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『ワールドマスター』/サイバーソーシャルネットゲーム  作者: 著者不明
ERROR6 『魔王のジャスティスプログラム』
101/109

第二一話 『【先撃】の攻略法』

 はるか上空で放たれた光。

 それはミヤ――彼女が”爆弾”をそこへ運んだということなのだろう。

 無事を確認するため、セイギは意識して視界にPTメンバー表を呼び出した。

 そしてその瞳孔がきゅっと締まる。

〈ミヤ〉、その名前はある。無事だということだ。

 だが、そこから、別の名が、ある筈の名前が消えていた。

〈ナーガ〉――その名前が無い。

 その名前が無いということはつまり――この『ワールドマスター』から消えたということ、現実世界へ還ったということ。

 チリチリ、と胸の奥が焦げついているのが自分でも分かる。

 ああ、これはまずい――とセイギは思った。

 自分で、自分が――抑えられなくなりそうだ。


「まさか……間に合ったというのですか……! たった数分で……!?」


 上空で起こった爆発を見て、〈ヘリダム〉はぐっと歯を食い縛った。


「よくも、よくもぉお! どれだけ私の邪魔をすれば気が済むのですか、あなたという人はぁああ!!」


〈ヘリダム〉は両手でわしゃわしゃと頭を掻く。


「許せないっ、ああっ、許せなぁああいッ!! あなたを殺すだけでは飽き足らない……! やはりあなたの周囲の人間、全員を根絶やしにしなければならない……! そのためには……! まずはあなたを殺す……! 私の【先撃】でぇええ!!」


〈ヘリダム〉はセイギの方へ振り向いて、眼を見張った。

 セイギを見て、その動きを――止める。


「な……なんですか……それは――!」


 ずっと床に片膝をついていたセイギが顔を伏せたまま、ゆっくりと立ち上がる。

 その身は――天井へ届くほど高く――ゆらゆらと燃え盛る炎のように、無色透明の陽炎を立ち昇らせていた。色の無い炎と光が彼の身を包み込んでいた。


「……【覚醒】――したというのですか……!?」


「……なぁにが【先撃】だ……。なぁーにが【オンリースキル】だ……。〈ヘリダム〉、もう決着はついてんだよ……!」


「決着? くっく、そうですか、やっと諦めたというわけですね……! ですが、もう遅い……! あなたは私の逆鱗に触れたのです!! あなたが【オンリースキル】を手にしたところで私に敵わないッ!! 全員をなぶり殺しにしてあげますよぉッ!!」


「何言ってやがる。お前に【オンリースキル】だなんてもんを使う必要なんかねぇ……!! ただ単に【先撃】の攻略法が分かったって言ってるんだ……!」


「は? ははは……! 私のッ【先撃】の攻略法ぉ? 悔しいのは分かりますが、強がりも大概にしたらどうですか、”魔王”ッ!! 【オンリースキル】に攻略法などないのですよッ!! 【先撃】は予備動作もなく現れる自由自在の斬撃ッ!! 見切ることなどあなたの眼をもってしも不可能ッ!!」


「何にだって攻略法はあるんだよ。お前を倒すのは難しいことじゃない。前からくる【先撃】なら剣で掻き消すことができるって分かったしな……」


「はっはっは!! やはりあなたは大馬鹿ですねッ!! 前からの攻撃に対処できたところで何だというのです!! 視界外からの【先撃】こそ、このスキルの真骨頂! 相手は気づきもせず斬り裂かれるのですよッ!! こんな風にねぇッ!!」


 セイギの背後に空間の亀裂が出現していく。

 だが、それをセイギは前に一歩進んで避けていた。背後からの【先撃】を前に進んで間合いを開くことで避けたのだった。


「なッ!?」


 初めて、完全に回避され、〈ヘリダム〉の表情が驚愕で染まる。


(真後ろからの【先撃】なら前に進んで避けられるというわけですか……! ならば――!!)


「背後からだから届かなかった、そう思うか? 人間の視覚範囲は上下120°、左右は200°だ。つまり人間の死角ってのは真上、真下、背後と左右斜め後ろ。俺はずっとお前の【先撃】から逃れるために複雑に進む方向を変えていた。だが、それは間違いだったんだ。横に避けていたら駄目だった……!! 何も警戒する必要なんてなかった……!! なぜならお前の【先撃】は――!」



 ――前に進む者には当たらないんだよ。



 絶句した。〈ヘリダム〉は絶句していた。


「攻略法のヒントはミヤだ。お前はミヤを背後から【先撃】で襲った。だが、空振った。あれはお前が外したわけじゃなかった。ミヤは真っ直ぐ窓に向かって走っていたから、自然とお前がミヤの死角から発動させた【先撃】の間合いを脱出していたんだ」


「…………嘘だ……。そんな……嘘だ……!!」


〈ヘリダム〉の顔色が変わっていく。首をゆっくりと横に振り、じりじりと、後ろへ下がっていく。それに伴って、セイギは前へとゆっくり歩いて行く。

 その剣をくるんくるんっと回転させながら。その身から無色透明の炎を立ち昇らせながら。


「個人専用スキル、か。不意打ち、騙し討ち……まったく……本当にその本人を表したようなスキルだぜ。お前は『真っ向勝負を仕掛けてくる奴』には勝てないんだよッ!」


「嘘だあああああああああぁーーーーッ!!」


〈ヘリダム〉の周囲を紫色の炎が覆い包む。

 それを見てセイギも走りだした。真っ直ぐ、〈ヘリダム〉に向かって脇目も振らず。

 セイギの背後から【先撃】が出現する。だが、その空間を裂いた斬撃はただ前へと突き進むセイギの背中を掠めていくだけだった。


「く、くるなあああああああぁああッ!!」


 セイギの真横から【先撃】が出現する。

 だが、セイギの脇腹へ振り抜かれる前にセイギはその斬撃を剣で弾き飛ばす。


「私はッ、私はッ《リベレイター》を統べるのですッ……!! 私こそが世界を治めることのできる”救世主”なのですッ……!!」


 セイギの眼前に空間の亀裂が出現する。だが、それをセイギは剣を振るって弾き返す。


「〈ヘリダム〉ゥゥッ! 貴様のような”救世主”が治める世界は存在させんッ!! この俺様――”魔王”がいる限りはなぁあッ!!」


 ついぞ〈ヘリダム〉の間合いに入ったセイギは大きく振り上げた剣を、渾身の力を込めて振り下ろす。


 ジャギィィィイィンッ!!


 その斬撃を自らの持つ剣で防ごうとした〈ヘリダム〉だったが、セイギの馬鹿力の前では無いも同然だった。

 くるくる、と〈ヘリダム〉の剣が遙か後方へと弾き飛ばされる。


「ひぃっ……!!」


「貴様のッ……! 貴様のせいでぇえぇッ!!」


 大きく背中まで振りかぶられた右拳が、みちみちと筋肉が膨れ上がり、唸りをあげて〈ヘリダム〉の顔面へと振り下ろされる。


「《ディカイオシュネ》が解散した――!!」


 セイギが繰り出した右拳が〈ヘリダム〉の頬にめり込み、〈ヘリダム〉の口から白い歯が、切れた口から血が飛ぶ。


「ごぼぁあっ……!!」


「貴様のせいでぇえッ!! なつきが迫害を受けたッ!!」


 セイギが剣を〈ヘリダム〉の腹へ突き刺し、ぐりっと捻る。


「ぐがあああああああああぁっ!!」


 口から血を溢れさせ、痛みに眼を見開いて叫ぶ〈ヘリダム〉。


「貴様のせいでぇええええッ!! フェレアさんが捕まったッ!!」


 そのまま倒れそうになる〈ヘリダム〉の胸倉を右手で掴んで立たせ、顔面に頭突きを入れる。


「ぶはあぁあっ!!」


〈ヘリダム〉の鼻から血がぶしぃっと噴き出る。


「貴様のせいでぇええッ!! 貴様のせいでぇえええッ!!」


 セイギの瞳にじわりと涙が滲んでいく。

 鼻を押さえ、ふらふらと後退していく〈ヘリダム〉へセイギは右腕を大きく振りかぶる。


「ナーガが死んだああぁぁ――ッ!!」


 セイギの渦を巻いて光る右拳が、〈ヘリダム〉の顔面にみちみちと音をたてて減り込む。

 右拳の形に、顔面を凹ませた〈ヘリダム〉はセイギの馬鹿力で殴り飛ばされ、驚くような勢いで床をゴロゴロと転がり、壁へ衝突する。

 ありったけの力でぶん殴り、はぁはぁと肩で息をして、右拳を振り抜いていたセイギはゆっくりと倒れている〈ヘリダム〉へ歩いて行く。

 倒れていた〈ヘリダム〉は上半身を起こして口元を手の甲で拭う。

 そして自分に差す影に気づいてハッと潰れた顔をあげる。

 セイギは〈ヘリダム〉を冷徹な瞳で見降ろしたまま、振り上げていた剣を〈ヘリダム〉の肩へと突き刺す。


「がああぁあああぁあーーッ!! ああぁっ、ああぁああああぁああ――!!」


 セイギの剣で、床へと張り付けとなった〈ヘリダム〉だったが、あまりの痛みに気でも狂ってしまったのか、不意にくつくつと笑いだし始める。


「ど、どうやらこれまでのようですね……! でぇえすぅがあぁッ!? ここで私を殺したところで私は何度でもッ! 何度でも何度でも何度でもッ!! この『ワールドマスター』に戻ってきますよッ!! そして次はぁッ……! 今度こそあなたを八つ裂きにしてあげましょうッ!!」


「死に際に何を言い出すかと思えば……倒される前の魔王みたいな陳腐な台詞を……」


 だが〈ヘリダム〉は口から血と唾を飛ばして続ける。


「忘れていませんかねぇッ!? これはあなたの勝ちなんかじゃないんですよッ!! 現実世界に戻ったら私はすぐに《ディカイオシュネ》の情報を《リベレイター》に提供しますッ!! この仮想世界ではあなたに先手を譲りましょうッ!! ですが現実世界では――ごぼぇえッ!!」


 そんな〈ヘリダム〉の腹を、思いっきり踏みつけるセイギ。


「お前こそ忘れてるんじゃないのか。決着はついた、って言っただろ。お前はもう『ワールドマスター』に戻ってこれねぇんだよ。現実世界で捕まるんだからな……《リベレイター》として」


 セイギの放った言葉に、〈ヘリダム〉は数秒ぽかんとしていた。

 だが、すぐにまた笑い始める。


「は、はははははッ!! 馬鹿げている!! 私がどこに住んでいるのか、私が誰か――」


「分かるんだよ、〈ヘリダム〉。いや、上々島聖城しじませいぎと呼べばいいか?」


 上々島聖城。それは確かに〈ヘリダム〉の現実世界での名だった。


「…………はへ?」と口から、空気の漏れるような音を〈ヘリダム〉が出した。


「聖なる城と書いて『せいぎ』か。なるほどなぁ。ヘリダムという名はそこからきていたわけだ。まさか俺がプレイしているキャラクター名と同じ名前とは……本当に変な縁のある奴だ……」


〈ヘリダム〉の顔から笑みが、消える。

 もはや彼は信じられないような瞳でセイギを見ているしかない。


「なぜって顔をしているな。《シグナル》だろうと、《ハッカー》だろうと、人工知能であろうと……『ワールドマスター』内にいる人間がどこの誰なのか、分からない。なのにどうして分かった、と?」


 セイギは腰を折り、〈ヘリダム〉へと顔を近づけた。


「確かに『ワールドマスター』内じゃどうしようもない。お前の言う通りだ。『ワールドマスター』内は治外法権。お前が誰かなんて誰も分からねぇよ。だけどな、〈ヘリダム〉。俺は『ワールドマスター』からお前が誰か探ろうとなんか一切してなかった。なぜなら、『ワールドマスター』が始まる前に俺は――お前が誰か知っていたからだ」


「――なッ……! 『ワールドマスター』が……始まる前……!? それこそ不可能ですッ!! 私は匿名連結サーバを経由してCSNサーバに接続していたんですよ……!! 特別な権限でもなければその利用者リストを閲覧することさえ適わない……!! 《シグナル》や《ハッカー》でもなければ……!」


「ああ、そうだな。匿名サーバの使用者リストなんてもんは《ハッカー》でもなけりゃ手に入らない代物だ」


 セイギの口が笑みに裂けていく。


「まさか……あなたは――《ハッカー》だというのですか!」


「いいや、勘違いするな。俺は《ハッカー》じゃないさ。ただ俺に手を貸してくれる《ハッカー》がいてな。そいつは今、お前の自宅、お前の背後に立っている」


「わ、私の背後に――《ハッカー》がいるだとぉ!?」


「俺は昔しでかした事で保護観察処分を受けていてな。俺の生活を《シグナル》に報告してる《ハッカー》がいるんだよ。そのオッサンと取引をしたんだ。ま、オッサンはオッサンで《リベレイター》を捕えたかったみたいだからな。快く協力してくれたぜ」


「妄言だ……!! リストを入手したところで……! あの匿名サーバを日本で利用する人口は五〇万人を下らない……! そんな膨大な人間の中から私一人を探し出すことなどやはり不可能――ッ!!」


「できるんだよ。その五〇万人の中からお前一人を特定する方法がな」


 セイギは自分のこめかみをとんとんと指先で叩く。


「〈ヘリダム〉、お前が俺を殺してからその後、『CosmoChaos Online』に何度サイバーインした」


「な、何を……言っているんです……。そんなこと何の関係がっ……!!」


「いいや、関係あるね。お前が誰か知る方法は簡単。お前がサイバーインしているのをゲーム内で俺の友人が確認し、後でお前がゲーム内にいた時間帯の、匿名サーバからCSNゲームへ接続しているリストを《ハッカー》に取得してもらう。たったこれだけだ。取得できた匿名サーバのリストは四二三枚。少なくともお前は『ワールドマスター』が始まるまでの二年間の間に四二三回、サイバーインしていたってことだ」


「まさか――!!」


「ああ、そのリストを照らし合わせていくと、一人だけ……たった一人だけ四二三枚のリストの中で、常に、存在するCSNPアドレスがあったんだよ。お前がサイバーインしている時間帯に必ず存在したCSNPアドレスだ。そのアドレスは誰のものだと思う? なあ、〈ヘリダム〉」


「――――っ!!」


「二年だ。お前が俺を殺してから二年。《ディカイオシュネ》が解散してから二年。俺がCSNゲームから離れて二年。お前が俺を倒したとほくそ笑んでいた二年。俺は少しづつ、少しづつお前を追い詰めていたんだよ」


「そんな……バカなっ……!!」


「バカはお前だ。この俺様が二年間も、何もしていないと思っていたのか?」


 冷徹な瞳が〈ヘリダム〉を射抜く。


「ならばなぜ……! 『ワールドマスター』が始まる前から分かっていながら、私を放置していた……!! 本当に見つけているのならば、その時点で私を捕えればいい話……! それをしていないということはやはりすべてあなたの憶測による虚言……!! 『していない』のではなく、『できなかった』……! なぜならあなたが言ったことはすべてでたらめだからだ……!!」


 それでも認めようとしない〈ヘリダム〉に、セイギは肩をすくめてみせた。


「はあ? んなもん決まってるだろ。やられたらやり返す。仮想世界で貴様をぶち殺がすためだ」


「―――」


「お前は最初っから詰んでたんだよ、〈ヘリダム〉」


 セイギはゆっくりと顔の前で硬く右拳をつくる。


「や、やめろっ……!! あぁっ、やめてくれ……!! 頼む……!! 謝るからぁああああ!! 謝りますからぁあぁあ!!」


 涙と鼻水をだらだら流して〈ヘリダム〉はセイギの膝にすがりついた。だが、それをセイギは〈ヘリダム〉の顎に膝蹴りを入れて突き放す。


「そんな調子で現実世界でも暴れんなよ。俺と違って、お前が仮想世界から帰ってくるのを待ってる奴は俺みたいに優しくないからな」


「頼む……! な、何でもしますから……!! 《ディカイオシュネ》の個人情報もぜんぶ処分しますからぁああっ!! ほ、本当にっ、人生がっ、終わるからぁああああ!!」


「じゃあな、〈ヘリダム〉。オッサンによろしく言っといてくれ」


 セイギは〈ヘリダム〉を見降ろしながら右拳を大きく振りかぶる。


「やああああああぁめぇろぉおおぉおぉぉぉぉぉぉッ!!」


 それが〈ヘリダム〉の最期の言葉となった。

 セイギの右拳は〈ヘリダム〉の頭を砕き、赤い花を咲かせたように床に血が広がる。

 そして、その身体は光の粒子となって四散していた。





『あなたのキャラクターは消滅しました』


 視界に映った文字に、〈ヘリダム〉――上々島聖城はギリッと奥歯を噛んだ。

 上々島は都内にあるマンション、その一室にいた。几帳面に整えられたベッドやテーブル、そして大型のPC。そこから伸びた有線は上々島が頭に被っているBWDと接続されていた。


「くぅッそォッ!! 終わらせませんッ! 絶対にぃい許しませんよぉおおッ!!」


 上々島はBWDを投げ捨て、すぐさまPCを操作していく。メールソフトを呼び出し、《リベレイター》のリーダー『科古』へのメールをキーボードで叩くように打つ。

《ディカイオシュネ》の個人情報を添付し、後は送信ボタンを押せばいいだけ。

 そこで背後から声がかかった。


「そこまでだ」


 威圧感のあるハスキーな男の声だった。その声から三十代、いや四十代くらいだろう、という予想はつく。

 振り返ると、いかにも野暮ったい男が、真っ黒のゴツいハンドガンの銃口を向けて立っていた。

 四十代前半といったところか、真っ黒のスーツ、背中まで伸び放題になった黒髪、年齢相応に掘りが深くなった顔、おそらく若い頃はかなり女性にモテたことだろう。特徴的なのはその首に掻っ切られたような刃物傷があること。

 男は口に咥えた煙草から有害な煙を大きく吸い込み、ふぅーっとうまそうに上へ吐く。

 部屋の中心に置いたテーブルの上には買ってきた覚えの無い缶コーヒー。飲み口の周りに煙草の灰が零れていることからして、どうやら男が灰皿代わりにしているらしい。

 詰まる所、この男は自分が現実世界に戻ってくるまでずっと待っていたようだった。


「……《ハッカー》、ですか……!」


「おう。そうよ。いかにもそうよ。俺は《ハッカー》だ。事情はボウズから聞いてるよな。お前をとっ捕まえにきたぜ、上々島聖城」


 たらり、と上々島の頬から脂汗が垂れていく。


「交渉、しませんか」


「無理だ。俺は幾ら金を積まれたって考えを変えねぇよ。あいつは黒猪にとっても俺にとっても息子みてぇなもんだ。うちのクレイジー家系の遺伝子も混ぜられてるって話だしな。つーことだ。あの年齢であいつは色々背負いすぎてやがる。そんな奴の頼みとなりゃ聞いてやるのが大人ってもんだ」


「そう……ですか」


 上々島は男の死角、自分の背後でゆっくりとキーボードのエンタキーへ指を添えた。

 そして勝ちを確信したように上々島の口がニィと笑みに裂けていく。


「どうやら……年貢の納め時、ということのようですね――ッ!!」


 指先に力を入れたその瞬間だった。

 上々島は異常に気付いた。

 指が――動かない。

 いや、この感触は――誰かに、腕を、掴まれている?

 ぞっとした。

 背後にあるのはPCだけだ。

 だというのに、誰がいるというのか。

 相変わらず、目の前の男は煙草から煙を出しながら銃口を構えている。

 男が何かをしている様子は無い。

 むしろ――


「あん? どうした?」と訝しげな顔をしていた。


(だ、誰だ……!? 私の背後にいるのは――誰だ――!?)


 その心の中の叫びに応えるように、PCのスピーカーから、幼い少女の声がした。


『……成る程のぅ。儂ら《ディカイオシュネ》を潰した男はそのような面であったか……』


 恐る恐る、上々島は後ろへと振り返った。

 そしてあまりに現実離れした出来事に頭が真っ白になった。


 ――腕だ。


 PCのモニターから。


 ――生えている。


 画面から突き出る少女の細い腕が――その手が自分の腕を掴んでいた。


(……な、なんだ――これは――ッ!?)


 そんな上々島の様子に、男が身を横に傾け上々島の背後を覗きこむ。


「おいおい。俺を信じてねぇのかよ、兎の嬢ちゃん。送信なんかさせねぇって」


『それは余計なことをしたのぅ、けやき。じゃが、儂もこやつには恨みがあっての。少し脅かしてやりたかったのじゃ』


 PCのモニターから、腕だけでなく、徐々に、肩が、そして顔が、上半身が質量を持って、物質として現実世界へと紫電を迸らせながら出てくる。

 現実世界では有り得ないような頭から直に生えたウサギの耳、真っ赤な双眸、黒い和服に身を包んだ少女――〈黒ウサギ〉が、データであるはずの彼女が、PCの画面から現実世界へと出てくる。


「な、ななな、なんですか、あなたはぁああ!?」


 摩訶不思議な現象を、その存在を見た上々島は半狂乱になって〈黒ウサギ〉の腕を振りほどこうとする。だが、どんな力が入っているのか、まるで万力に締め付けられたかのように彼女の手は強い力が込められていた。

 上半身をPCモニターから出したまま彼女は口を開く。

 生の声を発する。


「なんですか、じゃと? ぬしも知っておるじゃろう、正一位人工知能――〈黒ウサギ〉じゃ。もとい今は〈かぐや〉じゃよ。《ディカイオシュネ》、十二幹部の一人、”黒兎”の〈かぐや〉じゃ。ぬしの悪巧み、儂の耳ですべて聞かせてもらった」


「は、はあぁッ!? はぁッ!? はぁああぁあぁッ!?」


「聞くのじゃ。ぬしの顔は覚えた。二度と黒猪正義にちょっかいを出すな。あれは儂のお気に入りでのぅ。これ以上、あやつを苦しめるのなら儂がぬしを殺してやるでな。無論、現実世界でじゃ。この状況、分かるな? いつでも……ぬしを殺せるぞ……!」


「じ、人工知能が……! モニターからっ……! あ、あはははっ! ははははは!」


 あまりに現実離れした出来事に、上々島は白目になって、口から泡を吹き、ばたりと倒れてしまった。


「あーあ。のびちまった」


「…………ふむ。少々、やり過ぎてしもうたかのぅ……。じゃが、おかげですっきりしたわぃ。では、こいつの身柄は任せるでな」


「おう、こっちの世界は任せとけ。俺ぁゲームとかよく分からねぇからな。向こうの世界の問題は兎のお嬢やシャーリーに任せるぜ。正義によろしく言っといてくれ」


「うむ、任せてもらおう。協力感謝するぞぇ」


「こっちの台詞だ」と肩をすくめてみせる男に、〈黒ウサギ〉はフと笑った。


 それを最後に、〈黒ウサギ〉はモニターの中へ身を沈めていく。まるで水面に落ちていくようにとぷんっという音と、モニターに波紋を残して。

 それを見届けてから、男は短くなった煙草を缶コーヒーの中に入れ、気を失っている上々島の腕を後ろでに縛って拘束するのだった。





 セイギは手の甲で、頬にかかった彼の血を拭う。


「ったく、騒がしい野郎だ」


 そこで背後に立つ人の気配がして振り返る。

 そこには、いつの間に気が付いたのかミライが立っていた。


「……やったんだね、まぁくん。これで終わったんだね」


 その表情はとても嬉しそうで、眼には涙が滲んでいた。


「…………ああ、まあな。今頃〈ヘリダム〉は《ハッカー》に捕まってるはずだ。《ディカイオシュネ》の個人情報が守られた今、俺が”魔王”だと名乗り出ても個人情報をダシに俺へちょっかいかける奴もいなくなった。これであいつらに俺が”魔王”だと面と向かって言える。んでもって、あいつがジョルトー城下町の”爆弾”犯だと分かった以上、ジョルトー国家に追われてた俺たちの身の潔白は証明されるだろ。まあ……代償は大きいがな」


 セイギはPTリストの空きを見ながら、声を静めた。


「……ナーガちゃん……。ずっと耐えてくれてたんだね……」


「あいつはやるって言ったらやる女だ。ヤバくなったら最悪、逃げることも出来ただろうにな。死ぬ間際まで律儀に時間稼ぎしたんだろう」


「……戻ろう、まぁくん。トラくんもこのままじゃ危ないよ……!」


 背中を向けて走りだそうとするミライに、セイギはちゃきりと剣を鳴らした。


「いや――まだ戻れない」


 その突き刺さるような言葉にミライは足を止める。

 その、彼から漏れ出る殺気を、彼が醸し出す雰囲気を感じ取り、ミライは震える腕を、脂汗が滲み始めたその手を強く握りしめた。

 そして、ゆっくりとセイギへ振り返る。

 そこには自分に剣の切っ先を向けたセイギの姿があった。


「お前が、元凶だろ。――《リベレイター》」


 ミライはその鋭い切っ先に眼を伏せた。

 こうなってしまうと思っていた。彼はいつか気づく。

 彼が目指すものは、私の目指すものとは相容れないのだと、ミライも気づいていた。

 彼が光なら自分は闇。彼が闇なら自分は光。

 彼と自分の道が交わることはない。

 どうにか、何か、方法はないか。彼と闘わずに共存する方法があるんじゃないか、何度も何度も思考を繰り返してみた。だが自分が考えたところで解決法はない。この件に関しては絶対に、だ。

 腕が痛んでくるほど力を入れていたらしく、ピリピリとした痛みに気づいてミライは、やっとその力を抜いた。

 そして、彼女は――ミライはにっこりとセイギへ笑顔を向ける。


「そうだよ。私は《リベレイター》。ぜんぶ私が仕組んだことだよ、黒猪正義くん」


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