第二六話 『軍勢』
いきなりの言葉に〈ウォルドルフ〉を始めとした《スクトゥム》メンバーはみな、口をあんぐりと開け放つ。
それはセイギもまた一緒であった。
「おいおいおーい!? なに勝手に部下になってんだよ!?」とセイギが思わず口を挟む。
だが〈ステラ〉は後ろからかかるセイギの言葉を無視して続ける。
「もちろんセイギさんの傘下になるのが嫌だと言う人を無理やり引き止めるような真似はしませんし、処罰するようなこともありません。各々が自分の判断で、残るか、共に来るか決めて下さい。私は……あの方についていきます」
「”盾姫”様。それは自分で決めたこと何ですか。あのヤロウに脅迫されたとかではなく?」
「誰が脅迫するかよ! 俺がそんな奴に見えんのかっ!」とセイギが後ろの方で拳をあげる。
「私が自分でそうしたいと思って決めたことです。彼こそ我が正義なのだと、私が感じたのです」
「なら――俺の答えは決まってます。俺は”盾姫”様についていくと決めてるんですよ。あなたがあいつの傘下に降ると言うなら、それに俺もついていくだけですね」
〈ウォルドルフ〉の言葉に、他の《スクトゥム》メンバーたち同意するように頷く。
「まあ、そうだよな。セイギってヤロウの言う事を聞く気はないけど、”盾姫”様の言う事なら幾らでも聞くよ。ここに来てない奴らもみんなそう言うと思う」
「って、お前ら! 俺に降るって意味ちゃんと理解してんのか、それ!?」
後ろからぎゃーぎゃーと喚いていたセイギに、〈ステラ〉は振り返る。
「と、いうことです、セイギさん。これから我々《スクトゥム》一同はあなたの正義を守る盾となります」
大真面目にのたまう〈ステラ〉にセイギは頭痛を感じた。
「いや、待て待て。それは認めん。お前の気持ちは有難いんだが」
「何が駄目なんですかっ! 指示して貰えば何でもしますよ! 私は感じました。あなたは正義です。つまりあなたの言う事をやっていれば私も間違いなく正義なのです」
「すっげー他人任せな馬鹿発言だな、おい。つか、その決めつけちまう根本が変わってねぇじゃねぇか、自分で決めろって俺は言ってんだよ」
「はい。なのであなたの言う事を聞くと、自分で決めたのです。何か問題が?」
「…………あー。いや、もういい」
自分が話したことは一体なんだったのか、と思いながらセイギがこめかみを親指で押さえていると、
「あ、あのー」とさきほどセイギと話した《バジリスク》の男が声をかけてきた。
「……ああ、悪いな。なんか立て込んじまって」
「いえ、その……俺たち《バジリスク》もリーダーからセイギさんに協力するように言われてるんですけど……」
「…………は?」とセイギは眼をぱちくりさせる。
「あ、すいません。俺は〈コブラ〉っていいます。《バジリスク》ではサブリーダーをしています。セルズ内じゃ暗殺や戦闘よりも情報処理を担当していました」
〈コブラ〉はそう自己紹介をして、一度息を整えると真面目な顔をする。
「リーダーが……セイギさんの強さは本物だと言ってました。あの〈エクスカリバー〉と同列に感じた、と。俺たちも正直ビビってるぐらいセイギさんは強いと思います。でも、その強さに見惚れたってだけじゃなくて、なんと言ったらいいか……セイギさんの言ってる事に共感したといいますか……すげぇ人だなって……うまく言葉にできないんですが『ああ、この人だ』って思ったんです」
「…………そっちの趣味はないんだが」とセイギは思わず一歩退く。
「違いますよ! そういう意味じゃないです! 俺たち《バジリスク》は暗殺一家ってことになってるんですが、その根底にはみんな誰かに仕えて暗躍したいと思ってるんですよ! お庭番です、お庭番になりたいんですよ!」
そんな〈コブラ〉の背から、同じく《バジリスク》の女の子がひょいっと顔を出す。
「それにセイギさん、なんかカリスマ性あるよ、うんうん。リーダー向きだと思うなぁ。だから私らをうまく活用してくれると思うんだ!」
その女の子は舌をぺろりとやって、ウィンクをし、親指をぐっと立てる。
その子の顔にセイギは見覚えがあった。たしか闘技場でミライと仲良くなり、名刺を渡していた子だ。名前は――セイギが意識すると〈トリス〉という名が浮かび上がる。
「待ってくれ。そのこと、ヤマカガシはちゃんと理解してるのか? 協力するのと、傘下に降るのは別物だぞ」
「ちょ、ちょっと待って下さいね、確認します。リーダー、もう新しいキャラ作ってインしてるんで」
コールで会話しているのだろう。
〈コブラ〉は頷いたりした後、再び、セイギへと向いた。
「是非にお願いしたい、とのことでした。セイギさんなら自分たちの頭領に最適だろう、と」
「と、頭領? …………マジかよ」
「そちらの話はそうと。私たち《スクトゥム》が傘下に降る事はっ、我が正義になって下さることは認めて下さってるんですよね、セイギさん」
「ちょっと”盾姫”さん。今はこっちが話してるんだから。それで了解も取りましたし俺たちの頭領ってことでいいですよね、セイギさん」
詰め寄ってくる二人に、セイギは背中を反らしながら、どうどうと落ち着かせる。
と、その時だった。
不意に、〈サージュ〉がセイギたちを指差し大笑いをはじめた。
「くっくっく……! ばぁーか共がっ……!! お前らが仲良し子良しごっこをしている間に、我々《正道騎士団》と同盟を組んでいるサイバーセルズそのすべてがこちらに向かってきておるのだ! そして今、到着したとの連絡が入ったぞ……!! その数なんと驚けぇ! 五〇〇人を超える軍勢が、お前たちを八つ裂きにしてくれるわ……! 最後に笑うのは我々《正道騎士団》だったということだ……! くはははははっ!!」
「ご、ごひゃくにん!?」と《バジリスク》のメンバーが驚く。
「どうやら悠著に話している場合ではありませんね」と〈ステラ〉が苦虫を噛み潰したような顔で、床に落ちていた細剣と大盾を装着する。
「……のようだな」とセイギはトラに肩を貸して立たせ、その背中におぶさる。
「にひひ。悪いね、セイギくん」
いつから気がついていたのか、いつも通り緊張感無く笑うトラに、
「まったくだよ」と軽口でセイギは返す。
まさにそのタイミングだった。
何百人という大軍が押し寄せてくる足音と己を奮い立たせるために雄叫びをあげている声がこちらへ近づいてくるのが聞こえてくる。
「五〇〇人なんて量を相手にするのはこの人数では無茶だな。撤退するぞ。〈コブラ〉、《正道騎士団》と合同演習をしていたのなら館に裏口があるか分かるな?」
「は、はい! あります!」
「よし。煙幕玉は? 身を隠せるようなセーフハウスは近くにあるか?」
「もちろん煙幕はみんな持っていますよ、頭領!」
「セーフハウスも一〇分ほど走ればあります!」
《バジリスク》のメンバーからすぐに返ってきた答えにセイギは頷く。
「上々だ。足の速い者数人で裏口が塞がれていないか先行し偵察してきてくれ」
「は、はい! 俺ら、行ってきます!」と何人かの《バジリスク》たちが階段裏――一階の通路へと駆けていく。
「防御力の高い《スクトゥム》はしんがりだ。任せていいか、ステラ」
「承りました、我が正義!」
回復アイテムの瓶を投げ捨て、活力を取り戻してきていた〈ステラ〉がしゃっきりと応える。
「《バジリスク》の数名は《スクトゥム》と一緒にしんがりを頼む。最後尾から煙幕玉を使ってくれ」
「あいさー、頭領! その危険そうな役目、私がやりたいでっす!」
さきほど親指を立てた元気な《バジリスク》の女の子――〈トリス〉が、手を伸ばし、眼を輝かせながらぴょんぴょん跳ねる。
「ああ、任せる。他の《バジリスク》で裏口へ先導してくれ。煙幕を使うのはしんがりの〈トリス〉だけだ。前方で使われるとはぐれる可能性があるからな。だが念のため、すぐに使える状態にはしておいてくれ」
「「「了解です、頭領!」」」
「よし、行くぞ! 撤退だッ! 即時撤退しろッ!」
セイギがぱちんっと手を叩いたと同時に、全員が動き始める。
同時に、館の出入り口から援軍が雪崩れ込むように武器を構えてこちらを追ってくる。
「逃がすものかっ! 裏口だっ! 裏口へ向かうぞっ! 追え追えぇええッ!」
廊下を進んでいくにつれ〈サージュ〉のそんな叫びが、小さくなっていった。
道を知る《バジリスク》の暗殺者たちを先頭に、中央にはトラをおぶさったセイギが、大盾を背負った《スクトゥム》がしんがりになり、黙って撤退すればいいものを『撤退、撤退ぃー!』と楽しそうに〈トリス〉が煙幕を炊きながら一階の長い廊下を列を成して走っていく。
どうやら二階と同じで、長い廊下が一本――その左右にそれぞれ部屋があるといった造りらしい。
と、いうことはおそらく裏口はこの先――
「《スクトゥム》! 走りながら両側の壁を壊せ! 何でもいい! 追いかけてくる奴らの足元に物を落として時間を稼ぐんだ! 煙幕の中なら気づかず転倒してくれるかも知れん! 一人転べばそいつに足をひっかけて芋づる式に転倒させられる!」
「承りました、我が正義よ!」
走りながら武器を振るい、壁の木材の破片が廊下へ散らばっていく。
中には武器である剣やハンマーを背後の煙幕に向かって投げ捨てる者もいた。
煙幕玉を持ちながら走る〈トリス〉は懐から、マキビシを取り出し『にしし』と笑いながら撒き散らしていく。
背後から『ぐぁっ!』と何かを踏んだり、どたんっと派手に転倒する音が聞こえてきた。
多少の時間稼ぎは成功したようだな、とセイギは視線を前へ戻す。
このまま裏口が封鎖されていなければ脱出するのは簡単だが、流石にそこまで敵も馬鹿ではないだろう、と思うセイギだったが、その予感は的中していた。
やはりそうもうまくはいかないらしく、前を走る《バジリスク》の一人――〈コブラ〉が速度を落として並走してきた。
「頭領! 偵察から連絡! 裏口は封鎖されているそうです!」
「やはりか! 数は!?」
「目視で一五〇名近くとのことです!」
「どこのセルズか分かるか!?」
「調べるよう言ってみます!」
「裏口に布陣しているセルズの知っている情報があれば全部、教えてくれ! 戦い方、スキル構成の特徴っ、何でもだ! 対策を考える!」
「了解ですっ! っ! 頭領! 偵察から裏口の布陣に動きありとの連絡が! こちらへ向かっています! 挟み込むつもりです!」
(挟み撃ち!? くそっ……! こういう時にあいつがいてくれれば……!)
蛇のブレスレッドをつけた魔導士の背中がセイギの脳裏をよぎる。
(どうする……!? あいつなら何種類か案を出し、その中で最適な道筋を提案してくれるだろうが――この状況じゃ俺が思いつくことは一つだけ……! 悩んでいる暇は無いか……!)
迷いを振り切り、結論をだしたセイギは〈コブラ〉へと顔を向けた。
「偵察を退かせて俺たちに合流させろ!」
「はい!」
偵察隊に連絡をとっている様子の〈コブラ〉からセイギは視線を前に向ける。
「全員、近くにいる者とはぐれないように手を繋げ! 偵察と合流次第、全員停止する! 煙幕を持っているものは全員用意しろ!」
言われるがままに隣の者と、近場にいる者とみなはそれぞれ手を繋ぐ。
「頭領! 偵察隊、合流しました!」
「よし、停止だ! 煙幕を使え! 俺が先導する! 手が引かれる方に進め!」
瞬間、各所でぽとぽとと廊下に落ちた黒い玉から煙幕がもうもうと噴き出ていく。
狭い廊下の中で溢れんばかりの煙幕がセイギたちの身を隠すのにはさほど時間はかからなかった。
セイギたちの姿を追って、《正道騎士団》同盟セルズらが煙たい廊下の中を突き進んでいく。
裏口からも廊下へ雪崩れ込んできた兵隊たちが、セイギたちを挟み込むために走っていく。
そして、館の入口から入ってきた部隊と裏口から入ってきた部隊は、煙幕の中、廊下の中央で鉢合わせていた。
「馬鹿な! 誰とも会わなかったぞ!」
「こっちもだよ! くそっ! 部屋だ! どこかの部屋に逃げ込んだんだ! 部屋の窓から外へ逃げる気だ!」
「おいおい! 煙幕で前も見えないっていうのにこれだけある部屋の中でどこに入っていったかなんて分かりゃしないぞ!」
「くそがぁ!! やられたッ!! そこらの部屋をしらみつぶしに調べろ!! ここらの近くの部屋に逃げ込んだはずだ!」
「いたぞッ!! こっちだ!!」
その声のする方へ、煙が流れ込んでいく部屋へと入り、同盟セルズのプレイヤーたちは足を止めた。
部屋の中央に立っていたのは”盾姫”の〈ステラ〉であった。
その背後に見える窓からは塀をよじ登って、外へ脱出していく人影が複数見える。
「”盾姫”の〈ステラ〉……!? どういうことだ……! どうしてあなたのような人が《正道騎士団》を襲った賊の味方をしているんだ……!」
「悪に成り下がったか、”盾姫”ぇッ!!」
次々と放たれるその辛辣な言葉に、〈ステラ〉は眼を閉じ『ああ、こうだったのか』と嘆息する。
〈ナーガ〉さんは、こういう気持ちだったのか、と――
早く彼女に会いたい。
会ってちゃんと謝りたい。
それまでは――死ぬことすら許されません――!!
すぅ、と〈ステラ〉は眼を見開き、真っ直ぐ彼らを見据えた。
「我が正義の命により……少しばかり、時間稼ぎをさせてもらいます!」




