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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR6 『魔王のジャスティスプログラム』
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第二四話 『罪の意識』

 広間へ――その空間へと一歩、彼が足を踏み入れただけ。

 たったそれだけだ。

 それだけで広間にいる全員が、身動きできなくなった。

 指一本さえ、口さえ動かせない。

 それほどの尋常ならざる威圧感――

 その場にいた全員がかつて体験したことの無い感覚に、戸惑い、驚き、恐怖する。

 全身ボロボロで、あちらこちらに傷を負っているというのに、疲労さえ微塵も感じさせない。

 まるでかすり傷程度しか負っていないような、しっかりとした足取りだった。

 心の底から、身体が震えてくる。

 まるで心臓が鷲掴みにされてしまったように胸がきゅっと締まってはぁはぁと呼吸が早くなる。

 知らない。〈ステラ〉は知らない。

 彼女が《スクトゥム》というセルズを創る前に、《ディカイオシュネ》はすでに解散していた。

 人知を超える存在がいることを、聞き及んでいたが、体験をしたことはなかった。

 この時まで知らなかった。

 信じられない。彼が『ワールドマスター』開始初日、チュートリアルドラゴンと戦っていた彼だなんて。

 自分が盾となった人物がこんな――力を隠していただなんて。

 まるで別人だった。戦ってもいないのに、分かる。理解させられてしまう。

 否応なく、どうしようもなく、彼は別格中の別格の――さらに上を行く別格なのだと。

 自分にとって雲の上のような存在なのだと。

 なぜ今までその力を隠していたのか、それは分からない。

 だが、彼から滲み出るものは、常人のそれを超越している。

 恐怖しかないはずなのに、その圧倒的な威圧感に潰されそうなのに――

〈ステラ〉の眼からどんどんと涙が零れ落ちていく。

 心が、暖かくなってくる、癒されていく。

 どうして彼に父親を重ねてしまうのだろう。

 どうして彼がきたことで、こんなに安心してしまっているのだろう。

 どうして何も分からない自分に救いの手を差し伸べにきた気がしているのだろう。

 誰もが固唾を呑み込み、身じろぎ一つできないでいるまま、彼はゆっくりと階段を降りてくる。

 彼が発言するのを待つかのように、絶対的な王の前では発言が許されていないかのように、ただただ全員が黙している。

 だが、その静寂を切り裂くように、〈サージュ〉が言葉を発した。


「ヘ……〈ヘリダム〉殿は……! 〈ヘリダム〉殿をどうした!?」


「殺した」


〈サージュ〉の方へ見向きもせず、セイギはそうとだけ答えた。

 愕然とする〈サージュ〉や《正道騎士団》メンバーを無視して、セイギは一直線にトラの元まで歩いていく。そして寝そべっているトラへと片膝をついた。

 すると、気を失っていたはずのトラが何か気配を察したのか眼を開ける。

 セイギの姿を見とめ途端に、トラの眼から涙が溢れだしていた。


「っ……セイギくん……! ごめん……ナーガっちが……!! ナーガっちが――!!」


「分かってる。よくここまで時間稼ぎしてくれた。ゆっくり休め」


 その言葉を受け、トラは安心したように、眠るように眼を閉じた。


「……セイギさん……! すいません、俺たち……! 誤解してました……! 謝っても謝り切れませんが……本当にすいませんでしたッ……!!」


 次々に頭を下げる《バジリスク》のメンバーに、セイギは立ち上がる。


「そうか。ヤマカガシから連絡があったか」


「はい」


「お前らの事情は分かっている。別に恨んでもいない。ヤマカガシはお前たちを助けるために……褒められたことじゃないが《スクトゥム》の幹部を暗殺した。最近じゃめっきり減ったが、責任感のある仲間想いの良いリーダーだ。大切にしてやれ」


「はいっ!」


 その返事を聞いて、セイギはゆっくりと〈ステラ〉へ歩いて行く。

 こちらに近づいてくるセイギに〈ステラ〉はなぜか一歩も動かなかった。

 動かなければ殺されるかも知れない、そう分かっているのに動けない。

 そしてセイギと〈ステラ〉が互いの間合いに身を置いた瞬間。

 殺される――そう感じ〈ステラ〉はぎゅっと眼を瞑った。

 だが、足音はそのまま横を通り過ぎていく。

 ゆっくり、振り返るとセイギは散らばった〈ナーガ〉の装備品を拾い始めていた。


「な、何をしている我らが正義の騎士団よッ! あやつは〈ヘリダム〉殿を殺した悪だッ! 即刻殺すのだッ!!」


 静まり返った室内で〈サージュ〉の声が響いた。

 だが、その声は空しく反響するだけで、誰一人としてセイギへと襲いかかろうという者は出てこない。

 ただただその姿を、仲間の遺品を集める背中を見ているだけだった。

 セイギは〈ナーガ〉の服を、彼女の蛇を象ったブレスレッドを握り締める。


「……遅くなってすまなかった、ナーガ。後は――任せろ」


 セイギの手に持っていた服が、ブレスレッドが、セイギの中へ掻き消えていく。

 隙だらけのセイギ、誰一人して動かない《正道騎士団》の騎士たち、双方を見て〈サージュ〉は苦虫を噛み潰したような顔をした。


(あの無名――【オンリースキル】を持つ〈ヘリダム〉殿を倒したとなると間違いなく《ディカイオシュネ》の中でも名の知れた者――! このままでは殺される……! このままでは――!!)


〈サージュ〉は〈ステラ〉へと視線を向け、口端を吊り上げた。

 そうだ。そうだった。彼女ならセイギがどれだけ強かろうが関係ない。

”盾姫”の〈ステラ〉であれば物理攻撃も魔導攻撃さえも通用しない【オンリースキル】を持っているのだから。あの”盾姫”の【オンリースキル】であればどんな相手だろうと消耗を強いられる。

《ディカイオシュネ》とて人の子、どんなに気力が充実しているように見えても、連戦に継ぐ連戦で疲労困憊のはずだ。

 勝機はまだある――!


「”盾姫”殿ッ!! そなたの正義を思い出してくだされぇえッ!! 〈ヘリダム〉殿を殺した賊に制裁をッ! こやつは多くの《正道騎士団》メンバーを殺したのですぞっ!! みなのっ、仇をっ、とってくだされぇッ!!」


 その言葉に〈ステラ〉はびくっと肩を震わせた。

 そう、セイギは殺した。多くの《正道騎士団》のメンバーを、〈ヘリダム〉を。

 どんなに正しくても、殺してしまったら正義には成り得ない。

 それは〈ステラ〉の父が最後に教えてくれたことであり、信条となっているものだ。

 しかし〈ステラ〉は床に落ちた細剣を手に取ろうとはしない。

 なぜなら〈ステラ〉はもう気づいてしまっていた。

 なぜ自分が、彼を父のように感じてしまっているかを。

 それは彼が父と同じ事をしているからだ。人を守るために、悪人を殺して悪の扱いを受けた父と、《スクトゥム》や《バジリスク》を守るために〈ヘリダム〉を殺し、悪の扱いを受ける彼は――同じなのだ。

 人間として父と彼の底にある部分が、似通っている。

 自分が目指した背中――目指した正義こそ、彼――セイギなのだ。

 そんな彼を裁くということは、世論に塗れた無茶苦茶な理由で父を悪に仕立て上げ、父を裁いた者たちと――偽りの正義と同じになるということだった。

 なぜ自分は父のようになりたいと思ったのに、父の考えと相反する立場になってしまったのだろう。

 つまり《バジリスク》の人たちが言っていることこそ真実だったのだ。

 自分はいいように騙され、使われた。

 正しいのは〈ナーガ〉さんやセイギさんで間違っているのは自分。

 でも、でもだ。

 最後に父は認めた。

 どんなに正しくても人を殺めてしまった自分は裁かれなければならない、と。

 彼――セイギさんと父の相違する部分があるとすれば、そこだ。

 いや、もしかしたら彼も今は思っているかもしれない。

 確かに正しいことをした。だが〈ヘリダム〉さんを倒した自分は誰かに裁かれるべきなのだと。

 知りたい。彼がどう考えているのか、殺されるべきだと思っているのか――。

 父と同じように罪の意識を持っているのかどうか。

 もしそう思っているのなら、どんなに強かろうと彼は私に殺されてくれる。

〈ステラ〉は細剣を手に取り、立ち上がる。


「〈ナーガ〉さんを倒したのは――私です」


 その言葉に、ゆっくりとセイギが〈ステラ〉へ振り返る。


「〈ナーガ〉さんは……多くの《正道騎士団》の人たちを殺しました。あなたも〈ヘリダム〉さんを殺しました。殺してしまったら、正義ではなくなるんです」


 セイギはじっと〈ステラ〉を見ていた。その瞳はまるですべてを見通しているかのように、澄んでいた。

 思わず身構える〈ステラ〉にセイギはやはり疲労なんて無いかのようにすくりと立つ。


「なるほど。確かに貴様が〈ナーガ〉と戦っているようだな」


「私は――私の正義に従います――ッ!! 〈ナーガ〉さんと同様に、あなたを倒しますッ!」


 そう宣言した途端、細剣と大盾を構える〈ステラ〉の身を青白い光が包み込んでいく。


「【オンリースキル】、か」


〈ステラ〉の身から立ち昇る炎を見ても、セイギは平静なようだった。

【オンリースキル】を持っていることに焦りどころか、驚きさえ示さない彼の様子に、〈ステラ〉は不穏なものを感じる。

 それはやはり裁かれることを受け入れているから、なのだろうか。


「はい。私はこの【オンリースキル】を【絶対防御】と呼んでいます。物理攻撃も魔導攻撃も無効化するスキルです。……ですから、大人しくしていて下さい! 私が今、あなたを裁いてあげますッ!」


 言い放った途端、〈ステラ〉はセイギへと駆ける。


「やああぁああぁあぁあッ!!」


 真正面から突っ込んでくる〈ステラ〉に対し、セイギはゆっくりと右拳を振りかぶった。


(相対してくる――!? っ! この人はっ……受け入れないというのですか……ッ! 父さんと違い、自分が背負った罪に抗うと言うのですか――ッ!! それなら――!)


〈ステラ〉の頭が怒りで沸騰する。もう迷いさえない。

 そのような中途半端な正義を振りかざすのであれば、自分がそのまま潰すのみだ。

 不意に、拳を振りかぶるセイギの口から、こおぉ、と陽炎が漏れ出る。

 刹那。爆発でもしたかのように、セイギの身体から色の無い陽炎の炎が天井高くまで燃え上がる。

 まるで前から暴風でも吹き荒れたかのように、前に進もうとする〈ステラ〉の身体を何かが押し返してくる。

 その今まで見たこともない、誰よりも遙かに多い彼の無色透明のオーラに、その圧迫感に、〈ステラ〉は眼を見開いた。


(【オンリースキル】……!! 彼も【覚醒者】――!! で、あったとしても――!)


 大きく足を踏み込ませ〈ステラ〉が細剣を振り上げる。


「そんな拳では無駄ですッ! 私の【絶対防御】の前では――ッ!!」


 細剣の間合いに入った瞬間。〈ステラ〉は上段からセイギへと細剣を振り下ろす。

 だが、その刃がセイギの首筋に届くよりも早く――セイギが足の裏で床を噛み、腰を捻り――陽炎の炎に包まれた右拳が、〈ステラ〉の大盾の内側へと滑り込み――下からすくい上げるようにして、そのどて腹へと減り込んだ。


 めぎぃっ! めきめきっ!


〈ステラ〉の眼が、その異変に大きく見開く。

〈ステラ〉はセイギの拳に突き上げられて大きく身を折り、受けたこともない身体の芯を破壊するような鈍痛に、振り抜こうとした武器さえ手を止めてしまうほどの痛みに、眼を白黒させる。


「っは――!!」


 青白い炎の中を、割って入ってきた色も無く光る拳に――〈ステラ〉は理解が追いつかなくなる。


(ダメージ!? 私に……!? そんな――一体、何が――!? 【絶対防御】は展開されているのに――突き破られている――!?)


 すぐ近くから、耳元に小さな声が届いた。


「……で……何が……無駄だって?」


 浮いていた足が、地面へと戻り、ぴくぴく、と腹を押さえている〈ステラ〉。


「悪いが俺は女子供だろうが容赦はしない」


 セイギはもう一度、その無色に燃えた右拳を振りかぶる。


 ぼがぁっ!!


 言葉の通り、左頬を容赦なくぶん殴られ、転瞬の間、〈ステラ〉の意識がブラックアウトする。

 セイギの拳によって階段方向へ吹っ飛んだ〈ステラ〉は、床で何度かバウンドして、細剣と大盾を投げ出し、そのままゴロゴロ転がってやがて止まる。

 青白い炎を身から燃え上がらせながら、ぴくりとも動かなくなった〈ステラ〉。

 だが、それを見ても〈サージュ〉の表情は覆らなかった。

 回復魔法により動けるようになってきたのか、立ち上がって、見下すように指を差してくる。


「はっはっは! 無駄じゃぞ、無名! ”盾姫”の〈ステラ〉殿は【絶対防御】という特殊なスキルを持っているのじゃ! 何をしようが0ダメージにしかならんっ! お前は”魔蛇”の〈ナーガ〉の仇を討つこともできんのじゃよっ! そこで倒れておる虎の弓兵でさえ”盾姫”殿には何もできんかったのじゃからなぁッ!!」


 ありったけの小物感を出している〈サージュ〉の言葉に、セイギは右手を自分の左肩に置き、コキコキと首を鳴らしてため息を吐いた。


「ふんっ……余裕振りをおって……! 強者を気取る馬鹿者め……! ”盾姫”殿ッ! さっさとあやつを――!!」


 と、〈サージュ〉が〈ステラ〉を促そうとして、やっとその状態に気づいた。

《バジリスク》のメンバーが、《正道騎士団》のメンバーが、誰もが無傷なはずの〈ステラ〉を見て茫然としていた。

”盾姫”の〈ステラ〉はセイギに殴られた頬に手をやり、額を床にこすりつけて身悶えしているのだった。


「――――ふぇ?」


〈サージュ〉の口からすっとんきょな声が漏れた。

〈ステラ〉は歯を食い縛り、ゆっくりと震える足で立ち上がろうとする。だが、不意にその口から咳と共に血を吐きだした。誰が見ても明らかに〈ステラ〉はダメージを追っていた。

 その事実に全員が口を開けたまま固まる。

〈ステラ〉の身を包む青白い炎、それは健在で、今も尚、燃え盛るように揺らいでいる。

 だというのに――


(一体、何が……!? どうして【絶対防御】の効力が……!!)


 少しぼやけた視界の中でセイギを見据える。

 吹き飛ばされたせいでだいぶ距離を離されてしまったが、セイギが追撃をかけようともせず突っ立っているのは確認できた。

 なぜ【絶対防御】の効力が彼の拳に通用しなかったのか――それを〈ステラ〉は考察していく。

 そしてすぐに答えは出た。彼の【オンリースキル】が相手の【オンリースキル】を封じるようなものだからだ。でなければ説明がつかない。そしてまずい。彼の右拳は、どんな馬鹿力をしているのか、とんでもない威力を秘めている。回復をしなければ――

 セイギから眼を離さぬまま、〈ステラ〉が回復アイテムを取り出そうとしたまさにその時。

 視界に、無色の光に包まれたセイギの姿に、ザザッとノイズが走る。

 と思ったら、セイギの姿は視界から消えていた。


「…………え」


〈ステラ〉が戸惑いの声を漏らすと同時、後ろから誰かに頭を掴まれた。

 ぞくり、と背筋に悪寒が走る。

 周囲の人たちが、驚いた表情で、自分の後ろにいる人物を見ている。

 誰がいるのか、誰が自分の頭を握っているのか、明白だった。

 その有り得ない現象を、〈ステラ〉は瞬時に察する。

 彼がまた【オンリースキル】を使用したのだと。

 と、いうことは――


(彼の【オンリースキル】は……相手の【オンリースキル】を封じるものじゃない!? この人の【オンリースキル】は――一体、何だというんですか――!?)


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