第三話 『刺してやるんだからぁー!』
【二一五三年/空月二七日/闇の日/一九三二時/はじまりの世界/クノッソの村近辺】
村の外は森になっていた。その森を裂くように土肌を剥き出した道が真っ直ぐに伸びている。
太陽はすでに沈んでしまい暗がりの道を進むには少し勇気がいった。と言っても煌々と月の光が道を照らしてはいるし、村の出入り口にあったかがり火から頂戴した松明もあるため、進めないほどではない。眼もだいぶ慣れてきたし、道を見失うことはなさそうだった。
「ぜぇっはぁっぜぇっ」
ミライは額に大粒の汗を滲ませて俺に手を引かれていた。
あれぇ!? おかしくね!? いつの間に逆になったの!?
村をでる時は意気揚々と俺の手を引いていたミライだったが、今は俺がミライより前を走って手を引いている。
ってか、体力なさすぎですよ、ミライさん! なんなのっ!? あなた今までずっと病で床に伏せていたお嬢様くらいに体力が無いよ!?
ぶ、ぶっ倒れる……。このままだとこの子、ぶっ倒れちゃう……! そして志半ばのはずなのに『精一杯やりきりました』ってな良い笑顔で昇天しまいそうだ……!
「お、おい、ミライ。少し休む――」
俺が休憩を提案しようとしたまさにその時、ミライのもう片方の手をミヤが掴んだ。
「大丈夫、ミライ? 休憩した方がいいんじゃない?」
「だ、大丈夫っだよっ……! えへへ、ミヤちゃんは優しいなぁ~」
ミヤに手を引かれミライは相好を崩していた。……きっとミライの中でミヤに対する好感度が上がったことだろう。……別にミライの好感度とかどうでもいいですけどね。まったく興味ないですけどね。
「あ、まぁくん。さっき、なにか言いかけた?」
「なんでもねーよ、あほー! お前の心配なんてするわけないじゃん!? あほー!」
「ひどい~っ! なんで怒るのぉー!? わっかんないよ~!」
へろへろになりながら涙ぐむミライに俺はふんっと前を向いた。
「にひひ、セイギくんは素直じゃないにー」
「ふふ、まったくだわ。ツンデレというやつね」
前を走るトラとナーガの誤解も甚だしい会話に顔に血が上るのを感じた。
「お前らなっ! か、かかか、勘違いしてないか!? いやしてる! 妙な勘違いをしてるだろ、貴様らっ! あほー! あほあほあほー!」
二人の背中に文句を放つが、二人は耳に入っていないかのように会話を続ける。
「セイギくんって昔からミライちゃんみたいなタイプって放っておけないみたいだからねぇ。顔もセイギくん好みだしド直球なんじゃないかなぁ」
「あら、そうなの? 意外だわ。セイギくんはもう少し年上のお姉さんが好みだと思っていたわ。美人系より可愛い系の方が好きだったのね」
「ほ、ほんと!? まぁくん、わたしのこと好きなの!? に、にへへ、ど、どうしよう、きゃ~~っ!」
きゃ~~っ、じゃないっつーの! 誤解もいいところだっつーの!
「はい、ストーップ! 本人をおいて真実を捻じ曲げるのはやめよっか! 誰がミライみたいなのがタイプだって!? ばりばり美人好きですから! ミライとかまったくもってアウトオブ眼中ですからっ! どっちかって言うとナーガさんの方が好みですから!」
「うわぁーん! まぁくんひどいー! わたしだって美人に生まれたかったもん! ナーガちゃんなんか刺してやるんだからぁー!」
「ちょっとセイギ! あんた、本人の前で何てこと言うのよっ!? デリカシーないわねっ!」
「元はといえばあなたのせいですけどぉ!?」
「はあ!? 人のせいにしないでよっ! 蹴るわよ!? 蹴り殺すわよ!?」
ミヤちん! ミライさんも本人を目の前にして凄いこと口走ってますけど、それに関してはスルーなの!? というか、仲間内で『刺す』とか『蹴り殺す』とかどれだけ殺伐としたPTなんだよ!
「私を好いてくれているところ悪いのだけれど、残念だったわね。セイギくんみたいな童貞じゃ百戦錬磨の私とは吊り合わないわ。諦めて頂戴」
「百戦錬磨って言うけどナーガさんだって未経験だよね!? なに見栄張っちゃってんの!?」
「ふっ、甘いわね、セイギくん。私は毎夜毎夜、来る日のために脳内シュミレートを――」
「うるせーよ!!」
俺たちが騒ぎながら森の夜道を走っていると――
「ぐわあああぁああぁあああッ!!」
道の先から背筋が凍るような絶叫が木霊した。
その声に俺たちの顔が引き締まった。
一気に緊張感が高まり、張り詰めた空気が支配する。
「近いよん! 楽しいおしゃべりはここまでだぁね!」
トラがナーガへ松明を軽く放る。そして背負っていた大弓を左手で持ち、右手で矢筒から矢を数本抜いた。
ナーガは松明をキャッチすると俺たちへと振り返った。
「ミライ、ミヤ! あなたたちはCSNゲームに慣れていないのだから下がっていなさい! もしかしたら手に負えない相手なのかも知れないわ!」
そして俺たちはついに追いついた。
そこはちょっとした広場になっていた。
いや、違う。見れば木々がなぎ倒されている。ただの道だったのが広場になったんだ。
道の真ん中に立ち塞がり牙を剥いている魔物の手によって。
月の光を照らし返す鱗、爛々と輝く赤い双眸、うねる長い長い巨体――大蛇だった。
その大蛇から身を引くように――距離をとるように《バンデット》たちが、そしてフェレアさんたち警護団が武器を構えていた。《バンデット》の何人かはすでに手傷を負っているらしく、地面に膝をついてしまっている。
戦況は――見るに明らか、劣勢だ……!
「で、でかい……! これってボス級じゃないのかっ!?」
暗がりに浮かぶ敵の姿を見た俺たちは思わず足を止めていた。
「っ!? あなたたち、どうして来たんですかっ! 村にいて下さいと――!!」
フェレアさんが俺たちに気づいて振り返り、焦燥を隠しもせず叫んだ。
その時、大蛇が背を反らすように頭をぐっと後ろに引っ込め――やばいッ!
「左右に別れろッ!! くるぞッ!!」
俺が叫んだ瞬間、大きく口を開いた大蛇の頭がフェレアさんや《バンデット》が固まっている場所目がけて突っ込んでいく。
間一髪でそれぞれが横に跳んで大蛇の牙を回避した。
だが、全員が回避できたわけじゃなかった。
高く大蛇が頭を天にもたげる。
閉じたその口からはカエルの足みたいに人間の足が二本飛び出していた。
《バンデット》の一人が逃げ遅れたのだ。
大蛇がもごもごと口を蠢かすと、バキバキと骨が砕ける音が闇に響いて足が口の中へと吸い込まれていく。
ごくんっ。
大蛇が人間を丸呑みにした音が沈黙する俺たちの耳にはっきりと届いた。
「おいおい……! 嘘だろっ……! この森にはこんなモンスターがごろごろいるっていうのか!?」
「いいえ、違います! あいつはこの森の主――フォレストサーペントです!!」
俺は松明をミライに渡して下がらせ、剣を抜こうとして――あれ? 剣は?
俺はここ数時間のことを思い返してみる。
えーっと……たしか俺の剣は折れちゃって〈エクスカリバー〉から受け取った大剣は……チュートリアルドラゴンの眼に刺さったままで……ってことは……んあぁあああっ!!
俺っ、剣を持ってないじゃーん!? どう戦えってんだよ、これぇ!?
「みなさん、逃げて下さい! はやく!! 私たちが奴を引きつけますッ!!」
言うや否や、流れるような動きでフェレアさんがフォレストサーペントへ肉薄していく。
洋剣が月の光を照らし返して閃くと、大蛇の胴体に一筋の切り傷が走った。
夜の闇に赤黒い液体が飛び散っていく。だが、浅い。鱗を裂いたていどの傷じゃ、あの大蛇は止められないだろう。予想通りに大蛇はフェレアさんの一撃に怯んだ様子もない。
しゅるるる、と舌を出してフォレストサーペントはフェレアさんを見下ろしている。フェレアさんは額に脂汗をじっとりと掻いて洋剣を握りなおした。
「ちっ! お前ら! ひけっ! ひけぇええ!」
俺たちが来た時にはすでに逃げ腰だった《バンデット》たちは“猛獣”の〈アギト〉の指示で一目散に遁走した。我先に仲間さえも押しのけて来た道を引き返してくる。
フェレアさんは背後で逃亡を始めた俺たちの気配を感じ取ると、フォレストサーペントと対峙したままじりじりと下がって間合いを開ける。彼女とて馬鹿じゃない勝てないのは百も承知だろう。だからといって今、背中を向けるのは自殺行為に等しい。
何かフォレストサーペントの気を反らさないと――
「にひひ、乾坤一矢っ! タイガービーム!」
「……氷の棘ッ!」
トラがフォレストサーペント目がけて矢を放ち、ナーガが四つの氷で生成された棘を出現させる。
虚空を滑空した矢と氷の棘は見事に大蛇の眉間に突き刺さっていた。
「シャァァアアァア!」
フォレストサーペントが頭をもたげた隙を逃さず、フェレアさんも撤退を始める。
「走るんです! 全力で村まで走ってくださいッ!!」
「うわーん! ついたばっかりなのにまた走るのっ!?」
泣き言をのたまうミライの手を俺は掴んで無理やり走らせた。
俺たちは団子状態で夜道を引き返していく。
後ろから迫ってくるズルズルと胴体を引きづるような音に振り返ってみればフォレストサーペントの赤く光る二つの瞳が闇に浮かんで追ってきていた。
その速度は俺たちが走るよりも明らかに速い。見る見るうちに大きくなっていく化け物の姿に俺たちは顔を青ざめた。
ぎゃあぁ! これなんてB級パニック映画!? このまま一人、また一人とモンスターに食べられちゃうのかよ!?




