第二三話 『トラ』
自身を矢に変え、一直線に跳んでくるトラの姿に〈ステラ〉は身構えた。
「っ!」
トラの突撃を、大盾で防ごうと身体の前に向ける〈ステラ〉。
が、トラの身体が盾にぶつかる寸前、まるで大盾を掻い潜るように、盾を転がるように、盾の前でくるりと身体を捻って〈ステラ〉の脇へと移動し、〈ステラ〉の側面からその首元めがけて手から爪のように伸びる四本の矢を突き刺す。
完璧な急襲だった。一撃必殺だった。
が、突き刺さるはずの矢尻は薄皮一枚、〈ステラ〉の首で青白い光によって阻まれていた。
たらり、と血が出る。戦闘が終わったと思い【絶対防御】を解いたせいだ。
ほんの数瞬、【絶対防御】を展開するのが遅れていれば終わっていた。
トラは〈ステラ〉の背後へと着地し、ずさああっと滑って両足で踏ん張り勢いを殺し、〈ステラ〉が振り返るより早く、地を蹴り距離を詰める。
迫りくる脅威に〈ステラ〉は細剣で突こうとする。が、トラは両手その八本の爪で細剣を絡め取り、止める。
ギリギリ、と〈ステラ〉の力とトラの力がぶつかり合う。
と、その時だった。
トラが息を吸い込むように背中を反らして、大きく口を開けた。
そしてそのまま横から剣に齧りつく。
「な、何を――!?」
武器に自分から噛みつくプレイヤーなど見たことがない。
だが、次の瞬間、ピシッと音をたてて細剣にヒビが入り、半ばから真っ二つに噛み砕かれていた。
「――なぁッ!?」
「るがあぁあぁあッ!!」
まるで理性も無く、そのまま襲いかかってくるトラに〈ステラ〉は大きく眼を見開いた。
猛獣。まるで猛獣だ。
しかも、仲間を殺されブチぎれた猛獣だ。
両腕を振りかぶるトラを見て、再び盾で防ごうとする。
が、トラはその大盾に頭突きをすると同時に、振りかぶった左右の両腕を盾の内側へ――〈ステラ〉の顔面へと繰り出し、突き刺す。
が、〈ステラ〉の【絶対防御】に阻まれ、八本の矢尻はギリギリと火花を散らして〈ステラ〉の顔面に当たり、静止していた。
(【絶対防御】がなければ……! 二度も――! 死んでいたところです……! なんて身のこなし――! なんて判断力――!! この人も――【二つ名持ち】の中で別格――! 私よりも強い――!!)
「っ……!?」
【絶対防御】のおかげでダメージは無い、痛みも感じない。
だがその思わず逃げ出したくなるような気迫に押されたのか、〈ステラ〉の足がもつれ、その場で尻もちをつく。
「〈ステラ〉殿ッ!!」
〈サージュ〉が、《正道騎士団》の騎士たちが、《スクトゥム》のメンバーたちが、一斉に、もはやその場に一人しかいない敵――トラへと殺到した。
周囲から真っ直ぐ距離を詰めてくる彼らを見回して、トラは額に青筋をたてながら叫ぶ。
「上ッ等だあああぁあッ!! 俺たちの仲間をッ――ナーガっちを殺しておいて無事に帰れると思うなぁあああぁああッ!!」
瞬間。
トラの周りを緑色の炎が、光を放って包み込む。
その炎はトラの身体を焼き尽くすように轟々と音をたてて燃え上がり、強烈な光でトラの姿も見えなくなっていく。
その眩しさに〈ステラ〉は腕で影を作った。
と、その強烈な光が爆発したように弾け、周囲に煙が広がる。
室内に充満していく、煙の中で〈ステラ〉はかすかに大きな――とても大きな何かが蠢くのが眼に入った。やがて、煙は広間の出入り口が外へと流れていき、視界が晴れる。
〈ステラ〉が、〈サージュ〉が、〈へリックス〉が、その室内にいた全員が、そのトラの変貌した姿を見て固まってしまった。
虎だ。大きな、大きな虎だ。
全長は小さく見積もっても三メートルはあるだろうか。黒色と黄色の縞模様が入った美しい毛並、人二人を丸呑みしてしまいそうな大きく開いた口、ずらりと並んだ鋼鉄さえ噛み砕くであろう強靭な顎と頑丈な牙、撫でられるだけで八つ裂きにされそうな鋭い爪、力強くうねる尻尾。
荘厳で厳格な雰囲気を放つ虎がそこにはいた。
遙か昔から、虎は各国で恐怖の対象として見られていた。
空に龍、地には虎。天空と大地を制する双方の掛け軸や、虎を神獣として扱う国も多く存在する。
残虐で、理性無く猛威を振い、其れで尚、雄々しい気高さを持つ地の獣。
その堂々たる姿が、緑色の炎を轟々と立ち昇らせながら、広間の中央に出現していた。
その場にいた全員が自分の感情とは関係なく身震いをした。
自分たちは凶暴な虎の檻に手ぶらで投げ込まれた餌なのだと。これから始まるのは一方的な狩りだと。
人が虎に襲われれば一溜りもないように、この巨大な虎は今から自分たちを喰い殺すのだと。
しかし、その身からは、綺麗な黒と黄の毛並に割って入るように夥しい鮮血が流れ出ていた。
どうやら姿が変貌しても傷が癒えたわけではないらしい。
「あ、相手は虫の息じゃ! 全員でかかれぇッ!! ヤツにトドメを――ッ!」
〈サージュ〉の号令で、虎を見上げ立ち止まっていた騎士たちが再び動き始める。
だが虎へと辿り着く前に、虎が天井に向かって吼えた。
「ぐるぅおぉおぉおぉおぉぉおぉぉぉおッ!!」
唐突な虎吼。ビリビリとした威圧感が、否応なく動き出した全員の動きを止めた。天井がミシミシと音をたて、パラパラとチリが零れてくる。
虎がとんっと地を一蹴りし、階段半ばにいた〈サージュ〉へと飛びかかる。
「ぬぅう!! 馬鹿め! そのような大きな的になっては避けることも――!」
〈サージュ〉が魔法を練り上げ、杖を虎へと向ける。が、それをやり遂げる前に階段を覆うようにして、〈サージュ〉の前へ辿り着いた虎が、大きな右前足を〈サージュ〉へと横から振るった。
ネコが小さなボールを横から叩くような、そんな仕草だった。
だが――
ベキベキッ! ゴキィッ!!
虎の平手打ちを受けた〈サージュ〉の身体がくの字に曲がり、骨を砕く音が室内に響く。
口から、鼻から、血を撒き散らしながら、斜め上へ吹っ飛んでいく〈サージュ〉。手足を伸ばしながら人形のように、ぐるぐると法則性も無く回転し、そのまま天井付近の壁にぶち当たる。
そして自然の法則に従って、床へとべちゃりと落ちた。
落ちた〈サージュ〉の身体から赤い液体が広がっていく。
一撃。一撃であった。
そんなものを見ては立ち向かう勇気もなく、騎士たちはただただ身を震わせて大きな虎を見上げていることしかできない。
そんな中、立ち向かう勇気を持った人物がいた。
〈ステラ〉だ。
新しくアイテムボックスから取り出した細剣を手に、階段の半分を覆う大きな虎へ――背中を向けている虎へ駆けだそうと足に力を込める。
「うわあああああああぁあぁあぁッ!!」
恐怖を払拭するように――自分に喝を入れるために咆哮をあげ、足を踏みだす。
だが、走りだして三歩目で、左から虎の長い尻尾が薙いできていた。
ガキィインッ!!
金属が弾かれる異様な音を鳴らし、〈ステラ〉の身体は〈サージュ〉が飛んでいった逆方向の壁に、ぐるぐると回転しながら吹っ飛び、壁を突き破って外へと飛んでいく。
「た、”盾姫”様あああああッ!!」
《スクトゥム》のメンバーたちが斜め上方向――天井近くの壁に開いた穴を見上げながら青い顔をした。
虎がゆっくりと《スクトゥム》メンバーの方へと体勢を入れ替える。
それだけで、ずしんっと重低音が響き、館が振動した。
その虎の行動に、《スクトゥム》メンバーたちの背中に脂汗がぶわっと噴き出た。
しかし、虎が見ているのは《スクトゥム》メンバーではなかった。その細くなった双眸は出入り口の壁際で、腰を落ち着かせて未だ傍観している〈へリックス〉を見つめていた。
それに気づいた〈へリックス〉は顔の前で『やらねぇ』とばかりに手を振る。
関わるつもりが無いと判断したらしい虎が、次の得物を求めて、《正道騎士団》の騎士たちへ視線をやろうとして、何かに気づいたように〈ステラ〉が飛んでいった壁の方を見た。
すると、まるで戦車のように大盾で壁を突き破って”盾姫”の〈ステラ〉が室内へと入ってくる。
「た、”盾姫”様! ご無事でしたかッ!?」
「ええ、私は無傷です」
もっとも【絶対防御】がなければバラバラになっていたところだが。
全身から青白い光を放ち、再び、虎を見据える〈ステラ〉。
(【絶対防御】がある限り私にダメージは与えられない……! だけど、この化け物を倒せる気もしない……!! 一体、どうすれば……! こうしている間にも〈ヘリダム〉さんが危険な目にあっているというのに――!! 無理やり先に進むことはできるけど……そんな事をしたら、ここで皆さんが一網打尽にされてしまいますし……!)
大盾と細剣を握りしめたまま、唇を噛みしめる。
しかし〈ステラ〉の心配をよそに、不意に、その大きな虎はくらりと身体を靡かせる。
前足でととんとステップを踏むように、体勢を立て直そうとふらつくかせ、そのままずしーんと砂埃を巻き上げて横に倒れてしまった。
急に、何の前触れもなく、ぴくりとも動かなくなった虎の身体から、その緑色の炎が小さくなっていき――消える。
床に這いつくばったまま、自分に回復魔法をかけていた〈サージュ〉はそれを見て気づく。
「《バジリスク》の方々が付与した【猛毒】の効果じゃ……! そやつに近づくな……!! 放っておいても時期に死ぬぞ……!!」
〈サージュ〉の言う通りであった。
虎の姿はみるみるうちに小さくなり、やがて、トラの姿へと、手も、足も、服さえも変貌する前のものに元通りになっていた。
もはや、虫の息で、ひどい痛みと熱に、吐き気を催してくるトラだったが、それでも彼は手で床を掻き、立ち上がろうとする。しかし、力が入らないのか、手と足は緩慢な動きで床を滑るだけだった。
そんなトラに影が重なる。
片方の眼を血で塞ぎ、もう片方もぼやけてしまい、まともに見えていないトラだったが、その小柄で背中までかかる青髪の姿に〈ステラ〉だと理解した。
「……ここまでのようですね」
何か言い返そうと口を動かすトラだったが、もはや音も発せていなかった。
「その苦しみから、今、救って差し上げます。悪の末路とはこういうものですよ。これに懲りたら――」
その言葉に、続きを聞くまでもなく、ギンッとトラの眼が見開く。
「――――――ッ!!」
もう動けないはずなのに、いきなり飛び起きたトラが声にならない雄叫びをあげ、眼に涙を滲ませ〈ステラ〉の首筋へ噛みつく。
トラに首筋を噛まれながら〈ステラ〉は静かに眼を閉じた。
「……私のオンリースキルは【絶対防御】。私には物理攻撃も、魔導攻撃も通用しません。そんなことをしても――無駄なんですよ」
ずるずると、〈ステラ〉の身体を伝って、再び地面へと伏すトラ。
〈ステラ〉はその背中に向かって細剣をゆっくりと振り上げた。
そしてその意志を貫くように、迷いも無く、〈ステラ〉はトラの背中を串刺しにせんと逆手に握った細剣を振り下ろす。
だが――
ガキィイイィイィンッ!!
――その刃は音をたてて弾き返されていた。
いきなり割って入った闖入者を見、〈ステラ〉の眼が驚きで開き切る。
「…………なぜ……どうして……?」
意味が分からないと表情で呟き、更に問う〈ステラ〉。
「なぜ……!? なぜあなたたちが止めるのですかぁッ!!」
その刃を――命を絶つはずだった一撃を止めたのは《バジリスク》の暗殺者だった。
だが、〈ステラ〉の叫びには応えず《バジリスク》メンバーが揃ってトラを取り囲んでいた。
「トラさん……! しっかりして下さいっ!! 今、【猛毒】の解毒薬を飲ませますから――!!」
「トラさん……!! すいませんッ……!! リーダーから話は聞きましたッ!! 俺たちっ……!! すいませんっ……!! すいませんッ!!」
トラの身を抱き起した《バジリスク》の女が、その口に緑色の液体を流し込んでいる。
違う者は涙を流しながらトラに許しを乞い、回復魔法をかけている。
他の者たちは武器を構え、トラを守るように周囲を――《正道騎士団》の騎士たちを警戒している。
〈ステラ〉には何が起こっているのか、まるで状況が掴めなかった。
共に戦う仲間――のはずの《バジリスク》がいきなり悪に寝返ったのだ。
「な……にを……!! なぜ回復なんか……!! あなたたちは――何をしているか分かっているのですかッ!!」
激昂したように〈ステラ〉が怒りを露わにして叫ぶ。
「この人たちはッ!! 《正道騎士団》を襲った賊なのですよッ!? それを――!!」
〈ステラ〉の言葉を遮るように、最前に立った《バジリスク》の男が叫んだ。
「理由があったんだッ!! 俺たちは誤解していた……!! この人らが俺たちのリーダーを殺したって聞かされて……!!」
「だったらなぜですッ!! あなたがたのリーダーを殺したのであれば敵ではないのですかッ!!」
「この人たちは……俺たちの戦争を止めるためにリーダーを殺したんだよ! 俺たち《バジリスク》と、あんたら《スクトゥム》の戦争を止めるためになッ!!」
「な、何を言っているのですッ!! まるで意味が分かりませんッ!! 私たち《スクトゥム》とあなたたち《バジリスク》が戦争をする理由など――!!」
「あるんだよ……! 今日あんたのところの幹部が一人、PKに遭ったろ……!! それをやったのがうちのリーダーなんだよ……!! 《正道騎士団》が俺たちを人質にとって、リーダーに暗殺の命令を下したんだよ……!!」
開いた口が塞がらない、というのは今の〈ステラ〉の状態を言うのだろう。
「…………命令? 《スクトゥム》の幹部を暗殺するために……? そんな……誰が……そんなこと……?」
信じられないとばかりに、首を横に振り、震える声で問う〈ステラ〉。
「なに寝ぼけたこと言ってんだッ!! まだ分からないのかよッ!! 《正道騎士団》の〈ヘリダム〉だッ!! 奴は俺らとあんたらの戦争が始まるように仕向けたんだよッ!!」
「でも……なぜ、そんなこと――」
そこまで言って〈ステラ〉は思い至る。
《正道騎士団》と《スクトゥム》の同盟。それは自分がずっと悩んでいた案件だ。足並みを乱されるのが嫌で、どこかと同盟を組む気はなかった。だが、根気良く誘われるうちに気持ちが傾きつつあったのは事実だ。そして今日、幹部の一人が何者かの手によって暗殺された。
《スクトゥム》というセルズ名も今や有名になっていたし、このゲームには大金の賞金が存在する。大きなセルズは少なからず狙われる身なのだと自覚すべき事柄が起きた。
だから、同盟を組むのも悪くない、いや、むしろ身を守るために、セルズメンバーを守るために同盟を組んでおくのは得策だと――そう思えた。
それが――全部――
「…………仕組まれた……こと……?」
もはや〈ステラ〉の眼の焦点は定まっていなかった。
カランカラン、と音をたてて彼女の持っていた細剣が、大盾が手から零れ落ちた。
「そ……んなっ……!!」
必死に通さまいと立ち上がってきた〈ナーガ〉の姿が脳裏をよぎる。
その真摯な、一途な瞳が気にはなっていた。
悪だというのに、どうしてそこまでやれるのか、あまりにも悪には見えない態度だと、そうは思っていた。悪にしては悪らしくない、と思っていた。
それを自分はどう推察したのか――嘘をついている、と決めつけたのだ。
彼女が悪である、と決めつけた。
だけど、そんな裏があったなんて思いもしなかった。
もし《バジリスク》の人たちが言ったことが本当なら、彼女らは自分らの戦争を止め、《バジリスク》の人たちを《正道騎士団》から救出にきた、ということになる。
彼女――〈ナーガ〉さんにとって《スクトゥム》は、自分は敵ではなかった……彼女からすれば守る対象だった――!?
そんな人を……私は――私は――ッ!!
――殺してしまった。
「あ……あぁっ……!! あぁあぁあぁぁ――ッ!!」
もう言葉にもならない。
眼から、涙が溢れてくる。
《バジリスク》を救出するために、仲間を奥へ届けるために、【二つ名持ち】四人を相手に一人残り、時間稼ぎをしたあの人を、そんな健気で尊敬に値する人を――!!
――殺してしまったんだ――!!
なんてことを――!! なんてことを――っ!!
身体から力が抜け、がくりと両膝をつく。
嘘だと言って欲しい。何かの間違いだと。そんな事実はないのだと。
認めたくない。彼女らが悪で、自分が正義だと信じたい。
でなければ、自分のやったことは――間違いなく――彼女の言う通り、悪の味方をしていたことになってしまう。
そこへ、〈ステラ〉の揺れた心を取り戻すように、〈サージュ〉が叫ぶ。
「”盾姫”殿ッ!! 騙されてはなりませぬッ!! 《バジリスク》は最初から奴らと内通しておったのだ! その証拠にその弓使いは手加減をし、《バジリスク》の一人も殺してはおりませぬぞッ!! 我々を貶めるための妄言じゃッ!! 我々のっ……!! 我々のしてきた事を思い返してくだされぇええッ!!」
〈ステラ〉は考える。そうなのだろうか、と。
やっぱり悪いのはこの襲撃してきたグループで、《バジリスク》も内通していたのではないか、と。
そうだ。たしかに可能性は、無いわけじゃない。自分は《バジリスク》の人らに騙されかけているだけなのかも知れない。自分がやったことはやはり正しかったのだろうか。
「何をホラ吹いてやがる……!! この人たちの戦う対象が最初から《正道騎士団》だっただけだろッ!! この人は……!! トラさんは無関係な俺たちを殺さないように配慮して戦ってくれてたんだよ……ッ!!」
しかし、《バジリスク》の人たちも嘘をついているようには見えない。
まるで夢から覚めたように、〈ナーガ〉と同じく、真摯な瞳をしている。
(一体……何が……!? 何がどうなっているの……!? ――分からない!)
「”盾姫”殿ぉぉ……!! よく考えてくだされぇぇ……!! 動機がっ! 我々には《スクトゥム》と《バジリスク》を戦争させる動機など我々にはありませぬぞぅぅ……!!」
「”盾姫”さん!! あんたは正義の味方なんだろうッ!! 悪は《正道騎士団》だったんだよッ!! この人たちは――!! この人たちこそ本当の正義なんだ――!! 俺たちも、あんたらも、助け出そうとしてくれた恩人なんだよ――!!」
〈ステラ〉は〈サージュ〉と《バジリスク》のメンバーを交互に見やる。
(そんなことを言われても……!! どちらが嘘をついているかなんて……判断、しようが……!! どちらかが正義で……どちらかが悪……!? 私の……私の正義は……どこに……あるの――!?)
そんな〈ステラ〉の目の前に、階段の下に、再び、幼い自分の幻が現れていた。
そして、また問いかけてくる。
――正義って一体、なんなの?
(分かりません……! 私には、もう何が、誰がっ、正義なのか……!)
――正しいってどういうこと?
(分かりません……! 私は正しいことをしたいのに、その正しいことが何なのかも分からない……! 誰かっ――教えて下さいっ……! お願いっ、誰か――っ!)
すると、幼い自分が、階段上の方へ振り返る。
そしてそちらを指差し、にっこりと笑う。
――きたよ。
〈ステラ〉は涙を流しながら、幼い自分が指し示した方へ目をやる。
そこには奥へ続く扉を塞ぐ瓦礫が積もっている。
刹那。その瓦礫を突き破る音がした。
どがぁあああぁぁぁんっ!!
階段の上、二階の踊り場――そこから〈ヘリダム〉へと続くはずの廊下。
その入口を塞いでいた瓦礫が土煙と共に階段方向へと吹き飛ばされる。
思わず全員が口を止め、その方向へ見やった。
〈へリックス〉もまた、すぅっと視線を瓦礫の穴へと上げる。
開いた穴からは――光が射し込んでいた。
その光を背に、一人の青年が穴をくぐって出てくる。
ゴツゴツとした銀の右腕、それとは逆に軽装な左腕、そこから垂れ下がった両刃の剣。
その顔は――逆光になっているため影がかかって見えない。
――もし真の正義があるのならば、それは父のような人を指すのだ。
〈ステラ〉は穴から出てきたその姿を見て、懐かしい気持ちを思い起こしていた。
「……父さん……?」
思わず、口から零れ落ちた言葉に〈ステラ〉は自身で驚いた。
そんなはずはないのに、どうしてそう思ってしまったのだろう。
〈へリックス〉はその姿を見とめると、顔を伏せ、口をニィと笑みに変える。
独りでに〈へリックス〉の指が、震えだしていた。
なぜだろう、この感覚。
とてつもなく怖く、とてつもなく嬉しい。
「…………そうだよなぁ。倒しちまう、よなぁ」
そう呟いて〈へリックス〉は立ち上がり、ぱんっと手で膝を叩いた。
「おっしゃ、お前ら退散だ。さっさと逃げんぞ」
「へ? 逃げるって……団長、どういうことですかぃ?」
「ンなもん決まってんだろーが。まんまの意味だよ、まんまの」
言って〈へリックス〉はにやにやと嬉しそうに出入り口から出ていく。
「…………あいつにゃ……ここにいる全員が束になっても勝てねぇんだよ」
穴から、その光から一歩を踏み出して広間へと入ってくる青年。
〈ステラ〉の視界にそのプレイヤー名がくっきりと表示される。
その名は自分が求めているものと同じく――
逆光から抜け出し、広間の明かり中へ、その姿を現した青年は――
――誰であろうかなセイギその人だった。




