21話 一歩ずつ前へ
魔法治療師を目指して猛勉強の日々が始まった。今まで魔法学院を卒業してから本格的な魔法の修行は一切していなかった。回復魔法は才能があると言われていても専門外だ。簡単な怪我を治すのとは訳が違う。
座学と実践をくりかえしながら、足りない知識と経験を一つずつ積み重ねていく。
週に二回は通っていたベルモント領も、だんだんと通える頻度が落ちていった。それでも男爵の体調の確認も薬を届ける用事もある。何よりクラリスさんに会いたいから、通うこと自体はやめなかった。
気がつけば夏の暑さは過ぎ去り、少しずつ秋の訪れを感じる季節になっていた。
「こんにちは。あれ、今日はクラリスさんお留守ですか?」
「ノエルさん!こんにちは。お姉ちゃんだったら町の人たちに呼ばれて出かけたよ。もうすぐ帰ってくるんじゃないかな」
ベルモント家の屋敷までくるとリリアさんが迎えてくれる。
「そうでしたか。お父様の体調はいかがですか?」
「元気そうだよ。部屋にいるから呼んでくるね」
リリアさんは男爵を呼びに屋敷の奥へパタパタと歩いていく。入れ違うよにクラリスさんが帰ってきた。
「クラリスさんおかえりなさい。お邪魔してます」
「ノエル様!ただいま戻りました。……あら、リリアは?」
「今お父様を呼びにいってくれていますよ。すぐに戻ってくると思います」
「そうでしたか。……あの」
クラリスさんが口を開きかけた時ちょうどリリアさんと男爵が戻ってくる。
「お姉ちゃんおかえり。大丈夫だったの?」
「おかえり。いつもすまないね」
「ただいま。大丈夫よ。この前の雨で川が増水して傷んでいた橋が壊れちゃったみたい。修理の依頼を出してきたわ」
「そうか。早く直るといいな」
「……そうね」
何気ない「早く直ると」が自然と「早く治るといいな」と変換されて聞こえる。少し寂しそなクラリスさんの瞳は、僕と同じことを考えてたのかもしれないと思った。
「それでは健康状態のチェックからさせていただきますね」
リリアさんとクラリスさんが見守る中、最近は当たり前になりつつある男爵の体調を確認していく。ソフィアさんや薬屋の店主から学んだことをひとつずつ実践していった。
書物で学べる知識だけではない。今目の前にいる患者をよく診て、どんな小さな変化も見逃さないよう努める。
「ノエルさん、なんだか本当にお医者さんみたいだね」
「……ええ、本当に」
一通り僕が調べられる範囲で男爵の診察が終わる。前回きた時と大きく体調に変化はないようだった。
「涼しくなってきましたけど、無理は禁物です。水分もこまめに摂ってくださいね」
最後に僕の魔力で男爵の体内の魔力の流れを整える。
「ノエルくん、ありがとう。君が診てくれるようになってからずいぶん体が楽になったよ」
「そうでしたか。それは、よかったです」
いつか転んだ子どもの擦り傷を治した時にもらったありがとうと、今のありがとうが少しだけ重なった気がする。
リリアさんが男爵を部屋へ送っていくと、クラリスさんが口を開く。
「ノエル様、なんだか変わりましたね」
「……そうかもしれませんね」
実際僕の行動は確実に変わっている。クラリスさんは今僕が何をしているのかは聞かないけれど、じっと僕を見てくれている。
「ええ、変わったわ。前よりも……大人になった」
「そうであれば、嬉しいです」
あなたの隣に立つために、ふさわしい人間へと近付けているだろうか。
ベルモント領へ向かう途中の木々が、少しずつ深い緑から鮮やかな黄色や赤へと彩りを変えている。
季節はすっかり秋になっていた。
「ノエル様、いつもありがとうございます」
今日も男爵の診察を終え、クラリスさんと向かい合って紅茶を飲んでいる。
「いえ、僕にできることをしているだけですから。お父様、少し咳が出ていますね。空気が乾燥してきたので、それが原因かもしれません」
「喉を潤す食べ物を用意するようにします」
僕が言えばクラリスさんはすぐに改善してくれようとする。僕の言うことをクラリスさんが信じてくれた。
それだけで僕は、魔法治療師への厳しい道のりを突き進んでいける。




