここで暮らしたっていいだろっ!」
「ミヤちゃん! あんた、うちの息子の嫁にきてくれるんじゃなかったの!?」
「えぇぇ!? 初耳ですけど!?」と裁縫屋のおばちゃんに手を掴まれ驚くミヤちん。
村人たちの必死な説得にミライは目元をぬぐい、笑顔を向けた。
「……うーん、やっぱりここで暮らそっかな!」
思わず俺たちはミライの頭を叩いていた。うぉーい、説得されてどうする!
「ミライ、当初の目的なんだったかもう忘れたのか。誰より早く攻略するんだろ」
「そ、そうでした。……ごめんね、みんな。わたしたちはどうしてもジョルトー城下町に行かなきゃならないの。……わたしたちがこの世界へきた目的のために」
残念がる声があちらこちらから漏れる。そこで村人の一人が大きな声をあげた。
「んあぁああっ! よし、分かった! なあ、みんな! 我らが人間の友人たちにこれ以上悲しい顔させんなよ! しっかり笑顔で送り出してやろうじゃないか!」
「そ、そうだな……! よし、今日はミライたちの門出を景気づけてやらなきゃな! 祭りだ、祭り! 呑むぞ! 歌うぞー! 騒ぐぞー!」
「そうと決まりゃあ準備しよう! 肉ならほら、一杯あるんだからさ!」
「み、みんな……。……うん、ありがと! 手伝うよっ!」
ミライはリヤカーを引く村人たちと一緒に村の奥へと行ってしまった。
そこでふとフェレアさんに詰め寄るラージマハルの姿が眼に入る。
「フェレア様……! これはいいきっかけです……! フェレア様も彼女らと一緒に城下町へ……!」
「………………」
フェレアさんは目を伏せたまま駐屯所へと向かった。まるで逃げるようなフェレアさんをラージマハルが慌てて彼女の背中を追う。
うーむ、やっぱりフェレアさんは何か訳ありなのか……。
と、俺が思うのもちゃんと理由がある。
昨日の話だ。俺たちはラージマハルからある事を告げられていた。
それは他でもないフェレアさんのことだった。
告げられた内容というのは『もしフェレア様がジョルトー城下町へ一緒に尾いていくと言いだしたら、快く受け入れて欲しい』というものだった。
俺たちにすれば願ってもない話だ。
戦力として見ても大きいし、加えてこの世界の常識を知っているフェレアさんが一緒ならば心強い。彼女がいれば旅路が安定するのは間違いない。
フェレアさんが城下町に向かおうとする理由について問い質してもラージマハルは頑なに口を割らなかったが、彼の真剣な様子からどうも茶化せる話ではなさそうだった。
……追いかけよう。ラージマハルだけじゃ心配だ。
駐屯所の入り口から中を覗くと、部屋の奥で背を向けて座っているフェレアさんにラージマハルが声をかけるところだった。
「フェレア様……」
「…………何ですか」
「何ですかじゃありませんよ! あいつら明日には出ていくんですよ! 城下町に向かうんですよ! フェレア様はどうされるおつもりなのですか!」
「……何を言っているんですか。私はここの警護団長です。この村を離れるわけには……いきません……」
「フェレア様……! あなたは頑固な人だ……! いつまでここで偽りの姿でいらっしゃるおつもりですか! もう目的は達成されたじゃありませんか……! あなたはここにいていいお人じゃない! 戻るんです、ジョルトー城下町へ! あいつらならフェレア様を任せられる……! フェレア様だってあいつらと行きたいと思っているのでしょう! 正直になってください!」
沈黙が続く。俺は開いている駐屯所の扉をわざとノックして中へ入った。
「…………セイギ」
ラージマハルは俺を見ると驚いたように目を丸くした。背を向けていたフェレアさんの肩が俺の名を聞いてびくっと震えた。
「よっ、ラージマハル」
「悪いが取り込み中だ。出直してくれ」
「そういうわけにもいかない」
俺は部屋の隅で縮こまっているフェレアさんの背中を見た。そうしていると、どこか彼女が年端もいかない少女のように見えてしまう。
その小さく見える背中に俺は語りかけた。
「なあ、フェレアさん。俺はこの世界で暮らしてきたわけじゃない。だからこのジョルトーって国の歴史も分からない。フェレア=レイアスがどんな人生を送ってきたか、どんな立場にいる人なのかは知らない。だけど、警護団や村の人の接し方を見るとだいたい想像はつく。少なくともこの村で育った人じゃないんだってな。ついでに言えばこのジョルトーという国で立場ある人なんだろうってな」
フェレアさんは何も応えなかった。俺も返答を期待しているわけじゃない。
「フェレアさん。あなたが何かを背負ってるならちゃんと向き合うべきだ。もし俺の想像通りあなたがこの国において立場ある人なら、あなたが逃げることで誰かが苦しむんじゃないのか? ……俺にはフェレアさんが何かから逃げてるように見えるよ」
彼女が胸元に隠れたネックレスをぎゅっと強く握るのが後ろから見ていても分かった。
「俺たちは明日、この村を出て行く。ジョルトー城下町へ向かう。俺たちは『一緒に行こう』なんて誘ったりはしない。どうするかはあなたが自分の意思で決めるんだ」
俺はそれだけ言って駐屯所を後にした。
ふっ、これはもうフェレアさん俺にメロメロになったな……。俺ってば罪な男だぜ……。
俺は思いっきりガッツポーズをして、フェレアさんとのラブロマンスを妄想してはしゃぐのだった。




