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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR2 『無情なるチュートリアルプログラム』
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第九話 『正々堂々』

 ナーガは一歩前に足を進めると、【叫び】を使って村に残ったプレイヤーへと呼びかける。


『私が指揮を執るわっ! 全セルズ、いえ全プレイヤーの協力を要請するわ!』


 毅然と言い放つナーガに、口々に熟練プレイヤーたちが文句を放つ。


「〈ナーガ〉……!? あいつ……《ディカイオシュネ》のっ!? “魔蛇”の〈ナーガ〉かよッ! まさか――本当にあの“魔王”が復活したってのかッ!?」


「ふざけるなっ! 誰が《ディカイオシュネ》となんか組めるかっ!」


『うるさいわね。――灰にするわよ』


 文句を放つ男たちをナーガは一睨みするだけで黙らせた。前髪で隠れたナーガの眼が赤く光り、後ろに『シャァアッ!』と舌をだす蛇が見えたのは俺の気のせいだと思いたい。

 前のドラゴン、後ろの〈ナーガ〉さん。

 これってどっちにしろ俺たち生きてられないんじゃないのっ!?


『あなたたち、よく聞きなさい! 鱗にいくら攻撃してもダメだわ! 今の私たちじゃジリ貧になるだけよ! 狙うなら鱗のないところだわ! 言っている意味が分かるわね!?』


 後ろから聞こえたナーガの言葉に俺たちは思わずほくそ笑む。

 流石だよ、もと《ディカイオシュネ》参謀軍師様!

 狙いはつまり――!


「「「――眼かッ!!」」」


 前線メンバーの言葉は完全に重なり、遥か遠いドラゴンの顔を見上げる。


『私の考えが正しければ、他の箇所にまったく攻撃が通用しないのは大ダメージを受ける弱点があるからだわ……! そう、一撃で倒せるほどの弱点が――!

 まったく攻撃が通じないわけじゃなく、小さい傷を与えられるのも真意を気づかせないためのブラフ! クエストアナウンスで『HPが空になるまで』なんてあえて表現しているのも大ダメージを受ける弱点を隠すためのミスリード!

 あくまで『ワールドマスター』は公平に、今の私たちで倒せるように――正々堂々と人類に挑んできているんだわっ!』


「望むところだ! と言いたいところだが、このままじゃ眼に攻撃は届かないっての!」


 俺の叫びにミライがすぐにトラへと顔を向けた。


「トラくんっ!」と視線で語るミライに、トラはいつもの調子で笑う。


「にひひ。あいよっ、会長閣下っ! 合点承知だよん!」


 トラは素早く近くに生えていた木を登り始め、葉っぱの中から顔をだした。そして背負っていた大弓に矢をつがえ、まだまだ上にあるドラゴンの顔へと向ける。

 ドラゴンは足元の俺たちに注意を向けていて木に潜む狙撃手に気づいていない。


「乾坤一矢ぁーっ! タイガービーームっ!」


 トラから放たれた矢が、真っ直ぐにドラゴンの金色の眼へと滑空する。

 ドラゴンがびくんっと体を震わせ、目ざとく矢に気づいた。

 瞬間、大袈裟とも思える仰け反り方で首を動かしドラゴンは矢を回避する。片足を浮かし、そのまま後ろに倒れていきそうなほど大きな動きだった。

 だが結局、矢はドラゴンにかすりもせず飛んでいく。

 地響きとともに足を着地させ、雷が鳴るような低い唸りをドラゴンが発する。

 そして、ぎょろり、とその双眸がトラへと向けられた。

 その瞳には明らかな憎悪が感じられた。

 足元では俺たちが必死に細かい傷を蓄積させている。それにまったく感情の起伏を見せなかったドラゴンが……当たってもいない矢を放ったトラを睨みつけていた。

 激怒していた。何てことをするんだと言わんばかりに憤怒していた。

 ドラゴンがトラを丸のみにでもせんばかりに口を開けて怒号を放つ。

 生臭い息に吹かれて、トラの髪が台風の中にいるかのように後ろへとなびいていた。


「うっひー。こ、こりゃナーガっちの考えはビンゴみたいだねぇ……っとぉ!?」


 トラに向かってドラゴンが右腕を凪ぐ。

 転がり落ちるという表現がふさわしいほどトラは枝をボキボキ折って、地面に尻餅をついた。

 ドラゴンの手はトラが登っていた木を村の外へと叩き飛ばしていく。

 場外ホームランした木の行く末を眼で追っていたトラの顎から脂汗が滴り落ちた。


「どうやら眼を狙う攻撃には敏感に反応するようね……! 遠隔攻撃はダメだわ!」


「ナーガさぁん! 近接攻撃じゃドラゴンが倒れでもしない限り届かないってば!」


 ナーガの声に叫び返すと、彼女は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 その時だった。ドラゴンが俺たち前衛を跳び越え、トラへと走りだした。

 それを見たトラは「げぇっ!?」と立ち上がり、一目散に逃げだしていく――

 ――ナーガやミヤ、そしてミライがいる方へ。


「わっわっわ! こっちこないでよっトラくん! ってミヤちゃんナーガちゃん逃げるのはやっ! わーん、おいてかないでーっ!」


 もう村の奥まで走り去っているミヤたちの背中を見て、ミライも慌てて逃げだす。

 後ろからきたトラにもすぐに追い抜かれ、迫りくる脅威から必死に走るミライだったが自分の足に足をひっかけるという器用とも不器用ともとれる足のもつれ方をさせ、べちんっと地面に顔面をぶつけた。

 あいつっ……! 本当に運動神経が悪いなっ……! そのCカップが重いから前に倒れるのかっ!?

 俺はドラゴンの背後から剣を振り上げ疾駆する。

 どうにしかして気を反らさないとミライが踏み潰される――!!


「どっちを見てやがるッ! お前の敵はこっちだぁああーーッ!!」


 俺が雄叫びをあげドラゴンへ特攻しようとしたまさにその時――〈エクスカリバー〉が、〈ヨハン〉が、〈ヘリックス〉が――何十人という数の熟練プレイヤーが俺の横を並走する。


「おい、無名ッ! ここは俺たちに任せてお前はあの面白い子を助けだせっ!」


「これだけの人数が一斉に攻撃すればドラゴンの動きを数秒くらいは止められますよ!」


「ハッハァ! ほら、さっさと行けや、まぁくん! 可愛い彼女が待ってるぜェ!?」


 次々とかかる言葉に俺は胸の奥底から沸いてでる感謝の言葉を胃の深くに押し込める。


「~~~~っ! 俺をっ……まぁくんと――呼ぶなあぁっ!!」


 俺はそう叫びながら剣を放りだした。

【二つ名持ち】を含む熟練プレイヤーたちが一斉にドラゴンの背中へ攻撃を加える――!


 ガッキィイィイイィインッ!!


 多くの攻撃を硬い鱗が弾く甲高い音が木霊する。

 ドラゴンの大きな体が、今までびくりともしなかった巨体がわずかに震動した。

 いつもは敵対している猛者たちが、敵同士の者たちが同じタイミングで力を合わせたことで、初めてドラゴンの体躯を揺らす衝撃を与えれたのだ。

 ドラゴンの眼がぐりっと背後へと向き、尻尾が唸るように振られ逃げ遅れた熟練プレイヤーたちが空を舞い――消えていく。その断末魔を耳にしながら俺はドラゴンの横を駆け抜け、今にも踏み潰されそうなミライへと両腕を伸ばし地を跳んだ。

 ドラゴンの眼が前へと戻り、再び足の裏が落ちていく。

 間に合え間に合え間に合え間に合えええぇええ――ッ!!


「まぁくーーんっ!!」


 ミライが眼に涙を滲ませながら両腕を広げた。

 ミライと俺は互いをがっちりと抱き締め合い、俺が突っ込んでいった勢いのままゴロゴロと地面を転がっていく。

 ずずぅん、と地面が震動した。

 …………わずか数センチだ。ドラゴンの足からわずか数センチの距離で俺たちは寝転がっていた。

 極度の緊迫感からか、どくんどくん、と早鐘のように心臓が鼓動していた。

 高まった緊張感が抜け、口から大きく空気を吐きだし、止まっていた呼吸が再開する。

 そのままミライを抱き締めたまま抜けるような空の青さに見とれていると、急に何かがぬっと視界に割って入ってきた。何かと思って眼をこらすと、空の変わりに見えるのはこちらを見下ろすドラゴンの大きな顔だった。猫のように金色に光る二つの瞳が俺たちを捉えていた。

 ……んぎゃああああっ!! ロックオンされてるぅうーー!


『もう一度だっ! 全員ッ、タイミングを合わせろッ!!』


 そう〈エクスカリバー〉が【叫び】、返事も聞かぬ間にドラゴンへと地を蹴る。

 鱗が攻撃を弾く二度目の打撃音が木霊した。

 さすがにドラゴンも熟練プレイヤーたちへと向きを変える。

 ドラゴンの体内はどんな熱量になっているのか、口から白い煙が陽炎とともに漏れだしていた。

 横槍を入れられてイラついたドラゴンの細くなった眼に気おされ後ずさる熟練プレイヤーたち。


「……んで、こっからどうするってェ?」


 ドラゴンと対峙する眼帯の傭兵――”螺旋”の〈ヘリックス〉の問いに答えられる者は誰もいなかった。

 いや、俺の上でミライが起き上がるととんでもないことを言い始めた。


「ミヤちゃんっ! ドラゴンを撹乱してっ! わたしたちでドラゴンを倒れさせることができないのなら、ドラゴンに自分から倒れてもらうしかないよっ!」


「は、はぁ!?」と眼を丸くしているミヤへさらにミライは続ける。


「大丈夫だよっ! わたしだって自分の足につまづくことよくあるもん! ドラゴンだってしょっちゅうつまづくに決まってるよっ!」


 運動音痴のお前と一緒にしてやるな! それはいくらなんでもドラゴンに失礼だ!


「む、無茶言わないでよ、ミライっ! そんなことできるわけ――!」


「できるよ! ミヤちゃんならきっとできる!」


 ミライは本当にできると思っているのだろう。その信頼しきった真っ直ぐな瞳とミヤの視線が交わる。

 どれだけ彼女らは見つめあっていただろうか……。

 ミヤがごくり、と唾を嚥下した。

 とんとんっと右のつま先で地面を叩くと、頬に脂汗を掻きながらもにぃと不敵な笑みを作る。


「失敗しても――文句は受けつけないわよっ……!」


 顔をあげた彼女の表情には覚悟の色が宿っていた。



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