第四話 『あんた男ね。愛してる』
「っ、すぐに追いつかれてしまうわっ! 何か足止めをしないと……!」
ナーガの言うことはもっともだが、あんな化け物を足止めする方法なんて想像もつかない。思いついていれば誰かがもうすでにやっているはずだった。
だが、それでもこんな窮地を覆す案をだすのが“魔蛇”の〈ナーガ〉だ。どんな時でも冷静で沈着に物事を考え、最適解を導きだす。『七つの未攻略クエスト』の時もそうだった。彼女なら――きっと俺たちの思いつかない方法でフォレストサーペントの足止めをしてくれる!
「……手がないわっ! 死にたくなかったら走って頂戴!」
「って、何も方法ないんかーい! 痛いのは嫌だぁー! 死にたくなぁああい!」
「ぎゃーぎゃーうっさいっ! 死にたくなかったら走りなさいよねっ!」
叫ぶ俺にミヤが文句を放ったその時だった。俺の背中を追い風が押しやって―
ばくんっ!
俺の左斜め前を走っていた《バンデット》の男の姿が宙に消えた。
男が消えた先を眼で追って戦慄した。男はフォレストサーペントに咥えられていた。
大蛇の口から上半身を出した男は泣き叫びながらもがく。
「や、やめろぉッ!! 離せぇえ!! だ、誰か助けてくれぇええ!!」
だが抵抗もむなしく大蛇の舌が男を絡めとり、口の中に引きづりこまれていった。
ま、丸呑みかよっ! 例えゲームの中であってもあんな死に方したくないっての!
あんな死に方を体験してしまったら間違いなくトラウマになる。きっと毎晩悪夢にうなされるハメになっちゃう。……ぜ、絶対に嫌だあぁああ!
「ミライっ! 頑張れっ、きっとお前はやればできる子だ!」
「ご、ごめん、まぁくん……! わ、わたし……も、もうダメ……!」
俺の手を離してついにミライの足が止まった。持っていた松明が手からこぼれ落ち、へなへなとその場にへたり込んでしまう。
あっちゃーっ! 予想はしていたがやっぱり村まで体力がもたなかったか……!
集団から一人、取り残されたミライに俺は急ブレーキをかけた。
ミライのところまで戻ろうとして「げっ」となる。
フォレストサーペントはもうすでにミライに狙いを定め、大きな口を開けていた。
「ミライっ……! 横だッ! 横に跳べッ!」
しかし、俺の注意を喚起する声が届いていても彼女にはもう動く気力がなかった。
ダメだ、喰われる――そう思った刹那、最後尾を走っていたフェレアさんが高く跳躍し、迫り来る大蛇の頭に洋剣を振り下ろす!
フォレストサーペントはその斬撃を回避するため伸ばした頭を引っ込めた。そしてお返しとばかりに胴体をひねって尻尾を二人めがけて薙いでくる。
フェレアさんはミライを抱えると、後方に跳んでその場を離れた。フォレストサーペントの尻尾は勢い余って道端の木々をへし折った。
ずずん、と重い音と共に木が倒れていく。
「大丈夫ですか!?」とフェレアさんは地面に伏せたまま胸の中のミライへ問うた。
「は、はい……! ありが――フェレアさんっ! う、うしろーっ!!」
フェレアさんが慌てて背後を確認する。そこには舌をチロチロと出した大蛇の姿が今にも二人に喰いつかんばかりに迫っていた。
フェレアさんの顔が凍りつく。倒れた体勢から次の攻撃を避けることはできないと彼女は分かっているんだ。受け止めたとしてもそのまま押し潰されるに違いなかった。
迫りくる死の予感にフェレアさんの顔はしだいに絶望に染まっていった。
痛いのなんかご免なんだがっ……くそっ……! どうにでもなれっ……!
俺は地を蹴って二人の元へと急ぐ。
が、間に合わ……ないッ!!
大蛇の尻尾が再び振り払われ、フェレアさんの体が軽々と吹き飛んでいく。
近くの木に背中を打ちつけ、ずるずるとへたり込んでしまった。
大きく咳き込み、なんとか立ち上がろうとするが足ががくがくと震えて、再び腰を下ろしてしまう。
たった一発で、フェレアさんは致命的なダメージを負ったようだった。
大蛇は丸のみにするべく道から外れフェレアさんへと身を近づけていく。
大きな口を開けるとそこにはずらりと並ぶ鋭い牙。一拍の間もなくフォレストサーペントはフェレアさんがもたれる大木ごと噛み千切ろうとして――
「やぁあめろぉおぉおおぉぉおッ!!」
俺は走っていった勢いを乗せ、左足で大きく踏み込みんだ。ボールを投げる時のように大きく右拳を背中まで振りかぶり、大蛇の顔側面めがけて右拳を放つ。
力強く伸びる大蛇の頭と俺の繰り出された右拳が交差するように衝突した瞬間――
めきめきっ――ゴキッ――!!
右肩から先が吹き飛んだような衝撃と共に、何かが粉砕された音が頭の芯にまで響く。
「ぐぁっっがぁッ……ッ……!!」
猛烈な痛みに叫びだしそうになった口を歯を食いしばって呑み込む。
いきなり横からきた衝撃に大蛇は驚いたのか、すぐに頭を引っ込めた。
その隙に俺は回りこんで、フェレアさんの前に立ち塞がる。
ちっくしょぉ、痛ぇッ! 超いてぇッ! だけどッ、なんとか……フェレアさんが喰われるのは……避けられたかっ……!
「あっぐっ……! に、げ……!」
フェレアさんが苦悶の表情を浮かべながら何か俺に言おうとしていた。
おそらく逃げろと言いたいのだろう。だがそういう訳にもいかない。美人さんを放って逃げちゃ男がすたるというものだ。と、カッコをつけてはみるものの――!
――……右腕のっ……感覚がッ……無い……!
横目で確認すると、右腕がぼろ布のようにだらりと垂れ下がっていた。
大蛇と触れた右拳は鱗で擦れたせいで皮がめくれ、てらてらと朱色に塗れた白い骨が突き出しているのが見える。右腕のあちこちから熱い液体が地面へと滴り落ちていた。
その悲惨な自分の右腕を視界に入れたのがいけなかった。
じんじんと焼けるような痛みが強烈に襲いだし俺の感覚を刺激する。右腕を動かそうとしてもまったく動かず、ひどい痛みしか返ってこない。
とても戦えるような状態ではなかった。
俺の惨状に顔面を蒼白にしてミライが泣き出しそうな声をあげていた。ミヤがこちらへ走りだそうとしたのをナーガが無理やり引き止める。続けてトラとナーガが何かを叫んでいるが、右腕の痛みが感覚を支配していてみんなが何と言っているのか耳に入ってこない。
……考えろ……! 左腕一本で何ができる!? 武器も無いこの状況でできること……!
俺一人が避けれても仕方ない……! 背後にいるフェレアさんを守らなきゃいけない……ッ!
最悪、俺は死んでもやり直しが利く……! だけどフェレアさんは……!?
おそらくだが――人工知能である彼女はッ……データ削除によって本当に――!!
考えろ――ッ! 脳を動かせ――ッ!!
大蛇は俺の右拳とぶつかって頭を一度、引っ込めはしたが危機は去ったとは言えない。俺の右拳とぶつかった箇所に違和感でもあるのか、ぶるぶると頭を振っていた。
ちっくしょぉ……こっちは腕を一本失ったってぇのにダメージ無しかよっ……。わ、割りに合わないってレベルじゃないってのッ! この状況で俺がやれることって言ったら――!
……っ……決まってる……! 逃げるしかねえぇえッ……!!
「フェレアさん、立ってくれ! 逃げるぞッ!」
俺は左手で無理やりフェレアさんの腕を掴むと、引っ張って立たせる。
「……っ……! は、はい……!」
大蛇に背中を向けて俺たちは脱兎の如く走りだす。
トラとナーガが俺たちを守るように、フォローするように最後尾について走った。すぐにミライが走りながら俺に回復魔法をかけようとしたが、そんなことをしている場合じゃない。
いいからお前は走るのだけに集中しろっての! すぐコケるんだから!
俺は首を左右に振って左手でミライの背中を押して前へと急がせる。
俺の横を走るミヤが心配そうな顔で何かまくしたてているが、痛みで焼けついた脳がその理解を妨げている。
きっと『あんた男ね。愛してる』とか愛の告白をしているに違いないだけに惜しいことをした。
振り返ると大蛇はじっとこっちを見ているだけで……追って、こない!?
なんでだ!? た、助かったのか……!?
どういう訳かフォレストサーペントに追ってくる気配はなかった。
大蛇の理解できない行動に防衛陣形をとっていたトラとナーガも怪訝な顔をしている。
ミライが落としたものだろう、道端に転がった松明が大蛇の巨体を照らし返した。
その炎の光でやっとフォレストサーペントの細部が視界に飛び込んでくる。
フォレストサーペントの体は歴戦の勇者のようにあちこちに古い傷痕が残っていた。
それが今までどれだけ行商や旅人を襲い、戦ったのかを俺たちに理解させる。
……この森の主と呼ばれるだけはあるってことか……!
結局、見えなくなるまでフォレストサーペントはその場を動かなかった。
【二一五三年/空月二七日/闇の日/二〇二四時/はじまりの世界/クノッソの村・教会】
クノッソの村へと戻ってきた俺たちは怪我の手当てを受けた。
結局、《バンデット》のうち四人がフォレストサーペントの餌食になった。
あの強さから考えれば被害がこれだけで済んだのは幸運だったといえるだろう。もしあのままフォレストサーペントが俺たちを追い続けていたら九分九厘全滅していた可能性が高い。
ちなみに、俺の右腕はちょっとでも動かせば激痛に涙がでちゃうほど重症だった。それだけフォレストサーペントの一撃は重いものだったらしい。
ミライが回復魔法をかけると痛みは和らぐものの、全治するまでまだまだかかりそうだった。
この痛みは現実の世界に戻れば解放されるんだろうけど、『ワールドマスター』内にいる限りは肩から包帯で右腕を吊って自然治癒するのを大人しく待つしかなかった。
みんなの手当てが終わった後、俺たちはフェレアさんに教会に呼びだされた。
教会には《ホワイトフォース》や《バンデット》の連中も集合していた。
フェレアさんが改めてこの世界について話す場を設けてくれたのだ。
「つまり、私たちが目指すべきは繁栄国家ジョルトーの首都、城下町ということね」
一通り、フェレアさんが話し終えるとナーガがそうまとめた。
「はい。先ほど説明した通り、ジョルトーはこの【はじまりの世界】で唯一の永世中立国家です。貿易が盛んな国ですから様々な国の情報も入ってきます。貴方がたがこの世界で何を成すにしても行っておいて損はないはずです。この世界を作った〈黒ウサギ〉さんの館も城下町にありますから、お話をすれば重要な情報を得られるかも知れません」
「どのくらいの距離になる」と“猛獣”の〈アギト〉から質問が飛ぶ。
「歩いて一週間……といったところでしょうか」
「……遠い、ねぇ。にひひ、困ったにー。GW中につけるかにゃー?」
トラが本当に困ってるのか怪しい口調でそう言った。
一週間という遠さに他のプレイヤーたちも反応は渋かった。
「……遠い……が、GW中にはついておきたいな……」
「途中でトラブルが起きることも考えると、明日の朝にはこの村を出ないと間に合わないよな?」
セルズ内会議を始めだしたプレイヤーを制するようにフェレアさんは、
「ナーガ。たしか世界地図、と言っていましたね。残念ですがこの世界のすべてを網羅した地図は存在しません。ジョルトー国内の地図でしたら用意できますが、他国の地図となると……そうそうお眼にかかることもないんです」
丸められた洋紙の紐を解き、テーブルの上に広げた。
「どうしてかしら」とナーガがオウム返しに問う。
「この世界は『様々な異世界の中央に位置する世界』なんです。すべてはこの世界にはじまり、この世界を中心に動いています。この世界が【はじまりの世界】と呼ばれているのもそのためです」
たしか『ワールドマスター』は幾つもの異世界が存在するって設定だったな……。で、俺たちはその異世界を冒険する異世界冒険者……【チュートリアルの世界】以降はこの【はじまりの世界】を中心に動くってわけだ……。
「現在位置を教えておきましょう。ここがクノッソの村。そして、ここがあなたたちが目指すべきジョルトー城下町です。この村から一番近い街に行くまででも半日はかかります。クノッソの村はジョルトー国内とはいえ辺鄙な場所にありますから。もう完全に日は沈みましたし、今日はこの村で泊まった方がいいでしょう」
フェレアさんが地図上を指でなぞる。
この地図がどれだけの縮図になっているか分からないが、歩いて一週間、ということを考えるとやはりかなりの距離がありそうだった。




