恋結チケット
わたしが生まれる前からテレビや新聞やラジオなどで流れていたという地球滅亡説。各国の偉い人や多勢の学者によって話し合いが行われ続けて数十年目――ようやく結果が出たという。
××××年。
地球滅亡は絶対回避不可能と正式に発表された。
その告知は世界に絶望の二文字を連想させた。
絶望には正義も悪も愛も自由も未来も希望も理想も平和も強さも弱さも夢も恋もない。
だがその絶望的な告知と同時にもうひとつ、希望の告知も発表された。人類を他の惑星に移民させる計画だ。
希望だけはあったみたい。
計画名――ガルレア。
研究の成果から導き出され、検証の末に生活が可能と判断された新天地の名前だ。移星に渡る舟に乗る権利を戸籍を持つ、過去に犯罪歴のない者の中から優先的に発行した。
ガルレアチケット
・このチケットは犯罪歴のない者に優先的に発行される。
・一枚一人のみ乗舟可能。(ただし、婚姻関係を認め子孫繁栄を契約用紙に記入するのであれば、一枚でニ人乗舟可能)
・いかなる場合があっても再発行は不可能。
・記載されている番号の舟以外は乗舟不可能。
※他人のチケットを使用する際には、都庁での手続きを行わないといけない。
※他人のチケットを無断所持した場合、即刻逮捕とする。
つまり、このチケットを紛失した場合は死を覚悟してもいいことになる。
普通の人ならば無くさないように大切に保管しているだろう。
そう、普通の人ならば――
さかのぼること二日前。
私のところにようやくガルレアチケットが届いた。あの告知からおよそ半年は過ぎたころだった。毎日のようにポストを確認していたがなかなか届かず、選ばれていないのかと不安になったりもした。しかし、こうして届いてみると誰かに報告せずにはいられなかった。なぜならば私以外の家族、学校の友達、小学生のころから片思い中の伊永君にもすでに発行されていたからだ。
チケットの届いた次の日。私は登校の際にカバンにチケットを入れて家から持ち出した。「持っていないと不安になる」と両親に嘘を付いたが、本当はただ皆に見せたいだけだ。
「おはよー! 今日はいつもよりも三倍ほどテンションの高い詩織です!」
「お、いつもなら今日もチケット届いてなかったって言うのに言わないということは……」
「そうです! 昨日ようやく届きました! これこれじゃーん!」
私はカバンの中からチケットを取り出して効果音とともに皆に見せると、クラスにいる生徒らが拍手をして祝福してくれた。
「おーい何を騒いでる。もうチャイムはとっくに鳴ってるぞ。おう、そこもそこも席に座れ」
担任の教師が入ってきた。
「なんだお前、チケット持ってきたのか。それが届いたら家で厳重に保管しとけって言ったろうが」
「えぇー! だってようやく届いたんですよ! みんなはとっくに届いているのに私だけ遅かったんですよぉー。それにやっぱり見せないと信じてもらえないじゃないですか!」
「信じてもらわんでもその時になったらわかるって。いいから仕舞っておけよ、無くしたら再発行されないんだぞ」
「はーい…………って、あれ? 私の持ってたチケットは?」
「なに? さっきまで持ってただろうが。話しながらカバンの中にでも仕舞ったんじゃないのか?」
そんなはずない。だってさっきまで持ってたし。
それに、カバンに入れた記憶もないし、カバンに入れようともしてない。
無意識に入れちゃったのかな?
カバンの中を探すが見当たらない。教科書やノートのページの隙間を確認するが挟まってもいない。
これってもしかして……。
「せんせー……チケットどっかいっちゃいました……」
静まり返る教室。私はその中で一人青ざめた表情で立っていた。
「おまえって奴は…………」
――そう、私は再発行不可能の希望のチケットをあっさりと無くしてしまったのです。
結局その日はクラス全員で教室内と校外を授業を全て潰してまで探したが見つからず、私は次の日学校にも行かずに外のあちこちを探し回っていた。
道路脇の溝。
木の上の鳥の巣。
ゴミ置き場。
そして再度カバンの中。
だがどこにもチケットはなかった。
残るは地球の七割を占める海か、近くに流れている川の中か。
どちらもみつからない可能性の方が高いことだけは言える。なによりも季節は十二月。それに加えて今日は今年一番の寒波が訪れているらしい。通りで寒いわけだ。
私は川の中を探すことにした。
もしかすると、いいや――きっとすでに流されているだろう。私は見るからに冷たそうな川へ足を入れた。身を切るような冷たさが足の感覚を奪っていく。それもあっという間に。
チケットを探す前に私は動けなくなってしまった。冷たいの感覚を超えると痛いのだと、この時初めて知った。
一度川から出ると、私の両足は青白くなって触ってみると弾力を失っていた。
足の上にカイロを乗せてマフラーを巻きつけ、持ってきたブランケットで全身を包み込む。冷え切ってしまった体は簡単に温まりはしなかった。
私は一人で冷えた身体を振るわせながらゆっくりと流れていく川を見ていた。
「なぁ、そんなところでいったい何してんの?」
頭上から誰かの声がした。私は首だけを上に向けて見た。
その声の主は伊永君だった。
「えぇ! い、いながくん!?」
「よっ。そんでさ、こんな寒空の下でいったい何してんの?」
「何って、その、探し物だよ」
「ふーん。手伝おうか?」
…………。
「ううん大丈夫! ひとりで探せるし、なくてもあまり困らないものだから」
「無くてもあまり困らないかっ……そうだよな。まぁ風邪ひかないうちに切り上げろよ。もうじき日も暮れるしさ。それと、明日は学校に来いよな。お前のクラスの連中みんな心配してたぜ。あぁもうひとつ、なくても困らないなら探さなくてもいいと思うぞ」
そう言い残して伊永君はあっさりといなくなってしまった。
どうして私は素直に「一緒に探してください!」って言えないのかな。
せっかくのチャンスだったのに。
――なくても困らないなら探さなくてもいいと思うぞ。
結構辛い言葉かな。でも伊永君は親切心で言ったに違いない。風邪を引かないようにって言ってたし。 それに、本当はもうだめかもしれないって思っている私がいる。
さすがにもうどっかに流れちゃってるだろうし、もしも運良く奇跡的に見つかったとしても、あのような薄い紙切れ一枚ならとっくにぐちゃぐちゃになっているだろう。
そんなもの使い物にもならない。
なんだかあの言葉でもうどうでもよくなっちゃったみたいだ。
その日は日が暮れる前に心身共に冷え切ったまま家に帰った。
今日の朝は一段と憂鬱な気分だった。なにもかもがどうでもよくて、すべての物を放り投げてしまったような脱力感に身体が動かなかった。
もちろんこんな状態で学校へ行くはずがない。
勉強をする必要がない。友達と話す必要もない。
だって私は死ぬのだから。
ご飯を食べることも水を飲むことも必要ない。
だって私は死ぬのだから。
チケットを探す必要もない。
だって私は…………。
私の目から一筋の涙が頬を伝った。
本当は学校へ行って元気に挨拶して、勉強して、友達とお話して、ご飯を楽しく食べて、中休みにジュースでも買って、当たり前の日々を送りたい。
なのに私は何もかも諦めてしまっている。
この気持ちは生きたいという証なのに!
気が付くと私の足は昨日と同じ川へ向かっていた。チケットがあるとも限らないのに。探す前から諦めるのはよくないと言われているみたいだ。
たしかに、探す前から諦めるくらいなら、探して探して探して、それでもなかったときに諦めればいい。私が満足してやり切ってこそ諦めることに意味があると思えた。
昨日同様、今日も空も川の色も冷たそうだ。私は身を切るような冷たい川の中へ足を入れる。そしてすぐに辺りを探す。徐々に両足の感覚がなくなっていく。それでも探す。
探す
探す
探す
けれどもどこにも見当たらない。チケットはおろかゴミの一つもない。綺麗に清掃されている川だ。
でもまだ諦めるには早い。
結局死んでしまうのならば思いっきり抗ってから死にたい。いつ死ぬのかに怯えて目を閉じるくらいなら、死ぬ時に目を閉じたい。
そうは言っても、身体に限界がきていることは私が一番よく分かっている。
冬の川に入っていられるのはわずかだけ。私の体温は私の我慢を超えて限界にまで下がっているみたい。一度川から出ないとここで死んでしまうかもしれない。
「おいおい、マジかよ……まだ探してるのかよ」
頭上から聞こえたのは伊永君の声だった。
「なくても困らないものをいつまで探してるんだよ。いらないんだろ?」
「ちがうの! 違うの……あれはなくちゃ困るものなの! あれがないと私は死んじゃうの……」
「詩織は死なない。いや、死なせるはずがない。詩織って意外とバカなのかもしれないな」
えっ?
「ほんとにバカだよ。だって要らないじゃん、チケットなんかさ。ほら、その、俺のチケットあるし」
――伊永君何言って。
「昨日から聞いてたんだよ。どうしてあんなに元気そうだった詩織が学校を急に休んだのか。それに、何を必死に探しているのかも全部」
それじゃあ昨日のって……。
――まぁ風邪ひかないうちに切り上げろよ。もうじき日も暮れるしさ。
――それと、明日は学校に来いよな。お前のクラスの連中みんな心配してたぜ。
――あぁもうひとつ、なくても困らないなら探さなくてもいいと思うぞ。
そういう意味だったんだ。
「俺さ、ずっと詩織と同じ学校じゃん。小学生の時も中学生の時も高校生になってからもずっと。でも一度だって同じクラスになったことなくてさ、いつもすれ違ってばっかだったんだよ。伝えたいことも言えずにしていたらいつの間にか十年近くの時間が流れてた。俺さ、こんな状況だから言えるのかもしんないわ。地球が滅亡の危機じゃなかったらきっと死んでも言わないと思う。よく聞いてくれよ! 俺はずっと詩織のことが好きでした! 付き合うを通り越す形になるけれど、俺と結婚してください!」
あまりにもストレートな告白。それも片思いのはずだった伊永君の方から。
あまりの出来事に身体の感覚が麻痺している。
それは川の水の冷たさが原因じゃないと思う。
きっとこの素早く脈打つ鼓動のせいだ。
身体は動かなくても声は出せる。いま伝えたいのはひとつだけ――――
「私もずっとずっとずっと伊永君が好きでした! こちらこそ結婚してください、よろしくお願いします!」
まさかこんな形で私は生きられるなんて思いもしなかった。
チケットを無くして絶望していたのに。
絶望には正義も悪も愛も自由も未来も希望も理想も平和も強さも弱さも夢も恋もないと思っていたけれど、傍に貴方がいてくれるのならば話は別みたい。
あ、希望は初めからあったんだっけ。
チケットが無くなったのは偶然?
それとも必然?
そんなことどうでもいいや。好きな人と一緒にずっといられる。それだけでしあわせだよ。
案外、絶望的な状況もひっくり返せるのかもしれない。
ガルレアチケット
・このチケットは犯罪歴のない者に優先的に発行される。
・一枚一人のみ乗舟可能。(ただし、婚姻関係を認め子孫繁栄を契約用紙に記入するのであれば、一枚でニ人乗舟可能)
・いかなる場合があっても再発行は不可能。
・記載されている番号の舟以外は乗舟不可能。
※他人のチケットを使用する際には、都庁での手続きを行わないといけない。
※他人のチケットを無断所持した場合、即刻逮捕とする。
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