二十三手目の夜
将棋を続けていると、ふと考えることがあります。
人生にも「正しい一手」はあるのだろうか、と。
この短編は、ある若者が自分の将棋人生を振り返る夜の話です。
奨励会に入って十年。二十二歳の僕は初段だ。月に二回しかない対局の例会に命を燃やしている。全部で四局。三勝一敗以上じゃないと前進できない厳しい世界だ。それを積み重ねて少しずつ棋士を目指していく。
今の僕の成績は、そうだなあ。いいところ取りで教えるね。二勝七敗。そう、全然ダメなんだ。本当に将棋の世界は厳しいなって思うよ。二段に昇段するためには、あと何か月かかるんだろう。そう考えただけで気が遠くなる。
北海道の田舎から上京してきた僕は、しがない一人暮らし。彼女なんて将棋の邪魔だし、友達も全然いない。将棋の仲間とはライバルだから仲良くしたくないし、学校だってろくに行かなかった。つまりは孤独なのさ。彼女なんて……。好きな子はいたんだけどね。
そんな僕は、時々、深夜二時にふと外に出かけてみたくなる。小さな詰将棋の本を片手に持ってね。ひんやりして、人がいないまっさらな空気が好きなんだ。
風が冷たい。人もいない。遠くで車の音が聞こえる。一本道を歩き続ける。
着いた。この草原は北海道を思い出すんだ。故郷を想うと、あの子も思い出してしまう。草って土地が離れてても匂いは一緒なんだね。そんな気がする。座ると、より強く感じるよ。
今日はいつもの星が見えない。こんな夜空初めてだ。
ああ、わからない。二十三手目からがわからないよ。分岐がなんて多いんだ。うーん。僕の目はどこにいく。今日はなんだか盤面が頭に入ってこないな。
ねえ神様。僕は次の対局に負けると1級に降級してしまうんだ。そうなると年齢制限の規定で棋士を諦めなくちゃいけなくなるんだ。どうしよう。僕は将棋以外何もやってこなかったんだ。
どうか時計を壊してくれないかな。僕もうちょっと時間が欲しいんだ。
無理かなあ。
遠くで猫が鳴いてる。ケンカ?
あの子は元気かな。北海道で就職したと聞いたけど。
時計が壊れたら会いに行きたいな。
難しいなこの問題は。どう頑張っても正解が浮かばないや。
ねえ、神様。僕はどうすればいいかな。
この詰将棋みたいにいくつも道があるのかな。
次の一手を教えてよ。
パタン。
さよなら。さよなら。さよなら。
詰将棋の本を閉じる音は、とても静かです。
けれど、その静けさの中にいろいろな思いがあるのかもしれません。
読んでいただき、ありがとうございました。




