第二話 『俺と一緒に一晩の罪を犯しませんか?』
人工知能だ。
彼女――警護団長のフェレアさんはこの世界で生きている人工知能なんだ。
「……まさかあなた方が向こう側からきた“人間”だとは思ってもいませんでした」
そんな彼女の口調は相変わらず詰問のようだ。剣を俺たちに向けたまま視線が真意を見定めるように俺たちを移動する。理由は分からないが明らかに俺たちを警戒していた。
「人間たちに問いましょう。何が目的でこの世界へ来たのですか? あなた方もこの世界にある超過技術を奪いにきたのですか?」
……超過技術? なんだかややこしそうな世界観が飛び出してきちゃったなぁ。あれですか。その超過技術とやらをこの世界の各国が奪い合ってるとかいう設定ですか?
「待って頂戴。私たちはただゲームを――」
言いかけてナーガは言葉を飲み込んだ。
改めて彼女が放った言葉は柔らかい表現になっていた。
「――私たちはこの世界を観光しにきた旅人みたいなものよ」
「……詳しく話して頂けますか」
フェレアさんはナーガの説明にしばらく耳を傾けた。
ナーガはここが『ワールドマスター』というゲームの中であるということ、現実の世界ではこのゲームが社会現象になっていること、プレイヤーの目的はサイバーセルズの王者を決めることや、賞金一〇〇億円であることを話した。
「――だから私たちはあなたが言う超過技術が何のことかも分からないし、奪おうだなんて考えてないわ。私たちの目的は私たちと同じ人間……プレイヤーたちとの決着よ」
「…………。……そう、ですか。私たちの住まう世界が人間の中でそういった扱いになっているなんて……。……分かりました。ナーガ、あなたの言を信じましょう」
フェレアさんが洋剣を鞘へと滑り込ませる。
ふぅ、どうやら戦闘の危機は去ったらしい。
教会から張り詰めていた緊張が抜けていくのが肌で分かった。フェレアさんの後ろで今にも斬りかかってきそうな面持ちをしていたお兄さんたちも、ゆっくりと構えを解く。
その時だった。
《バンデット》PTの中で一人、座って事の成り行きを見守っていた男がパチンと手を叩いて立ち上がった。
「話は……ついたみてぇだな」
どうやらこの《バンデット》PTをまとめているリーダーらしい。背中に《バンデット》のエンブレムが入った黒い革ジャケットを着た男だ。
名は〈アギト〉と登録されている。あれ? もしかして“猛獣”の〈アギト〉か?
たしか《バンデット》には十人近く【二つ名持ち】がいるはずだけど、〈アギト〉はその中でも五指に入るって実力者のはずだ。
“猛獣”の〈アギト〉はフェレアさんの横を通り過ぎ、教会の外へと足を踏み出していく。それに倣うように《バンデット》メンバーも教会の外へと動きだした。
フェレアさんは慌てて先頭を歩く〈アギト〉の前に回り込んで立ち塞がる。
「ま、待って下さい! どこに行こうというのですか!」
「はあ? 村から出るんだよ」
「あ、あなたは何を考えているんですかっ! 魔物に襲われてしまいますよ!?」
「それでいいんだよ。レベル上げをしてぇんだからモンスターと戦わなきゃな」
そうだそうだ、と《バンデット》メンバーがフェレアさんに文句を放つ。
「いいえ、死に急ぐ人を止めないわけにはいきません! この辺りの森には夜になると凶悪な魔物が動きだすんです! 私たちでさえ手がつけられないというのに、この世界に来たばかりのあなたたちがどうにかできるとは思えませんっ!」
フェレアさんの必死な訴えに、〈アギト〉はそっぽを向いてポリポリと頭を掻いた。そして大きくため息を吐いてから彼女を見下ろす。
「山賊が夜と森をこわがってどうすんだ。いくぞ、お前らッ! モンスター狩りだッ!」
〈アギト〉がフェレアさんを横に突き飛ばし、
「きゃっ!」と彼女はよろけて尻餅をついてしまう。
「どけぇどけぇ! 大山賊の《バンデット》一行様がお通りだッ!」
《バンデット》たちは早々と武器を抜くと村の外目指して我先に走りだした。
「だ、大丈夫!? 怪我ないっ!?」
ミライがフェレアさんの元に駆け寄った。フェレアさんはミライの手を借りて立ち上がる。
って、ああっ! ミライ、貴様っ、それ俺の役だろうがぁ!
「あ、ありがとうございます」とフェレアさんは俺にするはずの微笑みをミライに向けた。
「まったく、ひどい連中ね。どういう育ち方したらああなんのかしら」
苛立ちと侮蔑がこもったミヤの言葉にフェレアさんはほっと胸を撫で下ろす。
「安心しました。人間はみんなああなのかと」
「笑えない冗談だな。あんなクズたちと俺たちを一緒にしないで欲しい」
自尊心の高いソーマっちらしい物言いだ。どうやら自分たちのことしか考えていない《バンデット》たちとは根本的に合わないらしい。
さて、そろそろ俺もフェレアさんにセクハラ――じゃなく自己紹介しないとな。
俺は優しくフェレアさんの手をとり、手の平についた土を払った。小石でも刺さったのか、皮が裂け血が滲みだしていた。
「こんなに綺麗な手に傷をつけるなんて……あいつらの罪は極刑に値するな。罪といえばあなたの美しさもだ。きっと何人もの男を泣かせてきたことでしょう。かくいう俺もすでにあなたの虜でしてね……。どうだろう、俺と一緒に一晩の罪を犯しませんか?」
そこでフェレアさんはハッとなった。俺の手からするりと彼女の手が離れる。
「そ、そうだ! 彼らを止めないと! 警護団っ! 出れますかっ!?」
「はいッ、いけますよ、フェレア様ッ!」
ちくしょぉお! ぜんぜん聞いてくれてねーじゃんよー!
「ぶふっ! ……あんた、よくもそんなキザな台詞を真顔で言えるわね。聞いてるこっちが恥ずかしいんだけど……。俺と一緒に一晩の罪を犯しませんか、だってぷふーっ!」
吹きだし大爆笑するミヤに俺はぷるぷると羞恥に震えた。
いいもん。いつかお前にもっと恥ずかしい台詞で責めてやるからな。顔から火が出るくらい強烈なのをかましてやる。
「フェレア様! その装備で行く気ですか……っ!」
槍を持った男がフェレアさんの軽装での出陣に難色を示した。
「悠長に着替えている暇はありません、これで出ます! ナーガ、人間のあなたたちは村にいて下さい! 決して村の外に出てはいけませんよ!」
フェレアさんはそう言い残すと、四人の怖いお兄さんを連れて走っていった。
「……行ってしまったわね。それで……私たちはどうするのかしら、会長閣下?」
警護団を見送りナーガはミライへ指示を仰いだ。
おい、やめろ、ナーガ! そんなこと訊いちゃったらミライのことだ、嬉々として――
「うんっ! わたしたちも追いかけようーっ! 警護団の人を手伝おうよっ!」
眼をきらきら輝かせて右拳を振り上げるミライに俺はがっくりと肩を落とした。
でぇーすぅよぉーねー! 分かってたよ! お前がそう言いだすの分かってたよ! ほんと分かりやすい人だよね、ミライさんって! この単細胞がっ!
「にひひ。分かってたんなら諦めなよ、セイギくーん」
俺の心中を察してかトラが肩にぽんぽんと手を置いてきた。
と、そこで俺の心を代弁してミライを非難する人物がいた。
それは誰であろうかなソーマっちその人だった。
「キミは何を考えてるんだ? あんな自分勝手な奴らを助けて何の得になるというんだ。恩を仇で返すような連中だよ、《バンデット》は」
「うん、そうだね。でも例えどんな人たちであろうと見捨てるわけにはいかないよ。うまく説明できないけれど、ここで何もしなくて悪い結果になっちゃった時、きっとわたしは悔しい気持ちになるから。……そんなのは嫌だから」
「ふん。キミは馬鹿だな。偽善はそのうち自分の身を滅ぼすことになるぞ」
「あはは、そうだよね、わたし、馬鹿だよね! だからきっとあなたが困っていたらあなたのことも助けにいっちゃう!」
まあ、この馬鹿は間違いなくそうするのだろう。
馬鹿だの何だの罵ってきた相手だろうがこいつは喜んで手を差し伸べられる大馬鹿なんだ。
……ホントに、仕方ない奴だな、こいつは……。
まったく曇りのない眩しいミライの笑顔にソーマの顔が赤くなっていた。
えっ……まさか……ソーマっち……。
「っく、俺には明日野さんという人がいながら、くそっ、何をこんなことで……!」
いや、ソーマっち! それ本人だからっ! 同一人物だからぁー!
俺とトラは笑ってしまいそうになり、ゲホゲホと咳をするフリをしてごまかした。
まさか見た目そのまんまなのに分からないとは……。……意外に天然なの?
苦しそうに胸を押さえていたソーマっちは深呼吸を終えると踵を返した。
「さあ、俺たちは情報収集しよう。忠告を無視する馬鹿を助ける義理なんてないからな」
《ホワイトフォース》たちはぞろぞろと村の奥へと進んでいった。
「またねー! 今度一緒に遊ぼうねー!」
手を振るミライにソーマっちは振り返ることはなかった。しかし、手で口元を隠したところを見るとどうやらニヤついてしまったに違いない。
「にひひ、そろそろ行こーよー。追いつけなくなっちゃうよん?」
トラの言葉で四人は村の外へと走っていった。それを俺は手を振って見送る。
いってらっしゃーい。俺はここでのんびり人工知能たちによって発展した異文化の村を観光させてもらうとしよう。人類とまったく違う生活を送ってきた彼らとのコミュニケーションだなんて胸のワクワクが止められないよねー。押し寄せてくるよねー。
「あれっ!? 何してるの、まぁくん! まぁくんも行くのっ!」
ちっ。バレたか。目ざとい奴だ。
ミライに手を引かれて仕方なく俺も警護団を追いかけるため走りだすのだった。




