第九話 『モンスターハント』
俺たちはフェレアさんの案内である建物へと移動していた。
建物へと入る前に看板を見ると羊皮紙のマークが描かれてあった。色んなCSNゲームをやってきただけあってそのマークでこの建物がどういう場所なのかだいたい予想はつく。そして俺の予想通りマークの隣には『クエスト斡旋所』と書かれていた。
クエスト斡旋所――ギルドと言い換えてもいいだろう。つまりはプレイヤーにクエストを紹介、斡旋してくれる施設ってことだ。CSNゲームじゃよく見るシステムだった。
クエストをクリアすれば相応の金銭報酬を受け取ったり、そのクエストでしか手に入らないようなアイテムが入手できたりするのだ。
「ごめんください。グラハドさん、いますか?」
「……フェレアか。……そいつらは?」
つるっぱげの大男が俺たちを見下ろした。
「彼らが人間の旅人です。しばらく私の家で預かることになりまして。何かお仕事ありませんか? 彼らクエストを受けるのは初めてなので簡単なものがあるといいんですが」
「ほぅ、こいつらが」
グラハドが無遠慮に俺たちを眺める。ミライ、ミヤ、ナーガ、トラへと一人一人を舐めるような視線で観察し、最後に俺へ辿り着く。そこで彼の動きが止まった。
「………………」
何か気になることでもあるのかグラハドが俺から視線を反らさずじっと見つめてくる。
なんだ、おっさん。俺は男に興味ないぞ。
しばらく俺を観察した後、グラハドは振り返って棚から羊皮紙を取りだした。
「払いが良い依頼がある。見てくれ」
広げた羊皮紙の内容はどうやらモンスター狩りのようだった。
湿地帯に住むアリゲイターの群れを討伐してくればいいらしい。なんでもアリゲイターの鱗甲と肝臓は薬を作るのに必要な原料らしい。丈夫な革は炎を弾く性質を持つため高価で取引されているそうな。
それらを一定量持ち帰ってくればクリアのようだが……適正レベル、9……!?
お、俺たちはまだ全員キャラクターレベル1だぞ!? スキルだって一番成長してるので3とか4なのに……!
これは無茶振りにもほどがある依頼じゃないかっ!
「狩りだぁーっ! モンスターとの戦いだねっ!? モンスターハントだね!?」
「にひひ、やっと普通のCSNゲームらしくなってきたねぃ」
わくわくとした様子のミライ、トラはパキパキッと肩を鳴らした。
「ま、待ってください、グラハドさん! この仕事を初めての人にはっ……!」
「…………大丈夫だ。やれる。……こいつらなら。心配ならお前もついていけ」
「~~っ。そうさせてもらいますっ。ミライっ、契約書にサインをっ」
なぜか怒り気味に言われ、ミライは羽ペンを借りて羊皮紙にサインする。
「その軽装では不安です。警護団の装備を貸します。ついてきて下さい」
俺たちは斡旋所を後にして警護団が常駐する駐屯所へとやってきた。
中には昨日の怖いお兄さんが四人いた。俺たちを見るや否や彼らの警戒心が少し強まる。どうやらまだ俺たちを信用し切っているわけではないらしい。
「フェレア様、おはようございます。……お前ら……まだ村にいたのか」
お、たしかこいつは槍使いの男で……えーっと、名前はラージマハルだっけ?
「おはようございます、ラーディハルトさん。予備の装備は……倉庫ですか?」
……ラしかあってなかった。もういいや、お前はこれからラージマハルな。
「はい、倉庫ですが……何に使うんです?」
フェレアさんは建物の奥へと入っていく。俺たちは四人の警護団に会釈しながらフェレアさんの後に続いた。何をするのか気になったのかラージマハルも倉庫までついてきた。
俺たちにせっせと防具を渡しながらフェレアさんは事も無げに事情を彼に話した。
「なっ……! アリゲイター討伐を……こいつらが? 無理ですよっ! 見たところ武の心得がない若輩者ばかりじゃないですかっ……!」
「そうですね。だから私もついていきます。あなたたちはいつも通り職務を」
俺は武器が立てかけられた倉庫から片手剣を一振り手に取る。右手はまだ包帯で吊ったままだから使えないが、左手で剣を振る分には邪魔にもならなそうだった。
まあ、拳術スキルがなくても剣術スキルで何とかなるか……。
「ま、待ってください! 俺もついていきます!」
俺たちが警護団の施設を出ると槍を片手にラージマハルが追いかけてきた。きっと俺たちとフェレアさんだけでは危険だと考えたのだろう。正直言って有難い話だ。死んだらデータ削除というシステムが付きまとう以上、少しでも戦力は多い方がいい。
こうして俺たちに加え、フェレアさん、ラージマハルも一緒に行くことになった。
【二一五三年/空月二八日/光の日/一一一九時/はじまりの世界/ランドール湿原】
アリゲイターの群れがいる湿地帯は村から一時間ほど歩いた場所にあった。
城下町へ向かうのとは逆方向に進むため、この辺りはかなり国境に近いらしい。
道中でイノシシっぽいモンスターやら、ハチっぽいモンスターに遭遇して戦闘になったが、危うい場面もなく俺たちは湿地帯へ辿り着いていた。
トラの的確な弓攻撃とナーガの状況に際した魔法と魔術は言うに及ばず、ミヤも良い動きをしていた。もともと体を動かすことに慣れているだけはある。自慢の足で敵をかく乱し、着実に仕留めていた。ミライも思い出したようにだけど強化魔法と回復魔法で支援できるようになってきた。
イノシシもハチも、ソロプレイだったら簡単にはいかないだろうが、こっちは五人PTに加えて後ろでフェレアさんとラージマハルが見守ってくれている。少しぐらい格上の敵であっても力を合わせれば五人で倒せることが分かった。
『ワールドマスター』のシステムについて少し分かったこともあった。
PTを組んでいるメンバーの人数によって取得できる経験値の倍率が異なっているらしい。多ければ多いほど倍率は減るようだが、どうやら微々たる差のようで、効率を考えればできるだけ大人数のPTを組んで数をこなした方が手っ取り早くレベル上げができるシステムになっていた。その事からも分かるが、どうやら『ワールドマスター』はソロプレイよりもPTプレイが推奨されているようだ。
もしかしたら俺たちが知らないだけでソロプレイのみのメリット――救済措置のようなシステムがあるのかも知れないが……。
腰にまで達するような長い草で占める湿地帯は注意して歩かないと足をとられかねなかった。湿り気を帯びた土も歩きにくく、足腰になかなか負担がかかる。
不意に、先行していたフェレアさんが歩みを止め、手で俺たちの行軍を止める。
「いました。アリゲイターの群れです。静かに覗いてみてください」
長い草を掻き分けると広い湖のほとりに体長一メートル半ほどのワニがいた。
その数は……目視で三〇体を超えるだろうか。トゲトゲの背びれに黄色の模様が入ったワニたちはまだ俺たちの存在に気づいていない。ほとりで日光浴している奴とは別に湖を泳いでいるのもいる。
「ミライ。ここからは私たちも参加します。私とラーディハルトをPTに入れて下さい。でないと私たちが倒したアリゲイターの経験値があなたたちに分配されません」
「「「え?」」」
フェレアさんが発したその台詞の違和感に俺たちは声をあげた。
「情報生命体でもPTに入れるのか? っていうか、経験値とかあるの?」
「当たり前です。……もしかして向こう側の世界にはレベルや経験値がないのですか?」
「にひひ、現実の世界にレベルやステータス画面はないねぇ」
「自分がどれだけ強くなったか分からないなんて……向こう側は不便な世界なんですね」
あるとすればBQくらいだが、これも実際の自分の能力数値ではない。その人個人が頑張れば得られる能力の限界数値だ。
PTリーダーのミライが二人を戦列に加えたのだろう。視界の端から『フェレア=レイアスがPTに加わりました』『ラーディハルト=マッケランがPTに加わりました』という文字が流れて消えた。
「湖の中にいるアリゲイターは後回しです。彼らは群れで行動する習性を持っているんです。そのせいか仲間が襲われていたら自ら湖から出てきます。複数に囲まれるとあなたたちの防御力では一〇秒と耐えられないかも知れません。なので私と彼が先行し引き付けます」
フェレアさんは洋剣を抜いた。ラージマハルも槍を抜いて構える。
「あいつらの攻撃はおもに噛みつき、突進、尻尾、あとはウォーターブレスを口から出してくる。噛み付いて湖に引きずり込もうとしたら要注意だ。湖の中じゃ俺たちでも助けだせない場合がある。何がなんでも脱出してくれ」
おーおー、ぞっとするな。湖の中で複数のワニに食い殺される図は想像もしたくない。
「みんな、くれぐれも無茶はしないで頂戴。ここからが本番だわ。倒すことよりも生きていることが最優先、死んだらデータ削除だということを忘れないで。危ないと思ったらフェレアさんとラーディハルトさんに任せてすぐに下がって頂戴。ミヤとセイギくんは常に同じ敵を狙うこと。私とトラくんで援護射撃するわ。複数と同時に戦うのではなく各個撃破、一点集中をベースに戦いましょう。ミライ、あなたはよく戦況を見て回復魔法をうってあげて。特に前衛のミヤとセイギくんには不慮の事故も多いから厚めにお願いするわ」
ナーガの真剣みを帯びた声色に俺たちはそれぞれ頷いた。
「それでは――いきます!」
先行するフェレアさんとラージマハルに続き、俺たちも草陰から飛びだしていく。
俺たちに気づいたアリゲイターたちは大きな咆哮をあげ――戦いは始まった。




