第三話 『オラ、わくわくしてきたぞ!』
「…………。……ねぇ、これって疾るスキルとかあるの?」
「さあ、どうだろうねー。移動速度が上昇する技や魔法は間違いなくあるんじゃないかなぁ、定番だからねぇ。試しに一度、走ってみたら?」
ミヤはいきなりその場でクラウチングスタートのポーズをとった。
すかさず俺もミヤの後ろでしゃがんだ。
ああっ、見えそうで見えない!
スカートだということを忘れているのか、そのままお尻を少し浮かせ――弾かれたように地を駆ける。俺の顔に土がばしゃっとかかった。
ぎゃああ眼に土がっ! 眼がぁあっ! 眼があああああぁああ!!
眼をこすって開くと、ミヤはもう村の端まで駆け抜けていた。まるでカモシカのように軽い足取りに、俺は素直に感嘆してしまう。
速い。本当に速い。びっくりした。人間ってあんなに速く走れるものなのか……。
てかあいつ人間じゃねぇ。その速さ、人間じゃねぇ。
もし一之瀬美耶子に売り出し文句がつくとしたらこれだ。『その速さ、人間じゃねぇ』。
「ミヤはマジで足が速いな。まあ、本気をだした俺ほどじゃないがな」
「セイギくんより確実に速いってばぁ。日本記録保持者だよん、ミヤっちは」
戻ってきたミヤが俺たちの傍でブレーキをかけ、とんとんっとつま先で地面を叩いた。
「レベルが上がったわ。色んなスキルの経験値が入ったみたい」
「「はやっ!?」」
俺とトラは思わず仰天してしまった。ちょっとの距離でどんな経験値の入り方だよっ!
「ねぇねぇミヤちゃん。何のスキルが表示されたのー?」
ミライが興味津々そうにひょこひょこ駆け寄っていく。
「えーっと……【戦闘補助スキル】って分類の【疾走】スキルがレベル3になって、あと【基礎スキル】のところの【体力】【脚力】ってスキルがレベル2になってる。あと【敏捷性】にちょっとだけ経験値が入ってるわね……。ステータスの【AGI】も上がってるわ」
ナーガは思案するように腕を組み、何か気づいたように顔をあげた。
「……成る程。リアルで慣れている【行動】には優位性があるんだわ。BWDが脳波を読み取っているんだもの。考えてみれば当然の話ね。……『慣れた行動』の脳波は『慣れていない行動』よりも速く伝達されているのよ。となると……もしかしたら、プレイヤーによってスキルの上昇率が異なるのかもしれないわね」
俺も考え込むように腕を組んだ。
ミヤは現実で走るのが早いから【疾走】スキルの上昇率が高い。この推測が正しければ俺がミヤと同じ距離を走っても上昇率が違うから【疾走】スキルレベル3にはならない、ということになる。個々人によってスキル上昇率が違う……その人の得意なスキルにはアドバンテージがある、か……。
俺の得意分野は……セクハラ?
【セクハラ】スキルを上げ続けると服を透過して見れるようになる、とか?
思考が斜め上に進み始めたので俺は頭を振って、軌道修正する。
「ミライ。ミヤと同じ距離を走ってきてくれるか? 俺のために」
「うん、分かったよ、まぁくん! わたし、まぁくんのために頑張るよっ!」
嗚呼、なんて無垢で素直な娘なんだろう。どんなお願いも聞いてくれそうだ。
ミライは不器用に手足を動かして村の奥へと走っていった。予想に違わず運動神経が悪いようだ。
頭の出来が良くない上に運動神経も悪いとは……そのうち“無力”のミライとか二つ名がつきそうだ。
もちろん、畏怖と尊敬の念を込めて。
やっとのことで戻ってきたミライは青い顔をしていた。今にも倒れそうな足取りでそのまま俺に抱きついて足を休める。
サイバーネットワークが仮想現実の世界とはいえ疲労も痛覚も存在する。
何でもそういった負の要素は人間にとって必要なもので、脳を刺激するにあたって重要なファクターなのだとか……。
余談だが筋肉細胞が潰されて大きく成長するように、痛みは脳細胞に与える刺激の中でも強烈なものに区分されるらしい。なので痛みを伴う修練や過酷な鍛錬は非常に効果的なのだそうだ。
……俺はわざわざ痛い思いをしてまで超人にはなりたくないが……。
【疾走】スキルレベルが上がったか尋ねてみると、
「ちょ、ちょっとだけ経験値が……ぜぇぜぇ、入っただけ、だよ……疲れたよぉー」
崩れ落ちるようにその場でぺたんと女の子座りする。
俺はよく頑張ってくれたミライを立たせてやろうと右手の平を差しだした。するとミライは俺の顔とさしだした右手の平を交互に見やり、お手をした。
…………犬っ娘? 犬っ娘なの? 今度、首輪をプレゼントしてあげよう。
「これで個人によってスキル上昇率が違うのは確定だわ。ミヤが急にレベル3まで上がったのは、すでにレベル3程度の【疾走】スキルを現実で手に入れているから、じゃないかしら。おそらく日本一の俊足だからこそのレアケース……特殊処理なのではないかしら」
「ちょっと待ってよっ! 私の速さがレベル3程度ですってぇ!?」
長いツインテールがぴんっと真っ直ぐになるほどミヤがショックを受けている。
まあ、日本記録保持者でレベル3って……なぁ……。この世界では残念レベルだよな……。ぷー、くすくす。おっと……表情にだすのはやめておこう。ミヤが凄い形相で睨んでやがる。
「裏を返せばそのままレベルを上げていけば現実では有り得ないような速さで走れるということだわ。レベル3から先はミヤが体感したことのない速度で走れるのではないかしら」
「――――もっと……速く――疾れる――」
急にミヤの眼の色が変わった。すると何を思ったのか、ミヤは再び走り去っていく。
「って待ておーい! ツッコミ役が勝手にいなくなるなっ!」
土煙をあげて突っ走るミヤの姿に、他のプレーヤーたちが何事かと振り返っていた。
「にひひ。ミヤっちは【疾走】スキルを100になるまで上げそうだねぇ」
トラが両腕を頭の後ろで組んだまま、いつもの調子でけらけらと笑っていた。
いや、スキルレベルの限界値が100だと決まったわけじゃない。もしかしたら120とか200まで伸ばせる可能性もある。スキルレベルの上限がないとしたら、ミヤは800全部【疾走】スキルに注ぎ込みそうだ。なんにしてもミヤは自分の限界まで上げるのだろう。
「戦えないスキルを上げてどうするつもりなんだ……」
「そうでもないわよ。【蹴術】スキルというのがあるみたいだわ。【疾走】スキルと相性は良さそうよ。どちらも【脚力】スキルと関連しているでしょうし」
俺はハイキックされたのを思い出した。
蹴って走って、走って蹴って。飛んで蹴って、跳ねて蹴って。
ミヤの成長させるスキルの方向性、戦闘スタイルは早くも決まってしまったようだ。
「俺たちもどんなスキルがあるか試そうじぇー。武器を配布しているNPCの近くに殴れる【カカシ】があったよん」
トラが【カカシ】が立ち並ぶ場所へ先導する。俺もトラについていこうとして後ろから服を引っ張られた。振り返るとミライが地面にへたり込んだまま俺の裾を掴んでいた。
ミライは空いているもう片方の手を横に広げると、笑顔で甘えた声をだした。
「まぁくん、だっこしてぇー」
彼女が掴んだ手を無言で払い、俺はトラたちの背中を追って歩き始めた。
「あぁーん、まってよーっ! まぁくーんっ、おいてかないでーっ」
ミライは半べそかきながら四つん這いでよたよたと追ってくる。
移動した先にはへのへのもへじの顔と、棒先に手袋をつけた何十体にも及ぶ【カカシ】が立ち並んでいた。その一つ一つを囲むようにプレイヤーたちが武器を振るってスキルや戦い方を試している。
ここで自分に合う武器が何なのか考えろ、ということなのだろう。
「私はもう決めているわ。破壊魔法と邪術をメインにするつもりよ」
ナーガらしい。“魔蛇”という二つ名を持つ彼女は攻撃魔法・魔術の鬼だ。彼女が繰りだす嵐のような魔導の数々はCSNゲームのタイトルによってではあるが、近づくことさえできない場合もあった。ナーガといえば魔法・魔術。魔法・魔術といえばナーガ。そんな感じ。
「俺はどうしよっかなぁ。【槍】や【短剣】も面白そうなんだよねぇ」
トラはNPCから受け取った武器で【カカシ】を殴っては変更し、殴っては変更していた。迷っているようだが俺は最終的にトラが何の武器を使うか予想できていた。
やっぱりこれかにー、とトラが手にしたのは弓だった。
思ったとおりだった。しかも小さな弓ではない。背負って持ち歩かなければならないほどの【大弓】だ。
トラは矢をつがえると弦をギチギチと音をたてて引き、遠くに離れた【カカシ】に向けて解き放つ。
矢はいくつもの【カカシ】や武器を振るうプレイヤーの隙間を縫い――一番離れているところに立つ【カカシ】の脳天に突き刺さっていた。
いきなり、どこからともなく飛んできた矢にその【カカシ】を殴っていたプレイヤーたちが辺りを見回す。大弓を構えるトラを見つけると、驚いた表情で【カカシ】と彼を交互に見やっていた。
驚いているのは彼らだけではないナーガもまた驚きを隠せないでいた。
そんな様子を見て、トラは大弓ごと両腕を頭の後ろで組んでにひひと笑う。
「うん。現実に近いねぇ。ちょっとだけ意識した所にホーミングするみたいだぁね」
虎雄の父親は弓道場の師範をしている。昔から彼は弓道の指南を受けていたのだ。
といっても頑固一徹な親父さんとお調子者の虎雄ではうまくいくはずもなく、絶縁状態だが。
「でも『ワールドマスター』の戦闘アシスト機能は優秀だぁね。他のCSNゲームだと邪魔だと感じることが多いのに、全然気にならないかにー」
トラはステータス画面を開いて設定をイジり始めた。
大抵のCSNゲームには戦闘が苦手な人でも簡単に戦えるように戦闘アシスト機能がついているのだ。それはこの『ワールドマスター』でも同じようで、おそらくスキルレベルによって筋力を増強したり脳の処理を手助けする働きが増していくのだろう。
通常のCSNゲームだと正二位人工知能〈白ウサギ〉に繋がっているため脳の補助をするような処理能力はない。だが『ワールドマスター』は特殊で正一位人工知能〈黒ウサギ〉と繋がっているため人知を超えた処理能力を持っているとのこと。正二位と正一位では字義通りに性能のランクが違うようだ。
レベルが高くなれば少年漫画みたいな動きも夢ではないんじゃなかろうか。
オラ、わくわくしてきたぞ!




