第八話 『焦燥』
不意に、ドラゴンがぴょんっとジャンプした。
しかし俺たちプレイヤーにとっては『ぴょんっ』なんて済ませられるレベルではない。
着地したドラゴンの震動で大地が凸凹に隆起し、亀裂が走る。
一瞬で表情を変えた足場に転倒するプレイヤーが続出していた。かくいう俺も足をもつれさせたが、なんとか片膝をついて倒れることだけは免れる。そしてドラゴンへと視線をやって――驚きで瞳孔が開く。
ドラゴンが左腕を大きく振り上げていたのだ。
しかもその金色の双眸は俺を見据えている。
眼が、合っていた。
――やばっ……!
回避の判断を下す前に、そのまま虫を潰すように黒い手が高速で落ちてくる。
やばい動け避けろ逃げろ――俺の全神経が警鐘を鳴らしていた。
脳が反射神経を動かし回避行動をとろうと、地を蹴る。
だが攻撃の範囲からは逃れられそうにない。
羽虫を叩き潰すような一撃が俺の真上まで迫っていた。
ちくしょうッ気づくのが遅すぎたッ――と諦めたその時――
――小柄な少女が横から飛びだしてきた。
背丈は俺の胸ほどまでだろうか、白いフリルドレスに、足と手を銀甲冑に覆われた少女だ。
その左腕には彼女の小さな体には不釣合いな、自身を包み込むほどにデカい盾が装着されていた。
彼女は青い髪を振り乱して体を捻り、大盾で殴るようにドラゴンの爪を受け止める。
いや、違う。
受け止めたわけじゃない。
盾で爪を滑らせるようにして、少女はドラゴンの強力な一撃を受け流していた。
同時に、右腕で後方にいた俺を後ろへと突き飛ばす。
ジャギィイギギィイィイィイーーーーッ!!
大盾とドラゴンの爪から火花が散って、視界を白く閃光が染めあげる。
果たして、ドラゴンの爪はその大盾を滑り――衝撃音を轟かせ地面に突き刺さっていた。
その華麗な盾捌きに周囲から歓声とどよめきがあがる。
突き飛ばされた俺は尻餅をついた格好でその小柄な少女を見上げていた。
……信じられない。この子っ、ドラゴンの攻撃を防ぎきったのか!?
しかもッ……か、可愛い……ッ!!
小柄な少女は逆三角の形をした大盾を右手で掴んで外すと、地面に刺した。そしてその右手に左手を添えるように重ねる。
それはまるで騎士が剣の柄の上で両手を組んだかのような威風堂々たる姿だった。
『私の名は〈ステラ〉! 《スクトゥム》セルズリーダーの〈ステラ〉です! 勇敢な同士を守った死に様に一遍の悔いもありませんッ!』
初めて聞くプレイヤー名とセルズ名だった。
おそらく、俺がいなくなった後に新設したセルズなんだろう。
CSNゲーム界のここ二年間を知らない俺とは違い、周囲の反応は電撃が走ったようだった。
「《スクトゥム》だと――!? “盾姫”の〈ステラ〉も移住してきていたのか!!」
へぇ、この子【二つ名持ち】なんだ……。良い二つ名を貰ってるみたいだね!
礼を言おうとすると、その少女――”盾姫”ちゃんの足が風に吹かれるように、光の粒子になっていくじゃないか……!
よくよく見ると彼女の胴当てをドラゴンの引っかき傷が裂き、痛々しく血が滲んでいた。
考えれば当たり前のことだった。
現状でドラゴンの攻撃を一度でも耐えきるプレイヤーは存在しないだろう。
それはこの“盾姫”の〈ステラ〉ちゃんとて同じことだった。
「た、“盾姫”ちゃんっ……! お、俺の身代わりなんかに……!」
その言葉に“盾姫”ちゃんは顔だけで振り返って微笑んだ。
「……いいんです。これが今、私にできる最大限のことですから。前線で果敢に戦う近接さんを失うわけにはいきません。人類の――勝利のためには――ッ!!」
なにこの子、感動したっ……! “盾姫”ちゃんすっごい良い子じゃん……!!
もはや上半身だけとなった状態で、なお《スクトゥム》リーダーの〈ステラ〉は叫ぶ。
『《スクトゥム》メンバーに告げますっ! この戦を勝つためには協力が必須です! 我々《スクトゥム》が同士の“盾”となるのですッ! 人類にッ、勝利を――っ!!』
その叫びを最後にステラの身体は俺の目の前で、四散していた。
「「「姫様あああああああぁ!!」」」
《スクトゥム》のメンバーなのだろう、大盾を持った男たちが悲痛な叫びをあげた。
「うわあぁああ!! “盾姫”ちゃぁあああんっ!!」
俺も男たちと同じように悲痛な叫びをあげた
「ちっくしょぉおおッ! よくも俺の“盾姫”ちゃんをぉおお!!」
俺はどんっと地面に拳を振り下ろした。「いつからお前のものになった!」とか「ふざけんな、無名! 殺すぞ!」という嫉妬の声が辺りから聞こえてきたがそれは置いておこう。
CSNゲームに戻ってきたのは二年振りだ。
二年前のようにいかないのは分かっているつもりだった。
このうまく動いてくれない体は、久しぶりにやった格闘ゲームでなかなか技が出せないもやもやした感覚に似ていた。コマンドを入力しているつもりなのに、技がでていないあの焦燥感だ。
「「「うおぉおお!! 同士の“盾”となれッ――!! 人類に勝利を――ッ!!」」」
大盾を持った男たちが勇敢に戦っていた熟練プレイヤーたちを守るように、その大盾を構え前にでる。自分たちのセルズ《スクトゥム》に所属しているわけでもない者たちを、本来ならライバルに位置する者たちを――決死の覚悟でドラゴンに攻撃する者たちを守るため、自らを犠牲にして光となって砕け散っていく。
その光景に俺は奥歯を噛み、地面の土を掴んだ。
思わずその悔しさが口を突いて出てしまう。
「ちっくょおぉっ! 方法はないのかッ!! 何か攻略法があるだろっ! 誰かさっさと思いつきやがれよッ! お前らどこぞのCSNゲームでセルズリーダーなり、有名プレイヤー張っているんだろうがっ!! 【二つ名持ち】がガン首揃えてこのザマかッ!!」
「そんなことは無名のあなたに言われなくとも分かっています!」
片眼鏡の男〈ヨハン〉が右手から炎を放つ。が、ドラゴンの黒光りする鱗に弾かれドラゴンに効いてるようには見えない。
突如、ドラゴンの喉の奥でカッと光るのが見えた。
――っ! ブレス攻撃、かっ……!!
頭の中で危険信号が乱反射し、俺は一も二もなく後方へ倒れこむように跳んでいた。
ドラゴンの初動に気づけた俺はなんとか難を逃れたが、ドラゴンの口から放たれた黒炎のブレスは大盾を持つ《スクトゥム》メンバーごと多くの熟練プレイヤーを焼き払っていた。
一体、どれだけのプレイヤーが巻き込まれたのか、身を竦ませる絶叫が鼓膜を貫いていく。
俺は状況を確認するために周囲に眼を向けた。
パチパチと紫電を迸らせた黒炎は地表を焦がし、異臭とともに黒煙を立ち昇らせていた。煙とともに天へと舞い散る多くの光の残滓。
くそっ、一網打尽じゃないか……!
数十の有名プレイヤーが一度にやられたのは大きな痛手だった。
だが、それ以上の痛手は消えていくプレイヤーの中に【二つ名持ち】の中でも名高い“炎剣”の〈レーヴァテイン〉と“水晶剣”の〈バルムンク〉がいたことだった。
〈エクスカリバー〉は消えていく二人の仲間に驚きで眼を見開いていた。
浅黒い肌に燃えるような赤髪の〈レーヴァテイン〉は分解されていく自分の足を見下ろし、チッと舌打ちする。
「……この俺が炎にやられるとはな……。……あとは任せる」
投げ捨てるように剣を地面へ刺すと〈レーヴァテイン〉の体は四散した。
同時に『参ったね』という表情で手の平を天に向け肩をすくめていた〈バルムンク〉の体も光に弾け飛ぶ。
「あの……“炎剣”と“水晶剣”が……やられた!? もうダメだ……!」
「こんなバケモン今の段階じゃどうすることもできねぇぞっ……!!」
現存する中で最も有名なセルズ《七雄剣》。
その幹部が二人“炎剣”と“水晶剣”が折られたのは熟練プレイヤーたちに精神的なダメージを与えたようだ。見て分かるほど前線を重苦しい空気が包み込んでいく。
死に物狂いで戦っていた者たちも武器を構えたままでじりじりと後ずさっていく。
まずい。この雰囲気はダメだ。
BWDで脳波を読み取っている以上、こと戦闘に関しては精神状態が強く影響する。勝てると思って戦うのと、負けるかもと思って戦うのでは動きにわずかな差を生む。この凶悪なドラゴンを相手とするならそのわずかな差は雲泥の差に変貌する。
迷いや戸惑いのある戦闘をすれば、ここから一気に崩れてもおかしくないぞ……!
しかし対処法がないのも事実だ。このままじゃ……!
全滅――最悪の結果が脳裏をよぎったその時だった。
思わぬ人物が声をあげた。【叫び】機能を使用して、全プレイヤーに聞こえるように。
『勝てるよ! わたしたちは勝てる!! 人類は勝てるんだよっ!!』
誰もがその声の主へと、視線をやった。そこには誰であろうかなミライの姿があった。
集中する視線を意も介さずミライは一歩前に足を踏みだし、さらに【叫び】続ける。
『人類は今まで数々の困難を乗り越えてきたんだから! 壁にぶつかっても悩んでやり方を変えて、それでもダメなら次の方法を思いついて、そうやって人類は今まで成長してきたんだよっ!
このゲームは“人類への挑戦状”なんだよねっ!? 挑戦って弱い人が強い人にすることだよっ! そう、人類は強いんだよっ! 人類四十六億年の歴史を甘くみちゃいけないんだよっ! 人工知能を宿したドラゴンなんて生まれたての赤ちゃんだよ、赤ちゃんっ! わたしたちならこんなドラゴンの一匹や二匹、攻略できないわけないよっ! だって人間様のほうが強いんだから! 正々堂々と倒してやるだけだよっ!』
あ、赤ちゃんって……。いや、それより四十六億年の歴史を持つのは人類じゃなく地球だ、馬鹿。というツッコミを全プレイヤーが心の中でしていることだろう。
『それに――まぁくんがいるもん!』
いきなりミライが俺を指差した。
視線が一斉に俺へと注がれる。やだなにこの羞恥プレイ!
『わたしの大好きなまぁくんは凄いんだもん! だから勝てるよ! 人類は勝てる!!』
根拠の無い結論にプレイヤー全員がぽかんと口を半開きにして眼を点にした。
静まり返る【チュートリアルの世界】……だがしばらくして笑い声がした。
声の方を見てみると、笑っているのはあろうことか〈エクスカリバー〉だった。
あの無口で冷静な現プレイヤー最強と云われる彼が大爆笑していた。
そんな彼を見るのは《七雄剣》の幹部でも珍しいのだろう、〈エクスカリバー〉が笑っていることに生き残っていた《七雄剣》のメンバーも笑い始める。
笑っていたのは彼らだけではない、あちこちでくすくすと笑う声が漏れていた。
笑顔が笑顔を呼び、次々に笑い声が連鎖していく。
わたし頑張ったよっ、と言わんばかりに俺に向けて小さくガッツポーズをしているミライに思わず俺も吹きだしてしまった。
何がおかしいのか、なぜ笑ってしまうのか分からない。
ただ分かるのは、さっきまで立ちこめていた灰色の空気は消え去ったということだ。
ドラゴンが足元で笑いあっているプレイヤーたちを、訳が分からないものを見るように一歩、後ずさった。
当然だ。俺たちが理解できないのに、人工知能に理解できるはずもない。
その時、親指で唇をおさえ、ずっと黙考していたナーガが何かに気づいたようにハッと顔をあげた。
「――正々堂々……やり方を……変える……! そういうこと――! 私は馬鹿ね……! 自分で自分が苛立たしいわ……! どうして今まで気づかなかったのかしら!」




