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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR2 『無情なるチュートリアルプログラム』
22/109

第一二話 『”先読み”』

 俺へと真っ直ぐに伸びてくるドラゴンの腕――

 俺はカッと眼を大きく見開いた。

 刹那、暴風を巻き込み、残像を残す速度でドラゴンの腕が横一文字に俺が立っていた場所を駆け抜けた。


「い、いやあぁっ! ま、まぁくーんッ!!」


 一撃で俺の体が吹き飛んだように見えたのだろう、ざわり、と地上で見ていたプレイヤーたちは嘆息の声をあげた。

 せっかくのチャンスが台無しになってしまったと勘違いして頭を垂れる。


「ちくしょう! 〈エクスカリバー〉のやつ、なんであんな無名を助けたんだよ!」


「一発で殺されやがったじゃないか! これじゃあもうあのドラゴンをどうすることもできねぇよ!!」


 あちこちからあがる嘆きの声に俺はにぃと口を深い笑みに変えた。


「いや、待て――! 見てみろっ……!!」


 俺はネタばらしをするようにゆっくりと、身を折っていた体勢から上半身を持ち上げる。

 ドラゴンの上で立ち上がった俺の姿に「「「おおおおおおおぉぉ!」」」とプレイヤー間にどよめきが広がっていく。


「あいつ……! よ、避けたらしい……! ま、まだあの無名は生きてるぞ……!!」


 俺は首を左右に倒してコキコキと鳴らし、ふぅ、と静かに息を吐いた。

 ドラゴンは振るった右腕と俺を怪訝そうな瞳で交互に見やっていた。

 おそらくドラゴンも俺を殺したのだと思ったのだろう。

 ドラゴンの金色に輝く両眼が俺を見据え、すぅと細くなる。

 ……悪巧みでも思いついたような顔だな。

 不意に、ドラゴンの右肩口がわずかに動いた。

 …………振り下ろし、か。

 俺は右足を一歩後ろに動かし、今の位置から少し後ろへと下がる。

 直後、高々とドラゴンは右腕を振り上げ、俺の眼前へ黒い鱗の腕がギロチンのように振り下ろされる。

 ヒュゴォッ、と突風で俺の髪がバサバサと掻き乱れた。

 今度こそ潰しただろう、とドラゴンが右腕をゆっくり持ち上げ、状況を確認する。

 だが当然、右腕の影から見えたのは変わらず立っている俺の姿。

 無造作に立つ俺が眼に入ると、何が起こっているのか分からないとでも言わんばかりにドラゴンの動きが止まった。

 俺はそんなドラゴンに対して不敵な笑みを浮かべてやる。


「どうした。俺様に一度……当てるだけでいいんだぞ?」


 俺の小さな呟きに、ギンッ、とドラゴンの瞳孔が開いた。


「シャゲゴォオオオオォオオォオッ!!」


 怒りを撒き散らすように俺へ向けて咆哮する。

 頭が澄み渡っていくような感覚がしていた。

 俺は大空を抱くように両手を広げた。

 分かる……。解る……。

 まるで俺の全神経が空間に根を張り、広がっていくような感覚だった。

 俺の脳が、極限まで活動しているのを感じる。

 ドラゴンが次に何をしてくるのか、簡単に予想できる。

 どんな攻撃をするつもりなのか、どんな軌道なのか、数瞬早く理解している。

 俺の視界に映るすべてが――

 ――視える・・・……!!

 ドラゴンの両肩口が動く――両手で挟み込むつもりか、跳躍して避ける。

 ドラゴンの口が動く――ブレスだな、横転して射線上から逃れる。

 次は右突き、がフェイントで左薙ぎ払いだろ、屈んでかい潜る。

 次は――

 ドラゴンが次々と何度も、何度も目まぐるしい回転数と今までしてこなかった動きを混ぜて腕を振るうが俺にはかすりもしない。

 俺はゆったりとした動きで、最小限に体が動かすだけで、避けて避けて、避けまくる。

 ドラゴンの攻撃速度は遥かに俺の動きより速い。

 だが当たる気がしない。

 ……かする気さえ、しない!


「お、俺の眼はおかしいのかっ!? あいつが回避行動をとった後にドラゴンが攻撃してるように見えるっ! そんなこと有り得ないのに、なんなんだよあの無名の野朗はッ!」


「未来が見えるのか、あの無名ッ! あんな遅い動きでどうして避けられるんだよ!?」


「し、信じられねぇ……! 化け物かよっ……!! あの無名プレイヤーは……!!」


 大勢のプレイヤーたちが俺に起きる摩訶不思議な現象に呆気にとられていた。

 やがてドラゴンが攻撃を止めた。

 俺は背中を反った体勢から、ゆっくりドラゴンへ向き直る。

 ドラゴンは奇怪なものでも見るように俺へと目を凝らしていた。

 どうして当たらないのかが分からない。

 瞳がそう語っていた。

 俺には〈エクスカリバー〉のように超人めいた反射神経はない。

 ならなぜこんなことが俺には出来るのか。

 俺の眼は分かっ・・・・・・・てしまうんだ・・・・・・

 どんな些細な動きでもいい。

 眼で見るだけで俺は、相手が何をしようとしているのか、その行動が読めてしまうのだ。

 俺の脳は小さな初動から幾つもの可能性を捻り出し、すぐに正しい答えを弾き出す。

 ――”先読み”してくれる。

 そういう風に彼女・・に訓練されている。

 脳が焦げるような刺激に昔の思い出がどんどんと蘇ってくる。

 心躍るような冒険、強敵との対峙、仲間たちとの連携、攻略という名の輝かしい功績――どれだけのめり込んだだろうか。

 俺は幾つものCSNゲームを信頼できる仲間たちと共に渡り歩いてきた。攻略しては見知らぬ大地へ、攻略しては次の強敵へ――止め処ない冒険に俺は熱中していた。

 CSNゲームというCSNゲームを攻略し尽くした。


 ――お前は……何者だ?


 ドラゴンがそう問うている気がした。

 くるんっ。

 俺は左手の甲を返して大剣を回転させ、ゆっくりと前へ歩いていく。

 もがいても無駄だ。

 ……もう、悪あがきはよせ。


「シャゲゴォオオォオオォオオォオォオンッ!!」


 口にしていない言葉が聞こえるわけがない。

 だが抗うかのようにドラゴンは雄叫びをあげ、腕を振りかぶった。

 知らないと言うなら教えてやろうッ!!

 この俺こそが――!!

 

 ――最強最悪、絶対無敵の“魔王”だあぁああぁッ!!


「うおぉおぉぉおぉぉおぉおぉおおおぉおおぉお――ッ!!」


 ドラゴンが振るってきた高速で動く腕さえも足場にして、俺はさらに高く跳ぶ――!

 夕陽に掲げるように〈エクスカリバー〉の大剣を大きく振りかぶる――!


「これで――ッ!! 終わりだあああぁああッ!!」


 金色の双眸に自由落下してくる俺が映り、きゅ、とドラゴンの瞳孔が細くなった。



 ――その瞳めがけて、俺は大剣を突き刺していた。



「シャゲゴォオオオオオオオオォォオオォオォオ――ッ!!」


 左眼から赤い飛沫が溢れだし、ドラゴンが断末魔のような咆哮をあげる。


「うおおおおっ! 無名のあいつがやりやがったああああ!」


「よくやった無名!! これでチュートリアルから出られるぞぉおお!!」


「人類の勝利だああああ!!」


 村のいたるところで地鳴りのような歓声が巻き起こる。

 ドラゴンの咆哮よりも大きな勝ち鬨があがり、チュートリアルの攻略を祝う叫びが空に響いていく。同じセルズでもないのに隣のプレイヤーと肩を叩きあい、ハイタッチし、武器を放り投げて抱き締めあう。

 仇はとっておいたぜ……“盾姫”ちゃん……〈エクスカリバー〉……。

 しかし――

 ドラゴンが消える様子は一向にない。

 ドラゴンのもう一つの眼が、俺へ向く。

 …………は?

 俺は大剣を突き刺したまま、ドラゴンと視線を合わせ固まってしまう。


「って、あれぇえッ!? ドラゴンさん死んでませんけどぉお!? 一体全体これはどういうことなの、ナーガさぁんっ!?」


 プレイヤーを代表する俺の問いに、村にいるすべての視線がナーガへと集まった。


「………………おかしいわね」と彼女は可愛らしく首を捻っていた。


「「「おかしいわね、じゃねえええええぇええッ!!」」」


 生き残っていた全プレイヤーは絶叫ツッコミせざるを得なかった。

 ドラゴンは大剣を握る俺をそのままにして、ゆっくりと立ち上がった。ドラゴンが立ったことで俺は地面に降りようがなくなってしまう。

 遥か下に見える地面に思わず俺の顔がサアーッと青くなる。落ちれば落下ダメージで死んでしまうだろう。それはきっと想像を絶する痛さに違いない!

 絶対に離してなるものか、と俺は両手で強く大剣を握る。

 だが、ドラゴンはぶんぶんと長い首をしならせて顔を振りやがるではないですか。

 さすがにその強烈な遠心力には耐えられず、俺は大剣を手放し、宙へと放り投げられてしまう。


「んぎゃああああ!! た、助けてええええぇええっ!!」


 地面に背中を叩きつけられるかと思いきや、トラが俺を横からキャッチして勢いを吸収し、そのまま池に二人で一つの水柱を作る。


「わっぷ! なんだ!? つめたっ!? 死ぬぅ!? 息は!? どうなるの息!? もうドラゴン攻略とかいいから誰か助けろ! 俺を助けろ愚民どもぉおぉおお!」


「もうそのネタはいいよん、セイギくん! はやく池からでてちょ!」


 ばしゃばしゃと水面でもがく俺にトラはご丁寧にツッコんでくれていた。

 そんな俺を片目で見据え、ドラゴンが翼を羽ばたかせ、上空に舞い上がる。

 翼に煽られて村中につむじ風が吹き荒れた。

 プレイヤーたちが地面を強く踏ん張る中、


「わっ! ちょっと、待って! きゃあああ!」


 ドラゴンの近くにいたミヤが暴風に巻き込まれ、まるで紙くずのようにゴロゴロと地面を転がっていく。その先にあるのはやはり池だった。

「い、いま助けるよっ、ミヤちゃんっ!」

 ミライはミヤの危機を悟り彼女の名を叫んで駆けだす。

 やめときゃいいのに、トラの真似をしようとしているに違いない。

 案の定というか予想通りというか、ミライは自分の足に足をとられ、前のめりになって池の中に顔面から突っ込んでいった。

 結局、ミヤも風に乗って転がり続けたあげく池に落ちていく。


「みんな、池に落ちるのが好きだなぁ」


「セイギくんも人のこと言えないっしょ~」


 水面でもがくミライとミヤを眺めながら、そんな言葉を交わしていると、俺たちを大きな影が覆った。

 ドラゴンの巨体が夕陽を隠したのだ。

 しだいにドラゴンの全身が白く発光していく。まるで力を溜め込んでいるようにドラゴンの周囲をゆらゆらとオーラのようなものが立ち昇っていた。

 ははは、あー、こりゃヤバそうだ。


「はふぅ。タイムアップ、ってことかしら。おそらくあれは今の私たちじゃ防ぎようがない攻撃だわ。……やっぱり攻略の仕方が間違っていたようね」


 俺の予感をナーガが口にして、残念そうに首を振る。

 俺は天高くで羽ばたくドラゴンに向けて右拳を突き上げた。


「ふ、ふんっ。これで勝ったと思うなよっ! 必ずリベンジしてやるからなぁあああ!!」


 すると、ドラゴンの口がまるで笑むように歪んだ。


『……此度は実に興味深い戦であった。〈黒ウサギ〉も酔狂なことをしおると思うておったが……人の子もなかなかに妾を楽しませる』


 幻聴なんかじゃない。空に浮かぶドラゴンは確かにそう人間の言葉を発した。

 呆然とする俺たちに、ドラゴンの背から六つの放射線が村めがけて放たれる。


『褒美じゃ。次はこのような児戯ではなく――妾らが生きる世界でまた会おうぞ』


 次の瞬間。

 視界は真っ白に染まり――俺を、すべての者たちを焼き尽くしていた。




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