第一話 『褒めているつもりです』
近くのプレイヤーに意識して視線をあわせると、そのプレイヤーの名前が表示された。周りのプレイヤーをざっと確認するだけで……こりゃすごい、知った名前も多いや。
CSNゲームでの有名人、いわゆる【二つ名持ち】プレイヤーだ。
【二つ名持ち】がゲーム開始一〇分でこれほどまでに集まるとは思わなかった。
意識して視線をあわせても名前が表示されないプレイヤーもいる……が、どうやら設定で名前を隠すこともできるらしい。それはつまり偽名を名乗ることができるということだ。この仕様は明らかに開発者の悪意を感じるが……。リアルなトラブルも含めて楽しめということなんだろう。
次々と溢れかえるようにログインしてくるプレイヤーたちに、どれだけこの『ワールドマスター』が注目を受けているゲームなのか俺は否応なく再認識させられた。
自分の手や足を見、ぐいっと腰を捻ったり、屈伸したりする。
……問題なさそうだ。俺はこの感覚の中で多くの時を過ごしてきた。……実に二年ぶりにはなるのだが、あまりに慣れ親しんだもう一人の自分の感触に懐かしさが込み上げてくる。
さてと、ここは一体どういうところだねー、っと……。
どうやら自然、というより森に囲まれた村のようだった。土と木の匂いが風にのって香ってくる。BGMはなく、がやがやとしたプレイヤーの声が今は代わりとなっていた。
太陽の位置と時間を確認すると、どうやら現実の世界と同じ時間の流れなのだと判る。
村にある建物は木で組まれた高床式家屋がちらほらと点在していた。
ぐるりと見回してみる。村と森を区切る木の柵が村を囲っているようだった。
おそらく、柵より中は安全な場所だということを示している。
裏を返せば柵から出れば敵――モンスターがわんさかいるということだ。
モンスターに追われても村の中に逃げ込めば安全、ってことかな。
視線を柵からさらに先にやると鬱蒼とした森が見えている。それはどの方向を見ても同じことで木々以外には山さえ見えない。
かなり深い森の中にこの村はあるらしい……。
世界観は王道のファンタジーか。剣と魔法の世界って感じだ。ありとあらゆるジャンルのCSNゲームをやってきただけに原点回帰したように新鮮な気持ちでプレイできそうだ。
きょろきょろ見回していると、一之瀬っぽい女の子を見つけた。
背格好とあの腰まであるツインテールはどこからどう見ても一之瀬だ。
俺と同じで自己反映モードでキャラ作成したようだ。
名前は――〈ミヤ〉。……コをどこに落っことしちゃったの、ミヤちん!
……もしかしたら本名で登録するのにためらいがあったのかも知れない。かくいう俺もマサヨシではなく、〈セイギ〉という名前にしているので気持ちは分からないでもないけど。
村には真ん中を横断するように一筋の川が流れていて、その先のため池に一之瀬――ミヤはしゃがみ込んでいた。水面に反射する自分の姿をじっと見つめている。とても興味深そうに泳ぐ魚を視線で追ったり、池に手を入れすぐに引っ込めたりしている。……お前は猫ちゃんか!
太陽の光を反射しキラキラと光っている水面。
その水面を映しこんだ瞳も宝石のように輝いて見える。少し長く整えた横髪を手で押さえ、池に手を入れるその姿は絵画の一枚を見ているように綺麗だ。現実の瑞々しいピンク色の唇さえも完全再現しているあたり、自分が仮想世界の中にいることを忘れさせる。
そんなミヤの様子を見ているのは俺だけじゃなかった。
離れたところから三人組みの男たちがミヤを見て話し合っている。おそらくPTに誘おうとしているのだろう。「お前誘ってこいよ」「いやお前が行けよ」と押し問答していた。
最終的にじゃんけんに負け、前に押しだされた男が緊張した面持ちで、ミヤへとゆっくり歩みだした。
あいつ、男ウケしそうな顔してるからなぁ……。
他のプレイヤーに声かけられてフラフラとどこかへ行ってしまうのは困る。ツッコミ要員は早々に捕縛しておかなければ!
俺は男に声をかけられる前にミヤに近づいていく。
そして悪魔のように口の端を吊り上げ、しゃがんで丸くなっている背中を挨拶代わりに蹴飛ばした。
「う、わっ!?」と宙を手で掻くと、
盛大な水柱をあげ顔面から池の中にミヤが落ちた。
彼女が沈んでいった水面にぶくぶくと泡が幾つも浮かんでいる。
ミヤを誘おうとしていた男はいきなりの出来事に足を止め、固まっていた、よしよし。
泡へ視線を戻すとやがてミヤが顔をだした。
「わっぷ! なにっ!? つめたっ!? 死ぬぅ!? 息は!? どうなるの息!?」
ばしゃばしゃと水面をもがいて大パニックの一之瀬さん。
あはは、たのしー。他人が苦しむ姿を見ると『ああ、俺生きてるんだな』って実感できるよねー。
「だ、大丈夫か、一之瀬ぇっ! くそっ、誰が彼女をこんな目にっ! 今、お前の恋人であるこの俺――みんなのヒーロー、セイギ様が助けてやるからなっ! とぉっ!」
俺はカッコ良く池の中へと飛び込んだ。身体を冷たい水の感触が包み込む。着ている服が水を吸ったのか、思うように身体が動かせない。
っていうか、沈んでいくんだけど!?
「わっぷ! なんだ!? つめたっ!? 死ぬぅ!? 息は!? どうなるの息!? ひぃぃいいっ! 誰か助けろ! 俺を助けろぉお! 一之瀬なんてどうでもいいから俺を助けろぉお! 金か!? 金ならくれてやる! だから早く俺を助けろ愚民どもぉお!」
俺と一之瀬、二人して大パニック。
後からやってきたらしい永森さんと虎雄っぽい二人は、騒ぐ俺たちに気づいているはずだが、他人のフリを決め込んで何やら話しこんでいた。
この人でなしめぇえっ!
そうこうしているうちに、ミヤに声をかけようとしていた男が俺とミヤを助けだす。
俺とミヤは池のほとりに両手をつき、ぜぇぜぇと荒い息をした。
見るとミヤの着ていた白いシャツとスカートが水を吸って彼女の肢体に張り付き、透けて白い肌が顕になっていた。
なんという再現率っ……グッドジョブ、〈黒ウサギ〉たん!!
「か、開始早々ひどいメに遭ったわ……。もう、何するのよっ! 服がびしょびしょじゃない! 後ろからいきなり蹴飛ばすなんて、あんたはいったい何を考えてるのよっ!」
「一之瀬さんって結構、エロい身体つきしてるんだなぁ、って」
注、褒めているつもりです。
だが、ミヤは気に入らなかったらしく胸元を包むように両腕で隠すと、顔を真っ赤にしてキッと睨みつけてくる。ははは、怒った顔も可愛いなぁ。
「この変態っ! 見るな、ばかっ! しねっ! 三回まわってしねっ! むしろしねっ!」
「だ、大丈夫だった?」
俺たちを助けだした男が顔を赤くしながらミヤに手を差しだした。
「あ、ありがとう」とミヤが照れ臭そうに手を取ろうとする。
ミヤが手を動かしたことで水に濡れた胸元が見え、男の鼻の下が伸びる。男の舐めるような視線がミヤの胸元から下へと降りていき――き、きさまあぁあ!!
俺はミヤに差しだされた手を横から奪いとると、
「助けるのが遅おぉおぉぉおいッ!」
そのまま一本背負いの要領で池の方へと男を放り投げる。
池から水飛沫があがり、ぶくぶくと泡が浮き上がる。
「あ、あんたっ……助けてくれた人になんてことするのよっ、この外道っ! 信じられない! 早く助けなきゃっ……!」
再び池に入ろうとしたミヤの手を俺は強引に引いて歩きだす。
「ふんっ。行くぞ。虎雄と永森さんがもうサイバーインしているみたいだ」
「ちょ、ちょっとっ……! そんなに引っ張らないでってば……!」
池に投げた男が仲間に助け出されたのを見てほっとしたのか、素直にミヤは虎雄と永森さんのところまでついてきた。
「待たせたな。ミヤが水浴びがしたいとか言うからさー。恋人として付き合わないとさー」
「言ってないし、恋人でもないわよっ! あんたの妄想に私を付き合わせるなっ!」
「あら、嫌だわ、ミヤったら。下着をびしょびしょに濡らしてはしたない」
「その言い方はやめなさいよっ! あんたって下ネタ挟まないと会話できないの!?」
おー、ミヤは根っからのツッコミ気質なんだなぁ。言わずにはいられないんだろうなぁ。
永森さん――〈ナーガ〉も自己反映モードで作ったらしく、現実の背格好と何一つ変わりがない……が明らかに雰囲気が違う。現実の姿と変わっているのはその服装だった。
彼女が着ている服装はデザイナーにでも作らせたのかと思うほど細かな仕上がりになっていた。
さすがは【二つ名持ち】様だ。イメージデータの作り込みが半端じゃない。
黒を基調とした扇情的で露出度の高いドレス姿はどう見ても男を誘っているとしか思えなかった。
両サイドに深々とスリットが入った前と後ろだけを隠す長い黒布、そこから伸びるふとももと細かなレースの黒タイツはとても蠱惑的だ。
丸見えの背中に薄紫色の長髪がすっと伸びていたり、きゅっと引き締まった腰のくびれとおへそを惜し気もなく晒していたりするのはとても色気がある。
二の腕の辺りまでは漆黒のドレスグローブが包んでいて、黒いエナメルベルトで締められているが、そのしなやかに動く指先にさえ劣情を駆り立てられる。
少し化粧をしているのかよく見れば程度に薄く染まった頬とふっくらと弾力がありそうな桃色の唇、そして左目の泣きぼくろが彼女の妖艶さを増していた。
どこも見ごたえはあるが、やはり注目すべきは胸元からブラの黒いレースが見え隠れしている点だろうか……。うーむ、非常に眼のやり場に困る格好だ。
いや、まじまじと観賞させて頂いておりますがねっ! 眼福っす、ナーガさんっ!
にしてもエロい。きっと永森さんは自分の体が男にとってどう見えるものなのかを理解している。理解してこういう格好をあえてしている。
事実、そのプロポーションは自慢できるだけのものだけど。
そして、忘れてはいけないのが彼女の右手首だ。そこには“魔蛇”の〈ナーガ〉である証――CSNゲーム内でいつもつけている銀蛇のブレスレッドが鈍い光を放っていた。
“魔蛇”の〈ナーガ〉といえば策略、謀略といった智略だけでなく、交渉に強いことで有名だ。
たしかにこんな格好で足を組みかえられでもしたらそれだけで相手は交渉どころではなくなってしまうだろう。気が散って仕方ないよね。蛇がゆっくり絡めとるように彼女の手の上で転がされてしまうに違いない。
とにもかくにも、その服装は彼女が本来持つ大人染みた雰囲気をさらに色濃くしていた。
傾国の美女、という言葉がよく似合う格好だった。……ていうか怪しい。とてつもなく怪しい。その格好、完全に漫画やアニメに敵役で登場する悪女ですよ、ナーガさん。
『……くす。男はみんな私の手駒でしかないわ』とか言っちゃいそうなくらい悪女だった。
濡れた服を指でつまんで苦い表情をしているミヤにナーガはすっと右手をかざし、くるりと手首を返す。
するとボッと音をたてて、小さな炎の渦が俺とミヤを包む。
その熱が俺とミヤの服を乾かしていった。
白い水蒸気が体から立ち昇っていくのを見送り、ナーガに視線を戻す。
「おー、面白そう。それ、どうやったんだ? ミヤの服だけ焼いて全裸にできる? このゲームに存在しない事象ってないんだろ?」
「成る程。そこに気づくとは流石ね、セイギくん。……私の知的好奇心が疼いてやまないわ。ちょっと試してみましょう」
ナーガがミヤに手を向けようとした瞬間、俺とナーガは蹴り飛ばされていた。
「や・め・な・さ・い!」
あの永森さんを容赦なく蹴り飛ばせるなんてちょっと一之瀬を甘く見てたかも知れない。
だがナーガは地面から起き上がると、何事も無かったように俺の問いに答え始めた。
「……これはNPCが配布している初期魔法よ。【魔法】や【魔術】といった魔導系はある程度、自分の意志で動かせるようだわ。慣れが必要だけれど、なかなか便利そうだし……楽しめそうね」
ナーガが手の平の上に炎をだす。炎はすぐに形を変え、ヘビを模していた。彼女が自分の意志で炎の形を変えているらしい。炎のヘビは彼女の手の上で宙を優雅に泳いでいた。
おー、魔導系も面白そうだ。俺も後で試してみよーっと。




