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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR2 『無情なるチュートリアルプログラム』
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第五話 『おお、勇者よ。チュートリアルで死ぬとは情けない』

 強気なミヤも口をあんぐり開けてドラゴンを見上げたまま数歩後ろに下がってしまう。

 さすがに戦意喪失するのも分かる。

 実際、バタバタと我先にドラゴンがきた逆方向の森へ逃げだしていくプレイヤーもいた。

 逃げだしていないプレイヤーもどうしていいのか分からず、行動を起こしかねてただただドラゴンを見上げることしかできないでいる。

 そんな中、一人の勇敢なプレイヤーが前にでた。そして、俺たちへ振り返り【叫ぶ】。


『お、落ち着け、みんな! 村は柵で覆われているんだ! これは村の中が安全だという証拠だ! だから俺たちは柵の中にいる限り安全だ!』


 おお、なるほど、とプレイヤーたちが逃げる足を止め、ほっと安堵したその刹那。

 ドラゴンの口に光が収束していく。

 まるで太陽が二つになったのでは見紛うほどの光量になると、躊躇いもなくドラゴンはその光弾を村に向かって吐き出していた。

 眼にもとまらぬ弾道で村に着弾すると、地表を剥がし大爆発が巻き起こった。

 その大爆発に巻き込まれた勇敢な男は悲鳴をあげながら、ぐるぐると回転して吹っ飛び、光となって掻き消えていく。

 その一発で花火のように吹っ飛んでいくプレイヤーたちに俺はまだ脳がうまく回っていなかった。

 俺たちが無事なのはただ運が良かったとしか言いようがない。

 ドラゴンの放った光弾の着弾点がもう少し近い位置だったら、花火になっていたのは俺たちだ。


『まったく安全じゃねえええぇ!! に、逃げろぉおおお!!』


 紅蓮の炎が一気に村に燃え広がり、ついぞ大半のプレイヤーが逃げ惑う。

 ぱちぱち、と木が爆ぜるリアルな音をたてて小屋が崩れていく。

 黒煙がいたるところから立ち昇り、村は阿鼻叫喚の様相となっていた。


『人類の挑戦はチュートリアルで終わってしまった! 完』


『おお、勇者よ。チュートリアルで死ぬとは情けない』


『俺、無事にチュートリアルを抜けたらあの子と結婚するんだ……』


『いいからお前ら戦えよ!』


 あちゃー。これはひどい。

 プレイヤーたちはものの数分で総崩れになってしまっていた。



   ◇◇◇



「にひひ。みんな逃げてるみたいだけど、俺たちはどーする、ナーガっち?」


 私に問われても困る。

 こんな非常識なチュートリアルを誰が予想できたというの?

 ドラゴンが大きな六枚の翼を順に羽ばたかせて村の中央に着地する。ただそれだけで砂嵐のような土埃が村中に舞い上がっていった。それを私は腕で顔を隠してやり過ごす。

 もくもくと立ち昇る黄土色の煙にドラゴンの姿が隠れてしまう、が――


「シャゲゴォオオオオオオオォオォォオンンッ!!」


 ビリビリと耳を刺すような咆哮は巻き上がった土煙を吹き飛ばしていた。

 晴れた視界の中で戦闘はもう始まっていた――いえ、戦闘と呼ぶのは間違っているわね……!

 こんなものっ、一方的な殺戮でしかないわ……!

 対処法も分からないプレイヤーをドラゴンが次々に屠っていく。

 ドラゴンが刃物のような爪の生えた強靱な腕を凪ぐ。目で追うのがやっとという速さの一撃は、反応する時間さえ与えず多くのプレイヤーたちの体を八つ裂きにする。

 ドラゴンが大きな口を開けプレイヤーが固まっている場所へ顔を突っ込む。それだけで何十人ものプレイヤーたちを咥え込み、噛み千切る。

 ドラゴンが長い尻尾を振り回す。ムチのようにしなった尾っぽは村の建物ごと、プレイヤーたちを空へと吹き飛ばしてしまう。

 ……この様子だと運悪くドラゴンが着地した辺りにいたプレイヤーたちは全滅だろう。

 今頃、キャラクターメイキング画面で放心しているに違いない。

 現実にドラゴンが存在すれば人類の末路はこうなる、と示しているかの光景に名だたる熟練プレイヤーたちもたじたじになっていた。


「む、無理だ……!! こんなの勝てっこねぇ……!!」


 なんとか勝機を見出そうと武器を握ったまま様子見していたプレイヤーも、そのあまりに無慈悲なドラゴンの戦いぶりに心を折られていた。逃げだすプレイヤーが大きな波となって私たちの横を通り過ぎていく。

 そんなプレイヤーたちをミライが声を大きくして呼び止めていた。


「まってよ! まだ勝てないと決まったわけじゃないよっ! みんなで戦おうよっ!」


 だが彼女の言葉に耳を貸す者はおらず、村からプレイヤーたちは逃げ出していく。

 ……彼らを責めることはできないわ。

 事態があまりにも想定外すぎるのだ。私も思考を巡らせるが、攻略法がまるで見いだせないでいる。“人類への挑戦状”というくらいなのだから難易度は徐々に高くなっていくと予想はしていた。

 けれど、まさか――チュートリアルでこのレベルだなんて……!

 暴れ狂い天に向かって咆哮していたドラゴンが、ふとこちらへ視線をやった。

 動く人波の中で立ち止まっている私たちが眼についたのだろう。

 …………まずいわね。

 ドラゴンがゆっくりと大きな足の裏を持ち上げ、私たちへと体勢を入れ替える。

 ズシンッ、と地面から体が浮くほど大きく揺れた。

 そしてドラゴンはずらりと並んだ牙を剥き、威嚇するように大音量で吼える。生臭い息の突風が私たちの間をすり抜けていく。

 危険な雰囲気が立ち込め、私は思わず後ずさってしまう。


「……やれやれ」


 不意に、背後で大きなため息が聞こえてきた。


「しばらくは大人しくしているつもりだったんだけどな……。……早くもチュートリアルでこの俺が戦わなきゃいけない相手と対峙するなんてな……」


 誰に言うでもなく彼がそう呟いた。

 彼――セイギくんはゆっくりと歩いて私たちの横を通り過ぎていく。

 人波と逆方向へ――前へ、ドラゴンへ無警戒に歩いていく。

 躊躇なく進んでいく彼を見て、私が声をかける前にミヤが彼の肩を掴んで止めた。


「ちょっとあんた分かってんの!? 敵はドラゴンなのよっ、ドラゴンっ! あんたみたいなマヌケが出て行ってもみんなの前で恥をかくだけ――」


 だが、彼はそんなミヤの手を掴む。

 ゆっくりと顔だけで振り返った彼の眼光に私は戦慄した。

 私だけではない、ミヤも恐怖したようにびくりとなって彼から手を引く。

 背筋が凍てつくような鋭い眼光だった。

 だがそれは一瞬のことで、すぐに普段のおちゃらけた眼に戻っていた。……が、転瞬の間、彼ではない何かが顔をだした気がした。

 その常人離れした雰囲気に私は覚えがあった。

 ……似ている……あの人に。

 かつて全てのプレイヤーを震撼させたあの人に……!

 なぜだろう。セイギくんの背中が、あの人の背中と重なって見える。

“魔王”と呼ばれたあの人と――!

 まさか……そんなまさか……。でも……!


「はっはっは、俺を心配する気持ちは痛いほど分かるよ、ミヤちん。だけどな、今は……いいから下がってろ。俺がすぐに片をつけてやるから……。……な?」


 セイギくんはぽんっとミヤの頭に手を置き、再びドラゴンへと歩いていく。

 そのあまりに自信たっぷりな様子にミヤは言葉を無くし、ぽかんと彼の背中を見つめていた。

 ざっ、と足で砂埃をあげてセイギくんはドラゴンと対峙する。

 腰からぶら下げていた剣の鞘を手に取ると、眼前でゆっくりと鞘から煌く刃を抜き、鞘を放り投げた。

 まさか何の対策も無しに真正面から挑む気なの!? 敵の攻撃が一発でも当たれば即死するダメージを与えてくる格上……! イノシシでもあるまいし馬鹿げているわ!!


「ま、待ちなさい! あなたみたいな無名のプレイヤーでどうこうできる相手じゃ――!」


 私は慌てて彼に叫んだ。しかし彼の耳に声が届いている様子はない。

 ただただ彼は――楽しそうな笑みを浮かべドラゴンを見据えていた。


「にひひ、大丈夫だよん、ナーガっち」


 後ろからトラくんの能天気な声がかかり、私は戸惑いとともに振り返る。

 トラくんは両腕を頭の後ろで組んで笑っていた。そして私から彼の背中へ信頼しきった視線を流す。


「セイギくんは……世界最強のプレイヤーだからにー」


 その突拍子も無い言葉に、私は生唾を飲み込むしかなかった。

 少なくとも、トラくんは本当にそう思っているのだ。

 城東学園で六番目にBQの高い本郷虎雄は信じているのだ。

 彼が――セイギくんが本当に世界最強のプレイヤーだと……!

 たしかに先ほどは彼がとんでもない化け物のように見えた。……もしかしたら彼には私の知らない何かがあるのかも知れない。何か策でも思いついているのかも知れないし、私たちを驚かせる何かを持っているのかも知れない。

 逃げだしていたプレイヤーたちが、ドラゴンと対峙するセイギくんを見て立ち止まる。

 彼の気後れしていない背中を、希望を託すように見る。


「あ、あいつ……どうする気だ……! 一発でも当たれば即死なんだぞ……! まさか何か策でも思いついたのか……!?」


「自信満々の表情をしてるところを見るとどうやらそうらしい……! 見たこともない名前だが……頑張ってくれ! あのドラゴンを何とかしてくれっ……!!」


 静かに、チュートリアルドラゴンとセイギくんの間を風が吹き抜けていった。

 呼吸を整えるように眼を閉じ、風が止んだ瞬間――彼はカッと眼を見開いた――!

 獰猛な獣が飛びかかる前の動作のように体勢を低くすると――

 そのままドラゴンに向かって両手を着いてひれ伏した。


「すいませんでしたぁあああッ!! 命だけはお助けをぉお!!」


 いわゆる――土下座だった。



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